論考

Thesis

NGOと民主制

NGOは民主制の守護者

「この間の選挙では、私の区では投票権の売買がありまして…」
「3つに分かれた複雑な財源が汚職の隠れ蓑になっているのでは?」

 これは7月27,28日、セブ島で行われたの汚職追放ワークショップの様子である。NGO『トランスパレンシーインターナショナル』のフィリピン支部が主催した。このワークショップは汚職や不公正な選挙への対策を考えるもので、開発NGO、教会、大学関係者に加え、政府からも官僚から市長、バランガイと呼ばれる小さな自治体のリーダー、地元警察官まで幅広い層から約50名の参加があった。政府、NGO関係者が入り乱れて、それぞれの職場での問題点や、公正な選挙のあり方をめぐって熱心に議論をしている。

 参加者の1人、地元の警察官、マリオ・クルスさん(29)は「毎回署長の命令で参加することになっているんだ。こういう進んだ場所で勉強をしておかないとね。」と修了証書を手に誇らしげに語ってくれた。警察官が民間のNGOの主催するワークショップで汚職追放や正しい選挙とは何かを研修する、というのはどうも日本からは想像しにくい光景だ。
 こうしたNGOの活動が活発な背景には政府の未成熟と国民の政府に対する不信感がある。フィリピンにおける政府の信頼度はかなり低い。その分NGOが活発に機能して、弱体な政府の公共機能を補ったり、教育したりしている。先ほどの汚職追放のワークショップだけではなく、地域行政のリーダー達の教育を行う『BATMANプロジェクト』など、NGOが市民の啓蒙どころか、行政の研修を受け持つといったことまで行われている。

 ここフィリピンでは、NGOは民主制の守護者だ。フィリピンでは86年までマルコス政権による独裁体制が続き、取り巻きによる政府の私物化が行われてきた。このマルコス独裁に終止符を打ったのが86年のピープルズパワーと呼ばれる革命である。NGOを中心とする民主活動家が選挙とデモを通してリードした民衆の革命として名高く、以降フィリピンの憲法にはNGOの地位が明記さるようになったほどだ。そして現在も弱体な政府を、民主制の守護者たる先進NGOが引っ張るといった構図がある。

オルタナティブ・ロー・グループ

 NGOの活動は何もこうした教育、啓蒙活動に限らない。ここ10年くらいの間に特に力をつけてきたのが、オルタナティブ・ロー・グループと呼ばれる、若手弁護士を中心とするような一連のNGOだ。彼等は各地のコミュニティーの組織化と、そこへの法的支援の活動をおこなっている。その1つが『KAISAHAN』だ。
 『KAISAHAN』は生活苦にあえぐ農民を支援するため、1988年に設立されたNGOである。フィリピンでは植民地時代からのプランテーションの名残で、一部の大地主が国土のほとんどを所有している。そのため大多数の農民は土地なしの小作農として苦しい生活を強いられてきた。
 こうした状況を改革するため『KAISAHAN』のメンバーは各農村へ出向き、互助活動をさかんにするようコミュニティーを組織化している。またその一方で、大土地所有制自体を変えるため、他のNGOと協力して農地改革の立法活動を行ってきた。その結果、現在施行されている『CARP』農地改革プログラムが作られ、大地主は最大3ヘクタールまで小作農に土地を分配することが定められた。

 『KAISAHAN』は現在、行政だけでは中々きちんと情報が行き渡らない農地改革の説明を各農村へ直接出向いておこなったり、申請を手伝うなどしている。また日本からは想像しにくいが、法律ができたからといって政府が弱体なこの国では全てきちんと施行されるとは限らない。実際、かなりの数の大地主は農地改革法が施行されても全く無視して従わなかった。『KAISAHAN』こうした大地主に対して、小農のコミュニティーを代表して訴訟を起こすなどの活動を行っている。
 いわば法律の立案(立法)、履行(行政)、チェック(司法)の全ての面においてフィリピンのNGOは時に政府を支え、時に政府の尻を蹴飛ばしながら大車輪の活躍をしている。こうした活動は何も農地改革の分野に限ったことではない。都市貧困層、低賃金労働者など様々な分野を支援する無数のNGOが存在し、革命以降その量と質を急速に拡大してきた。政府もそうしたNGOの能力を活かそうと、91年には地方自治法を改正し、正式にNGOが地域行政の政策形成に参加する道を開いた。最近ではNGOから行政の要職に抜擢される者も多く、実は現在の農地改革省のトップもNGO出身である。

政治への挑戦

 さらにこうしたNGOの活動は、旧来の政治体制への挑戦にまで拡大している。フィリピンでは、地方の大地主が国会議員に選ばれ、中央政界で派閥抗争を繰り広げるといったことが常である。政党など選挙の前の連合に過ぎない。大統領候補が選挙直前に政党を変えるなどといったことさえあるほどだ。国民も自分の地域内の親分‐子分関係にそって流れる金で、自分のボスがつながる者に投票するのが通例だ。

 ところが今、NGOを中心にこうした政治を改革していく動きが始まっている。98年から導入された、政党ごとに候補者を選ぶ比例代表選挙がそれだ。この制度を利用して今までNGO活動で活躍していた若いリーダーが、それぞれの対象分野について訴えるため、都市貧困の『AKO』、女性問題の『ABANSEPNINE』など多くの新政党を生み出した。
 そうした新政党の1つ『AKBAYAN』の事務総長、カメル・メリー・アバオさん(35)はこう語る。彼女もまた前述のNGO『KAISAHAN』から政党へ身を投じた転進組みの一人だ。
 「今の、地方有力者同志の派閥争いの政治では、本当に吸い上げるべき、国民の声は反映されません。私達新政党に与えられた議席枠は各政党1、2人ずつとまだまだ人数的には少ないですが、確実に政治手法を変え、国民と政府の対話を進めている自負があります。」
 彼女の言葉は嘘ではない。こうした新政党はたった1人の議員にも関わらず、NGOと共闘し毎日のようにマスコミをにぎわしている。国会内の数ではなく、世論を通して大きな影響力を行使しているのだ。こうした活動が大きな声になる理由は彼等が、国民の多くを占める貧困層の声を政治の場に伝えているからだ。

 一億総中流といわれる日本からは想像しがたいが、フィリピンの貧富の格差は非常に大きい。昨年、ある民間独立統計調査団体がフィリピン国民に対して行った調査では、自分の生活は貧しいと答えた人が60%を越えた。政府の公式統計でさえも41%が貧困層に属するしている。いわばこうしたNGOや新政党は、国民の半分を占める貧困層と政治を握る一部の有力者との間の対話を行う触媒となっているのだ。

国際社会のガバナンスにおけるNGOの役割

 以上述べてきたように、フィリピン社会におけるNGOの役割というのは非常に大きい。
 その理由の1つは政府の脆弱さにある。独裁から開放された後の民主制の歴史が比較的新しく、またもともと話す言葉も違う小さな島々によって形成された国家であるため、政府が行う法による統治が徹底しにくい。農地改革法施行後も無視をする大地主が多くいるように、この国では法律で定められたからといって、全てが履行されるとは限らない。
 こうした政府の基盤が脆弱で、政府の法による統治が滞りがちな社会では、NGOの役割は政府の替わりに小規模の公共サービスをするだけではなく、法律の立案、履行、チェックの全てにわたって、その国の法治の枠組み自身を改善していくという役割を担っている。

 もう1つの理由はこの国における貧富の格差だ。本稿で紹介した『KAISAHAN』も貧農を対象としていたが、NGOはその社会において弱い立場にある者のために働くといったことが多い。しかし一億総中流でやってきた日本の感覚で言うと、身障者、高齢者、女性など広い意味での弱者は存在しても、貧困という意味での弱者は少ない。よってこうしたNGOは国民のうち非常に特殊で小さな層の声を代弁しているようなイメージを持ちやすい。しかしここフィリピンでは、弱者は必ずしもマイノリティーを意味するのではない。6割以上が自分を貧しいと思っており、公式統計でも国民の41%が貧困層に属するのだ社会である。オルタナティブ・ロー・グループのようなNGOの活動は、国民の半分を占める貧困層の声を背負い、一部の富裕な有力者に握られてきた政府を改革しようという動きに他ならない。
 こうした政府や法の支配の確立状況や貧富の差は、国によって状況が違うので、全ての国でNGOがフィリピンにおけると同様の規模で、同じ役割を果たしていくとはいえない。これは一国一国の社会のあり方によって決まるもので、一概にはいえない。

 しかし少なくとも1つ、フィリピンと同様、あるいはそれ以上に、政府が脆弱で法による統治が貫徹されず、また貧富の格差が大きい社会が存在する。それは国際社会だ。準政府的な役割を果たしている国際連合などで、NGOの役割が大きくクローズアップされてきたのもこうした背景によるのではないだろうか。
 実際、対人地雷撤廃条約を作ったのはNGOであるし、90年代を通じて国際会議には必ずNGOが参加し、ロビー活動によって意思決定に影響を与えるといった慣習が完全に定着してきた。ケルンやつい先日の沖縄サミットでも、NGOを中心に進められた債務破棄要求を、各国政府が支持したのも記憶にあたらしい。
 国際社会の統治における、NGOの役割は今後ますます大きくなっていくと予想される。52%の食料と99.7%の原油を他国に頼る、国際社会の安定に多くを依存する日本であるからこそ、こうしたNGOとどう協力して、国際社会をどう運営していくのか、どうやって法治の仕組みを徹底させていくのか、ということを真剣に考えていくべきではないだろうか。

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森岡洋一郎の論考

Thesis

Yoichiro Morioka

森岡洋一郎

第20期

森岡 洋一郎

もりおか・よういちろう

公益財団法人松下幸之助記念志財団 松下政経塾 研修部長

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