論考

Thesis

国際観光コンサルタントの役割

昨年9月から通いはじめたノースロンドン大学の修士課程は最後に修士論文を提出することでそのすべての課程を修了する。私の修士論文は「International Tourism Consultants’ Profit and Ethic Dilemma: Achieving the Balance between Their Profit and Their Clients’ Sustainable Development」という表題で執筆した。指導教官は自身も国際観光コンサルタントとして活躍しながら教鞭を執っているロバート・クレバドン教授である。ここではその論文の中から、EUの観光開発と国際観光コンサルタントの役割について述べてみる。

 観光開発という分野に特化するとEUが世界のドナーエージェンシーの中では最も大きな役割を演じているといえる。EUは次に挙げる効果が期待できるとして観光を開発援助のなかでも特に重要な位置付けをしている。

貧困の縮小
社会的、経済的に持続可能な発展
民間企業振興
世界経済への統合
環境保護

 では実際、観光開発とはどういった分野に投資しているのであろうか。
 ここで1990年から1995年までEUの観光開発が投資した分野別の割合を見てみると、基本計画(マスタープラン)策定に6%、研究機関建設に9%、環境保護に2%、特産品開発に8%、調査統計に1%マーケティングに52%、トレーニングに14%、プロジェクトの評価に5%となっている。
 このデータを分析すると、マーケティングが52%と圧倒的な支出内容となっている。マーケティングとは極めて聞こえのいい言葉なので、ついつい見過ごしてしまいがちであるが、ここで、マーケティングに分類される活動とはどういうものが挙げられるのか詳細にわたって調査してみると、以下のものが当てはまる。

  1. 販売地域での広告代理店の活動費用
  2. 政府観光局や総代理店等を設立することでマーケットのプレゼンスを確保する費用
  3. ツアーオペレーターにツアーパンフレットを作成してもらうための助成金支給
  4. 貿易フェアー等への出展費用
  5. メディアや旅行会社を無料で観光地に招待するツアー(ファムツアーと呼ばれることが多い)の企画、実行費用
  6. 旅行会社へのセミナー開催費用
  7. パンフレット、プロモーションビデオ、ニュースレター、ポスター等の販促グッズの制作と配布費用

 以上の活動を見てみると、マーケティングと称されて支出される費用は、2が地元の観光のエキスパートを雇用する可能性がある以外すべて、マーケット(先進国)に直接金が落ちる構図である。しかも、当初予算においてマーケティングは48%であり、他の支出内容と比較してもマーケティングだけが予算オーバーしている。そして、私のセールスマンとしての経験からも、以上のような活動は俄かに1回だけ行ったとしても金額に見合った効果は得られない。地道に継続することによって初めて効果が出るものである。ということは、ひとたびマーケティングに投資をしたら、またそれを維持するのに同じ費用が毎年毎年かかるのである。そしてその金は毎年先進国に落ちていく。

 本当に観光を通じて開発途上国の経済発展を願うならば、開発途上国が近い将来先進国からの開発援助なしで観光デスティネーションとして自立できる環境を整えるために開発援助の金を使うべきなのである。観光デスティネーションとして成り立たせる最大の要諦は、「いかにリピーターを増やすか」の一言に尽きる。すなわち、一度訪れた観光客をまた訪れたいと思わせるものが必要なのである。マーケティングでいくら海外にアピールしても、観光客が実際に訪れたときにそのデスティネーションが期待外れであればリピーターにはなり得ない。結局、リピーターを増やすためには、マーケティングと称して大々的にプロモーション活動を行う前に先ず国内の観光を取り巻くハードおよびソフトの環境整備に力を注ぐべきなのである。グラフ-1で言うと「研究機関建設」や「特産品開発」により支出を傾斜すべきではなかろうか。これらは一度の投資で将来にわたって効果を生み出すことが出来るからである。

 往々にして起こる誤認識の一つに、観光産業が発達したことでみかけの雇用人数が増えたから発展に寄与したといわれることがある。しかし、実際地元の人は季節労働や肉体労働の機会のみ増えて、管理職は全て先進国からの人材が配置されたままであることが多い。この状況は、意思決定の際地元よりも先進国の意向を優先する。結局いつまでたっても開発途上国は途上国のポジションから抜け出すことが出来ず、先進国は途上国の存在そのものを自国の利益として享受する構図が続く。片寄った援助は先進国と開発途上国の関係を改善するどころか、固定化するのである。こういった状況にならないために、経営学部、観光学部を持つ大学や研究機関を建設し、将来管理職として活躍できる人材を育成することが急務であるのは間違いない。要は、観光に関する開発援助というものは、観光地が自活できる環境作りのサポートに徹しなければならないのである。

 このような状況にならないためにはどうすれば良いか。よく言われるのが、NGOにイニシアチブを握らせるということである。しかし、NGOはプロジェクトのイニシアチブを握ってコーディネートするよりも、一番弱い立場である観光地に住む人々の意見の代弁者となって、一ステークホルダーとして活動した方がより効果的ではなかろうか。世界でもっともサスティナブルツーリズム実現のために活動している観光専門のNGOであるツーリズムコンサーンの代表であるトリシア・バーネット氏は、住民は反対運動は出来るが、プロジェクトに対してオールターナティブなアイデアを提示することは苦手である。そこでNGOとしてはコーディネーターとしてイニシアチブを取るより、一ステークホルダーとして、住民の意見を代弁し、理論的根拠を加えた形でプロジェクトコーディネータに具申するというポジションが一番効果的だとの見解を述べている。

 それを踏まえて、クレバドン教授は一般的に行われている事後の評価システムより、プロジェクトと平行して、援助機関、国、民間企業だけでなく、地元住民代表やNGOを含めた全て観光に関わるステークホルダーをメンバーにした形でプロジェクトを逐次チェックする会議を持つことを提唱している。クレバドン教授はこの会議を「ステアリング・コミッティー」と名付けている。ステアリング、すなわち自動車のハンドルの意味で、この会議がプロジェクトの方向性をも決定する役割を持つのである。そして、そのハンドルの中心になるのが、何れのステークホルダーにも属さない独立した国際観光コンサルタントである。国際観光コンサルタントは全てのステークホルダーの力関係を見ながらバランスを取り、観光開発プロジェクトを成功へと導く役割を帯びている。そのためには、観光専門のコンサルタントが必要不可欠であるとクレバドン教授は力説する。

 サスティナブルツーリズムとはただ単に環境を考えた観光を振興することではない。観光産業によって、開発途上国が経済的にも持続的に発展することも念頭に置かなければならないのである。そのためには先進国の援助形態が不適切であれば、住民の声を聞けと外野から騒ぐのでは問題提起にはなっても不適切な援助は改善されない。専門的知識をもって、プロジェクト内部から是正することが出来る人材の介在がますます必要になってくるであろう。しかし、観光に関わる人材育成に関して言えば、日本は欧州、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドを含めた西側先進国に大きく遅れているといわざるを得ない。現在観光開発のトレンドは東欧にあるという。その後、アフリカを経て、カンボジア、ビルマ、北朝鮮を主とするアジアに来ることは間違いないといわれている。その時、西側先進国は今までと同じようにどこの観光プロジェクトにも同じ鋳型を使う (Burns & Cleverdon, 2000) に違いない。そうなれば、アジアの開発途上国は観光で経済的発展を望めなくなる。アジアにトレンドが来たときに、同じアジアのメンタリティーでサスティナブルツーリズムを実現できるよう、観光の面では日本よりも先進国である韓国と協力して活躍できる日本人の国際観光コンサルタントの早期の育成が望まれる。

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島川崇の論考

Thesis

Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授、日本国際観光学会会長

Mission

観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

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