論考

Thesis

ブッシュ政権のミサイル防衛に迫る ―日本編―

 8月21日、ワシントン・タイムズは、米国防総省当局者の話として、米国がアラスカ州に建設を予定するミサイル防衛の迎撃基地の整地作業などが「あと1週間程度」で始まると報じた。本格工事の開始は来年とみられているが、ABM条約(注1)は空洞化の様相を強めることになりそうだ。更に23日、ブッシュ大統領が、時期的な明言は避けたものの同条約からの脱退を示唆した。ミサイル防衛構想推進への外堀を埋め始めているのは明確である。
 米国は、同盟国である日本にもそのミサイル防衛構想への参加を呼びかけている。では、日本の防衛庁当局者は、現在どのように考えているのか。防衛庁の方にあくまでも個人的見解ということで話しを伺った。

―――基本的な質問なのですが、ミサイル防衛に関する呼称がたびたび変わる理由はなんですか。何か特別な理由がありますか。以前は、TMD(注2)で、現在は、BMD(注3)ですが。

防衛官僚 そもそも、弾道ミサイル防衛が構想されたのはレーガン政権です。スターウォーズ計画ですね。その一環として弾道ミサイル防衛、BMDという言葉が実はあったのです。ただ、それは防衛当局の極限られた一部の人しか知らなくて、ほんとにそれは一部分でしかなかったので報道もされていなかった。ただ、防衛庁としては、そのころからBMDがあるということを認識しており、若干の注目もしていました。その頃は、我々は、BMDと呼んでいました。ところが、クリントン政権の後期からBMDをやるぞ、ということになった時に、二つにBMDの概念を別けたのです、NMD(注4)とTMDに。で、アメリカが別けたのであれば、我々も別けなければいけないということになりまして、TMDになったんですね、その頃から報道がはじまったので。「昔は、防衛庁はTMDって言ってたじゃないか?」とこの頃、皆さん仰るのですが、もともとは、BMDだったものをクリントン政権が分けたという経緯があります。で、また、今回ブッシュ政権に変わって、また統合した。それは共和党政権で考え方がまた元に戻ったということなのかもしれません、詳しくは分かりませんが。

日本のミサイル防衛はあくまでもT(戦域)ではなく、B(弾道)である。


 我々が、今Bと呼んでいることの中心的な意味というのは、ようするにTといえば、theater(戦域)ということで、米国から見た見方、それが意味するのはアメリカのイニシアチブに基づいて、その計画全体が遂行されるようなイメージを持ちますよね。それが日本は困る、集団的自衛権の行使はできませんので、我々が独自に構築しつつ、独自な判断で、独自の目標で、独自の指令で攻撃する、あっ、防御する、というのを我々は構想しているんだ、ということで、そこをとらえて我々は、B(ballistic:弾道)と呼んでいるのです。
 中谷長官がこられた時に仰っていたのですが「独自に」と。そこがですね、まさに一番分かりやすくて、Bの我々の意味を説明しているところなのです。つまり、Tにしてしまいますとアメリカの一つの大きなシステムの中の政府的には軍事的に参加することになります。それは、脅威の対象となるものについて対処する時の意思決定、それから指令だしますよね「迎撃しろ!」と、更に迎撃ミサイルについても全てトータルなアメリカのシステムの一部になるということになる。それは集団的自衛権の行使に抵触することになります。そこをクリアーにする一つの方法は、もちろん憲法改正ですが、それは我々は言えません。もう一つの方法は、現行憲法のなかで集団的自衛権行使に抵触しないように徹底する必要があるわけです。先ほど言ったように、目標の認知、対処と指令、実際の発射、全部日本が独自にやるという風に説明すれば、それは個別的な自衛権になるのです。

―――では、実際に日本独自でミサイル防衛を行うことが出来うるのか。日本のミサイル防衛に関する予算は、米国のそれに比べて遥かに少ない、にも拘らず、米国もまだ技術的に確立しているとはいえない。

防衛官僚 防衛庁の公式見解としては、これから技術的に研究を、去年・今年と予算をついていますので、研究しながら対処していくんです、と説明しています。日本のそれらについての予算は1億円程度です。仰るとおり、かなりの開きがあります。ただ、若干複雑になるのですが。今、NMDとTMDは統合されていますが、米国が実験しているのはNMDですね、30分ぐらい掛けて一万キロ以上飛んでくる弾道ミサイルについて迎撃する。日本が必要としているのは、そうではなく、まさに、中射程の千キロ程度のものです。千キロと一万キロでは全く翔速度が違いますので、技術的困難さは全く違う。例えば、千キロ程度の射程を持っているミサイルの速度は簡単に言うとマッハ10だと考えてください、それですと秒速3キロ、一万キロ(の射程)になると詳しくは分かりませんが、桁が一つ違います。それは対処する困難さが全く違ってくるわけです。中距離の方が対処する方が楽なのです。ですから、今までNMDとTMDは別物だ、と国会とかに説明して来たのですね。で、今回統合されたので、どうやって新しいロジックを構築したらいいのか、と防衛局は悩んでいると思います。

日本独自・独力でのミサイル防衛は非現実的であり、困難である。

―――先日、米国政府当局者に会った際に、「NMDとTMDは同じ衛星を使い、技術的にも同じようなものなので別けるのがナンセンスである」と述べていましたが。

防衛官僚 それが、まさにアメリカのスタンスなのですが、我々自体は説明では困難さが全然違ということを言ってきたのです。つまり実現可能性、中距離ミサイルへの対処の方が、日本が直面するであろう一番可能性のある問題で、しかも技術的に容易なのでこの部分だけでやりましょうと、国民のお金を使うに当たって無駄にはならないでしょうと、しかも憲法の問題にも抵触しない。もし日本が、もっと長距離のものに対応するとすれば、それらの技術がアメリカでも使われるかもしれない。それは、憲法の問題になってくるのです。これまでが、公式見解です。
 現実を申し上げれば、これは個人的な見解とお断りしますが、非常に厳しいと思います。なぜ、統合したかと言えば、お金の無駄を省くためにアメリカが同じセンサーとか、対処方法を統合しようと、考えているわけですね。で、それに乗った方がお金的には安く済みますし、そういった観点からアメリカはやろうとしているわけで。
何をやるかと言えば、ものを探知して、指示を出して、その攻撃するのに最適な場所にいるランチャーが攻撃するわけですね。それらを一体としたシステムを日本が独力で持とうとした場合、まず、第一に一番、最終的な対処であります、終末フェーズについては、パック2や3がありますよね。その部分だけを考えても分かるように、無数にランチャーを配備しなければなりません、日本の国土中に配備しなければなりません。
 二つ目として、ミッド・コースで対処する。これには、イージス艦をたくさん作っておかないと、つまり、今は4隻しか持っていませんけど、いつ何時飛んでくるか分からないミサイルを日本だけで、在日米軍の力を借りないとすれば、それは増やさないと足りません。
 最後に一番難しい、ブースト・フェーズですが、これは衛星で探知しなければいけません。そのような能力は、(日本には)無いです。

ミサイル防衛は集団的自衛権行使なのか。

―――日本に対処能力が無いとすれば、最終的には、米国と一緒にやることになりますか。また、その際のCommand&Controlの議論は、両国間で既に行われていますか。

防衛官僚 一緒に行うために何らかのロジックを防衛庁は、作ると思います。集団的自衛権にどう折り合いをつけるのか。憲法上、ギリギリのグレーゾーンを我々はやろうとしているわけですから。
 C&Cの議論は、私の知っている範囲では、まだやってないです。まだ、技術研究をしている段階で、配備すると決まったわけではないですから。恐らくやってないはずです。さらに詳しく述べれば、二つの答えかたがあります。公式には、やっていない。ただ、海上自衛隊について言えば、ご存知の通り、相当第七艦隊との関係が密接ですから、その関係でいえば、実はもう少なくとも、海上自衛隊に関しては、C&Cに関する一定のフレームワークが出来ている、とお答えできるかもしれません。しかし、この答え自体を公式に言ってしまうと、それは憲法に抵触してしまいます。つまり、日本の自衛隊が、なぜか米軍の指示で動く、という話しですから。

―――データのシェアリングは、集団的自衛権に抵触しますか。例えば、北朝鮮がミサイルを2発、発射したとします。それを打ち落とすためにアメリカのイージス艦からミサイルを1発、日本の自衛隊が1発、とそれぞれ1発づつ発射したとして、どちらか一方が打ち損じた場合どうしますか。そのような場合に、瞬時の情報伝達が大事になると考えられますが。

防衛官僚 偵察だけであれば触れません。つまり、情報の共有、情勢認識の共有であれば。ただ、問題は、武力を行使しようとする段階での情報のリンク、情報のやり取りは、武力行使の一体になるので憲法に触れます。
 なかなか、具体的な例ですね。今、仰っているのは、アメリカと一体となっている図式ですよね。それは集団的自衛権の行使になるでしょう。ただ、そのミサイルがどこに向かっているかによります。日本にミサイルが弾着するかどうか分かるのは、弾道ミサイルの特性として弾道軌道があるわけで、頂点まで行けば、どこに落ちるか分かるのです。問題は、一番最後に落ちてくるとき、終末フェーズで対処するときはどこに落ちるのか分かっているわけです、この段階では論理的に100%個別的自衛権の行使になるわけです。ミッド・コースが問題ですよね。どの時点でとらえるかも問題なのですが、ミッド・コース対処というのは若干グレーゾーンがあります。一番大きなグレーゾーンは、もし、ある国が二段式のミサイルを撃ったとき。つまり、二段目で、また発射して、どこに行くのか、また探知しなければならない。ミッド・コースに対処しようとすれば、時間的接着性から、なかなか自国だけを考えて対処するというのは、100%は難しいといえると思います。
 ブースト・フェーズは明らかにどこに行くか分からないわけですから、これを対処するというのは、これはそもそも日本に向かっていると断定できないのです。だから個別的自衛権だけで対応するのであれば、憲法上100%我々が可能なのは終末フェーズだけなのです。

―――ブースト・フェーズの段階が、一番ミサイルの速度も遅く叩き易いのでは。それを米国は考えているように思うのですが。

防衛官僚 確かに、一番ゆっくりしていますし、その間に叩くのがいちばん簡単です。ただ、一番技術的には難しいのです。これを叩くためには大きく別けて二つ方法があります。一つは、エアー・ストライクです。空軍の攻撃ないしは、そのようなもので圧力を掛ける。これを行うためには相当な情報が必要です。どこに攻撃の意図があって、どこにその施設があって、今、撃とうとしているのか、24時間監視する能力が必要になります。それを日本が全て自前で持たなければなりません。
 もう一つは、空からの攻撃です。アメリカは、多分、それを考えています。衛星からの衛星攻撃兵器・レザー兵器でこれを叩く、これが一番現実的であろうと。これをやるとしたならば日本には能力は無いです。

あくまでも防衛のための抑止のためのミサイル防衛。


―――実際、日本にこのミサイル防衛は、必要ですか。

防衛官僚 グッド・ポイントだと思いますけど、二つお答えの仕方があると思います。一つは必要です。なぜかと言うと、防衛というものは、やはりその100%といかないまでもより安全保障の可能性を高める努力を普段にしなければいけない性質のものです。弾道ミサイル防衛というものが、今全く対処手段が無いものについてほんのわずかでも、我々とすればほんのわずかどころではないのですが、可能性があれば、日本の安全保障の可能性が上がるのであれば、それは是非やらなければいけない。当然、コスト&ベネフィットの計算はありますが、そのコスト&ベネフィットがたつのであれば、追求しなければいけない、という風に説明できると思います。日本政府が、BMDの日米共同技術研究を開始するときに官房長官談話が出ているのですが、そこでも“他に代替性が無い”という価値をあげて、だから追求するんだ、ということをロジックとしてあげました。
 もう一つ問題としては、「不必要なのですか?」「不必要じゃないのか?」という意見も他方にあって、それは、現時点で日本に対して弾道ミサイルで急爆する、侵略する国があるのか、という現実的な問題があると思います。それについては、また二通りの答えがあって、一つは「今現実にはありません」それは何でないのかと言えば、「説明ができません」たまたま無いのかもしれませんし、日本の防衛力や外交努力や、その他の努力による抑止体制によって今そういうことをしようとする国がいないのかもしれません。だから、そのために我々は警戒を怠ることができません、という説明もできると思いますし。
 それからもう一つの説明は、「今はありません、でも、そのうち現れるかもしれません。その時に“あっしまった”では遅いので、万全を期するために今から準備を行います。これは捨て金です。」という説明もできると思います。捨て金と言うのは、なかなか大蔵では通らないので、多分、前者でしょうね。

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注1:Anti-Ballistic Missile:弾道弾迎撃ミサイル。相手の戦略核弾道ミサイルを迎撃してこれを破壊するミサイル。(ABM条約:1972年、米ソ間で戦略攻撃兵器の競争を制限するため、各々の領域を戦略弾道ミサイルから防衛する対弾道ミサイルの展開を制限する条約。)
注2:TMD(Theater Missile Defense)戦域ミサイル防衛。海外に派遣された米国の前方展開した部隊の防衛、また同盟国を守るためのミサイル防衛システム。
注3:BMD(Ballistic Missile Defense)弾道ミサイル防衛の総称。
注4:NMD(National Missile Defense)アメリカ本土へのミサイル攻撃を防衛する構想。

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山本朋広の論考

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Tomohiro Yamamoto

山本朋広

第21期

山本 朋広

やまもと・ともひろ

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