論考

Thesis

シニア移住者誘客による沖縄振興の可能性と課題

本稿はシニア移住者の誘客による沖縄県振興の可能性と課題について整理・考察したものである。

はじめに

 1972年の本土復帰以降、国・県は一人当たり県民所得の向上や島嶼経済の不利益性の克服に向け、さまざまな産業施策を講じてきた。特に観光産業は県経済や雇用を下支えするリーディング産業として発展し、2017年の訪沖観光客は939.6万人(過去最高)で前年比9.1%増加、同時期にハワイを訪問した観光客938.3万人を上回る勢いとなり今後も拡大が見込まれる。また情報通信産業、物流業、健康・医療産業といった新たな産業施策も並行して実施されているところである。

 しかしながら、都道府県別一人当たり県民所得は全県平均305.7万円・東京都451.2万円に対して、沖縄県212.9万円と依然大きな差があり(平成26年度内閣府度県民経済計算)、また一人当たり県内総生産においても全県平均405.2万円、東京都696.6万円に対して沖縄県281.5万円と、工業化に成功している県との生産性の差がまだまだ大きいのが実情である。沖縄県の経済性向上を目指すにあたっては、観光に比する新たな収益基盤の仕組みを次々と生み出していく必要がある。

 一方で、政府においては『生涯活躍のまち』構想*が検討されており、シニアが健康な段階で入居し、終身で暮らすことができる生活共同体の整備が進められている。平成27年12月の日本版CCRC(Continuing Care Retirement Community)構想有識者会議によれば、CCRCの取り組み意義は「地方移住を望む高齢者の希望の実現」「地方への人の流れの推進」「東京圏の高齢化問題への対応」と謡われている。特に受け入れる地方の立場からみれば、シニアの流入により、消費拡大、税収改善、周辺産業への経済波及などの好影響が起こることに期待が高まっている。

*『生涯活躍のまち』構想とは、「東京圏をはじめとする高齢者が、自らの希望に応じて地方に移り住み、地域社会において健康でアクティブな生活を送るとともに、医療介護が必要な時には継続的なケアを受けることができるような地域づくり」を目指すもので、平成27年度の日本版CCRC構想有識者会議にて具体方針が定められた。

 観光産業を成熟化させてきた経緯からみて、沖縄県は人が移動・移住する受け皿としての優位性を持ち、域外からのシニアの流入に対しても受け入れの素養が備わっているようにも見える。

 本稿では、シニア移住の具体的な絵姿、CCRCによる効果試算、先行事例を踏まえた事業の具体像、そして課題抽出といった順番で整理・考察し、次なる沖縄の産業施策としての高齢者移住の可能性と課題を示していく。

1.『生涯活躍のまち』構想の背景とシニア層移住者のライフスタイル

   ~地方沖縄の新たな社会像~

1-1『生涯活躍のまち』構想の背景

 『生涯活躍のまち』構想においては、「中高年齢者が、希望に応じ地方や「まちなか」に移り住み、多世代の地域住民と交流しながら健康でアクティブな生活を送り、必要に応じて医療・介護を受けることができるような地域づくり」**が目標として定められている。

 構想の背景には、①高齢者の移住希望実現(2014年8月、内閣官房による東京在住者の意向調査によると、地⽅の移住希望者は、50代では男性は50.8%、⼥性は34.2%となっている)、②地方への人の流れの推進(2014年、総務省住民基本台帳人口移動報告によると、年齢階級別の東京圏からの移住状況は、ほとんどの年齢階級で東京圏へ転⼊超過となっている中、50〜60代は、東京圏からの転出超過になっている)、③東京圏の高齢化問題への対応(平成24年1月統計、国立社会保障・人口問題研究所によると東京圏では今後急速に⾼齢化が進む。特に75歳以上の後期⾼齢者は2025年までの10年間で約175万⼈増⼤し、医療介護の確保が⼤きな課題となる)などがあり、日本政府としての取り組み意義が広く認知されつつある状況である。

 また、地方創生の観点からすれば、シニアの流入により地方における人口減少問題の改善、地域の消費需要の喚起や雇用の維持・創出、多世代との協働を通じた地域の活性化などの効果が期待されており、現在、120事業(1府3県92市町村)が地方創生推進交付金等により支援を受けて具体的にCCRCの取り組みをスタートしようとしているところである。

**出典:平成27年12⽉11⽇ ⽇本版CCRC構想有識者会議「『⽣涯活躍のまち』構想(最終報告)」

1-2 シニア移住者のライフスタイル

 次に移住を希望するシニアの視点から、CCRCでの生活を具体的にイメージしてみる。

 例えば、東京などの都市部に居住するアクティブシニア(自分なりの価値観をもち、定年退職後にも、趣味やさまざまな活動に意欲的な、元気なシニア、団塊世代を想定)が第二の住処として健康な状態から沖縄に移住することを想定する。その場合、都市部の自宅は賃貸または売却を行い、移住の原資と将来生活に備えた資産としてストックする。沖縄の第二の住処においては、受け身ではなく、それまでの経験に応じた仕事や社会活動、生涯学習などに積極的に取り組み、日々の生活の糧を自らが確保する形となる。

 一方で受入れ地の沖縄からみれば、シニア移住者の流入により、文化施設や娯楽施設、あるいは外食施設における消費額が上乗せされる形となるばかりか、高齢者を訪問する家族が訪問し、ついでに観光滞在するというような、観光事業との相乗効果も見込まれるだろう。

 さらには、シニア移住者の新たなライフスタイルとして、沖縄の常夏シーズンには契約した代替滞在地(スキー場の宿泊施設や過疎地の民泊施設)などに移動し、空いた住宅を民泊方式で短期旅行者に週単位で貸し出して利益を確保していくという選択肢も出てくるかもしれない。シニアの移住は単に都市部から地域への流入ということではなく、新しい生き方・ライフスタイルを模索することになる。

2.沖縄県におけるシニア層移住による効果試算

 シニアが移住した場合に、地域が受ける好影響についても、いくつか試算ができる。

 地域にとって、シニア移住者が移住した際の地方財政への影響(地域の医療・介護負担分と税・保険料収入)や、経済波及効果、雇用誘発効果などはCCRCを検討するにあたっての最も重視すべきKPIとなる。2017年石垣市が策定した「生涯活躍のまち(石垣版 CCRC)基本構想(平成29年3月30日)」では、首都圏等から首都圏等からアクティブシニアが石垣市内に移住することの効果・影響について、将来の医療・介護負担(財政負担、人材)、経済波及効果の観点からモンテカルロシュミレーションが行われている。実際の結果を見てみると(図2-1)、もっとも堅実的な見方(堅実層シナリオ)においても、医療・介護費負担の増加分は、社会保険料収入や市民税の増加分に比べて小さく、経年累積額からみても受入れのメリットがあるとの結果が示されており、また経済波及効果についても基本シナリオ~堅実シナリオにおいて約 2.8 億~約 3.5 億円と医療・介護費負担額(約 2.3 億~2.4億円)よりも高く、移住によるプラス効果が見られる。

 さらに延べ雇用誘発数は、731 人~846 人年と延べ移住者の約 7~8 倍前後の雇用者を生み出す想定となり、地域における雇用効果もある程度見込まれる。

 尚、表中の内容は年次移住者を100人、政策実施期間1年で見込んだ場合のシミュレーションであり、実際に沖縄県本当全域で移住者想定を50倍~100倍、政策実施期間を10年~20年へと引き延ばした場合に、(非常に大雑把にはなるが)上記の影響想定も乗数で見込む事ができよう。

(年次移住者100人、政策実施期間1年で見込)

図2-1経済波及効果シミュレーション

出典:2017年、石垣市「生涯活躍のまち(石垣版 CCRC)基本構想(平成29年3月30日)

3.CCRCの事業体制と先行事例

3-1 国-地方自治体-民間によるCCRCの事業体制

 ⽇本版CCRC構想有識者会議によって示された国-地方自治体-民間によるCCRCの事業体制は以下の通りである。各役割であるが、国は構想に関する基本方針を策定し、地方自治体や事業主体を支援するため、情報支援・人的支援・政策支援などを行う。また地方自治体の立場からは、地域の特性や強みを生かした具体的構想を検討し、地域の関係事業者らと協力しながら、基本計画策定、運営推進機能を担う事業主体の選定、事業計画策定などを行う。そして事業主体である運営推進法人は、地方自治体の基本コンセプトを踏まえ、地域交流拠点の設置やコーディネーターの設置、関係事業者との連携により、入居者に対するサービス提供やコミュニティ運営を行うというものである。ここでいう運営推進法人は、法人形態として民間企業・医療福祉法人・NPO・街づくり会社などが想定されているが、現在地方創生推進交付金等により支援を受けてCCRCの取り組みを行おうとする120事業(1府3県92市町村)においてもどのような形態とするかは地域ごとにことなり、いまだ試験段階といえる。

図3-1:CCRCの事業実施体制

3-2 国内における先行事例

(1)Share金沢

 2013年に事業が開始された石川県金沢市にあるShare金沢は、都市部からの移住者をはじめとした健康なシニアが集合住宅に居住し、農業やボランティア活動、住民自治など自立した活動を行いながらコミュニティの中で生活している。住宅戸数は32戸、居住スペースは42~44平米と広く、周辺には温泉付きデイサービス・訪問介護事務所が併設されているほか、児童発達支援センターや日用品や生活雑貨をそろえた共同の売店(住民による共同出資)も設置されている。契約形態は賃貸借方式で、金沢市のほか、石川県内(金沢市以外)、県外(東京・大阪圏)からも移住者が集まっている。

<Share金沢>

運営主体:社会福祉法人佛子園

取組開始:2013年9月

住宅戸数:32戸(居住スペース42~44平米、バリアフリー構造、ペット入居可)

総面積 :10,000坪

入居者 :単身、夫婦等

年齢  :60代~90代

契約形態:賃貸借契約(家賃・共益費・状況把握生活相談費含め月12万円~13万円程度)

移住元 :金沢市、石川県内(金沢市以外)、県外(東京・大阪圏)

要介護度:自立(非該当)、要支援、要介護

日常活動:就労ボランティア(売り上げは従事者で配分)、農園作業、住民自治、

障害児・学生との多世代交流

3-2:Share金沢のイメージ図(同社HPより)

(2)ゆいま~る那須

 ゆいま~る那須は2010年11月に18戸、2012年1月に52戸開設された。

 敷地内においては、サービス付き高齢者住宅・デイサービス・図書館や音楽室などのコミュニティスペースなどが並ぶ。契約形態は選択式となっており、一時金方式と月払い方式から選べる形。首都圏に自宅を残しながら那須を往復する2地域居住者もおり、首都圏からの移住者も比較的多い。

運営主体:株式会社コミュニティネット

取組開始:2012年1月

住宅戸数:70戸(居住スペース33.1~66.3平米、バリアフリー構造、ペット入居可)

総面積    :9978.05平米(3,018.36坪)

入居者    :単身、夫婦等

年齢       :60代~

契約形態:選択方式

①一時金方式

初期費用:1,175万円~2,489万円

(15年以内に契約終了の時は、返還金制度あり、分割払いの場合、月額費用:12万3,850円~21万3,400円)

②月払い方式

月額費用:21万850円~36万1,400円

 

移住元    :関東圏・関西圏が主。福島県、那須長、そのほか北海道、新潟など

要介護度:自立(非該当)、要支援、要介護

日常活動:従事者自ら、理容師・美容師、そば打ち、おもちゃクラフト、お弁当作りなど

3-3:ゆいま~る那須のイメージ図(同社HPより)

4.シニア層移住の受け皿となるCCRCの課題とリスク認識

 ここまでは、シニア移住の受け皿となるCCRCがもらすライフスタイルの変化や、地域への経済波及効果、さらには事業体制モデルと先行事例について述べてきた。いずれも期待が持てる前向きな内容であり、これからの高齢社会の解決策としても、また地方の新たな産業の一つとしても希望に満ちたものに映る。しかしながら、日本におけるCCRCは発足段階であり、いくつかの課題が浮かび上がってきているも事実である。本項では複数の課題のうちいくつかに絞って説明したい。

(1)シニアの移住需要は確かか

 CCRCを行うにあたっては、そもそも移住を希望するシニアがある一定数いることが前提となる。日本版CCRC構想有識者会議では、内閣官房による調査をもとに、東京在住者の意向として地⽅の移住希望者は50代では男性は50.8%、⼥性は34.2%あったことを移住需要の根拠としているが、地方経済にインパクトを与える移住量となるとかなりの移住人数が必要になる。CCRCの先進事例である米国では土地が広く住宅が安いことに起因し引っ越しへの抵抗感が少ないことがあるのに対して、日本では年金不安や定年後の仕事の継続などを理由に、住み慣れた自宅から離れることに抵抗を持つ層もかなりの数存在する。

 それから、事業開始時には施設やサービス内容に新鮮味があったとしても、次々と新たな事業者や新規のビジネスモデルが確立していくなかで、ファシリティやサービスが陳腐化し、CCRC事業者から移住者が離れていく可能性も否定できない。このような需要リスク、陳腐化リスクなどにより、民間事業者が参入しづらくなることもあるだろう。事業者のリスクを一定量に抑えるには、移住者との長期契約方式の開発であったり、政府からのMinimum Guarantee Payment(運営最低保証)などの仕組みが必要となる。

(2)自治体住民から見た移住に伴う負担感の増大

 シニアの移住者が増えた場合の好影響については先に述べた通りであるが、自治体住民からみた心情的な負担感はぬぐい切れない。例えばシニア移住者の介護・医療負担が増大した場合、地域内での介護・医療人材の不足が起こりえる。海外人材の登用や医療人材の育成といった解決策にも様々な議論が巻き起こるだろう。

 その他にも、土地をCCRCに利用するにあたっての論争や、地域住民によるローカルルールとシニア移住者とのコンフリクト、すでに観光需要などでも起こっている渋滞現象や家賃・物価の上昇なども住民への負担“感”につながる。導入に際しては行政・事業者からの丁寧な説明が求められる。

(3)ハード整備に伴う行政負担の重さ

 CCRCを行うにあたっては、ハード整備が必須であり、現在検討されている各地事例でも新たに施設を建設するにあたり政府からの交付金にある程度頼っている部分もあると予測される。初期投資の数億円のうちいくらかを交付金で賄い、さらに運営費用についても経営が立ち行かなることに備えて最低保証などを設けることになれば、政府・自治体は必要以上の財政歳出を求められることも否定できない。

さいごに

 本稿ではシニア移住者の誘客による沖縄県振興の可能性と課題について整理・考察してきた。

 第一項では、シニア移住により、人の流れを生み出し雇用創出・地域活性化が期待できること、またシニア移住者からみた、都市部の不動産を原資とした地方での自立したライフスタイルの確立の可能性を示した。

 第二項では、石垣版CCRC基本構想の効果試算を参照し、シニア移住による地方財政への影響(地域の医療・介護負担分と税・保険料収入)や、経済波及効果、雇用誘発効果の有用性を説明した。

 そして第三項では、国-地方自治体-民間による事業体制について全体像を示したのちに、Share金沢とゆいま~る那須の先行事例を紹介した。

 最後の第四項では、CCRCの大きな課題である、シニア移住の需要確度や住民理解、そしてハード整備による行政負担の大きさなどを整理した。

 以上の通り、シニア移住、すなわちCCRC構想は始まったばかりであり、効果が期待される一方で国・地方自治体・民間が協働して解決しなければならない課題も多数ある。短期的に見れば、CCRCは不確実性が高い事業のようにも思われるが、これから迎える超高齢社会に備えて、地方も長期的な視野を持って対応することが求められるであろう。すでに国内各地で試験事業がスタートしているさなかにおいては、沖縄もCCRCを試験的に進めてみて、試行錯誤の先に、新たなにぎわいを生む産業となれば幸いである。
 

以上

<参考文献・引用>

【行政資料・論文等】

1. 2017年、石垣市『生涯活躍のまち(石垣版 CCRC)基本構想(平成29年3月30日)』

2. 2016年、⽇本版CCRC構想有識者会議『『⽣涯活躍のまち』構想(最終報告)』

3. 2016年、株式会社三菱総合研究所『沖縄県健康・医療産業活性化戦略策定調査』(沖縄県公表)

4. 2015年、政府官邸『日本版CCRC構想 参考資料 参考資料4』

5. 2015年、新井賢治 『沖縄県の労働市場の動向と課題~深刻な若年者の構造的失業と人手不足 ~』(参議院事務局企画調整室編集・発行)

6. 2015年、沖縄県『平成27年度 沖縄県における旅行・観光経済波及効果)』

(平成28年12月19日)

7. 2012年、松井一彦『沖縄振興の課題と今後の振興策の在り方』

(参議院事務局企画調整室編集・発行)

 

【Web】

1. Share金沢 公式HP(2018年3月15日現在)

http://share-kanazawa.com/town/index.html

2. ゆいま~る那須 公式HP(2018年3月15日現在)

http://yui-marl.jp/nasu/

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比嘉啓登の論考

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