論考

Thesis

カナダで感じたこと

1.はじめてのカナダ

カナダ。私にとってあまり馴染みのある国ではなかった。どれだけの人が住んでいる国なのか、国土はどのくらい広いのか、確か地理の授業で習ったような気もするが、それすらはっきりと思い出せない。むしろ私は、アメリカやヨーロッパ社会に惹かれていた。

高橋重宏・駒沢大学教授から勧められ、今年の6月から7月にかけて約1ヶ月間ほど、オンタリオ州のトロント市を訪れた。私にとって初めてのカナダ訪問で、児童福祉行政の視察が目的だった。

せっかくカナダへ行くんだから視察だけで終わったらもったいない、「できるだけ街を歩こう」をモットーに、名所、カフェバーやショッピングセンターに、出来れば現地の人の住まいにも足を運んで、いろいろなカナダの顔を知ってみたいと思った。 滞在した6月は、ちょうど「インターナショナル・フェスティバル・キャラバン」が開催されていたので、それほど暇を持て余さず済んだので良かった。

2.ニューリーダーの予感

生活してまずかんじたことは、「安全」なこと。地下鉄で襲われる危険も感じなかったし、夜は一人で歩けたこともうれしかった。今まで訪れた国は、夜は危なくて歩けなかったし、もし単独で歩いたりしたら、命の保障はないと言うのがほとんどだったので、身の危険をかんじなくて済んだことは、本当に有り難かった。

それから、「気さくさ」もかんじた。初めての人間にとって街を一人で歩くのは、正直言って不安の連続だった。案の定、私は各民族のパビリオンへ向かう時、何度か道に迷ってしまい、そんな時、近くにいる人に片言の英語で行き方を尋ねた。みんな親切に教えてくれ、中には目的地近くまで案内してくれた人もいて、たいへん助けられた。単純な人間かも知れないが、これを期にカナダが好きになった。気さくな人が多い国は、親しみが持てる。

「車イスをよく見かけた」。これが次にかんじたことだ。ジャパンパビリオンへ向かう時もそうだったが、ホテルを出て地下鉄まで行くまでに何人もの車イスに乗った人達を、毎日のようによく見かけた。日本ではあまりお目にかかれない光景だ。しかも、重度の障害者が一人でデパートに入りショッピングをしてたり、レストランで自力で食事をしていた姿などを、何度も目にしたことには、とても驚いてしまった。日本ではまず考えられない。

なぜ一人で出歩けるのかなと私なりに考えてみた。まず、歩道が広いこと。日本の歩道は一般的に狭く段差がきつい。健常者が安心して歩けないのが実情だ。この違いは大きい。次に考えられるのは、周りの人達が障害者にやさしいということ。デパート入口のドアーを、そこに居合わせた人や通りかかった人達が、自然にそっと手を差し伸べている姿を幾度となく見かけた。障害者は、この手助けがあるからこそ、心配なく街へ繰り出すことができるのだろう。

なぜそんなに自然にできるのか・やさしく出来るのかについても考えてしまった。それは、「ゆとり」から来るのではないだろうかと思った。と言うのは、「カナダでは、残業することは社会悪という考えが根付いている。5時に仕事が終われば、家族の待つ家へ帰るか、スポーツで汗を流すか、各自が自由に楽しんでいる。仕事はあくまでも生活手段の一つ過ぎない」とカナダ人が教えてくれたからだ。

いろんな職場を見て回って、共通していたのは、せかせかと仕事していないことだった。コーヒーを飲みながら、時には談笑したりしてゆったりと仕事をしている姿が印象的だった。朝は早くから家を出て、夜は残業や接待やらで自由な時間が少ない日本人に比べ、カナダ人は、時間に余裕を持てている。それが、ゆとりになり自分ばかりでなく、例えば障害者のような社会的な弱者や他者に対しても、自然に思いやりが持てるのではないだろうか。こうしたことが社会全体の背景にあるからこそ、「車イス」の方々が自由に出かけることが可能となるのではないだろうか。

日本でも歩道を広げ段差を減らしていくことはもちろんのこと、サラリーマンの所得保障ともなっている残業に対して、何らかの改善が必要だとかんじさせられた。例えば、労働基準法で残業規制を設けるくらい思い切ったやり方も大事な気がする。今のような労働環境からでは、サラリーマンは「ゆとり」を持てない。日本も仕事ばかりでなく、家族や友人、自分のために時間を大切にする時期に差し掛かっていることを痛感した。「ゆとり」を持てる国と持てない国の差は大きい。

帰国する頃になると「21cはカナダの時代」になるのではないかをかんじた。アメリカはカナダと同じ多民族国家だ。しかし、アメリカの人種政策は上手く行っていない。記憶に新しいサンフランシスコ暴動や、映画制作における黒人の起用方法、スポーツ競技への参加(水泳、アイススケート)などをとってもみても、それは明らかだ。

また、アメリカに住む何人かの知人にも話しを聞いてみた。「口もあまりきいてくれないし、ホームパーティなどにも呼んでもらえない。白人は白人同士で、黒人は黒人同士で、日本人は日本人同士で集まってしまい、排他性みたいなものをかんじる」。これが、大体共通した答えだった。未だに社会全体に差別意識が根強く残っている印象を受ける。

その点、カナダでは、アメリカが反面教師になっているのかも知れないが、人種政策が上手く行っているのではないかとかんじる。どこのレストランやカフェーでも、肌の色に関係なく、一つのテーブルで和気あいあいにしているシーンを見たことや、毎年「インターナショナル・フェスティバル・キャラバン」が開催されていること、民族紛争や暴動といった問題が起こっていないことなどに、それを顕著にがんじ取れる。

私は期間中、13のパビリオンに行ったが、そこに、それぞれの民族の歴史や文化、生活様式などを認めて尊重する社会風土をかんじた。あるカナダ人は、「カナダのバックグランドには、すべての人々の権利を尊重する文化があります」と誇り気に語っていた。

「自由・平等」という名の下に、文化や考え方の違う民族同士を一つにまとめようとしているアメリカとは違い、カナダはマルチカルチャリズム政策を執っている。21Cは、グローバル化が一層進み、一つの地域に様々な民族が共存・共生する時代を迎える。それは、自と他の関係が問われる時代になるとも言えるのではないか。他を認め尊重する「マルチカルチャリズム」は、世界に発信できる、カナダの大きな資源だと私は思う。ここが、カナダの将来性を強くかんじたところだ。
カナダが人種政策で世界をリードする日が近い予感がする。

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草間吉夫の論考

Thesis

Yoshio Kusama

草間吉夫

第16期

草間 吉夫

くさま・よしお

東北福祉大学 特任教授

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福祉。専門は児童福祉。

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