論考

Thesis

将来的な政策課題を先取りする仕組み ~大量破壊兵器拡散政策に見る日米比較

1.我が国の大量破壊兵器拡散政策に関する調査

 米国議会は、1996年に専門委員会(委員長をかつてのCIA長官であるドイチェが務めていることかからドイチェ委員会と通称される)を設立し、不拡散関係の活動に関係する政府省庁や外国政府との協力の効果を評価し、改善のための提案を行うことを求めていたが、昨年1999年に同委員会の報告書が完成し、議会や関係者に配布された。大量破壊兵器政策に関連する政府のあらゆる活動を網羅し、各省庁がどんな業務を行っているか、組織面での問題はないのかを詳細に検討した報告書であり、米国政府が今後どのようにすればより効果的に大量破壊兵器拡散に取り組んでいくことができるかを見直す格好の材料を提供するものである。
 ドイチェ委員会は、特に政府組織の改善点を明らかにするべく設立されたものであるが、それに限らず、米国政府や議会が大量破壊兵器拡散についての政策を集中的に検討した報告書は数多くある。国防予算を中心に、大量破壊兵器関係の予算は膨大なものであり、その意味でも絶えざる反省や改善を要求されるということなのであろう。
 それに対して、我が国は、オウム真理教による化学テロや生物兵器の製造があり、隣国に北朝鮮という大量破壊兵器保有国が存在しているにも関わらず、大量破壊兵器への政府の取り組みを包括的に検討した専門委員会や公的報告書というものは残念ながら一つも存在していない。私見では、我が国にとっての直接的な安全保障上の脅威は、化学・生物・核兵器といった大量破壊兵器(放射性物質を含む場合もあり)と、その運搬手段であるミサイルが最大のものである。冷戦期とは異なり、日本に直接武力侵攻してくるというシナリオは、少なくとも短期的には考えにくい。したがって、日本の自主防衛を目指す立場であれ、日米安保に多くを依存しようとする立場であれ、はたまた非武装の立場であれ、我が国の安全保障を考えるならば、大量破壊兵器+ミサイル拡散について真剣に考える必要があるはずであり、また必要とされる試みは軍縮や輸出管理から防護手段の整備や核抑止に至るまで多岐にわたる。近年はNPTやCTBTに関連した不拡散の分野でも、生物化学防護の分野でも、日米協力の度合いが急速に高まっているが、同盟相手の米国での研究や検討のされようと引き比べ、日本のそれはあまりにもお粗末である。

 我が国が、真に我が国にとって有益な政策を遂行していくには、米国の顰に倣って自らの政策や組織体制を見なおすことが不可欠である。ことに、関係する業務が多くの省庁にわたるのだからなおさらである。
 こうした状況に一石を投じるべく、及ばずながら、日本の大量破壊関連の活動と担当組織を洗いざらい検討し、報告書を作成することにした。お世話になっているモントレー研究所が、今後日米の不拡散コミュニティ間の協力強化の一端を担うことになりそうなので、その参考に供することができれば、というのが直接の動機ではあるが、日本のしかるべき組織で本格的な検討が行われるきっかけとなることを企図してもいる。各種政府発表資料を検討すると同時に、3~4月の帰国時に、外務省、通産省、科学技術庁、防衛庁・自衛隊に対して聴き取り調査を行った。思った以上に広い範囲にわたってしまい、まとまりに欠ける不安もあるが、とにかく「大量破壊兵器不拡散への対応」という切り口で、政府の営みや組織の全体を描出しようと、現在報告書を作成しているところである。5月中をめどに完成を予定している。

2.議会が設置する検討委員会制度

 報告書の内容については、完成後この場でも紹介する予定であるが、調査の過程で、日米の政策形成・行政評価のあり方の違いについて印象を受けたので、やや未整理ながら以下に記すことにする。
 先に述べたドイチェ委員会は、議会によって設立され、大量破壊兵器関連の政府活動や組織体制を検討することを義務つけられたものである。内閣法が中心の日本と、議員立法を基本とする米国の違いでもあろうが、日本で、優先度の高い問題、省庁横断的な政策課題について国会が専門家による委員会を設立して、2~3年といった単位で報告書を出させるということはあまりないのではないだろうか。行革審や臨教審が近いように思うが、首相のイニシアティブによって設立されたという性質上、どうしても与党色の強いものになってしまう。委員会調査室が資料を作成することもあるが、長期的、包括的な観点から特定の政策課題を再検討する、というものではないようである。将来的かつ省庁横断的な政策課題への検討ということでは、各政党のプロジェクトや委員会が作成する報告書もあり、例えば自民党の「危機管理プロジェクトチーム」の出す中間報告などはよくまとまっているが、自民党としての政策提言を目途としているため、報告書の段階では提言の前提となる事実関係についての情報は殺ぎ落とされてしまうし、特に自民党(というより与党)の場合、どうしても役所からの議題設定や情報提供に依存する傾向が強くなるように思われる。また、各官庁の審議会では、どうしてもそれぞれの官庁の枠をこえることは難しい。

 米国はある程度認識の基盤を共有している二大政党制だから可能なのかもしれないが、専門家による中立的な委員会を設置して、事実関係の調査とそれに基づく提言を行わせ、議会が政策についての議論を行う前提としていく制度は効果的と思われる。大量破壊兵器問題に限らず、情報化や金融制度改革といった、かなり専門的な知識を要し、将来を見越した洞察が必要とされる分野に関しては、有識者による委員会設置によって、関連する問題領域全体を、既存の行政の資源(既存のプロジェクトや予算、人員等)とあわせて検討し、国会に報告させ、広く国民に公表することによって、立法府や国民の議論の基盤を作っていくことが有益であろう。委員会は党派的には中立でかつ政府からの圧力に対しては議会の支援を期待できるものでなくてはならない。議員や政党のスタッフの強化もそれはそれとして必要であるが、どうしてもためにする議論に落ち着きがちであり、また視点や情報源に大きなバイアスがかかることも予想される。自民党から共産党までが納得する委員の選出は困難であろうが、国会の効率や機能を上げるための選択肢の一つと言えるのではなかろうか。
 現行の法制度上それが可能なのか、あるいはすでにそれに類する制度があるのかどうか、諸賢のご意見を仰ぎたいところである。

3.政策課題を先取りするための仕組みとは

 先日、モントレー研究所で、国防総省の対抗拡散(Counterproliferation:詳しくは2000年3月の塾報に掲載された拙文を参照のこと)政策担当の高官によるブリーフィングが行われた。オフレコということだったので、細かい内容についてここに記すことはできないが、「拡散:脅威と対応」等に示されているような、包括的で体系的な大量破壊兵器対抗のための政策コンセプトが、現場でもきちんと理解され、実行されていることに強い感銘を受けた。日本政府の政策についての文書や声明が、しばしば政策の実態を反映していないことと比較して、政策をめぐる概念や言葉が、単なるお化粧ではなく、実際の力へと転化されていることを実感させられる。議会の小委員会や民間の研究会を苗床として育っていった「対抗拡散」という政策概念が、ここ数年で、法整備、予算づけ、担当組織の設置というかたちで、次第に「制度化」されていった様子を説明する手つきも実に手際がよい。絶えず他の政策との間で優先順位の競争を行いながら、政策に具体的に検討を加えている結果であろう。一般に、米国の役所は組織のミッションが明確であるが(多くの場合法的に明示されている)、日本の役所では業務分掌を聞いてもよく分からないことがある。自分の経験から言っても、日本の組織の場合、各セクションで蓄積されている経験知を、全体的な視点、組織横断的な視点で概念的、抽象的に反省して、新たな方向に位置づけ直し、それに見合った制度を生み出していく、ということに重きが置かれない、またやろうとしてもうまくいかないきらいがある。

 前節で議会設置の委員会について述べたが、それに限らず、日本では、重要な政策課題、特に省庁横断的な新しい政策課題が生じた場合に、関連する政府の組織や活動をすべて総ざらいして検討し直す姿勢が弱いのではないか。それでは、その場その場の政策課題を処理するにはいいかもしれないが、将来的な政策課題を先取りして、省庁横断的な取り組みを実現することは不可能であろう。政治は後始末や問題解決だけでなく、将来への投資を決断する役割を果たさねばならない。国会にも、今後優先順位が高くなりそうな将来的な政策課題について調査・検討する(させる)機能を強化することが求められるが、政治家自身がそれを担うのは不可能でもあり、非能率でもある。こうしたことも念頭において、私の年来のテーマである政策シンクタンクの設立を目指していきたい。

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金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所取締役常務執行役員 政策シンクタンクPHP総研代表兼研究主幹

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安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造

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