論考

Thesis

政策立案・政策研究を支えるインフラストラクチャー

モントレー研究所(同研究所での研修活動については10月分月例報告を参照のこと)で日々政策情報を利用していると、アメリカの政策立案・政策研究を支えている「情報」のインフラストラクチャーについて感心させられることが多い。今回の月例では、私自身も活用している政策情報インフラや海外メディアモニタリングサービスをご紹介しながら、政策や政治と情報の関係について管見を披露することにしたい。

1.議会発言録・公文書の公開

 先月上院がCTBTの批准を否決したことは、内外の軍備管理コミュニティに大きな衝撃を与えた。共和党の立場が、「党派的」「孤立主義」と形容されるほど単純なものではないことは前回の月例で報告した通りだが、実際にCTBTの批准プロセスがどのようなものだったのかについての詳細な検討はこれからの課題ということになる。

 私が所属するモントレー研究所では、パラッチーニ研究員がこの課題に取り組んでいるが、こうした議会の立法活動の検証にあたっては、当然ながら上院でいつだれがどんな発言をしたのかという生のデータにあたる必要がある。こうした場合に非常に役に立つのが、インターネット上で議会情報を公開している「トーマス」(http://thomas.loc.gov/)であり、私自身も、特定のテーマについての議会の動向をチェックする必要があるときは活用している。

 「トーマス」という名前は、独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンに由来する。「トーマス」の運営は議会図書館によって行われている。スタートしたのは104議会(現在は106議会)からということであるから、まだまだ新しいサービスである。日本でも紙ベースでの国会の議事録は存在しているが、コンピュータ端末から簡単にアクセスし、検索できるという段階には達していない。
 「トーマス」は議会のリーダーシップによって整備されたとのことであり、議員の発言が厳しい精査にさらされる可能性を高めるシステムの整備を、議会自らが率先して行っていることは評価されるべきだろう。
 米国議会では、公聴会が頻繁に開かれて、立法活動に寄与しているが、その日、あるいは過去にどのような公聴会が開かれているかのスケジュールが、各委員会のホームページに掲載されている。委員会によっては、証言者が提出したサマリーが掲載されている場合もある。安保・外交関係委員会のURLは下記の通り。

下院軍事委員会
http://www.house.gov/hasc/schedule.htm

 

 

下院国際問題委員会
http://www.house.gov/international_relations/schedule.htm

 

 

上院軍事委員会
http://www.senate.gov/~armed_services/hearings.htm

 

 

上院外交委員会
http://www.senate.gov/~foreign/commher.htm

 

 

会計検査院の報告書も立法活動にあたって大いに参照されている。
http://www.gao.gov/reports.htm

 

 

議会だけでなく行政府も情報公開に積極的である。議会に提出する年次報告はもちろん、統合参謀本部が作成する軍事ドクトリンすらもホームページで入手することができる。安全保障関係についての政府高官の発言をフォローするには以下のホームページが便利である。
http://www.usia.gov/products/washfile/intrel.shtml

 また、各種研究所やシンクタンクは、特定の政策領域について独自でリンクを作成し、入手した情報を整理し直して公開している。大量破壊兵器の拡散問題との関連で言えば、以下のサイトの情報の豊富さと網羅性は瞠目に値する。

アメリカ科学者連合
http://www.fas.org/

 

 

天然資源防衛評議会
2.モニタリング・サービス

 外交や安全保障は、自国の権力が及ばない他国との関係に属する政策領域であり、自国の都合だけで手前勝手に決められるものではない。その都度の国際情勢や国際関係についての情報から、最大限国益を守るための方途は何か判断していく必要がある。
 しかし、人間は万能ではなく、特殊な人を除けば、マルチリンガルであることはできない。大量破壊兵器問題の専門家が、北朝鮮の情勢を知るのに朝鮮語を学ばなければならないというのであれば非常な負担でもあり、またその割に益するところも少ないということになろう。

 こうしたジレンマを解決すべく、アメリカでは、海外のメディアに公開された情報を常時モニターし、重要な情報を翻訳・編集して、ユーザーに報告するモニタリングサービス、FBIS(海外放送情報サービス)が、国家予算で運営されている。FBISのホームページにアクセスして、日本の非核三原則について検索すると、メディアに載った主要な記事の翻訳をたちどころに入手することができる。アクセスは政府関係組織とモントレー研究所のようなFBISとの契約者に限られているが、研究者やジャーナリスト、政策担当者は、外国語の壁に煩わされることなく特定の地域についての情報を手に入れることが出来、自分たちは研究や政策立案に専念していればすむことになる。令名高いアメリカのメディアやアカデミズムは、こうした目に見えない情報インフラに下支えされている。個人の知性や分析能力を最大限活用すべく、国家的なバックアップがなされているのである。

 岡崎研究所の小川彰氏によれば、イギリスにも政府交付金で運営されるBBCモニタリングサービスがあって、約30億円で38言語をカバーしているとのことである。またイギリスはアメリカと協力して、70言語145カ国をカバーしているとのことである。これに対し、日本は民間財団のラジオプレスが約5億円の予算で、5言語15カ国をカバーしているにとどまる。
 来世紀のわが国の最重要課題は情報収集体制の確立である。モニタリングサービスの充実にはそれほど大きな予算を必要とするわけでないが、その効果は絶大である。政治家の主導で、即座に実行に移すべき課題であろう。

3.情報の公開と守秘義務

 アメリカの政策コミュニティは、立法府や行政府の積極的な情報公開によって成り立っており、インターネットが大いに活用されている。インターネット上での情報公開といっても、ホームページに無造作に掲載してあるというのではなく、体系的に整理され、情報利用者が活用しやすいように工夫されている。しぶしぶ情報公開するという姿勢ではなく、むしろ利用機会を増やす努力が積極的になされている。シンクタンク等の情報利用者は自らの関心領域にあわせて、特定のホームページを定期的にチェックするだけで、政策決定過程をアップトゥデートに知ることができるようになっている。作業過程を確立してしまえば、大学生レベルでも立派なデータベースを作ることが十分可能である。
 と言っても、全ての情報が公開されているわけでは無論ない。軍事的な情報、例えば作戦計画等は多くの場合非公開であるし、かなり時間が経ってからも公開されない場合が多い。

 政府高官や特定の委員会に属する政治家は非公開情報へのアクセス権を持つが、彼らも定期的に、情報を漏洩していないかどうかのチェックを受けており、情報漏洩の場合は重い罰則があるとのことである。つまり(1)政策情報の原則的公開(2)利用者の利便性への配慮(3)一部情報の非公開とアクセス権者への強い規制、等がセットになって、必要な政策情報が官民の間で流通し、秘すべき情報の漏洩が防がれているわけである。日本の場合、官僚は政治家はすぐしゃべってしまうとの不信感をもっており、実際その通りなのであろう。国家の行く末を預かる政治家が国家の重大問題を多くの場合虚栄心や私欲からリークしてしまうのはいかにも自覚に欠け、万死に値する。しかし、その結果、官僚にとって都合の悪い情報や政治的意思決定に必要な情報も政治家に流さないというのであれば問題である。

 政治や政策と情報の関係について、わが国でもきちんとした整理が必要なのではないか。その場合、(1)官民の政策コミュニティの基礎体力となる情報環境の整備(政策情報・政府文書の原則的公開、全世界をカバーするモニタリングサービスの充実等)と(2)政治家に対する政治的意思決定に必要な情報の伝達の義務づけと強い罰則規定を含む政治家の守秘義務の明確化、が鍵になろう。(1)に関連して付言すれば、生情報を分析・加工して公に流通させる担い手として民間非営利の政策シンクタンクや情報提供NGO等が有望であり、それらの財源を確保するための税制上の優遇が実現されねばならない。他方、政策シンクタンクやNGOが真に機能するには、(1)で挙げたような情報環境の整備が不可欠であることも見逃してはならない。

 政策は個人のためにあるのではない。したがって、政策提言・政策研究・政策分析を個人の力量に期待するのではなく、国として後援し、わが国全体として最大限の力を引き出すことには正当な理由がある。必要な情報を社会の必要な部分(人や組織)に適切に伝達させる「政策情報のマネジメント」が必要と考える所以である。

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金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所 取締役常務執行役員/政策シンクタンクPHP総研 代表・研究主幹

Mission

安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造

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