論考

Thesis

カナダに学ぶ子ども家庭サービス <後編>

□Advocacy Office

◆Advocacy Officeとは?

 現在、DCIカナダ・アングロフォン代表を務めるのは、70歳を目前に控えたレス・ホーン(Les Horne)さんだ。彼が78年に1人で組織化して始めた活動は、今日のアドボカシーオフィスのそもそもの始まりとなった。カナダで児童虐待、とりわけ性的虐待が深刻化し出したのは80年代初頭だ。これは当時大きな社会問題となった。こうした事情からオンタリオ州は、84年にそれまであった児童福祉法を大改正し、その名を「子ども家庭サービス法」と変えた。
 この法律が制定されたことで、それまではあらゆる面で立場の弱かった子どもの権利を、大人と同じように権利を有すると認められた。さらに虐待など何らかの理由で権利を脅かされそうな場合や実際にそれが起こった時には、子どもを公的に守る権利擁護システムも同時に整備された。その代表的な機関の一つが、このアドボカシーオフィスということになる。こうした取り組みが、89年に採択された「子どもの権利条約」を先取りしていた言われる所以だ。
 アドボカシーとは、①自分のために発言する権限を与えること、②子ども青少年に代わって仲裁すること。インフォームドの意志決定が出来るように、受けるサービスのオプションを提供することだと規定されている。

◆我が国に今求められるやり方

 子ども家庭サービス法制定と時を同じくしてスタートしたアドボカシーオフィス(以下、アドボカシー)は、オンタリオ州コミュニティー・ソーシャル・サービス省局長の直属の機関だ。
 トロント市の中心地から5・6キロほど北へ行った所に事務所を構えるアドボカシーは、「国連の権利条約に従い、子ども及び青年は、聞いてもらう権利を擁し、敬意・尊厳・平等・寛容・参画及び機会の精神のもと、社会の一員として潜在的な発達可能性を完全に達成できるように支援を受けなければならない」をモットーに運営されている。
 昨年、日本に招かれたジュディー・フィンレイ氏はここの所長を務めている人だ。彼女のほかには、コミュニティー・サービス省担当(厚生省相当)6人、教育・訓練省担当(文部省相当)2人、司法・更正サービス省担当(法務省相当)1.5人の専従アドボケートスタッフに加え、学生の準スタッフや秘書等がおり、これらの人達でアドボカシーは構成されている。
 見ての通り、専従スタッフはいくつかの省から派遣されている。これは、日本ではまず考えられないことだ。来年、来日予定のスメンサ・ヤング(Samantha Young)は、学生ユニットに配属された準スタッフだ。以前インケアーを受けていた彼女は、週3日ほどここで働いている。語学教師を目指している彼女は、9月からトロント大学に進み資格取得のための勉強をしている。
 91年からカナダ連邦首相になったクレティンが打ち出した重要政策は、行政改革と財政改革の2つだった。その結果、聖域なきすべての予算項目において大幅なカットが行われたと聞いていたが、それは私の勘違いであった。アドボカシーなどは、それどころか逆にスタッフの増員と予算アップがされたそうだ。なぜか。「これをしないと、これだけの社会的損失がある」と書かれたリポートを4省の大臣と議会に提出したからだ。
 でもそれだけで簡単に出すほど政府は甘くないはずだ。その陰にはアドボカシーのトップ・ジュディー氏のリーダーシップがあったことも見逃せない。それからここは州政府機関の一組織ではあるものの、完全な独立機関だったことも大きい。そのため、大臣に直接意見具申できる権限を所長に与えられている。この点も見落とせない。つまり大臣と直接交渉できることが、予算獲得とアップに有利に働いたと言えるだろう。

◆具体的な活動

 大阪府立大の許斐有助教授は、子どもの権利擁護には、①人権救済、②権利代弁、③権利調整の3つの機能が必要だと言っている。
 では実際にアドボカシーではどのような機能を持っているのだろうか。①子どもに代わって下される重要な決定が、子どもに影響を与える場合、決定過程で子ども自身が発言できることを保障し、聴いてもらう権利を保障する。②自分で責任取れる決定を自分で下せるように学ぶ機会を提供する。③虐待があったときに苦情を言ったり、公共のレジデンス、グループ・ホーム、里親等で受けているケアに関して心配なことがあったら発言する権限を保証する。④特別な状況では、第三者の精密な調査が必要である。⑤処遇困難、複雑なケース、あるいは複数のサービスセクターや多くの機関にまたがるケースの場合、焦点となる機能を提供する。以上がその具体的な中身だ。

 州内にいるすべての子どもは、いつでも・どこでも・だれでも・必要なときにアドボカシーにアクセス出来るようになっている。それを可能にするためアドボカシー内にフリーダイヤル回線を敷いた。しかも24時間体制だ。でもそれだけではまだ不十分のため、アドボカシーの役割や内容を載せたポスターを作成して、学校やグループ・ ホーム、保健所といった関係諸機関に貼付義務を課せて配ったそうだ。その効果が表れたかどうか分からないが、アクセス件数は年間15%ずつ増え続け、今年は3500件になる見込みだそうだ。

◆注目したいIMPAQの存在

 アドボカシーの大きな特徴は、組織のなかにIMPAQ(International Provincial Advisory Committee)と言われる部門を持っていることだ。「州省際諮問委員会」と高橋重宏教授が訳すIMPAQは、コミュニティ・ソーシャル、司法・更正各サービス省など4つの省から組織化されている部門だ。
 メンバーは、そこで決まった事項(予算も含む)を24時間以内で確実に実行出来る人にしか出席を許されていない。月1回のペースで開かれる会議では、そこに挙げられたすべての議題を時間が掛かろうとも、必ずその場で解決策を出さなければならず、決して各省には持ち帰られない取り決めだそうだ。そして決定した解決策をもとに各省毎で対応することになっている。作成されたリポートは、4省の大臣と議会に毎回提出されている。
 この部門を作る立て役者になったのは、実はアドボカシーに務めるアドボケイトだったのだと、ジュディー氏が教えてくれた。これは注目に値するのではないだろうか。「子どものウエルビーイングのためには、必要なことは何でもする」プロフェッショナル精神がそこにあるからだ。日本でも見習わなければならない姿勢かも知れない。

◆アドボケイトに望まれる資質

 この仕事を進める上で、アドボケイトが心しなければならない考え方をジュディ氏が教えてくれた。それにはまず①(だれにでも)平等であること、②(条件をつけず)無条件でサポートすること、③クライエントが中心④(アドボケイトがクライエントに)人間への尊厳のモデルになること、⑤成長していくことなどが大切だと言う。これらはクライエントとの信頼関係では、絶対に欠かせない要素なのだそうだ。
 彼女は、それだけではまだ充分と言えないと考えている。「仕事のときだけでなく、日々の生活のなかで、だれに対してもこのことを実践出来てこそ、初めて本物のアドボケイトになれる」のだそうだ。

□National Youth In Care Networkの National Development Office

◆National Youth In Care Networkの存在

 パークの施設長・アーウイン氏に案内されて表敬訪問をしただけなので、この組織を詳しく知ることが出来なかった。2年前からここに務めるイバンヌ・アンドリュース氏は、パークの元メンバーだったそうだ。彼女も来日予定メンバーの1人だ。
 10州プラス2準州から成り立つカナダの、国内にあるインケアーを受けた・受けている人達で組織されたのが、このナショナル・ユース・インケアー・ネットワークだ。各州に支部を持つこの団体は、本部を首都オタワ市に置いている。政府関係の出先機関が割と入ったビルの6階にそれはあった。そこの副代表(事務局長か?)を彼女が任されている。
 今年の6月27日から7月1日にかけての6日間、国内を移動しながら初めて全国会議が開かれた。ユースインケアーと、ネットワークを作りたい人及び既に作った14歳から24歳までの青少年が、参加資格者だったそうだ。アドボカシーからは準スタッフ・スメンサが、パークからはネットワーク・グループのダイアンが代表に選ばれた。なんとこの会議に出席するために、各地から69名も集まった。意義あるこのイベントに州政府を初め、VIAカナダと個人が協賛してくれたそうだ。彼らはこの貴重な会議の模様をビデオに収めている。詳細はそちらを参考にして頂きたい。
 資金調達から始まり場所の選定、プログラムの作成などすべてを、彼らの力だけで行ったとのこと。そのバイタリティーに脱帽した。

□結 論

◆一体何が違うのか

 以上、研修先の紹介をしてきた。きっとこのリポートを読まれた方は、同じ子どもの福祉を考えるにもこうも考え方や制度、取り組み方が違うものかと感じられるであろう。短い期間ではあったけども、私もそのことをイヤと言うほど幾度も感じた。あまりの違いに落ち込むことさえあった。
 なぜこんなに差が生まれるのか。それは文化が異なるからなのか。それとも歴史が全く違うからなのか。そのどちらも当てはまるだろう。でも私には、それだけではないような気がしてならない。
 たった4ヶ月間でその答えを見つけ出すのは、私には至難の業だ。それを承知の上で敢えて述べたい。それは人々の意識と行動の違いに差があるのではないか、私はそう考えている。つまり子ども達の幸せのために、どれくらい”よりよい状態”を考えられるか、そしてその実現に向けどれだけ行動を起こせるか、この違いが両国間の差になっているのはないのだろうかと思う。IMPAQ設立のエピソードやパークの取り組みに、私はそれを強く感じた。

◆要はやるかやらないか

 先ほど述べたことがお互いの差ならば、我々が本気になったら絶対に出来る。なぜか。そんなに難しいことではないからだ。要は心の持ち方次第だ。ギャップもカルチャーショックも必ず埋められるはずだ。そう信じたい。いつの日かカナダの人が、世界の人が、我が国の福祉を見に来てくれる、そんな国に日本もなりたい。これは私の大きな願いだ。

□終 わ り に

 紹介した3つの組織で活動している、ユースインケアーのメンバーを来年6月、2週間ほど日本へ招聘することが正式に決まった。大阪にある社団法人子ども情報研究センターと児童養護研究会の2団体が、その受け入れ先となったからだ。日本の養護施設児童及び関係者とカナダの相互交流が、大きな目的になる今回のイベントは、受け入れメンバーの一人として、どのような交流が展開するのか、とても楽しみでワクワクしている。馴染みのメンバーに会えるのが今から待ち遠しい。
 このイベントが、日本とカナダの親密なパートナーシップを築くきっかけになることと、彼らを含めた養護施設で生活する子ども達の真の自立に、いい影響を及ぼす機会となることを心から願っている。

【参考文献】

①子ども家庭福祉論  -子どもと家庭のウエルビーイングの促進-高橋重宏著(財団法人放送大学教育振興会)
②子どもの権利と
    児童福祉法
 -社会的子育てシステムを考える-許斐有著(信山社)

【参考ビデオ】

① 放送大学・子ども家庭福祉論 - 第14回 カナダの子ども家庭サービス論 -
② NATIONAL YOUTH IN CARE NETWORK ― Coast to Coast ―

<草間吉夫 略歴> ※いずれも執筆当時
財団法人松下政経塾 第16期生(4年生)
1966年生まれ。茨城県出身。
私生児で生まれたため生後3日で水戸市の乳児院に預けられる。2歳時に高萩市の児童養護施設「臨海学園」に移り高校卒業まで生活する。東北福祉大学卒業後、5年間ほど児童養護施設に勤務。
現在、同じ境遇の子ども達へ支援する団体設立に向けて活動中。今年5月、2度目のカナダ研修を行う。(4ヶ月間)、日本子ども家庭総合研究所・嘱託研究員。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

Mission

福祉。専門は児童福祉。

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