論考

Thesis

説得するアメリカ ~その見えざる力と限界~

1.はじめに

 私自身プログラムディレクターという位置付けでお手伝いしており、横江久美塾員が代表を務めるPacific21(日本名:太平洋評議会)の活動については先月の月例でも報告した通りであるが、その事務所が、ワシントンの老舗の有力ネットワーク/シンクタンクであるAtlantic Councilの一角にオープンした。Atlantic Councilは、NATOに対する公民の理解と支援を高めるべく発足し、歴代のチェアマンを、国務長官経験者や安全保障担当補佐官経験者が務めているという由緒ある組織である。先日も、日本の平和・安全保障研究所と、核戦略についての優れた成果を発表したばかりであるが、いくつかのユニークなプロジェクトを運営している(http://www.acus.orgを参照のこと)。

 Pacific21の重要なミッションは、日本や北東アジアの課題を正しく米国に伝え、北東アジアからアメリカへのアイディアの流れを創り出していくことにあると私達は考えている。従来、北東アジアや太平洋の国際秩序については、まずアメリカによってアジェンダが提起され、流れが決まっていくというのが通例であったが、こうしたアイディアの流れを少しでも双方向的なものにしていこうという算段である。

 アジェンダセッティングにおけるアメリカの優位性は、彼の国による説得活動が多岐にわたり、また高度に組織化されているという事情による。本稿では、アメリカによる説得活動の一端を紹介しつつ、それと対比的に日本やPacific21の課題を明らかにしていくことにしたい。

2.Public Diplomacy

 8月13日のワシントンポストは、クリントン政権が、世界的な反アメリカ的プロパガンダに対抗すべく、政府の海外ニュースをコントロールするべく国務省の組織を再編したと報道している。独立した組織だったUSIA(U.S. Information Agency)を国務省の下に再組織し直し、新たに担当の次官職(Under Secretary of public diplomacy)を新設して、その下に国際公共情報グループ(International Public Information group:通称IPI)を設置する。IPIのミッションは「国家の高度に発達したコミュニケーション能力、あるいは情報能力を効果的に用いて、誤報や煽動に対処し、国内の民族対立を和らげ、独立的なメディア組織と情報の自由な流れを促進し、民主的参加をサポートする」ことにあり、そのことは「米国の国益を高め、重要な対外政策上の目標である」とされている。

 Pacific21もお世話になっている同組織のケルマン氏は、具体的な活動として、インターネットやボイスオブアメリカ等を用いて国務省やペンタゴン等から発表される政策を海外に伝えること、交換プログラムによってアメリカに接する機会を作ることの他に、各国の有識者と関係を保ってブリーフィングを行ったり、アメリカの有識者を各国に派遣することによってPublic Diplomacy(大衆外交)の役割を担っていることを挙げる。国務省のチャネルが公式的かつどちらかというと融通の効かないものであるのに対し、旧USIAあるいはIPIは、融通無碍に各国に浸透し、あらゆるチャネルを使って、有識者や世論に直接アメリカの立場を訴えていこうとするわけである。

 典型的な活動は、コソボ危機に際して見られた。ミロシェビッチサイドからのプロパガンダが、各国世論を左右することのないよう、当時のUSIAはさまざまな働きかけを行っていた。つまり、対立する相手国(セルビア)に対して対抗宣伝していくというだけでなく、対立国による反米宣伝が、他の諸国で力を持つことのないように対抗措置をとるということである。アメリカは、コソボ危機を戦うと同時に、全世界でアメリカの正統性がゆらぐことのないように情報戦に腐心していたわけである。言うまでもなく、この戦いには日本も巻き込まれている。そして、真の意味で、USIAやIPIにあたる組織は、日本には存在していない。

3.対話と説得の間

 渡米後何度か、前ペンタゴン日本部長のサコダ氏と話す機会があったが、彼がその都度強調していたのは「対話」の重要性である。彼は在任中、月に一度の頻度で日本に赴き、外務省や防衛庁の役人と対話してきたという。彼のかつての上司、ジョセフ・ナイが国防次官補時代に始めた、日米軍人間の交換プログラムも、日米間の対話チャネルを拡大しようという意図から発案されたと聞く。ナイは、情報や文化の力、あるいは対話やルールの重要性を強調するリベラリスト学派の国際政治学者であり、日本だけでなく、あるいは韓国や中国とさえ協議しながら、日米安保の再確認を行ってきたその手法といい、「政策協議なくして同盟なし」という態度は、リベラリストの面目躍如というところであろう。

 しかし、である。そこには真の意味での対話は成立しえているのだろうか。たしかに、ここ数年の安全保障をめぐる日米当局者のやり取りの緊密さは瞠目すべきものがあったが、目を政治の世界にまで広げて見たとき、そこには対話というより、むしろ一方的に説得されている日本の姿が浮かび上がってくる。

 過日、民主党の外交政策の責任者でもある、塾員の玄葉光一郎代議士の事務所で研修していた際、わずか数ヶ月の間に、何度となく、国防次官補代理のキャンベルと民主党の関係者の会合がセッティングされていたのが印象に残っている。キャンベルは、ガイドラインの米側の実質的な責任者であるが、与党はもちろん、最大野党である民主党にまで、ブリーフィングを行っているわけである。つい先日、ハーバード大学客員教授として滞米中の秋山前防衛庁事務次官にインタビューする機会を得たが、秋山氏に、その点どう思うかをうかがったところ、役人としては、直接政治家と話をされると、交渉力も落ち、非常にやりにくいということであった。また、幹事長や政調会長クラスがキャンベルに喜んで会うというのはいかがなものかともおっしゃっていた。キャンベルは、日本で言えば審議官クラスであり、言ってみれば、防衛庁の審議官にディック・アーミーやゲッパートがわざわざ会っているようなものであろう。

 しかし、問題の本質は、格の高低や、キャンベルあるいはサコダらが日本の政治家に会うことそれ自体にあるわけではない。第一の問題は、日本の政治家が、彼らのブリーフィングに対してかなり無防備であるということである。本来、彼らのブリーフィングをそのまま情報として受け取るのではなく、それがどう言う意味を持つのかについて検証を行う必要があると思われる。推測にすぎないが、政治家は、「役人を通さない独自の情報」として、過剰にそうしたブリーフィングに依拠してしまっているのではないだろうか。それが、国会での議論の素地を形成しており、その結果が、低調な議論を招いているのだとすれば、大いに問題であろう。キャンベルらが政治家諸氏に会うのは、中立的な情報を提供するためではなく、説得のため、あるいは、反応をうかがうためであるということをもう少し意識する必要はないだろうか。そして、十全な検証プロセスを経、「納得」した上で、同盟を支えていくべきではないのだろうか。

 第二の問題は、しからば、我が日本政府は、アメリカの議員に対して同様の「説得」を行っているのかということである。これまた秋山前次官に訊ねたところ、残念ながら、そうした活動はしていないとのことであった。アメリカ政治の中で議会が占める位置は非常に大きいものがあり、議員への説得活動を怠るようであっては、将来的に禍根を残すことになるのではないか。サコダ氏も、日米安保に格段の関心をもつ議員は見当たらないと言っていたが、議会の中に日本の橋頭堡を築く試みが必要なのではないだろうか。

 この数年で日米同盟は、大きく変貌した。しかし、船橋洋一が『同盟漂流』の中で指摘したように、この同盟は事務方同盟(Secretarial Alliance)と形容されるような脆弱さを備えている。その弱さは、政治家を含む国民各層を巻き込んだ、真の意味での「対話」の不在によるのではないだろうか。

4.Pacific 21のミッション

 それでは、Pacific21は、いかなる使命を担っていくべきなのだろうか。

 実を言えば、Pacific21のモデルともなっているコリアクラブは、USIAのケルマン氏の主導の下で設立されている。コリアクラブは、ワシントンの韓国人社会と、韓国に関心を寄せるアメリカ人の接点として組織されたが、講師の選択もケルマン氏らが大きく関与しているようであり、アメリカ側からの情報のチャネルとして意識されていた。ケルマン氏が、Pacific21に協力的であった背景には、日本版コリアクラブとしての可能性をみていたからであろう。

 幸か不幸か、Pacific21は、日本あるいは北東アジア諸国側からのPublic Diplomacyを企図するものへとコンセプト上の進化を遂げてしまった。Pacific21は、アメリカ側からのPublic Diplomacyを排除するものではないが、一方的にそれを甘受するのではない。ネットワーク形成も、日本人が情報を受け取り、説得される機会を増やすだけに終わらせるのではなく、米国政府関係者やジャーナリスト、研究者の中で、日本や北東アジアのホットトピックスへの関心を高め、日本や北東アジア諸国のの立場を彼らに浸透させていくことができたらと考えている。こうした立場から、カンファレンスは英語で行って、アメリカ人にも広く参加を呼びかけ、アメリカ人のスピーカーの話を聞くだけでなく、日本人や韓国人のスピーカーやコメンテーターを加えている。ニューズレターも英語版を作成していく予定にしている。

 また、日本や北東アジアへの関心は、自然に醸成されていくものではない。米国の若手の人材に積極的にアプローチし、将来の関心の低下を防ぐべく今から投資しておく必要がある。Pacific21の活動への参加協力を依頼(ニューズレターへの寄稿等)すると同時に、彼らが日本を始めとする北東アジアを訪問するプログラムをコーディネートするなどして、有識者や政策関係者内部でのジャパノロジスト/親アジア派の育成ができればとも考えている。日本人は、日本語を話す特定の有識者に話を聞きにいって、同じ話ばかり聞いてくる傾向にあるが(劉特別塾生によれば韓国人も同様だという)、日米関係のプロばかりではなく、アメリカの政策関係者の広範な層が日本やアジアへの関心を持つように、ネットワークの多様性を心がける必要があろう。その意味でも、アトランティックカウンシル内に事務所を構えたことが生きてくるものと期待している。

 Pacific21は、太平洋の西側からも「説得」を試みることで、何とか「対話」の場を成立させようという試みと言えるかもしれない。

5.アメリカの説得力の陥穽

 本稿で紹介し、多くの論者によって賞賛されている、アメリカの「説得」のあり方が完璧というわけではない。Pacific21にとって、あるいはわが国にとってどのような「説得」の形が適当なのか模索していくためのステップとして、本稿の最後に、アメリカの「説得」が抱える問題について瞥見しておきたい。

 どこまでがUSIAの活動の効果によるものか判じがたいが、今次のコソボ危機にあたって日本ではNATOの行動に対して目立った批判は見られなかったところをみると、彼らの活動は一定の成果をあげたのかもしれない。だが、それがUSIAの活動にかかるものだとしても、それを成功とは言いきれないものがある。例えば秋山前次官は、先のインタビューで、コソボ危機が日本に与える影響の中で一番重要なものとして、アメリカが唯一の超大国として、同盟国の日本に対してすら、自らの行動について十分なアカウンタビリティを果たそうとしておらず、日本国民の間でアメリカへの信頼性が低下する可能性を指摘した。確かに、コソボ危機に際してのアメリカの同意調達への姿勢にはどこか安易なものがあった。このようなケースが続くとして、アメリカは、Public Diplomacyの力によって、その正統性を諸国民に信じさせつづけることができるのだろうか。アメリカは、自らの説得の巧みさを過信してはいないだろうか。

 ジョセフ・ナイは、アメリカの覇権を構成する力の一つとしてその情報の力を挙げる。CNNやインテリジェンスコミュニティ、それにPublic Diplomacyも情報力の担い手であるのだろう。しかし、それら「ソフトパワー」がアメリカの覇権の正統性を支えている、という議論は、例えば湾岸戦争という、ほとんど全世界にわたって合意調達が可能だった例外的な事例、あるいは冷戦終結直後という、ロシアすらがアメリカに期待していた例外的な時代を一般化することによって成立している議論なのではないだろうか。結局のところ、そうしたソフトパワーを動員したコミュニケーションは、アメリカの行動の本質から一瞬目をそらすことができるだけのものである。緊急時には、それによって国内あるいは国際世論の同意を調達し、時間をかせぐという利点はあるが、最終的には行動に正統性を付与することはできない。

 己に有利な言を弄するななどと道徳家じみたことを言うのではないが、説得に血道を上げる以前に、できるだけ正統性のある行動をとることであろう。自国の利益と他国の利益を怜悧に計算した上で、なお貫かれうるルールを見つけ出そうとする努力をするところにしか、安定や正統性は生まれないのではないか。イメージの管理によっては、正統性の欠如を補うことができず、いずれつけがまわってくる時代を私達は生きている。アメリカに説得されっぱなしでよいわけはないのでアメリカの土俵の中での説得のゲームはそれはそれとしてこなしていかなければならないが、わが国に本当に必要な説得の形はどのようなものであるか、今後の課題としたい。

Back

金子将史の論考

Thesis

Masafumi Kaneko

金子将史

第19期

金子 将史

かねこ・まさふみ

株式会社PHP研究所取締役常務執行役員 政策シンクタンクPHP総研代表兼研究主幹

Mission

安全保障・外交政策 よりよい日本と世界のための政策シンタンクの創造

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門