論考

Thesis

ツーリズムコンサーンの取り組み(1)

サスティナブルツーリズム実現のために世界的に活動を展開しているNGOであるツーリズムコンサーンで私は7月3日からインターン研修を開始した。9月末に修士論文を提出するまでは週2日の活動である。

ツーリズムコンサーンとは

 ツーリズムコンサーンは1988年5月、観光の与えるさまざまなインパクトへの認識を高める目的で設立された。当時から環境NGOは数多く存在し、彼らも、観光の負の側面に対する認識向上をアピールしていたが、彼らが観光自体を止めるよう働きかけていたのとは一線を画し、ツーリズムコンサーンはいかに観光をサスティナブルに実現していくかという主張を展開しているところが特徴的である。現在はノースロンドン大学内にオフィスを構え、教授陣、研究員、学生、ジャーナリストを中心に会員数も1000名を超えている。

ツーリズムコンサーンの活動

 ツーリズムコンサーンは創立以来、積極的に観光の正常化に取り組んできた。恒常的にフォーラムや勉強会を開催するのはもちろん、特に問題のある地域を特化してキャンペーンを行ってきた。
 過去、最も成功を収めたキャンペーンは、西アフリカの小国ガンビアにおいての活動である。ツーリズムコンサーンは、より地元民にも観光からの恩恵が行き渡るようキャンペーンを展開した。まず、航空機の中で上映されるガンビアの案内ビデオを制作、監修した。そして、ホテル、リゾート内での食事を含む、全てのアクティビティの利用料が、旅行者が旅行会社に払い込む料金に全て含まれるという「オールインクルーシブツアー」の廃止を求め、ついに昨年冬、ガンビア政府は各リゾートと契約旅行会社に対し、すべてのオールインクルーシブツアーの禁止を決定した。これはBBCでも朝のニュースの特集で放送され、現在の代表であるTricia Barnett氏がテレビ出演した。(私自身の見解としてはこのオールインクルーシブツアーの廃止論には懐疑的である。5月の月例報告にその点については述べたが、NGOとしての活動が、政府の決定まで影響を大きく与えたことの活動の評価は出来る。)

 現在はビルマキャンペーンを今までになく過激に展開している。私のツーリズムコンサーンでの活動はこのビルマキャンペーンに軸足を置いているので、この点に関しては来月の月例報告で詳しく報告したい。
 その他にも、季刊雑誌「Tourism In Focus」の発行、地元民とのコミュニケーションがはかれるツアーやゲストハウスをまとめた「The Community Tourism Guide」の出版、ツーリズム図書館の会員への開放など、日々の地道な活動も見逃せない。

初めてNGO活動に参加して

 私のバックグラウンドはセールスマンなので、どうも今までNGO、NPOを食わず嫌いしていたような気がした。しかし、今回初めてNGO活動に参加してみて、NGOの力について再認識させられた。

 まず、知識創造はアカデミックを完璧に凌駕している。一人一人の技量、能力(?)は確かに研究員、大学教授のほうが優れているかもしれないが、NGOスタッフは相互のネットワークを通じてお互いの知識を共有化することに長けている。野中郁次郎、竹内弘高、そして大串正樹先輩の主張する知識創造理論でいうところの、個々人に経験的に蓄えられた暗黙知を言語化し伝達可能になった形式知に変換することで、表出化した知識を構成員で共有化するプロセスは、NGOではうまく機能しているといえる。アカデミック分野でも、学会などで発表の機会はあるのだが、日常的に知識の共有化が出来ているとは言い難い。その点、NGOはそのネットワークを利用して、適切に情報を獲得しているといえる。
 また、その情報が、アカデミック分野の情報より新鮮で、しかも質が高いことには驚いた。どうも私の先入観では、NGOからの情報は恣意的に片寄った情報しか発信していないのではないかと思っていたのだが、NGOの信頼を勝ち取るためにも、情報ソースの質を高める努力を怠っていない印象を受けた。逆に、権威にあぐらをかいた大学教授の著作のいいかげんさやメディアの発信する興味本位の情報こそ、疑ってかかるべきである。

 世の中では今IT革命が盛んに論じられているが、このIT革命で大事な視点は、モバイルを充実させることやいかにオフィスをOA化するかということよりも、個々人の情報に対するスタンスの改善ではないかと考える。IT革命により、誰もが情報資料を簡単に得ることが出来、しかも、だれもが等しく情報を発信することが出来るようになる。情報が氾濫しはじめると、どれが正しい情報なのか一般人は見当がつかなくなる。そこで、これからはその溢れる情報を取捨選択、分析加工し、信頼性の高いものを発信するエキスパートが必要になってくる。その情報分析加工のエキスパートとしてNGOはますます重要になってくるのではないだろうか。

NGO活動への若干の危惧

 私はなぜ各NGOにこんなにボランティアが集まるのか、不思議でしょうがなかった。バイトをしたほうが金にもなるし、世の中そんなに正義感に根ざした「いい人」ばかりでもないと思うからである。しかし、今回自分が経験してみて感じたことは、NGOには他では経験できないある種の快感があるのである。理論武装という武器だけを持ち、権力を持っている者に対して戦いを挑んでいるイメージをうける。そして、その理論武装に、権力者が狼狽し、要求をあっさりと飲む。そのプロセスから得る快感は、ビジネスでは得られないものである。これは恐ろしいことである。ある意味、私がセールスマンから政治志望に転じ、政治家を目指す若い人たちに会った時にしばしば感じる嫌悪感と同じイメージである。正義感というより、大きな得体の知れないものを倒す快感から行動している人間の多いことに、私は大きく失望している。
 加えて、最近ではアメリカのMBAを卒業した人の間で、IT関連の企業をスタートアップするよりもNGOを設立するほうが金が儲かるといった議論を聞く。金儲けの手段として、NGOが認識され始めていることも新たな問題である。そのためにも、NGOに資金提供した場合の評価システムも厳格に構築しなければならない。
 アングロサクソンの成功の一つに彼らは人々の心に内在する快感をうまく利用することに長けているという分析もあるように、快感に根ざした組織は強い。あとはNGOのリーダーが、それを全てわきまえた上で活動をコントロールしていかなければ、視野がますます狭くなって行くだろう。

 いずれにしても、今後、NGOの果たす役割はますます大きくなっていく。ハナ・ヨンゲピアー氏が今月号の塾報で大変興味深い主張をしていた。政府、企業に対決するだけがNGOではない。「生活クラブ」のように消費者に直接質の高い商品、サービスを提供することで社会を変えていく方法もある。要は、快感よりも正義感を忘れないで、本当に多くの人が幸せになる方法を模索する必要がある。

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島川崇の論考

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Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授、日本国際観光学会会長

Mission

観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

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