論考

Thesis

英国労働党党大会2000 参加記録

ひょんなことから、英国の外人プレス協会のアソシエートメンバ-になることができ、今月はその資格で、労働党の党大会に参加することができた。

 英国では八月は、完全に政治シーンは、優雅に「夏休み」だったようだが、9月に入ってから俄然政治シーンがヒートアップしてきている。毎年恒例の政党の党大会が、9月初頭の自由民主党を皮切りに連続してスタートする上、いよいよ来年春には総選挙も予想されていることもあり保守党がマニフェストを発表、選挙戦に向けた議論の口火を切った。それに加え、燃料危機に対する政府対応への不満から、支持政党を問う世論調査においては、ここ数年間、大幅なリードを保ってきた労働党が久しぶりに保守党に逆転されるという事態に陥り保守党にも勢いが出てきた。

 保守党の党大会にも参加したかったのだが、日程上参加が難しかったことに加え、伝統的に労働党の党大会が党の最高の意志決定機関とされるのに対し、保守党のそれは、あくまで、「イベント」に過ぎないということなどの理由から党大会としては労働党の方が面白いという話だったので、労働党の党大会にのみ参加した。
 確かに党大会に対しては事前の準備等でも労働党の方が熱心だと感じた。労働党だけは、外人プレスクラブにも、党の広報部門の代表がブリーフィングに訪れたことからもそれを感じた。

学園祭的盛り上がり!!

 労働党の党大会に参加した感想を一言でいうなら、「楽しかった」と言うこと。もう一言付け加えるなら、「羨ましかった」。
 毎年、各政党の党大会は、ブライトンやボーンマスなどの観光地で行われる。今回の労働党大会が開かれたのは、ブライトン。ロンドンの南方に位置する美しい海辺の町だ。党大会は、町の一角を占拠して行われた。メインの会場として、海岸に隣接する三つの大きなホテルを周りから封鎖して使用、その他にも、海沿いに並ぶホテルや映画館などを借りきっての開催だ。中に入りさえすれば、大臣クラスの人間がゴロゴロいるわけだからその分警備も非常に厳しい。特に現在労働党は政権政党なので、反政府のデモなどが激しく行われていたこともあり、会場周辺を警備する警官の数は非常に多かった。
 メインのホテルの入り口では、様々な企画やエキジビジョンの案内がまとめられた分厚いパンフレットが配られている。まるで大きな大学の学園祭のパンフレットのようだ(とは言え、学園祭のものよりも当然立派でかつ分厚い。豊富な資金があることを連想させる。)党大会は、基本的には政党の地方支部の代表達(約千数百)による中心となる会議を中心に、180以上の団体(環境保護等の政治団体、シンクタンク、マスコミ、BTやBAなどの一般企業等)が参加し、各種エキジビジョンや企画を行う。中心の会議では連日、地域代表による様々な議論に加え、党のリーダークラスが演説を行う。またホテルの各会議室やホールでは、朝から夜まで、様々なシンポジウムや講演、ディベートが企画されている。夜には到るところでパーティーが開かれる。トニーブレア首相が生バンドで演奏するなどという企画で党員を喜ばせる。

 まずプレスクラブに行って、党の代表クラスの演説の予定を把握する。混乱を想定してか、代表クラスの演説のスケジュールは一般には公開されていない。
 次に、パンフレットの中から面白そうな企画を物色するのだが、これがいっぱいある上、時間が重なっていたりして選択に困る。例えば、二日目の夕刻6時頃を見ると、ロビンクック外相他複数の国会議員が参加しての国際問題に関するシンポジウム、「ニューレーバー」ブームの影の立役者と言われるピーター・マンデルソン北アイルランド相とオールドレーバーと目されるピーター・キルフォイル国会議員による、インディペンデント誌主催のディベート「ニューレーバーの夢は実現したのか、それとも淡い夢だったのか?」、新進気鋭のシンクタンク、フォーリンポリシーセンター主催のシンポジウムなどが重なっている。それぞれセイゼイ百名程度の小さな会場で、白熱した議論が見られる上、無料で飲食が出来る。中には企画が始まっても食べて飲んでばかりで、アルコールでほろ酔い加減なんていう人もいたが、基本的には皆驚くほど熱心に話に聞き入り、また議論に参加している。

 私は二日目の同時刻には、散々迷った末、2番目の「ニューレーバーの夢は実現したのか、それとも淡い夢だったのか?」のディベートに参加した。テレビディレクターの経験もあるというピーターマンデルソン北アイルランド相のクールな語り口に対し、オールドレーバーのピーター・キルフォイル議員は、顔を真赤にして反論する。「政策は常に変わり続けるのが当たり前なのだ。今回だけが特別ということはない。今までも労働党は常に変化してきた。しかし、何故今回だけ、わざわざ“ニューレーバー”を語り、自分達以外の人間と区別するのか!」。約一時間半の時間の内、30分程度が会場からの質問に当てられたが、会場は、我こそは、と身体を揺らして発言を求める人々が続出。他の質問者の質問が長引くと、次々と野次が飛ぶ。ある老婆が、年金等の現状に散々不平をぶちまけた挙句、他の会場内の人々からの「早く質問しろ」の野次に攻められると、「結局、ニューレーバーとレーバーの差ってナンなのさ!!」と現職大臣を目の前にして、堂々と声を張り上げたりする。大臣だろうが、議論においては一党員と対等の立場で真摯に話し合う。

層の厚さを実感

 このディベートに限らず、大会は非常に自由な雰囲気だ。明らかに現執行部に反意を翻すような企画もあれば、欧州通貨統合推進派と反対派それぞれがエキジビジョンを開いてそれぞれの主張を宣伝している。自由な空気の中で闊達に議論する雰囲気には、正直妬みを感じた。我々と同世代、20代後半の人間たちが、シンクタンクの代表として、大臣や国会議員とのシンポジウムに参加し、議論をリードする。老若男女を問わず様々な人々の知恵や想いが集まり政治的理念や政策に昇華されて行く。

 その中における政治家の役割は、さしずめ雑誌の編集者だ。まず、自分達のコンセプト、フィロソフィー、ルーツ(まあ、彼らは本当にいろいろと観念的言語を並べます。一応経験主義の国といわれる英国ですが、日本に比べると、フィロソフィカルな部分をやはり重視します。)を示す。それに対し様々な人々から、彼らの想いや知恵が寄せられてくる。シンクタンクや官僚機構も然り。官僚達は、総選挙の時期になると、党の方針や理念、政策をまとめたマニフェストをじっくりと読んで、どのような政策を準備しておくべきかと考えるという。政治家がコンセプトを示し、それに対して多くの国民が知恵なり情報、アイディアを提供する。それが英国政治だ。彼らにとって、デモクラシーは、住民投票や情報開示など形式的な国民の政治参加を意味しない。先日、「DEMOS」という中道左派のシンクタンクを訪問した。ある研究員は、「幅広い国民参加は、短期的にはカオスを引き起こすこともあるが長期的には必ず政治の発展に寄与するのだ」と信念を語る。それに対し、私は「確かに理念的には賛同できるが、例えば、現在の英国のユーロ加盟問題のように、国民投票という方式を採用し、国民の意思にこれだけ重要な外交問題に対する決定を委託する際、往々にして国民はエモーショナルな判断に偏りがちだ。事実、現在の英国では前述問題に対しては、冷静な分析というよりはエモーショナルでナショナリスティックな観点から政府の意図に反してユーロ加盟が絶望的な状況になってきている。」という問いをぶつけて見た。彼は答える。

「必ずしも国民投票を行うということが、国民の政治参加を促すということを意味しない。外交問題と彼らの生活意識の間には依然として大きなギャップがある。重要なのはこのギャップを埋めることであり、そういう教育なのだ。」
 ニューレーバーと呼ばれる一連のムーブメントの中で教育が非常に重視されている理由がようやく理解できたと感じた。彼らにとっての教育とは、彼らの「デモクラシー」という政治的理念と直接結びついている。国民投票や地方分権などの民主的諸制度よりも彼らが教育を重視する原因がここにあるわけだ。彼らにとってのデモクラシーも日本で唱えられるそれとはかなり異なる。首相公選や住民投票など国民の意思をダイレクトに反映させるような制度を整える、という形式的なことがデモクラシーではないのだ。
 こんな教育で底上げされ、歴史の進展の中で知恵が集積されていく。これが英国デモクラシーの強さの所以だ。

国民と対話するリーダー

 そして、大会のハイライトは、党のリーダー達、特に党首であり首相であるトニーブレアの演説だ。
 これに関しては、私がゴチャゴチャと語るより、直接彼の演説を読んだ方がよほど意味があると思い、現在和訳を作成中。近いうちに本ページにて公開予定(なにぶん一時間以上にわたる演説だったので時間がかかっています)。
 彼の演説を読めばわかることだが、まず、聞き手にとって非常に聞きやすいものだということ。聴衆に語り掛けるあの口調は、日本ではまず見ることはない。そして、論旨は極めて明快。私のような英語が苦手の人間でも、ほぼ理解できた。(他の党の地方支部の代表や国会議員の演説はほとんど理解できなかったにも関わらず。)今回の演説を、第二期政権への旅立ちと位置付け、重要問題に関する自分達のフィロソフィーをまず明確にした上で、今までの実績とそれに対する保守党の批判への反論、続いて今後のビジョンと政策を語るというスタイルだ。今までの英国の事情を知らない者でも、理解出来るくらい、わかりやすい。
 先に述べたように、政治家の仕事がまずコンセプトを示すことだとするなら、彼の演説がまさにそれだ。

 今回のレポートでは、労働党党大会参加記録ということもあり、かなり労働党を賛美する内容になってしまったが、特別労働党が保守党よりも優れているということを述べたいという意図はまるでない。保守党の党大会はテレビで見たが、30代の若き党首ウィリアム・ヘイグが、ブレアに負けるとも劣らない演説で聴衆を沸かしている。政権から離れていることもあり私などには、他のメンバーに関してはほとんど知らないが、労働党に負けないだけの人材が揃っていることと思う。

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鈴木烈の論考

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Retsu Suzuki

鈴木烈

第20期

鈴木 烈

すずき・れつ

八千代投資株式会社代表取締役/株式会社一個人出版代表取締役

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