論考

Thesis

核不拡散とエネルギー問題

昨年来モントレー研究所で大量破壊兵器拡散について研修しているが、その中でこの問題とエネルギー問題が深く結びついていることを認識するようになった。そこで、この結びつきについて示唆をうるべく「21世紀の原子力平和利用と核問題」シンポジウムに参加した。このシンポジウムは、不拡散問題についての日米協力の強化の一環で開催されたものでもある。モントレーでの研修、またワシントンでの情報収集活動の中で、事情をある程度把握していたことにより、日米の協力強化のプロセスを様々な角度からたどることができた。これに限らず、3月は核拡散と原子力エネルギーの関係を考えることが多く、安全保障/エネルギー/環境という三つの切り口が、北東アジアの安定を考える認識枠組みとして重要であると認識するようになった。

1.シンポジウム「21世紀の原子力平和利用と核問題」

 3月9日/10日の両日、原子力平和利用・核不拡散政策研究会主催のシンポジウム「21世紀の原子力平和利用と核問題」が開催された。原子力委員会、科学技術庁、外務省、通商産業省、日本原子力研究所、核燃料サイクル開発機構が後援に名を連ねており、企画・運営にあたった社団法人日本原子力産業会議の力の入れようがうかがえるシンポジウムであった。スピーカーは以下の通りである。

黒澤満大阪大学大学院国際公共政策研究科教授
今井隆吉世界平和研究所主席研究員
A. Baerカナダ・オタワ大学理工学部長/IAEA原子力安全諮問グループ議長
下荒地修二日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター
J.Holum米国国務省軍備管理・国際安全保障問題担当上級顧問
浅田正彦京都大学教授
B. Chellaneyインド政策研究所教授
I. Ahmadパキスタン原子力委員会委員長
R.Timerbaevロシア政策研究センター理事長
L.Spector米国エネルギー省・軍備管理・核不拡散担当次官補代理
岩永雅之核燃料サイクル開発機構・国際・核物質管理部長
服部拓也東京電力 原子力計画部長
E.Hackelドイツ外交政策研究所上級研究員
G.Le Guelte国際戦略研究所理事
朱明権復旦大学教授 アメリカ研究センター副所長
坪井裕日本原子力研究所企画室調査役
鈴木達治郎東京大学客員助教授
R.HowsleyBNFL保安・保障措置・国際関係部長
Byung-Koo Kim韓国原子力研究所原子力管理技術センター長
栗原弘善核物質管理センター専務理事
神谷万丈防衛大学校助教授
吉田文彦ジャーナリスト
遠藤哲也原子力委員会委員

 ロシアのティメルバエフ氏と朱明権氏は、私が客員フェローをしているモントレー研究所の客員研究員を務めたことがあり、世界に不拡散コミュニティを創り出すというモントレー研究所の使命が、着実に実を結びつつあることに印象を受けた。今は国務省に統合されてしまったが、米国の軍備管理や軍縮の政策や交渉を一手に担っていた軍備管理・軍縮庁の最後の長官でもあるホーラムが参加していることも特筆すべきであろう。
 シンポジウムでは、核不拡散体制の現状と今後の見通し、核軍縮に伴う核物質の処分、核不拡散と原子力平和利用の関係、核不拡散の国際枠組みと日本の役割等について発表が行われ、最後に主催の原子力平和利用・核不拡散政策研究会による「21世紀における原子力平和利用推進と核不拡散のための行動計画」という国際的な提言について議論が行われた。提言は5つの施策について行われた。

1.NPTの実効性を高め、普遍性を持たせるとともに差別性を減じ、政策や活動の透明性を高めるよう努力する(核不拡散体制の強化と普遍化)
2.解体核物質や各環境汚染、技術者の流出、民需転換等の問題を、米ロの二国間協定に加え、モスクワ原子力安全サミットでの合意に基づく多国間協力メカニズムを用いて早期に解決する。
3.「国際プルトニウム指針」に基づき、民生用プルトニウムの透明性を向上し、在庫の安全な管理方針を確立する。
4.核不拡散体制強化のため、核拡散抵抗性技術、核物質防護・管理・計量の技術開発の分野で国際協力を実施する。

 これらの提言は、単にNPT等の不拡散の取り決めを守るという宣言だけでなく、取り決め違反を暴く検証措置の強化(1)や核兵器に転用されにくい原子力技術(4)といった技術的解決、拡散をもたらしかねないロシアからの核物質・技術流出(2)や余剰プルトニウム(3)への取り組み、わが国が不拡散を推進するにあたっての政策構想力の強化(5)といった、きわめて具体的な内容になっており、一定の評価はできる。にも関わらず、以下の三つの点について不足を感じる。

<原子力中心主義>
 原子力産業界のバックアップを受けている研究会の提言なので当然といえば当然ではあるが、原子力エネルギーの安全性への国内外の懸念の高まりもあってか、原子力への依存を絶対に擁護しようという傾向が強い。現実に原子力エネルギーを用いている以上、それが核拡散や近隣諸国間の相互不信に結びつかないようにするのは正しい方向性ではあるのだが、他の既存エネルギー源や代替エネルギーとのバランスの中で、原子力平和利用と核不拡散の問題を考えていく姿勢が必要である。また、そうでなければ、政策や提言としては説得力を欠くであろう。

<軍事的発想の欠落>
 提言では、不拡散の分野は平和憲法を持つわが国が平和的手段を用いて国際社会の安定に貢献することができる分野であることが強調されている。たしかに、検証技術の向上やロシア等の核解体への協力は非常に重要であるが、この問題が持つ軍事的含意に注視しないのは楽観でしかない。台湾の総統選挙の結果を受け、中国は従来の核先制不使用政策が解除される局面がありうることを示唆しているが、こうした恫喝に対して最も効果があるのは、中国が核を用いた場合にも軍事的優位性は動かない、あるいは核を用いた場合には、用いない場合より中国にとって悪い結果になることを、能力面でも決意面でも明らかにすることしかない。台湾海峡危機の結果、中国がわが国を核恫喝するということは考えにくいが、もしわが国も標的になるというのであれば、核兵器を含む大量破壊兵器を使用された場合に限り専守防衛の制約を解除して報復すると宣言し、そのための装備を整えるのも一案である。米国との関係もあり、現状では全くの極論ということになるだろうが、抑止の強化という観点からみて十分合理性を持つ選択肢である。核に対する防護措置の強化によっても抑止力は強化できる。一般に不拡散コミュニティでは、軍事的側面を忌避しがちであり、軍事コミュニティでは、不拡散の強化に懐疑的であるが、両者を架橋する視点が必要であろう。

<生物・化学兵器、ミサイル拡散への無関心>
 原子力平和利用を守るために必要な施策という観点から提言されているので、核拡散だけがとりあげられているが、核拡散の脅威は運搬手段としてのミサイル技術の向上とセットになってはじめて深刻なものになる。また、米国の軍事ドクトリンでは生物・化学兵器の使用に対して核報復する可能性が示唆されており、NATOでも議論を呼んだ先制不使用との関係で大きな問題となるはずであるが、全く顧慮されていない。

2.不拡散についての日米協力

 さて、ホーラムが来日したのは、このシンポジウムに参加するためだけではなく、日米の不拡散問題での協力関係の強化について日本政府と交渉することが第一の目的であった。シンポジウムの最中にも、発表されたばかりの「軍備管理・軍縮、不拡散と検証措置についての日米委員会」に関する共同声明が配布された。声明の内容は、要は、軍備管理や不拡散の条約が守られているかどうかを検証するための技術を向上するために日米が協力していくというものである。当面の作業としては、技術協力作業部会を設置して、CTBT(包括的核実験禁止条約)が守られているかどうかモニタリングするための技術向上に努めることになる。周知の通り、昨年秋に、米国上院はCTBTの批准を否決したが、その際の否決理由の一つが、CTBTの検証措置は抜け穴だらけで、小さい規模の核実験をこっそり行うことを防げないから、米国がCTBTを遵守しても相対的には損をするだけだ、というものであった。こうした批判をかわす上では、信頼のおける検証技術を確立することが不可欠というわけである。交渉内容については国務省の知人から、事前に大体のことはきいていた。彼も当面技術的な協力が中心になるだろうと語っていた。いずれにしても、軍備管理・不拡散の面で、日米が常設の委員会まで設置して協力しあうことは画期的なことであり、今後はおそらく技術面を超えた政治レベルや構想レベルでの協力関係へと発展していくことであろう。
 この件に関し、モントレーの研究者の一人が、国務省から相談を受けている。日米政府の協力強化にあたって、セカンドトラックでの協力関係も強めたいのだが、日本で、カウンターパートに成り得る研究所はあるだろうかというのである。その研究者が私にも意見を求めてきたので、広島平和研究所や日本国際問題研究所等の概略と主な研究者をピックアップしたレポートをまとめて提供した。私の貢献はささやかなものでしかないが、こうした政府間での協力強化と並行して、民間レベルでの知的交流を強め、政府当局の狭い視点を超えたアイディアを生み出すことを支援することに力を注ぐ米国政府の姿勢には印象を受けた。まだ表面化はしていないが、今後セカンドトラックでの協調も深まっていくことになろう。その際に問題となるのは、平和国家といいながら、軍備管理や不拡散といった領域についてすら、現実的で実践的な研究がそれほど盛んではないわが国の現状である。軍縮が安全保障を強化するとは限らないわけであるし、各国は自国の国益を最優先して軍備を整えているわけであるから、軍備管理・軍縮は、口で言うほど簡単でも理想的でもなく、様々な利害を調整しながら解を見出していく非常に困難で消耗する営みなのである。平和国家を自称するのであれば、研究機関への助成や大学での講座設置の促進、外務省や防衛庁における専門家の育成等、軍備管理・軍縮コミュニティの育成が急務である。それも、安全保障政策の一環としてきちんと位置付けた上で実施していく必要がある。

3.安全保障・エネルギー・環境

 21世紀の北東アジアでは、経済発展に伴うエネルギー需要の高まりによって、エネルギー争奪が安全保障上の不安定の源泉となることはほぼ確実である。中でも、原子力発電という選択肢は、核兵器拡散への懸念と分かちがたく結びくことによって一層複雑な影響をこの地域に与えていくことになる。原子力エネルギーを選択するかどうかは、環境問題とも強く結びついている。原発の廃棄物や原発事故が環境に悪影響があることは必死であるが、他方で中国が依拠する石炭燃料の大気汚染への影響も深刻であり、ことは単純ではない。2月29日に、ワシントンのウッドロー・ウィルソンセンターで行われた日本の原子力政策についてのシンポジウムで、日本側のパネリストは、国際的な環境規制を遵守するためにも、原子力エネルギーへの依存が必要であると述べていたが、ご都合主義の感を免れない。結局のところ、米国のノーチラス研究所の活動コンセプトのように「安全保障」「エネルギー」「環境」という三つの変数を同時に見据えつつ、北東アジア地域全体として最適な政策パッケージを創造することが求められてこよう。特に前二者の関係について議論することの優先順位はきわめて高い。今後は、この三つの変数が相互作用するところで地域の安定の条件を見出すことにも焦点をあてていくこととしたい。

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金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹

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安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造

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