論考

Thesis

未来への投資を! ~前編~

◆子どもが虐待で死亡!!

 「子ども15人虐待で死亡」。こんな見出しが4月1日付けの河北新聞に載った。
 児童相談所が相談を受けながらも、対応の遅れや調査不足などから、年間15人の子どもが虐待によって尊い命を落としていたことが、97年度の厚生省の調査結果で明らかになった。
 死亡したのは乳児3人、幼児5人、小学生3人に加え、年齢の分からない4人の子ども達。虐待の通告を受けながら関係機関が対策会議を何度か開いているうちにせっかん死したり、経過を見ていたところ栄養失調で死に至ってしまったそうだ。

◆虐待の現状

 厚生省が児童虐待の調査に本格的に乗り出したのは91年度からだ。児童相談所に寄せられた相談や訴えは、初年度1,101件だったのが、97年度では5,352件と5倍近くも増えた。近年急激に増加しているが、アメリカやカナダで虐待が社会問題となった70年代に比べれば、日本で注目され出したのはつい最近のことだ。
 厚生省のシンクタンク・日本子ども家庭総合研究所が出した虐待のガイドラインは、「18未満に対する大人の不適切な関わり」。具体的には身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト(放任・無関心)、心理的ネグレクトなどがその種類である。
 なぜ児童虐待が起こるのか。いろいろ考えられるが一つは、自分の子どもだからどんな叱り方をしても構わないという親の養育観が関係している。それが子どもは殴って育ててもいいという考え方に繋がって、虐待をしてしまうのだ。親自身が自分の両親にそのように育てられた経験を持っていると、それをさらに助長させてしまうことを、関係者は指摘している。
 二つ目が、虐待している家庭に児童相談所を初め警察といった関係機関がなかなか立ち入れないことだ。これが問題をさらに深刻化させている。日本の民法では子どもの権利よりも親の権利(親権)を強く規定しているため、それを親から持ち出されると介入することは極めて困難となってしまう。年間5,000以上のぼった97年度の虐待件数に対して、立ち入り調査を実施出来たのは、たったの16件だ。この数字がそれを顕著に物語っている。また虐待に対する社会的認知度の低くさや人権に対する考え方の違いなども、虐待が起こりやすくなっている要因だ。

◆十分な取り組みを

 厚生省はこうした事態に憂慮し、関係者向けに290ページからなる「対応の手引き」を先月31日までに作成し、暴力的な親の扱い方や立ち入り調査などに踏み切る判断基準などを具体的な事例を挙げながら細かく明示した。近く関係者に配られる予定だ。国も動き出している点は評価出来る。がしかしそれだけではまだ十分ではない。尊い幼い命が奪われているからだ。悠長な対応では済まされない、一刻を争う問題なのだ。
 子ども達を守るには究極的には、法改正しかないと私は考えている。親が虐待をした場合、民法で規定されている親権を制限することがそれだ。もう一つは、児童福祉法の中に子どもの人権をきちんと確立することだ。ただ単に守られるだけの受け身の権利ではなく、自ら行使出来る主体的な権利を明記することが必要だ。そして何よりも肝心なのは、それを実際に行使できるシステム作りだ。その点、日本より20年前に虐待が社会問題になったカナダの取り組みは大いに参考になるだろう。

 虐待を受けた人に共通して見られるのは、「どの人も心に深い傷を持っているとこと」だと関係者は証言している。それが対人恐怖症になったり、人間関係をうまく築けないといった人格形成などにも大きな影響を及ぼすようだ。また将来、子どもを持ったときに、自分が受けた同じことを子どもにしてしまう、虐待の再生産も見られるそうだ。
 子ども達を守ることに躊躇してはならない。もしそれを怠たれば、子どもは健全な人格者になれない、いずれ虐待の再生者になってしまう、それにかかる新たな社会的コストが発生しまうなどの形でつけが回って来るだろう。しかし、そうならないような法改正とシステムの整備をしなければならない。
 十分な取り組みは、問題や社会コスト発生の予防になるはずだ。これを私は、「子ども達の未来への投資」と呼びたい。いま、このような視点に立った対応が望まれているのではないのだろうか。

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草間吉夫の論考

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Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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