論考

Thesis

地域文化資源を生かす観光開発のあり方

私は1月2日から韓国観光公社のインターンを開始した。韓国観光公社は金大中大統領が自ら出演したテレビコマーシャルを全世界に放送するなど、世界の政府観光局(NTO: National Tourism Organisation)のなかでも最も積極的なプロモーション活動を行っているうちのひとつである。ここで3月上旬まで日本人マーケットに対するマーケティングプロモーションの助言、サポート業務を行う。

 日本と同様、韓国でも、多くの地方自治体が観光による町おこしを考えているが、3月9日、10日と韓国水原市で「地方文化の年シンポジウム」が各地方自治体の行政マン、そして地域文化の担い手たちを集めて開催され、そこで私が「地域文化資源を生かす観光のあり方とは」というタイトルで講演を行うことになった。最近また観光による地域活性化という傾向が多く見られるようになってきたが、果たしてそれを信用して言われるが侭に観光を大々的に振興してよいものなのか、本稿では、巷に溢れる誤った観光万能論に対してそのメリットデメリットを再確認し、地域文化資源を生かす観光開発のあるべき姿を模索してみることにする。
 最初に観光はなぜこのように注目されるようになったのか、その効用を確認してみる。

 まず一番大きな効果は直接的な経済効果である。韓国観光公社の最新の調べによると、観光客一人を誘致することはテレビ5.35台分、もしくはスポーツシューズ93足分を輸出したときと同じ経済効果が期待でき、また観光客3人を誘致することは自動車1台分の輸出と同じ経済効果であるということが報告されている。これほどの経済効果を持つということから観光業が21世紀の基幹産業になることは間違いないと多くの学者が主張している。現在、資源を持たない開発途上国が観光開発を外貨獲得の切り札と位置づけているのも肯ける。加えて、観光を振興することにより必要な物資、例えば食材やホテル備品、特産品などの生産も併せて増えるという効果も期待できる。これを「観光のリンケージ(Linkage)効果」という。

 次に、観光の経済効果、リンケージ効果により、雇用を新たに創出することが出来る。しかも他の業種と比較しても、観光における雇用は老若男女すべての人々にそれぞれ役割が分担できるところが特徴的である。

 3番目に、アントレプレナーシップ(起業家精神)が生まれるという効果が挙げられる。観光は製造業とは異なりアイデアさえあれば小資本で起業することが出来る。農家に滞在して、時には農作業を手伝ったりしながら彼らの文化に触れるアグリツーリズム(アグロツーリズムと表現する文献も有)の動きも、イタリアから始まり、今では世界各地で見られるようになった。これももとは農家のサイドビジネスから始まったものである。アイデア一つで、何にでも観光資源になる。言いかえれば誰にでもチャンスがある、それが観光なのである。

 4番目に、観光の発展により地元の人々に間接的な利益をもたらすことが出来る。例えば道路、水道などインフラが整備され、地元の商店、食堂、タクシーなどの需要も増える。新しく建設された観光客向けの劇場が地元の人々のために閑散期に無料招待券を配布するといったこともしばしば見られる。

 最後に、観光はその地域のアイデンティティを最も効果的に発信できる手段になりうるという点が挙げられる。外部に対してその存在をアピールすることで、地域の人々もその地域に誇りを持つことが出来るようになる。観光振興のおかげで、なくなりつつあった伝統芸能や民俗文化を残すことが出来た例は世界中でも数多く存在する。
 これらの効果から、観光は特に地方活性化の切り札としてますます注目されてきているのである。

 ここまで見てくると、観光振興はバラ色の未来を約束してくれるような気になってしまう。しかし、本当に観光は地方にとって活性化の切り札となり得るのだろうか。ここで先程申し上げた5つの効果を一つ一つ検証してみることにする。

 まず、最初に申し上げた経済効果であるが、観光から得る利益は地元に全て残るわけではない。介在するツアーオペレーターには多額の手数料を取られるし、地元以外のディベロッパーが大規模に観光開発を行った場合、地元産業へのリンケージ効果はあまり期待できなくなる。あるNGOの調べによると、タイの観光地では、観光収入の70%は西側先進国の企業に流れていってしまっているという調査結果が報告されている。これを「観光のリーケージ(Leakage)効果」という。ガンビアなどアフリカ諸国が観光開発に力を入れてもいまだ重積債務から抜け出せないのは、このリーケージ効果に原因がある。

 次に申し上げた雇用機会の創出という点も、結局新たに創出されたのは、季節労働、単純労働のみで、マネージャー職は全て中央からの派遣という形を取るところが大きい。そして、地元労働力が観光業のみへ流れ、今まで脈々と続いていた地元の伝統産業の担い手がいなくなり、産業構造がいびつになる悪循環も生まれる可能性もはらんでいる。

 3番目のアントレプレナーシップも、卓越した独自の工夫がなければ、大企業とまったく同じ分野で真っ向から勝負すると競合負けする場合が少なくない。

 4番目の間接的効果も利点だけではない。観光客目当ての犯罪が増加し、結局、平和だった地域の治安の悪化を招く可能性も考えられる。最近は観光客相手のカジノを設立することが以前に増して声高に語られるようになってきたが、ある学者がイスラエルを例に調べたところによると、カジノを設立した都市の犯罪増加率は非カジノ都市と比べて数倍上回るという報告がなされている。そして、観光地化されたときに避けて通れないのが、インフレの問題である。インフレは、観光とは関係のない地元住民の生活を圧迫する。

 5番目のアイデンティティアピールの面も、マーケットがそのイメージを決めた場合、その作られたイメージが現実の姿と乖離する場合が数多く見られる。先進国によってイメージを勝手に作り上げられ、地元の人が本当に見てもらいたい、本当に発信したいと思うメッセージが伝わらないことが多い。そして、観光によって誤解を増長させてしまうこともあり得る。例えば、観光デスティネーションとして地中海のマルタ島を想起した場合、スペイン、ギリシャの「代替」ビーチリゾートとして扱われることが多い。実際マルタ島にはビーチが一ヶ所しかなく、しかも砂も海水も上質ではない。ということからビーチで売れば結局マルタ島の位置づけは「代替」観光地という地位から抜け出せない。しかし、マルタ島には中世からの遺跡やカラバッチョの作品も見ることができるということはあまり知られていない。マルタ島本来のイメージが伝わらず、代替観光地として扱われてきたのは、マルタ島のマーケットである英国、ドイツのツアーオペレーター主導でイメージが形成された当然の帰結であるといえる。

 要は、観光は地域発展の万能薬ではなく、使い方を誤れば「諸刃の剣」になるということである。そして、以上のような問題点は結局観光開発を地元に根ざしていない大企業に主導権を握られたときに生じる。ここで私は、主導権をあくまでも地方が持つべきであるということを、声を大にして主張したい。

 世界の観光開発の第一人者であるロバート・クレバドン ノースロンドン大学教授は「観光開発は地元民を巻き込まないとうまくいかない」という持論を展開している。この代表的成功事例が「たざわこ芸術村」であるといえる。たざわこ芸術村は、まず地元の人々に愛される観光地づくりに力点を入れた。おかげで、今では地元の人々がたざわこ芸術村の存在を誇りに思い、彼らが率先してリピーターになっている。
 観光客は観光地が金のかかった魅力的なプロモーションをすればモチベーションが働き、観光に訪れるかもしれない。しかし、いくらアピールが上手でも、その観光地自体の満足度が低ければ二度とその地を訪れることはない。これからは観光地選択の基準に地元の人々に愛されているかどうかという事項を入れるべきである。この基準でプロモーションだけが上手なハズレ観光地を見分けることが出来る。

 大企業は実績に裏打ちされたノウハウを武器に開発を展開している。地方にとって一番の悩みの種は、運営ノウハウの欠如であるため、ついつい彼らの力を借りることになってしまうのだが、結局その開発手法のノウハウも、どこのプロジェクトに対しても同じ鋳型を使っているに過ぎない。これでは、世界各地にマス・デスティネーションを次々と増やし、大量生産大量消費のシステムに取り込み、マーケットが飽きたらそこでお払い箱にして新たなデスティネーションを探すという流れに組み入れられ、地方文化の発展とは全く違った代物になってしまう。観光地が一つお払い箱になっても大企業は選択肢が一つ減っただけで痛くもかゆくもないが、地方に根ざす人々にとっては、かけがえのない故郷を衰退させることになる。
 このように、大企業は地方文化発展を心から願って観光開発を行っているとは思えない場合が多い。どうしても、自社の利益を優先してしまう。このような理由で、地方に根ざし、地方をこよなく愛する地元の人々がイニシアチブを保持して開発プロジェクトを推進した方が地方文化の発展に寄与できるということを強く主張する。

 ここで、大企業のノウハウを凌駕するためのキーポイントを5つ紹介したい。

 まず、「クオリティの追求」である。そこで注意したいのは、最初から数を取りに行かないことが肝心である。すなわち、大量送客がなくても利益を出せる体質になることを第一の目標にしなければならない。まだまだ観光の世界は送客人数で成功不成功を計る慣習が残っているが、世界の潮流はもうマスツーリズムではない。日本においてもバブル期に造成された巨大リゾートが軒並み破綻している現実から見てもそれは明らかである。大事なことは全ての政策において数の呪縛から解き放たれることではなかろうか。観光地としての成功はあくまでもクオリティである。派手な施設がなくても構わない。人々の心に語りかける文化の真性性(Authenticity)があれば必ずリピーターがつく。Authenticityがなければ人は必ず飽きる。観光開発で重要なことはいかにリピーターを持つかということであるのは言うまでもない。

 次に、Authenticityにも関連するのだが、クオリティの追求とともに大切なのが「オリジナリティ」である。私は韓国に来て、それぞれの地方によって趣が異なることを興味深く感じた。中国、ロシアなど大国が地方によって風土が違うのは当たり前だが、ヨーロッパを想起しても、同規模の国でここまで地方によって趣が違う国は数少ない。言い換えれば、韓国はそれぞれの地方がオリジナリティを出すことが出来る数少ない国である。

 先日、韓国観光公社が発行する日本語刊行物に対する助言を行った。そのなかで「味の旅」というすばらしい刊行物があった。グルメツアー本は現在巷に溢れているが、他と比較してこの「味の旅」が違うことは、ここ水原ならカルビ、全州ならビビンパという風に、各地方都市それぞれ一つ自慢料理をピックアップし、その紹介をしつつ、街の味自慢の食堂をリストアップするという企画である。このような企画は地方都市それぞれ趣が違い、かつ食文化が豊かな国でなければ、たとえ大国で地方がそれぞれ風土が違っていても不可能である。韓国には各地方毎にこのように個性的ですばらしい素材が溢れていることに私自身本当に驚いている。このようなアイデアは、地方にしっかりと根づいていないと生まれないものだと感じた。

 3番目に「ホスピタリティ」である。ここでも、たざわこ芸術村を例に挙げたい。
 私も仕事柄、世界のホテルに宿泊する経験が出来たが、今までで一番温かいおもてなしの心を感じたのは、ホスピタリティのノウハウが確立している欧米の大ホテルチェーンではなく、たざわこ芸術村であった。フロントだけでなく、清掃担当者も食事の配膳係も皆満面の笑顔で宿泊客を迎えるのである。ここまで徹底しているのは劇団が母体になっている企業体であるということが大きく影響しているからであろうが、理由はそれだけではない気がする。小規模であればすべての従業員とすべてのお客様が触れ合うことが出来る。しかし、大規模になればフロント、ケータリング、ベッドメイキング、各種施設運営等をすべて分業にしなければならない。しかし、お客様は一人ですべてのスタッフと接する。
 本来、分業されているよりスタッフ一人一人がお客様の一連の流れをすべて把握していたほうが、お客様は満足がいくはずである。すべての接客スタッフが自分の持ち場だけでなく、すべてのお客様の行動の流れを理解し、かつホスピタリティを持ち合わせていれば、絢爛豪華な内装がなくとも顧客満足は達成できる。

 4番目に「繊細な季節感」を演出することを提案したい。欧米のマーケティングノウハウの中で、タイム・マーケティングという戦略がある。これは、時間的速さ、時間的正確さ、時間の活かし方(すなわち待ち時間の有効利用)、期間限定の4要素で成り立っているとされている。そこで私は4番目の期間限定という要素を「繊細な季節感の演出」に置き換えてみたい。これは、4つの季節を持つだけでなく、その季節を鑑賞することが出来る繊細な精神を持つわれわれ東北アジアにのみ可能な発想といえる。
 例えば、日本では食事内容にも、旬の食材を使うだけでなく、それをその季節の風物を表現するところまで昇華している。代表的例でそばがある。春はとろろそばで朧月夜の演出、夏はざるそばで清涼感を表現し、秋は月見そばで満月を表現し、冬はニシンそば、そして年末に年越しそばを食べて、一年の締めくくりを行う。季節感の演出により、観光で起こりがちなシーズナリティの偏在性を解消できる効果も期待できる。

 最後に、自己満足に陥らないことをあげたい。自己満足に陥らないために、まずお客様のクレームにはしっかりと耳を澄ます。クレーム処理が誰もが避けたい分野ではあるが最高のマーケティングアイデアをもたらすのである。なにかアイデアが必要なときは是非クレームをすべて洗いざらいチェックするとアイデアのヒントが隠れていることが多い。
 また、スムーズに事が運ばないということはどこかに何か問題があるということである。絶えず客観的な視点で自発的に省みる必要性がある。私は韓国で生活してみて、日本と韓国の国民性を比較したときに、韓国の人々のほうが日本人よりもアピールは上手な半面、アピールすることで、悪いところが見えなくなってしまっている印象を受ける。いい商品も必ず磨耗するものである。人に言われる前に、自発的に反省をする習慣をつけることが肝要である。

Back

島川崇の論考

Thesis

Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授、日本国際観光学会会長

Mission

観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門