論考

Thesis

Brand-new Kyoto

平成13年5月25日、京都市内某所、一つのユニットが産声を上げた。その名も「Brand-new Kyoto Unit」である。行政府ではとても実現できないようなその多彩な顔ぶれは、座長に武邑光裕氏(東京大学新領域創生科学研究科助教授)、私を含めた若い世代のメンバー、写真家や伝統産業従事者など文化人、京都新聞などマスコミ人、京都でも活動的な若手経済人、などである。ここで展開される議論は既存の研究会がこれまで行ってきたいわゆる「京都を活性化する議論」のように、ともすれば「京都おたく」と呼ばれても仕方がない議論ではなく、ビジョンをしっかりと確立しコア・コンピタンスを踏まえた京都再生のための方策を提言するためのものである。
 その2回目会合が行われた6月8日にトップ・バッターとして私がプレゼンを行った。今月の月例報告ではその内容を報告するとともに、具体的な今後の方向性を示したい。
 報告の前に今回のプレゼンの趣旨を述べておくこととする。京都において「今の京都経済は不振極まりない」、「京都は革新と伝統が融合する街である。」といったありきたりのことを言う人は多い。しかし、私はこれらの議論がその人のイメージにのみ由来し、きちんとしたデータや科学的根拠を踏まえていないことに不満を感じてきた。こうした独断による議論は、いたずらに不安のみをあおることになりかねないからだ。また、「ああしたらいい」「こうしたらいい」とその場その場の思いつきでアイデアを披露する人も多いが、果たして長期的な展望や京都のコアを認識した上で発言する人間がどれだけいるのだろうか、という疑問もあった。そうしたジャスト・アイデアは往々にして議論を掻き乱す。
 これら2つの注意点を念頭に置きながら、なるべく客観的なデータや長期的なビジョンを提示しつつプレゼンを行った。

1.「Brand-new」とは?(イギリスにおけるアイデンティティー刷新運動)

 今回の多彩なメンバーにおける共通点は2つある。一つはもちろん「京都を刷新したい」という思いを持っていること。もう一つは「Brand-new Britain」に興味を持っていること、である。そこで冒頭において、イギリスにおける「クール・ブリタニア」運動を紹介し、それを踏まえて京都の現状の認識に迫ることとした。

 a)「登録商標 ブリテン」
 1997年、イギリス・ロンドンのシンクタンク「DEMOS」の研究者マーク・レナードはある一冊の報告書を発表した。「登録商標 ブリテン」。膨大なデータやアンケート調査をもとに「イギリス・ブランド」を客観的に分析したその報告書の反響は非常に大きく、当時政権奪取後間もなかったブレア首相までが注目することとなった。

 b)報告書の目的
 レナードは、イギリスの対外的なイメージ(衰退しつつある国家、大英帝国の遺産で生き延びている国家、非常に退屈で人々も傲慢な国家)とイギリス内部で新たに巻き起こっている現象(クリエイティブ産業の急成長、多様な民族の共存、世界金融のハブ機能)とのギャップが大きいために、直接投資・観光産業・工業製品の輸出などの分野で打撃を受けていると考えた。
 この報告書の目的は「イギリスのアイデンティティーの刷新」であったが、最大の目的は「アイデンティティの刷新によるイギリス経済への効果」であった。

 c)手段
 上記の目的を遂行するために2つの機関が設置された。それらが、「Creative Task Force」と「Panel 2000」であった。前者はブレア首相をはじめ、ポール・スミス(ファッション・デザイナー)、リチャード・ブランソン(バージン・グループ会長)、ピーター・マンデルソン(元BBCプロデューサー)らが参画し、イギリスの新たなコア・コンピタンスであるクリエイティブ産業の振興について議論する委員会であった。
 また後者は、西暦2000年を目前に控え、新たなイギリスを国内外にアピールする象徴的なプロジェクトとして「ミレニアム・プロジェクト」を構想し、その方向性を議論することとした。
 各界の著名人をメンバーに迎えたこれらの委員会は、その存在自体が非常に柔軟でシンボリックであった。

 d)結果
 現在のイギリスは政治・経済・文化のどの方面を切り取っても非常に先進的で面白い国である。政治に関しては別の機会に譲るとして、ここでは経済・文化面を取り上げる。
 イギリスにおけるクリエイティブ産業の市場規模は約600億ポンド(11兆円)で、世界市場の16%を占めている。また年間80億ポンド(1.4兆円)を輸出しており重要な外貨獲得源になっている。
 また、文化戦略についても非常に活発化した、と言える。世界100カ国以上に支部を持つイギリスの文化機関「ブリティッシュ・カウンシル」は、現在各国の若者にターゲットを絞り英語・デザイン・アートの分野で交換留学・イベント開催・教育など非常に戦略的な取り組みをしている。

2.京都の現状分析

 a)経済的動向
 先行事例としてイギリスを簡単に取り上げたが、この運動の背景・目的・実施手段と対比させながら、「Brand-new Kyoto Unit」が目指していくべきものについて概観してみることとする。
 京都市の経済について、最近の報告書や新聞の報道において象徴的な数字を拾ってみた。
  • 市内総生産は2年連続してマイナス成長!(97年 ?4.0%、98年 ?2.3%)
  • 月間倒産負債総額は13ヶ月連続して100億円を超える。
  • 廃業率(3.4%)が開業率(2.3%)を上回る。
  • 工場や大学の市外流出が加速している。(150箇所の工場と4万人の大学生)
 これらの数字だけでも京都市経済が非常に厳しい局面にあることがうかがえる。その他、失業率、倒産件数、事業所数など凋落振りが著しい。

 b)行政施策
 京都市は2025年を目標とした都市計画の基本構想(グランド・ビジョン)を発表し、それに伴う具体的計画として京都市基本計画を策定している。行政の計画であるため内容が特色のないものになるのはある程度仕方がないが、その中でも観光・文化に力点を置いた部分を垣間見ることはできる。今後の具体的事業を注視する必要がある。
 また平成12年には、2010年の観光客5000万人計画として「おこしやすプラン21」を策定しており、京都市の基幹産業として観光産業を位置付けようとしているのは評価できるであろう。ちなみに観光産業は、2010年には世界のGDPに占める割合がもっとも大きな産業(約6兆5000億ドル)となり、世界各国は早々と観光に注力している中わが国は出遅れている現状がある。

 c)構造的特徴
 京都市経済の特徴として一番にあげられるのが、製造業の占める割合の大きさであろう。市内総生産の20%を占める製造業はサービス業を抑えて堂々のトップである。逆を返せば、現代のソフト産業主導の世の中において、サービス業の立ち遅れが京都市経済の構造的な不況の原因となっていることは否定できない。また製造業において、いわゆる「伝統産業」は年々その生産額(約2000億円)・シェアを落としており、京セラやロームのようなハイテク産業が経済を牽引している現状がある。「京都ブランド」というブランド・エクイティーを経済的価値に転換することが出来ていない現象を見ることができる。 また、年間4000万人が訪れるとされる京都は、やはり観光産業の占める割合が非常に大きいといえる。前述の「おこしやすプラン21」では、現在の京都市経済に占めるシェア13%を30%にまで引き上げる方針である。
 いわゆる京都らしいデータでは、一人当たりの大学・短期大学数、宗教法人数、博物館数、国宝・重要文化財数は日本でトップである。
 このように京都市は他の大都市と比較しても異なる経済構造が見られる都市と言えるだろう。このユニットでは、こうした特徴を踏まえたうえで提言を行っていく必要があると考える。

3.コア・コンピタンス

 以上簡単に京都の現状を分析したが、これを踏まえた京都市のコア・コンピタンスについて考えてみたい。

 a)国際文化観光都市
 まず最初にあげられるのが「国際文化観光都市」としての京都市であろう。昭和29年に策定された「京都市市民憲章」にも同じ名称を使った表現がある。これに関しては市民のコンセンサスも形成されている。前述の観光産業の展望を含めて考えると、自立的な地域経済システムを構築する上で不可欠の視点であるし、大きなフロンティアが目の前に広がっているとさえ言えるだろう。

 b)学術都市
 現在京都市内には38の大学・短期大学が存在し、12万5千人の大学生が住んでいる。この事実をどう生かすか?これと並んでよく言われるのが、京都はベンチャー・ビジネスが盛んな街だということである。しかし、前述のとおり、京都の開業率は廃業率を下回っている。京セラ・ロームなどは決して京都で必然的に生まれてきた企業ではない。ここを単純に結びつけて議論するのはおかしいであろう。
 ベンチャーと都市を必然的に結びつける資産とは何かといえば、それは大学である。「京都はベンチャー都市だ」と断言するには、保有している資産を利用した構造的な必然性がなければならない。この利点を最大限生かした政策が求められる。

 c)環境先進都市
 京都は山紫水明の自然に囲まれた街だとよく言われるが、22年間京都で暮らしていてそんな実感をもったことはほとんどない。市内は雑然とした雰囲気で決して豊かな自然には恵まれていない。
 しかし、1997年京都である国際会議が開かれた。いわゆる「地球環境会議」である。21世紀における環境回復に向けての非常にシンボリックな会議であったにもかかわらず、京都市はそれをただ単にひとつの国際会議と捉えて、その後の市の政策に反映できていない。「一発もの」のイベントで終わっているのである。
 なぜこの象徴的な開催実績を生かした、先進的な環境への取り組みを行わないのかははなはだ疑問である。京都・自然・環境・文化、こうしたキーワードをつなげるためにも環境先進都市としての自覚と政策をぜひ内外に明らかにし京都の新たなアイデンティティーとするべきである。

4.「Brand-new」の目的

a)サスティナブルな経済システムの構築
 「都市は生き物」である。生き物は生きるために食べていかなければならない。つまり自立した地域経済モデルを確立しなくてはならないのである。「Brand-new Kyoto Unit」では、京都にありがちな文化・伝統という言葉の上に、ただ過去を保存さえすればいいという錯覚に陥らないように、この目的を掲げることにしたい。
 私が上にあげたコア・コンピタンスは「文化・伝統と経済との接点」を意識したものである。言い換えれば、「京都」というソフトのブランドをいかにして経済的価値に転換していくか、という命題を含んでいる。今までの行政の政策や委員会における議論はこの点においてまったく機能しなかった。しかし、アイデアはあるところにはある。今回のユニットでは、市場経済と文化の両方の観点を入れながら、こうした命題をクリアしていくつもりである。

b)文化首都としてのアイデンティティー構築
 もう1つ、私が強調したいのは21世紀の文明的大転換期に通用するフィロソフィーを発信する都市である。ライフスタイル、大衆文化、から政治制度に至るまで、常に新しい哲学を内外に向けて発信し続ける都市を目指すのである。
 上記の環境は最もわかりやすい例であろう。地球環境の破壊が進む中、人々の意識の間では、環境は大切、という共通認識は持ちながらもライフスタイルや政治制度でそれを実践している都市はなかなかないであろう。1997年の国際会議を原点として京都は環境先進都市に生まれ変わったとなれば、世界中が注目する都市になろう。それはひいては観光という市場価値をも生むのである。
 具体策については次回以降発表する。

 

<参考文献>
・ 京都市基本構想(平成9年)
・ 京都市基本計画(平成12年)
・ 京都市市民経済計算(平成9年度、平成10年度)
・ おこしやすプラン21(京都市 平成12年)
・ 自治体チャンネル(2001年5月号)
・ 「登録商標 ブリテン」 マーク・レナード(DEMOS 1997年)

 

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二之湯武史の論考

Thesis

Takeshi Ninoyu

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