松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2021年12月

塾生レポート

安全・安心の全員育児社会を実現するために
冨安祐輔/松下政経塾第41期生

 

目次
はじめに
1 児童虐待の現況
2 子育て支援の現状
3 実現に向けてのヒント
4 地域全体で子育てする上での課題
5 全員育児社会を実現するには
おわりに


はじめに

 児童虐待の防止等に関する法律、いわゆる児童虐待防止法が成立してから20年余り。この20年の間に数回にわたる児童福祉法の改正がなされ、行政においても要保護児童対策協議会、いわゆる要対協が各市区町村で設置され、関係機関での協議、援助方針の見立てなど行政、地域による連携強化が図られてきた。児童虐待に対する世間の認知度も高まり、児童相談所の人員体制も強化されているところである。
 2020年3月まで私は2年間児童相談所の児童福祉司、いわゆるケースワーカーとして多くのお子さんや親御さんと関わらせていただいた。2年間と言うと、まだまだすべてを知り尽くしたとは言えないが、私自身感じたことがある。それは行政にできることは限りあるということ。行政の仕事では相手がどんな人であっても法規則に基づいて、無差別平等に対応しなければならない。しかし、親御さんの育ちのバックグラウンドや置かれている状況、お子さんの状況は千差万別であり、同じ対応をしても予後が良好な場合もあれば、改善しない場合も多々ある。対・ヒトであることからそれは仕方がないと思われる方もいるかもしれない。しかし、私は個別具体的にかつ効果的に支援するためには民間ないし地域による支援が必要なのではないかと考え、2020年4月に松下政経塾に入塾した。
 本レポートにおいては、これまでの研修を踏まえて、児童虐待を防止する観点から子育ての現況と、地域全体で子育てをする社会ビジョンを提示していくこととしたい。


1 児童虐待の現況

 そもそも児童虐待とはどういうことを指すのか。児童虐待防止法では、児童虐待の定義が定められている。保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護している者)がその監護する児童(18歳未満の者)に対して行う4つの行為とされている。まずは叩く、殴るといった「身体的虐待」、2つ目はわいせつな行為をするといった「性的虐待」、3つ目は食事を与えない、長時間放置するといった「ネグレクト」、4つ目は暴言を浴びせる、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(面前DV)といった「心理的虐待」である。
 全国の児童相談所が2019年度に児童虐待として対応した全体の件数は193,780件であった。これは1990年度の統計開始以来最多である。このうち、全体の56.3%を占める109,118件が心理的虐待であった[1]。データのみ見ると児童虐待件数が増加しているように思われるが、これはあくまで児童相談所が虐待と認知して対応した件数であること、つまりは表に出てこない隠れた虐待というものもあることに留意しなければならない。
 この30年あまりで児童虐待件数が増加したという見方にはいくつか考え方があるだろう。1点目は単純に児童虐待が増加しているということ。2点目として児童虐待の定義が変化した、例えば以前は虐待とみなされていなかったことが虐待とみなされるようになったということ。3点目は児童相談所への通告件数が増えたことは児童虐待に対する世間の認知が高まったことの裏返しであるとする考え方である。
 それではなぜ虐待が発生するのだろうか。これまでの研究結果から「過酷な成育歴」「現在の生活の困難」「孤立」「意に沿わぬ子」といった4つの要因が揃うと児童虐待のリスクが高まると指摘されている[2]。虐待問題に関しては死亡事例が発生するたびに、法改正や虐待対応マニュアルの改訂がなされてきた。しかし、あくまで虐待死を防ぐことが第一義的であって、「これを解決すれば児童虐待の発生を防ぐことができる」というまでは踏み込むことができていないという現状がある。
 児童虐待を防ぐためにどうアプローチをしていくのかということが私の素志であるが、その鍵はどこにあるか。私は地域にあると考えている。地域全体で子育てする体制を構築し、保護者が1人で丸抱えをせず、子育てすることができる地域づくりを通して児童虐待をなくすことができるのではないかと自ら仮説を立て、4月から実践活動を行ってきた。次章ではまず子育て支援の現状について述べていきたい。


2 子育て支援の現状

 子どもを出産して、保護者が行政と初めて関わるのが、乳幼児全戸訪問である。いわゆる「赤ちゃん訪問」と言われるもので市区町村の職員(助産師や保健師)が自宅訪問を行ってくれる。子どもの体重測定や発育の観察、母親の健康状況の確認や子育てに対する不安の聞き取りを行い、サポートをしてくれる。この「赤ちゃん訪問」で心配なことがあれば、定期的な見守りや支援につなげる。
続いて子どもの発育状況を確認する乳幼児健診の案内が市区町村から送られてくる。一般的に乳幼児健診は3歳児検診を含めて数回行われ、子育ての不安や発育状況に関する相談を行うことができる。
 実は基本的に行政が“心配”だと思わない家庭の場合は、この赤ちゃん訪問と乳幼児健診だけが行政側からのアプローチによる子育て支援にあたる。もちろん保育所入所の申込や養育上の不安の相談、ショートステイといった制度もあるが、これらを利用する場合には保護者側から行政にアプローチを行う必要がある。困ったことがあれば自ら手を挙げて、「この事業を使いたい」「子どもが言うことを聞いてくれないが、どうしたらよいのか」と相談しなければ、行政からの支援は届かない。もちろん、近隣住民や知り合いの人から行政に連絡があって、アプローチされる場合もあるが、子育て支援に限らず行政自体が申請主義である以上、自ら助けを求めなければならないのが現状である。
 現在は、子育て中の親子が気軽に集い、相互交流や子育ての不安・悩みを相談できる場として「地域子育て支援拠点」が設置されており、保護者が気軽に相談できる交流の場も増えてきた。一方で、集団に入るのが得意でない保護者がいることも事実であり、そういった行政に相談することも、地域の拠点で輪に入ることができない保護者への支援をどう行っていくか、これも大きな課題であると考える。
 話は少し脱線をするが、全国労働者共済生活協同組合が2020年に行った「『たすけあい』に関する意識調査」では、「たすけあいがあふれる社会」に対して共感すると答えた人の割合が77.2%であった一方、73.1%の人が「社会がたすけあいにあふれているとは思えない」と回答しており、大きなギャップが存在していることが浮き彫りとなった。また、「知り合いに、助けを求めることができる」に「そう思う」と答えた人は6.8%、「知らない人に、助けを求めることができる」に「そう思う」と答えた人は4.5%とどちらも低いデータとなっている[3]。なぜ、助けを求めることができないのかという理由について本調査では触れられていないが、「相談すること自体が恥ずかしい」「迷惑をかけたくない」「相談しても解決するかわからない」「相談をして過度な介入をされたくない」など様々な要因があると想定される。
 現在、私は実践課程において、子育て支援を行っているNPO団体で活動をしているが、本当に困っている人を支援者側が見つけることの困難さというものを実感している。子ども食堂の活動を例に挙げて紹介をしたい。
 子ども食堂と言うと、子どもの貧困対策の一環として取り上げられることが多いが、現在活動している団体では地域全体の居場所としての側面を強く出し、子どもから高齢者まで皆が集まって和気あいあいと過ごすことができる場所として位置付けて開催をしている。現在はコロナ禍ということもあって、密を防ぐ目的からフードパントリーと呼ばれる食材を配布する取組を月2回実施しているが、申込制にしているところである。こういったコロナ禍の状況もあり、経済的に困難なご家庭やひとり親家庭の方に多く配布をしたいとInstagramやFacebookなどを通して周知をしているが、なかなか課題を抱えているご家庭からの申込をいただけていない状況がある。
 困っている方に限定して、申込を受け付けるという手段も考えられるが、そうすると「この場所に通っている人は生活に困窮している」といったステレオタイプが植えつけられることになり、「そのように思われるのは恥ずかしいので申込をしたくない」という心理が働いてしまうおそれがある。支援を必要としている人にアプローチをしてもらうためにはどうすべきなのかといったことが行政、民間問わず、子育て支援を行う上での大きな課題となっている。


3 実現に向けてのヒント

 家庭の子育て力にはそれぞれ差異がある。そして、子ども自身にもそれぞれ特性がある。簡単にガイドブックやマニュアルによって子育ての悩みが解決し、子どもにとって安心な養育環境が実現するとは限らない。また養育者たる保護者が誰でも助けを求めることができればよいが、相談することができず丸抱えしてしまうという保護者も一定数存在する。保護者にとっても子どもにとってもwin-winで子育てできる地域をどのようにして構築していくべきであろうか。
 まず1点目として地域の力を活用して家庭の子育て力を高めるということである。子育てに関する情報はインターネットやICT技術の普及により手軽に得られるようになった。現に、株式会社ベビーカレンダーが「『子育てにおけるSNS利用』に関する意識調査」を2018年に実施したところ、子育て中の保護者の92.3%がSNSを利用していると回答している。また「妊娠・出産・0歳児の子育てに関する情報をどこから得ているか」という問いに対しては、「友人や知人」が82.1%、「母親、義理の母親や親戚」が65.8%、「妊娠・出産・子育て関連サイト」が65.6%とインターネットによる情報収集も活発であることがわかる。一方で「妊娠・出産・0歳児の子育てに関する情報収集先としてどれを一番信頼しているか」という問いでは、「医師、助産師、看護師などの専門家」が31.5%で1位となり、インターネットやアプリ、SNSを挙げた人は合計で2割前後にとどまっていることが明らかとなった。インターネットにより情報収集が容易になっている一方で、「情報量が多く、正確な情報がわからない」と答えた人の割合も68.3%であり、信頼できる情報が求められていることがわかる[4]
 情報は手に入れることができても、その情報が正しいかどうか、また情報が正しいとしても保護者自身が生かすことができるのかといった課題がある。地域として何が必要で、どのようなことができるのかを考える必要がある。
 2点目として、子育てを学ぶ機会を地域で提供することである。保護者ははじめから親ではない。子どもを授かり、育てる中で保護者も自ら育てられ成長していく。どのように育ててよいか、例えば乳児を養育する場合は、ミルクのあげ方、あやし方についても身近な人や専門の人からの助言を聞きながら、子どもの特性にあわせて学んでいく。一方で、子どもの成長の過程で「自分の子育ては正しかったのか」と自問自答することもあるかもしれない。子育て自体、正しい、間違っていると一概には言えない部分が往々にしてある。他の人がどういう子育てをしているのかを実際に見て、聞いて学ぶ機会というものを提供する必要があるのではないだろうか。そうすることで、自分の子育てとの共通項や、「これをやってみよう」という前向きな意識に繋がるものと考える。 以上、実現に向けたヒントを簡単に述べてきたが、以降では地域全体で子育てする上での課題について述べていくこととする。


4 地域全体で子育てする上での課題

 子どもが成長する過程で重要なことは安全・安心の環境で養育されることである。この「安全・安心」というワードは児童相談所に勤務していた際によく使われていた言葉である。様々なケースを対応する度に「お子さんが安全・安心で生活できるよう、私たちと一緒にできることを考えましょう」と保護者の方に何度問いかけたことか。地域全体で子育てをする上で、鍵となるのがここでもやはり安全・安心であると考える。例えばファミリーサポートという事業がある。第2章でも軽く触れていたが、ベビーシッターにも似た事業であるが、育児を手伝ってもらいたい「依頼会員」と育児を手伝いたい「提供会員」が参加し、地域で子育てをしていく取り組みである。私が現場研修しているNPO法人は自治体から委託を受け、この事業を運営しているが、はじめに「依頼会員」と「提供会員」の顔合わせを行った上で、実際に子どもを提供会員に預かっていただくというシステムになっている。実際に顔合わせをして、マッチングを行った上で実際に預けるという点では先に述べたベビーシッターのマッチングアプリと比較しても安心・安全が担保されるかもしれない。しかし、密室で子どもの養育をさせた場合の課題というものが残る。「提供会員」と子どもが密室で過ごした場合の様子については活動報告を通して、保護者である「利用会員」に報告されるわけであるが、実際にどのように養育されているのかが不明瞭であることについては変わりがない。この点に対してより安全・安心の担保ということが求められる。
 また地域全体で子育てする上で重要なのは、住民間での顔が見える関係づくりの構築である。防犯対策として「知らない人にはついていかない」ということがよく言われるが、このご時世、地域を歩いていても正直知っている人に会うことの方が珍しい。以前と比較して核家族化や単身世帯の増加で地域内のつながりが希薄化している中で顔の見える関係づくりをどう実現していくかが大きな課題である。東京都武蔵野市が2019年に実施した「地域コミュニティについての市民アンケート調査」において、近隣住民との近所づきあいの程度に関する項目においては「会えばあいさつをする」と答えた割合が全体の55%となっている一方で、「20代」「30代」といった子育て世帯にあたる若年層においては、「顔を知らない」と回答する割合が20代で25%、30代で19.8%と全体と比較して高い傾向にあった[5]
 顔を知らないということは不安材料として捉えることができ、地域で子育てする体制を整える上での大きなネックとなっている。
 単に地域コミュニティをただ単に時計を巻き戻して過去と同様にするのではなく、現代社会にあわせて「安心・安全」を担保した上で構築をしていく必要があるのではないだろうか。


5 全員育児社会を実現するには

 以下では私が考えるビジョンについて簡単に述べていくこととしたい。児童虐待を防止するという前提の下、地域ぐるみで子育てできる社会、全員野球ならぬ全員育児社会を実現することが私の描くビジョンである。
 現在の地域コミュニティにおいて「みんなで子どもを育てよう」と声高に叫んだところで、賛同する人もいれば、他者との関わり自体を拒否する人も一定程度存在するのが事実であろう。その上で、子どもを安全・安心な環境下で養育するためにどうしていくべきなのか。
 1つ目として提言するのが地域住民を活用した「子育て家庭パートナー制度」の創設である。課題を抱える子育て家庭の共通点として、つながりの希薄化や支援を必要としている人に情報が行き届いていないという現状がある。自分から困りごとを発信しない限り、具体的な支援を受けることもできない。「子育て家庭パートナー」はこういった課題を解決するため、子育て家庭と地域住民をマッチングする取組であり、母子手帳の交付段階から寄り添い支援を行うものである。前述したファミリーサポート事業は子どもの預かりや送迎といったものであるが、そこに伴走型支援を加えたものと考えていただきたい。「子育て家庭パートナー」は保育士や保健師等の有資格者や子育て経験者とし、子育て家庭の保護者への情報提供や相談対応、預かりなどの直接支援を行う。この取組によって保護者が地域の誰かと顔が見える関係ができ、保護者が困りごとを相談することができる体制の構築につながると考える。
 2つ目として、アプリや動画共有サイトを活用し、子育ての様子を確認することができるシステムの構築である。子育て世帯と地域住民とのマッチングを行い、レスパイトなど子どもを預かってもらいたいときに地域住民の方に子どもの面倒を見てもらう。知人や親戚がどのように子どもと接しているかをリアルタイムで確認できるようにし、他の養育者がどのように子どもと接しているのかを可視化することを通して、他の人がどのようにしているのかを学ぶことができ、保護者自身の育ちにもつながるのではないだろうか。


おわりに

 本稿では児童虐待を防止するための地域における子育て支援のあり方、そして私が描くビジョンについて述べてきた。子育てにまつわる問題はこれだけではない。待機児童の問題や保護者の就労、様々な視点からより深く問題を掘り下げて、課題を1つ1つ整理していく必要がある。現在、地域のNPOで活動する中で少しずつ地域における取組の課題が見えてきたところであるが、この課題を解決するだけで児童虐待を防止することはできない。より広い視野から子育ての課題を追求することがこれからの活動で求められると考える。
 なお、私が今掲げている全員育児社会というビジョンが実現するためにはまだまだ障壁が多くある。全員育児社会というからには少しでも協力者を増やしていくことが求められるが、現場活動を通して感じることは協力者、ボランティアの輪の広がりがほとんどないという点である。一部のボランティアによって成り立っている現状をどう解決していくべきかについても検討していかなければならない。あわせて、保護者が助けを求められるようにすることも必要であるが、その心理的な部分も把握するとともに、アプローチの方策をどうしていくべきかについても研究していく必要がある。今後は現場活動を通して支援者の輪の広げ方、支援ニーズの把握にも取り組みながら、ビジョンがより現実的なものとなるよう取り組むとともに、理想社会を実現するために今後も研鑽を積んでいきたい。



[1]厚生労働省HP「令和元年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」
[2]川崎二三彦「児童相談所から見える子どもの虐待の実像」『季刊社会運動』No.438、2020年4月、p.8-19。
[3]全国労働者共済生活協同組合連合会HP「こくみん共済 coop〈全労済〉「たすけあい」に関する意識調査を実施!」https://www.zenrosai.coop/library/news_pdf/news-communication_509.pdf
[4]株式会社ベビーカレンダーHP「「子育てにおけるSNS利用」に関する意識調査を実施」https://corp.baby-calendar.jp/app/uploads/2018/10/1017NEWS-RELEASE.pdf
[5]武蔵野市「『地域コミュニティについての市民アンケート調査』報告書」http://www.city.musashino.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/030/777/01_houkokusyo.pdf

【参考文献】
今一生『子ども虐待は、なくせる-当事者の声で変えていこう』日本評論社、2020年
鈴木秀洋編著『子を、親を、児童虐待から救う』公職研、2019年
前田正子『子育ては、いま』岩波書店、2003年
『季刊社会運動』No.438、市民セクター政策機構、2020年
2021年12月 執筆
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