論考

Thesis

南西諸島をいかにして守るか:島民の命を守るためにできること

 1972年、戦後アメリカの施政権にあった沖縄が日本に戻った。今年は本土復帰からちょうど50年の年である。本土復帰をめぐる沖縄県民の感情は様々だ。本土復帰を喜ぶ者もあれば、依然として沖縄は自己決定権を持たずにいると考える者もある。後者をこうした思考に留めているのは米軍基地問題にある。本土復帰以前の琉球政府では沖縄自由民主党、社会大衆党の二大政党をはじめとし、政治も民衆も一致し、本土復帰に向けて動いた。しかし戦後におけるビジョンはそれぞれ大きく異なった。沖縄自由民主党は「民事と軍事との分離」「本土と沖縄の一体化」という現実的路線を掲げていた。当然の前提として米軍基地が撤去されることはない。一方の沖縄社会大衆党は沖縄自由民主党が与党となると、人民党や社会党と共闘し、中道路線から舵を切ることとなった。「平和を守り県民を戦争の不安から解放するため沖縄を拠点とする米国の一歳の軍事行動に反対」と表明、明白に基地反対路線へと踏み切った。一部の支持者は米軍基地が沖縄から撤退しないことがわかると、本土復帰に対して反対の立場にまわった。

 本土復帰の歴史をたどると、米軍基地の処遇の問題は復帰以前から既に存在していたことがわかる。沖縄社会大衆党は今も存在するものの、社会民主党、立憲民主党、日本共産党などの全国区の国政政党とも結びつき、オール沖縄として選挙戦を戦っている。現在の沖縄では普天間基地の辺野古移設が大きな分断を生んでいる。沖縄の政治環境はこれに反対するオール沖縄と、自民党をはじめとした保守陣営に大きく分かれている。本土復帰は、復帰後のビジョンの統一性を欠いたまま実現し、今も辺野古移設問題として、その政治的分断の禍根を遺している。

 本土復帰から50年、当時左派路線で復帰運動を主導していた世代は高齢化した。自衛隊も含めた基地反対運動は主に70代以上の層を中心に引き続き行われており、復帰運動を当事者として体験していない世代は基地の必要性について一定の理解を示しているというのが現状だ。実際、読売新聞での世論調査では復帰前の1970年8月時の調査では自衛隊駐留に賛成が33%、反対が31%であったのに対し、2022年の調査では賛成48%、反対10%と大きく沖縄における世論に変化があったことがわかる[1]

 この10年、海洋進出を強める中国への備えとして、自衛隊は南西シフトを敷いている。冷戦期が終わり、対ソ防衛線を引くことの戦略的な優先順位が下がり、ついで中国の領土的野心がより顕著に見られる状況において南西シフトは当然の帰結ともとれる。日本最西端の与那国島に電子戦部隊が置かれ、奄美大島、沖縄本島、宮古島にはミサイル部隊が配備された。2022年度には宮古島と与那国島の中間にあたる石垣島にもミサイル部隊が設置される予定となっている。

基地があるから攻撃されるのか、基地がないから攻撃されるのか

 南西シフトに伴う八重山諸島(石垣島・与那国島)への自衛隊配備はどのような意味をもたらすのか。与那国駐屯地は台湾まで111㎞という地理的特性から、主に沿岸監視や通信情報収集としての機能が期待されている。電子戦部隊としての機能に特化し、レーダー関連設備が主であるため、距離的に近接する石垣島には相手を物理的に攻撃する基地としての機能が求められる。

 こうした八重山諸島における自衛隊基地建設はいずれも島民の意見を分断するものであった。基地建設に対して否定的な人々は「軍事の島」あるいは「島の要塞化」となることを危惧している。島としての風光明媚な自然環境を保ちたいというのも一つの議論ではあるが、最も分断を招いている原因は基地の存在をどう捉えるかによる。すなわち基地建設反対派は「基地があると攻撃される」と考え、基地建設賛成派は「基地があることは抑止力としてはたらく」と考える。

 「基地があると攻撃される」という議論はいささか論拠に欠けるものであるが、そのシナリオは全く否定できるものではない。現にロシアのウクライナ侵攻に際しては、真っ先に軍事拠点が標的とされた。確実にいえることとすれば基地に対しての攻撃は実行のハードルが高いということだ。基地に対して攻撃を行うということはただちに宣戦布告の意味合いをもつ。基地が標的として攻撃するということは相手国が戦争状態を厭わないという覚悟の下で行うわけであり、すなわちその前段においてはハードルの高さゆえに抑止力としてはたらくこととなる。相手国が完全に戦争状態に移行するとなった場合にはもちろん標的とされるため、いずれの主張も正しいといえる。ただ少なくとも外交的解決を求めるにしても、こうした抑止力が前提としてなければならないのは明々白々である。「基地があるから攻撃される」ということはあるかもしれないが、「基地がなければ攻撃されない」ということは現況を見る限りあり得ないに等しい。であればこの南西諸島をいかに守るかは我が国の安全保障を担保するうえで非常に重要な役割を果たす。

台湾有事において、どのようなシナリオが想定されるのか?

 南西諸島において台湾有事のシナリオは危惧されるところである。中国は台湾を自国の一部と見なしており、台湾そのものを「核心的利益」と捉えている。中国は建国以来、「一つの中国」を基本的な理念としてもっている。習近平国家主席は2021年10月9日、辛亥革命110周年記念大会において、台湾統一について「果たさなくてはならない」と述べた。台湾統一を「歴史的課題」として位置付け、これに対し使命感を強くもっている。仮に中国が台湾に対し武力行使をした場合において、バイデン大統領は5月に武力関与も厭わないと表明、中国側も国防相が「台湾を分裂させようとするなら徹底的に戦う」[2]とし、台湾をめぐり米中がそれぞれ軍事的な手段を示唆した。

 そのような台湾における軍事衝突が現実味を帯びる中で、日本にはどのような波及が生まれると想定されるか。

 一つは米軍基地を有する沖縄本島が戦禍に巻き込まれる可能性が考えられる。ベトナム戦争時には沖縄本島よりベトナムへ米軍が派遣された。台湾有事となれば米軍が拠点とするのは台湾から600㎞離れた沖縄本島となる。かつての朝鮮戦争、ベトナム戦争はそれぞれ間接的に米軍と中国人民解放軍がにらみ合うかたちとなったが、台湾において米中が直接対峙した場合には中国側のオプションとして米軍基地に対する攻撃がある。その拠点となる沖縄本島は戦争遂行目的のために攻撃対象となる危険性がある。

沖縄県民の命を守るために何ができるか

 日本が日米同盟の下にあり、米軍を沖縄本島においているという現状から見るに、台湾有事にアメリカが介入する事案においては日本の領土が攻撃されることが想定される。であるからこそ台湾有事のシナリオを避けるための外交努力こそが第一目標になる。いかに米中の間を取り持つことができるかが我が国にとって重要であるが、ここでは有事が起こった際に被害を最小限にするための施策を議論したい。

 島民の命を守るために必要であることは二点指摘できる。一つは空港の拡充である。具体的にはエプロン(駐機場)の拡張と滑走路の増設を指す。もう一つは軍民共用化である。

 与那国空港は2000mの滑走路を備えているが、「島の発展につながる基盤整備」のために現町長は昨年の選挙公約として空港の拡大を主張した。滑走路は新石垣空港と同等のものを有しているものの、与那国空港はエプロン内のスポット数もわずか2つである[3]

 現在のスポット数は航空需要の反映であるが、拡充を提言したい。空港の拡大は観光客を多く受け入れる目的もあるが、それだけではない。「有事の際に島民ならびに台湾からの避難民を退避させることをより円滑に行うことが可能になる」と糸数健一与那国町長は言う。

 現在、滑走路を複数有している、あるいは第二滑走路の増設が計画されている空港は全国に17ある[4]。新滑走路の整備を実際に行った空港として那覇空港がある。2020年11月に2700mの第二滑走路が完成した。中部国際空港も2027年には第二滑走路が完成予定である。

 離島地域に空港の拡大が必要な理由として、海路での移動にリスクが伴うという事情もある。八重山諸島にはそれぞれの島に港が存在し、石垣島に存在する石垣港離島ターミナルを中心に西表島や竹富島などの各島へのフェリーが運航している。与那国島へは週に二便運航しているものの、冬場は波が荒れて航が多発することから、海路での避難は困難である。有事に備えて空港の拡大することが日本の最西部に住む国民を守るうえで求められる。

 またそうした海路での交通不全を念頭に、空港の拡大と同時に行われるべきは、県管理の空港を米軍機や自衛隊機が使用できるようにすることである。現状では、県と国の覚書によって米軍機や自衛隊機は原則として県管理空港を使用することができない。琉球政府最後の行政主席にして初代沖縄県知事である屋良朝苗が復帰前の1971年に日本国と締結した「屋良覚書」にて下地島空港の所有・管理を琉球政府(沖縄県)の所管とし、航空訓練と民間航空以外に使用しないと確認した。この下地島は宮古島に隣接し、3000mの滑走路を有する。1979年には「西銘確認書」の中で、この下地島空港の利用について人命救助、緊急避難時など「やむを得ない事情のある場合を除いて、民間航空機に使用させる」ことを確認した。緊急時における民間航空機以外の使用が一部認められたかたちとなったが、依然として所管は県にあることによる不確実性や平素からの準備の必要性が懸念材料となる。

 今年に入り、石垣市、宮古島市はそれぞれ全市民の避難に必要な航空機の数や期間についての見積もりを発表。石垣市は1日45機運航の場合、全市民避難の所要期間を9.67日、宮古島は避難に必要な航空機の総数は381機と試算を出した[5]。未だ度重なる事故により批判は多いものの、米軍機の中でも垂直離着陸機であるVS-22、通称オスプレイを島民や避難民の移動に利用することが可能となれば、島嶼部における避難路の確保や物資の補給に寄与するほか、当面においては滑走路の拡充・整備が不十分な島においてもオペレーションが行える。

 現状において軍民共用の空港は全国に31か所あるものの、南西諸島においては国管理空港である那覇空港のみである[6]。新石垣空港は石垣駐屯地の設置に伴い、共用化が議論されているが、オスプレイが緊急着陸するといった問題により、紛糾している。

 軍民共用化を進めていくために、まずは県管理から国管理へ移行することが最善であると考えられる。実際に軍民共用とされている中で地方管理空港であるものも存在する。県営名古屋空港(旧小牧空港)がそれにあたる。県営名古屋空港は航空自衛隊小牧基地に隣接しており、管制業務の一部は航空自衛隊小牧管制隊によって行われている。地方管理空港でありながらも愛知県、航空自衛隊、国土交通省によって管制業務が分担されている。沖縄県内の空港の共用化に関しては、前述の覚書や確認書の改訂を行い、地方管理空港として共用化を進めるのも一つのアプローチである。しかし沖縄県という中央と政治的軋轢が生まれやすい土地柄や、緊急時以外の平素より準備・訓練等を行うことで実際の円滑な運用を実施するという目的を鑑みても、国管理空港とすることが最も望ましい。

 南西諸島には全部で20の空港があり、現在、自衛隊機が制度上において発着できるのは那覇空港のみである。C-2輸送機のみ離着陸可能であるのが久米島、下地島、宮古島、石垣島、与那国島、鹿児島県の空港では種子島、奄美大島、徳之島の、計8島のみである。下地島ではその立地と、かつてパイロットの養成に使われていたことから3000mの滑走路を備えているという条件から、自衛隊機の離着陸を可能とするための議論もなされているが、沖縄県の反対により頓挫している[7]。迅速な有事対応のためにも下地島のみならず軍民共用が可能な空港を増やす必要があるものの、進展していないのが現状だ。まずは地方管理空港から国管理空港へ移行し、共用化することが有事のシナリオに備えた最善の策となりえよう。

 昨今のウクライナ情勢を鑑み、ようやく日本においても安全保障が議論されるようになった。先の参議院選挙においても外交・安全保障はこれまで以上に争点とされた。安全保障への日本人の関心が高まっている今こそ、改めて有事のシナリオについて足並みを揃えて議論するべきではないだろうか。防衛・防災の観点から軍民共用を念頭に産官学軍連携アレルギーを克服し、真に安全保障に寄与する体制を整えることこそ、台湾有事が現実的なリスクとして存在する日本に求められているものではなかろうか。

[1]読売新聞「米軍基地に若年層は肯定的、辺野古移設「反対」沖縄で目立つ…読売世論調査」(2022年5月13日)。

[2]NHK「中国 国防相「台湾を分裂させようとするなら徹底的に戦う」(2022年6月12日)。

[3]沖縄県庁「沖縄県離島空港の現況」<https://www.pref.okinawa.jp/airport/index/data/genkyou.htm>(2022年6月17日閲覧)。

[4]国土交通省「空港の設置及び管理に関する基本方針の検討について」(2008年)、<https://www.mlit.go.jp/common/000020203.pdf> (2022年6月17日閲覧)、中部国際空港将来構想推進調整会議検討部会「空港の現況と第二滑走路の必要性」(2021年8月30日)、<https://www.centrair.jp/future-concept/pdf/meeting11-06.pdf> (2022年6月17日閲覧)参照、中部空港の第二滑走路整備は2021年に国土交通省と愛知県が合意、共用空港である小松空港は第二滑走路整備の議論が進行中にある。

[5]琉球新報「石垣では全員避難に10日、宮古は航空機381機必要 市が国民保護計画で試算」(2022年6月20日)。

[6]国土交通省航空局「空港分布図」(2022年4月1日)、<https://www.mlit.go.jp/common/001482679.pdf>(2022年6月17日閲覧)。

[7]産経新聞「南西諸島防衛、空港足りぬ…9割が戦闘機「×」 下地島は県が認めず」(2020年8月22日)。
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市川広大の論考

Thesis

Kodai Ichikawa

市川広大

第42期生

市川 広大

いちかわ・こうだい

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