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2022年9月

塾生レポート

ソーシャルビジネス実践② ~ベンチャー設立からの120日間~
坂田健太/松下政経塾第41期生

 

 本稿は、前回の「ソーシャルビジネス実践① ~ソーシャルベンチャー立ち上げ~」(https://www.mskj.or.jp/report/3512.html)に引き続き、2022年3月末に設立した一般社団法人Siis(https://sii-s.com/以下、Siis)の活動を書き記すものである。


1 自治体への事業提案

 マンホール広告事業を開始するにあたり、まずは事業パートナーとなる自治体を模索した。自治体候補としては①下水道インフラの老朽化が比較的速いスピードで進行し、②関東近郊の自治体で、③市長や副市長に直接アプローチできる自治体とした。上記要件を満たす複数の自治体に事業プレゼンを行った結果、神奈川県内のとある自治体(以下、A市[1])でプロジェクトチームを立ち上げることとなる。

■図-1 下水道事業におけるA市と近隣市町及び類似団体との状況比較

(A市下水道経営戦略(2021年)より筆者作成)


 事業プレゼンを行うなかで、各自治体が共通して抱える問題意識の存在に気づいた。それは、少しでも稼ぐ努力をしなければならないとの意識である。特にA市については、30年後には約82%の下水道管が50年の耐用年数を超過する見込みであり、財源確保に対してより切迫感があったのかもしれない。実際にマンホール広告事業を全国に先駆けて開始した埼玉県所沢市でも、公営企業として、まずは新しい収入確保の努力をすべきとの認識のもと使用料金の値上げを最小限に抑え、事業に着手した経緯がある。なお、この所沢市は唯一マンホール広告事業が成功している事例と言っても過言ではない。2022年4月末時点で、所沢市内の駅前を中心に57枚のマンホール広告が展開され、およそ1,000万円の収入を生み出している[2]

    

2 企業への営業戦略

 パートナーとなる自治体が決定し、次に協賛者を集めるべく企業向けの営業を開始した。営業を始めるにあたっては、当該事業はいわゆるソーシャルビジネスであることから、大手企業のCSR[3]部門をターゲットにすることとした。しかし、大手飲料メーカーには「下水のイメージが飲料と相性が悪い」、大手電機メーカーには「大企業なので最初の事例になるのは難しい」と断られてしまう。そのなかで、大手アパレルブランドとの打合せが1つの転機となった。同社は「広告媒体として斬新で面白い」と興味を示した上で、本社のある自治体であれば可能性があるかもしれないと回答した。この返答を受け、A市内に本社のある企業に絞り、比較的規模の大きい企業から営業を行う方法に変更する。その結果、中小企業になればなるほどCSRとしての価値は弱くなり、より広告効果が重視されるため、マンホール蓋の広告媒体としての価値を説明するのに悪戦苦闘することとなった。そもそもマンホール広告の市場なるものは存在せず、適正価格も分からない。しかし、粘り強く営業を進めた結果、老舗の食品製造企業1社と新興飲食企業1社を協賛者として獲得することができた。最終的に重要だったのは、リスクより好奇心を優先するイノベーター気質の経営者といかに出会うかだったように感じる。営業案件数としては、結果的に大手企業向けに約20社、A市内の企業向けに約60社ほどであった。なお、ここまではSiisの設立から3か月以内の出来事である。


3 想定外の規制と自治体と協働する難しさ


■表-1 事業実施に向けて顕在化した3つ課題

(筆者作成)


 無事協賛者の目途が立ち、役所との具体的な事業設計の検討に入るなかで、想定外の課題や規制が顕在化することとなる。まず、A市の主要駅前の道路が鉄道会社の所有、いわゆる私道であり、マンホール蓋の所有や管理こそ市の所掌であるものの、私道の範囲で得られる収益は鉄道会社に帰属する可能性が高いことであった。前述した所沢市は駅前ロータリーの大部分が市道であり、このような障壁はなく完全に盲点であった。また、冒頭記載の前稿にて説明したとおり、今回想定しているビジネスモデルは、Siisがマンホール蓋という行政財産を利用し得た売上の大半を市に財産の使用料(あるいは道路占用料)として還元するものであったが、使用料及び占用料の金額は予め定められており、A市とSiisの建付け及び売上の還元スキームをゼロベースで考える必要性が出てきてしまった。この点については役所任せにしていた部分もあり、もう少し事前検討しておくべきだったと反省しているところである。加えて、都市景観課から広告に対する住民クレームの可能性があると懸念事項の表明があり、事業を前進させる機運が低下してしまった。もちろん、事前に景観条例等は確認済みであったが、最後は役所の判断になる。Siisの窓口はあくまでプロジェクトチームを有する下水道関連の部署であり、内部調整までは関与することもできない。事業が複数のセクションにまたがる場合の合意形成をいかに促進するか。今後の重要な課題となりそうである。
 以上、Siis設立から120日間の活動進捗を示した。3歩進んで2.5歩下がるような期間であったが、全てが新鮮で貴重な経験となった。自治体とベンチャー企業が協働する際のより本質的な課題も見えてきたが、この点については別稿にて整理したい。ソーシャルビジネスは社会性と事業性を両立するものであり、事業が軌道に乗るまで時間と忍耐が必要となる。大忍の思いで事業を育てていきたいと思う。




[1]現在進行形のプロジェクトであることから、自治体への影響も考慮し、本稿では便宜的に「A市」とする。
[2]所沢市下水道局ヒアリング(2022年4月28日)より。
[3]Corporate Social Responsibilityの略。企業の社会的責任。
2022年9月 執筆
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