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2017年11月

学校でもない、職場でもない、家庭でもない、居場所を創る! オシャベリStationの挑戦
土屋正順/松下政経塾第36期生

私は、約6年間に渡って地元地域における「人の居場所づくり」に取り組んできました。私はなぜ「居場所づくり」にこだわってきたのか。その経緯と想いをまとめました。

 

 2012年の12月、私は友人と二人で生まれ育った地元地域において大きな挑戦をしました。それは、「学校でもない、職場でもない、家族でもない、誰もが出入り自由な居場所を近所に創る」ことです。
 元々、漫才師として20代の多くの時間を活動していた私には、意識せずとも社会の中に居場所がありました。生まれ育った家庭、家族、親戚、そして幼稚園から高校までは学校や部活が私の居場所でした。それから後は、お笑いの劇場、同じ芸人仲間と過ごす時間と空間。それが社会の中での私の確かな居場所だったのです。
 しかし、健康上の理由も重なり、漫才師を廃業することになった時、社会の中に私の居場所が無くなりました。自分は社会の中で何者でもなく、どこにも所属できない情けない人間になってしまったのだ、という強い孤立感を味わいました。その後、周囲の助けもあり、一年間の受験勉強を経て、何とか私は大学に入学し、再び自分の居場所だと思える学びの場と、かけがえのない学友たちと出会うことができました。学生生活を送りながら、福祉施設などでのボランティア活動に取り組む中で、これまで自分が感じてきた挫折感や孤立感よりも厳しい現実があることを知りました。会社や学校といった所属先がない人、家族や親族といった血縁関係の中で悩みを抱える人、健康や障害を抱える人たちの中で社会への疎外感を感じている人、人それぞれに多様な事情を抱えていることを知ったのです。
 この世の中には、たとえ職場や学校など所属する場があったとしても孤立する人がいます。所属先は必ずしも、その人の居場所とは限りません。また、家庭内に問題を抱えていたり、そもそも生まれながらに両親と生活することができない事情を抱えた人もたくさんいます。家族生活を基礎に置いた自宅という場が居場所ではないこともあるのです。居場所とは一体何でしょうか。それは、時に空間であったり、時に強い絆で結ばれた人間関係であったり、人によっては社会的立場や誇りといった無形の自負心が、自分の安心できる居場所であると感じることもあります。
 自分が安心して当たり前のように居られる社会の中での居場所。そんな場所が見つからない人がとても多いように感じます。「非正規雇用が増加して職場や仕事、仕事先での人間関係が従来よりも希薄になったから」であるとか、「仕事、趣味、家族のありかたまで、人の価値観やライフスタイルが多様化しているから」だとか、その理由をいくつか挙げてみることは簡単です。私たちは、居場所を求めている人が多いこと、いつか自分の居場所が社会の中からなくなってしまうのではないか、という不安を抱えている人が多いことは現実なのだから、そこに何かしらの実践的な挑戦をしようと考えました。そもそも、私自身、いつまた社会の中に居場所がなくなるのか、と心のどこかで怯える当事者でもあります。そこで「自分たちの居場所は自分たちで創ろう」という想いを込めて始めたのがオシャベリStationです。


(オシャベリstationの様子 2017年 秋頃)

 決まりごとは至ってシンプルです。世代、性別、立場を超えてあらゆる人が集まり、その日にみんなで話したいテーマを多数決で決めること。あとは好きなことを約一時間、オシャベリするだけです。本当か嘘かわからないことを面白おかしくオシャベリすることで対話を通じた人と人の交流が始まります。もちろん黙って座っているだけでもかまいません。
 友人と2人で始めた月々に集うこの緩くて小さなコミュニティは、6年目を迎えようとしています。運営メンバーは少しずつ増え、参加者も大学生や社会人といった若者だけでなく、シニア世代の方々もその輪に加わってくださるようになりました。人にとって「居場所」とは何でしょうか。オシャベリStationに挑戦している今、それが学校や、職場、家庭だけではないということだけは確信しています。


(チラシは有志の手づくりによるもの。開催までの準備を通じた共同作業も参加者同士の大切なコミュニケーションの機会になります。)

2017年11月 執筆
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