論考

Thesis

自治体経営と企業経営を比較して ~②経営ビジョンと事業管理手法~

前稿に引き続き、本稿でも栃木県小山市の株式会社蛸屋(以下、蛸屋)での研修に基づき、自治体経営と企業経営について論じる。本稿では特に、経営ビジョンのあり方と事業管理手法の側面から考察していきたい。

1 経営ビジョンとビジョン達成指標

 前稿(https://www.mskj.or.jp/report/3477.html)では企業における「経営理念」の重要性に触れ、自治体においても「自治体理念」を確立し、自治体の存在意義や在り方を明確にするべきであると論じた。その上で求められるのが、理念をより具体化し将来のあるべき姿を示した「経営ビジョン」である。実際にほとんどの企業で経営ビジョンは存在しているが、自治体でもこの経営ビジョンに相当するものとして「総合計画」が存在する。2016年に行われた日本生産性本部の市区町を対象としたアンケート調査によると、有効回答940のうち総合計画を策定しているとの回答は924(98.3%)に上った[1]

 では、民間企業の経営ビジョンと自治体の総合計画の最も大きな違いは何だろうか。これは民間企業と自治体の違いそのものともいえる。すなわち利益を追求するか否かである。利益がなければ存続できない民間企業にとって、経営ビジョンは将来のあるべき姿という定性的目標に加え、売上高や営業利益といった定量的目標で構成される。そして、定量的目標は定性的目標のKGI(Key Goal Indicator)として、つまり、将来のあるべき姿への達成度を測る指標として用いられる。一方自治体の総合計画はどうか。まず、定性的目標については必ず存在する。たとえば、小山市の「市民との対話と連携・協働による『田園環境都市 小山』を未来につなぐ持続可能なまちづくり[2]」といった具合である。次に、定量的目標については、前稿で述べた自治体経営の視点から近年益々重要視されている。実際に、先に触れた日本生産性本部のアンケートによると75.9%の自治体が定量的目標を設定していると回答した[3]。しかし、その定量的目標は必ずしも将来のあるべき姿への達成度を測るものではない。定量的目標の87.2%は基本計画に位置付けられている[4]。つまり、将来のあるべき姿を実現するために必要な「政策・事業の数値目標」として存在しているのである。

 もちろん、そのような形を否定するつもりはない。利益を追及しない自治体において民間企業の全てを模倣する姿勢はむしろ間違っている。しかし、研修先の蛸屋での経験に基づき思うのは、やはり組織の活動全体を測る指標があるというのは民間企業の強みであるということである。まず売上高や営業利益に基づいてより自分たちの現況をリアルに把握できる。自分たちはこのままでいいのか駄目なのか、それをトップから末端の従業員まで一目瞭然に認識することができる。さらに、KGIを設けることでより具体的かつ明確なKPI(Key Point Indicator)を設定することが可能である。そのようなKPIに基づいてPDCAサイクル[5]を回すことは政策・事業の生産性を高めてくれるだろう。

 それでは、自治体にKGIを設定するとしたらどのような指標となるだろうか。税収かあるいは住民幸福度だろうか。正解はないかもしれないが、一つ参考になるのが大阪府四条畷市の事例である。四条畷市の経営ビジョンである「四条畷市総合戦略(平成30(2018)-34(2022)年度)」では、定性的目標を「子の笑顔 活気あふれる なわてみち」とし、KGIについては、民間企業における利益を「人口」と置き換え、「社会動態」「合計特殊出生率」「生産年齢人口の割合」と設定している[6]。定性的目標とKGIを上手く調和させていると言えるだろう。改訂年度が迫っており、現行の総合戦略によりどのような効果・手応えを得ることができたのか楽しみなところである。ポジティブな評価となれば自治体の新しい目標設定モデルとなるのではないだろうか。

四条畷市総合計画の全体像(「四条畷市総合戦略(平成30(2018)-34(2022)年度)」より抜粋

2 自治体の事業管理手法

 前章で自治体の総合計画について触れたが、自治体では民間企業の事業計画に近い「個別計画」が別に存在する。たとえば、筆者が神奈川県職員として携わったものでは自殺対策計画[7]やギャンブル等依存症対策推進計画[8]が挙げられる。それぞれ自殺対策基本法やギャンブル等依存症対策基本法に基づき策定されたものであるが、近年このように法律に基づいた個別計画は増加の一途をたどっている。国主導の計画行政とも言える自治体の事業管理手法であるが、これについて自治体職員時代から悲観的な思いを抱いている。

 その理由は主に3つある。1つ目は個別計画が乱立し、自治体事業の全体図がかえって把握しにくくなるとともに総合計画との整合がとれなくなっていることである。前述した日本生産性本部の調査によると、実に59.1%の自治体が個別計画の数を把握していないと回答している[9]。さらに総合計画と個別計画における目標の関係性について「完全に」一致していると回答した自治体は僅か4.0%であった[10]。これでは総合計画が実効性のないものになりかねない。2つ目は個別計画に係わる業務量が膨大であるということである。まず策定にあたっては地域の実情の把握から始まり、庁内業務の棚卸、骨子案の作成から議会報告など多岐にわたる業務をこなす必要がある。策定後は進捗管理シートを作成し、事業の進捗について庁内関係課に照会・取りまとめを行うとともに、審議会や協議会に事業評価を諮り、結果を関係課にフィードバックする。また、当然に自課の事業が他課の個別計画に記載されているケースもあることから、庁内は進捗に関する照会で雁字搦めになっている。多くの自治体で財政状況が厳しく人件費の更なる捻出が難しい今日において、このような事業管理手法は持続可能なのか疑問である。そして3つ目は自治体特有の人事制度であるジョブローテーションと相性が悪いことである。概ね個別計画の計画期間は5年であることが多いが、3年を目途に職員が入れ替わる現行制度下では、計画策定時を知る職員が計画改定時に誰もいないことが多々ある。この場合、計画目標がどこか他人ごとになるほか、生産的な計画改定に繋がらないなどのデメリットが見受けられる。

 ただしメリットもある。それは事業に一定の継続性を持たせることができることである。蛸屋では売上高などの定量的目標は確立されているものの、経営ビジョンやKPIが曖昧で、その結果事業に継続性を欠いている傾向があり、事業計画の必要性を痛感している。確かに思い立ったら即行動というスピード感はもちろん大事である反面、行き当たりばったりの事業展開とならないためにはビジョンに基づいた最低限の計画・KPIは欠かせない。この点は税金を事業財源とする自治体では尚更だろう。

 それを踏まえて、現行の自治体の事業管理手法をどのように改善すべきだろうか。計画行政を前提とするならば最低限、①明確なビジョンとKGIを策定しトップから末端まで共有すること、②庁内の個別計画についてきちんと把握すること、③その上でビジョンとKGIに根差したKPIを個別計画に設定することが必要である。また、近年はEBPM(Evidence-based Policy Making)の考え方が広まり、それと併せて企業の数値管理的手法も個別計画の進捗管理に用いられるケースが増えた。確かに、たとえば製造業であれば、商品を作る際の原材料費や労務費あるいはロス率などあらゆる工程を数値化し、それぞれに対して数値目標を設定して管理することは可能である。問題はその方法が果たして自治体に馴染むのかということである。くり返しになるが自治体は営利を追求することが目的ではない。そして、大半の行政サービスは市場メカニズムが適応されないものである。この場合のKPIや数値目標の設定は、民間企業のそれより遥かに難しい。また、積極的なチャレンジや失敗に抵抗感を覚える自治体の組織風土において、そもそも生産的な数値目標の設定はあまり期待できない。このような環境で、答弁用の数値目標を乱立させることは進捗管理業務を無駄に肥大化させるだけである。普及啓発リーフレットの配布数や会議の開催数といった数値目標はまさにその典型例だろう。極端に言えば1つの個別計画に1つのKPIのみで十分かもしれない。たとえば、前述した自殺対策計画においては自殺死亡率をKPIとして定め、事業の進捗管理における数値目標は特段設けないといった具合である。生産性のない数値目標で事業の効果測定を行うのであれば、審議会や協議会で一つのKPIの達成・未達成要因について建設的な議論を行う方が賢明だろう。数値目標の減少により照会等の業務量の削減も望める。その上で、計画年数と結びついた人員配置を実現できれば、より生産的かつ持続可能な事業管理が可能になるだろう。

[1] 公益財団法人 日本生産性本部「『基礎的自治体の総合計画に関する実態調査』調査結果報告書」

https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/R74attached2.pdf(2021年8月1日閲覧)
※調査対象:全国の市区 813 団体及び町 745 団体

なお、総合計画等の定義は次のとおり

・総合計画:一般に基本構想、基本計画、実施計画から構成される、総合計画政策分野 横断的且つ、中長期的な総合的な計画

・基本構想:総合計画の中で最も抽象度が高く、期間の長い計画

・基本計画:基本構想よりも具体性が高く、実施計画よりも抽象度が高い計画であっ て、基本構想よりも期間が短く、実施計画よりも期間が長い計画

・実施計画:総合計画の中で最も具体性が高く、期間の短い計画

[2] 小山市「第8次小山市総合計画」 https://www.city.oyama.tochigi.jp/site/sougoukeikaku/236908.html (2021年8月20日閲覧)

[3] 前掲(ⅰ)

[4] 前掲(ⅰ)

[5] Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)

[6] 「四条畷市総合戦略(平成30(2018)-34(2022)年度)」https://www.city.shijonawate.lg.jp/uploaded/attachment/4735.pdf(2021年8月1日閲覧)

[7] 神奈川県「かながわ自殺対策計画」https://www.pref.kanagawa.jp/documents/16458/kanagawa3003.pdf(2021年8月1日閲覧)

[8] 神奈川県「神奈川県ギャンブル等依存症対策推進計画」
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/73196/keikaku.pdf(2021年8月1日閲覧)

[9] 前掲(ⅰ)

[10] 前掲(ⅰ)

 

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坂田健太の論考

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Kenta Sakata

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坂田 健太

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