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福祉
2018年3月

精神障害に社会的包摂のある未来を
土屋正順/松下政経塾第36期生

精神障害、心に病を抱える人が増える時代に、私たちはどう向き合うべきか。

 

目次

はじめに
Ⅰ.障害の「害」は、私の中にある
Ⅱ.現地現場で実感する私の無知と無意識
Ⅲ.精神障害克服の要は「多様な人々が共生できる街づくり」にある
Ⅳ.すべての人が包摂されるべきと考える私の想い
さいごに

はじめに

 近年、障害の「害」をどのような文字で表記すべきかの議論が起こっている。あるところでは「障がい」と表記し、あるところでは「障碍」と表記される。また、障害という表現自体を無くそうという考え方まであるようだ。私は、障害をそのまま「害」と表記すべきではないかと考える。それまで、この表現に迷いと抵抗を感じるところが大いにあった。しかし、私の周囲に障害や病気を抱える人がいたり、障害者福祉分野で実践活動に取り組むようになったりとする中で、障害の「害」は私自身の中にあるのだということを突きつけられる経験を幾度となく痛感することとなった。「障害」という表現は現状の私自身と、日本社会全体の現実を表現するに実に的確な表現だと感じるようになった。この表現は自分自身への戒めでもある。そして社会全体で共有すべき戒めの文字でもあるべきなのだと考えている。とはいえ、表現というものは、受け取り手が嫌な気持ちになるのだとすれば表現を変えることも検討すべきである。その点は忘れないようにしたい。いずれにしても、このことを念頭に、本レポートの中では表記を統一させていただきたい。

Ⅰ.障害の「害」は、私の中にある

 40代の女性Cさんは東京近郊のベッドタウンで母親と二人暮らしをしている。Cさんの現在の職場は、障害者の就労支援事業に取り組む社会福祉法人の作業所だ。数年前、突然の病に倒れ、現在は高次脳機能障害を抱えている。20代、30代は、都内でバリバリと仕事をこなす会社員をしていた。よく働き、よく遊ぶ。仕事やプライベートを謳歌し、人並み以上に努力を重ねてきたような人だ。見た目も洗練されているところがあり、誰かに言われなければ障害を抱えているということはまずわからない。精神障害は、身体の障害とは異なり、見た目ではわからないという特徴があり、実はこれが課題でもある。とはいえ、このCさんは作業所のメンバー(福祉作業所の利用者さん)の中でも仕事に対する意識、作業の速さと質はトップクラスであった。
 一日の作業は、車磨き用の商品となるタオルを器用に畳んで包装したり、旅行会社がツアーでお客さんに配布するためのワッペンを切り抜いたり、子供向け雑誌の付録の包装などが主である。作業時間は朝の9時から15時まで。作業と並行してマナー講座やパソコン操作の講座、そして就職活動に取り組むこととなる。単純作業のように感じるが、実際に取り組んでみると奥が深く、根気と集中力、器用さを必要とする作業ばかりである。私の場合、実習を終える時期になっても、車磨き用のタオルの折りたたみと包装は、他の器用なメンバーに追いつくことができなかった。作業所の商品は、実際に業者に納品するため、質も納期も想像以上に厳しい基準を求められる。出来が悪ければ容赦なくボツ扱い。スピードも求められる。とはいえ、ここは障害を抱えた人々が就労の訓練に取り組む場所。すべての者が質と速さを兼ね備えているわけではない。しかし、作業所を維持していくためには、こうした仕事を受注し続けることもきわめて重要である。そんな事情もあり、Cさんのような人材は作業所にとっても、発注元の会社にとっても貴重な戦力なのである。それだけではない。Cさんは、時には他のメンバーに気を遣い、注意力が落ちている者を見つけると優しくフォローもする。私がその作業所に実習生として初めて参加した日もそうであった。作業所のメンバーに馴染むことができるか、作業の邪魔にならないか、嫌われはしまいかと不安と緊張でいるときに、笑顔で自分から声をかけてくれたメンバーの一人がCさんであった。
 Cさんはなぜ作業所にいるのだろうか?当初、私はそんな感想をずっと持ち続けていた。私は、メンバーとの会話や難しい作業に直面した時、Cさんに頼ることが多かったのである。Cさんほどの人であれば、福祉ではなく一般労働市場の中でも貴重な人材になるはずである。しかし、それが甘い考えであることをすぐに知ることになった。
 私が作業所に通って一週間ほど経過した頃、Cさんは突然、作業所の職員さん(精神保健福祉士)に大きな声をあげた。作業の段取りについて職員さんが変更をお願いしたことがCさんにとって気に障ったらしい。普段であれば受け流しているはずの指示の変更を、この日のCさんは受け入れなかった。大きな声を出して、作業の手を止めてしまった。私はCさんに何と声をかけて良いのかわからなかった。職員さんと別室で面談をしたCさんは笑顔を取り戻し、作業に戻ってきた。Cさんに対して何もできない自分。何もできないどころか怯えていた自分。私はそこで初めて、Cさんが抱えているもの、作業所のメンバーそれぞれが抱えているもの、そしてそれと向き合う職員さんが抱えているものを体感した。
 別室から戻ってきたCさんは普段のCさんに戻っていた。しばらくはぎこちなかった私も、少ししてから再びCさんと意思疎通を図れるようになった。職員さんがいなければ、Cさんの感情は激しいままに、私はその横で怯えていたままだったであろう。その状況を変えたのは、精神保健福祉士の資格を持つ職員さんであった。精神保健福祉士とは、わかりやすく言えば、障害を抱える方が就労や生活など社会復帰を果たすために手助けをするプロの方々である。かといって機械的に手助けをしているわけではない。私が実習先で出会ったすべての精神保健福祉士の職員さんは、職務的なやり取りを越えて、人間と人間、という立場で、その人自身の人生に寄り添うのだ、という姿勢で、彼らに対して心を込めながら必死にケアに取り組んでいた。
 Cさんは好き好んで障害を抱えたわけではない。大声を出したわけでもない。彼女が大声を出したその時に怯えていたのは、十数人いる作業所の中で私一人だけであった。他のメンバーと職員さんは、むしろ、Cさんに加えて私のことまでケアをしてくださった。その時にかけられた「気にしなくていいよ」「びっくりしたでしょ」という職員さん、作業所の利用者さん達の言葉が忘れられない。Cさんが大声をあげた時、彼らが心配していたのは、Cさんではなく、むしろ私だったのだ。私が作業所にいなければ、その場は作業所の日常風景として、それなりに何事もなかったように流れていったはずである。
 内閣府の統計によれば、全国の身体障害者数はおよそ393万人、知的障害者は74万人、そしてCさんも該当する精神障害は320万人。特に精神障害は増加傾向にある。とはいえ国民全体からすると僅か数パーセントだ。Cさんが大声を出したとき、作業所が一般の会社であったとしたらどういうことになっただろうか。Cさんをよく知る職員さんはいない。その痛み、葛藤や不安を分かち合う作業所の他のメンバーもいない。Cさんに笑顔が戻るきっかけは無いかもしれない。仮にその一般の会社に、Cさんを思いやってくれる同僚がいても、その同僚が、やがては悩み、行き詰ってしまうこともあるかもしれない。Cさんは、そういう世界で生きていかなければならないのである。
 Cさんが一般の就労の現場に出て、一番恐れるものは何だろうか。思うように文字を読めないことだろうか。感情をコントロールできないことだろうか。私は、そういったことは彼女の恐れの本質とは違うのではないかと思う。彼女が恐れることの本質は、私のように障害に無理解な人間の反応である。それが彼女の障害になっているのではあるまいか。
 作業所では、彼女をはじめ他の作業所のメンバーの生活日誌を読ませていただくことができた。私でなくとも、それを読めば、社会に生きる多くの人々が強く心を動かされるものであることは想像に難くない。つい数年前まで病気のない暮らしをしていたご本人とご家族の生々しいご苦労と日々の不安、戸惑い、混乱と哀しみがそこにあった。この日誌に触れた時、何よりも自覚せざるを得なかったのは、作業所のメンバーとそのご家族、そして職員さんたちが日々、直面する困難や障害の責任の所在だ。そして、彼らを苦しめる責任の所在が私自身の中にもあるという現実だったのである。

Ⅱ.現地現場で実感した私の無知と無意識

 Cさんは、決して悪い人ではない。それは、普段のCさんと雑談や作業を一緒にしていれば誰もがわかることだ。むしろ、几帳面で真面目で、他者を思いやることができる。だからこそ、長い間、会社に勤めて生活を続けてこられたのだ。Cさんを特別に美化するつもりはない。しかし、会話の中にあっても言葉の遣い方や言い方、コミュニケーションの細かい部分には、これまで彼女なりに誠実に生きてきたことが伝わってくるようなところがいくらでもあった。例えば、他の作業所のメンバーによっては、作業をごまかしたり、ズルをしたりしようと考えているような人だっている。しかし、これは障害とされているもの以外に関しては、健常者と何も変わるところがないということでもある。病気や障害そのものも、その人の個性だということもできるのだが、それ以外にも障害を抱える人には、他の個性がたくさんあるし、それこそ十人十色である。同じ名前のついた障害だとしても、好きなものや嫌いなものは違う。性格や価値観も違う。しかし、無知な私はそうしたことを想像することができなかった。病気や障害で人間を一括りにして判断してしまっているようなところがあった。障害を意識するあまりに、その人自身の他の個性をつい見落としがちになっていたところがあった。こうした見落としは、あらゆる個性を持った人達と共生していこうと考えたとき、よくよく考えなければいけないことなのではないかと感じるのである。LGBTの分野然り、貧困の問題然り、いわゆる社会的マイノリティについて直面した場合、当事者に対して、その人が持つマイノリティ以外のたくさんの個性よりも、マイノリティな個性ばかりに捉われてしまうことで、その人自身に対する向き合い方や判断を間違えてしまうということは、この社会において実はよくあることなのではないだろうか。マイノリティな個性を持たない人間は、マイノリティな個性を持つ人に対して一方的で一般論的な態度のままでコミュニケーションを図ろうとする。その積み重ねは、悪気は無いにせよ知らず知らずのうちに、その当事者を追い詰めるということに発展することになるのではないか。例えば、障害者の性のこと、生殖に関することについて社会の側が蓋をしてしまっているという現実も、そうしたマイノリティというわかりやすい個性にだけ捉われてしまった側の人間の先入観や一方的な態度の積み重ねが、いくつかのある中の原因の一つにもなっていくのではないかと感じるのである。

Ⅲ.精神障害克服の要は「多様な人々が共生できる街づくり」にある

 この度の実習で一番に確信したことは、障害を抱える人々と、そうでない人々が共生するために必要なことは何か、という点にある。それは、結局のところ、最終的に「まちづくり」に行き着くのではないかと私は考えている。
 私の思い描く地域のビジョン(青写真)は、人それぞれが持つ事情や個性を許容し、尊重しながらも、例えば地域のお祭りやイベント、日常生活で通う道やお店、駅やバス停の人間同士の一期一会の瞬間に、あるいは、震災などの有事の際にも、お互いが思いやりを持って暮らすことのできる街の姿だ。
 実習でお世話になった精神保健福祉士や医師などの専門の方々が口を揃えて仰っていたことの中で特に忘れられない教えがある。「私たちの役割は、彼らから病気や障害を取り除くことだけにあるわけではない。病気や障害を抱えながらも、社会の中で活き活きと暮らしていける状態にすること。そのために必要なことは何かを考えて寄り添い続けること。病気や障害が残っていても、必要以上に投薬や治療、生活や就職の指導をすることはない。その人が地域で、社会の中で、その人なりに豊かに生きていける状態が何よりもベストなのです。それが私たちの目的です。」彼らのような支援者のプロだけではなく、街に住む人々も、また、同じようなゴールを目指して、あらゆるマイノリティと共生していくことが必要である。
 精神障害を抱える方々の中には、精神病棟から出ることができない人が数多く存在する。また、家の中から出られないままの人もいる。この現実に対して、「辛いけど仕方ないね」と言って蓋をしたまま知らぬふりをしていて済むようなことなのだろうか。人間の一生は、一度しかない。自分の家族や友人は誰にも変えることなどできない。障害を抱える当事者や、そのご家族や支援者だけに重たい現実を押し付けているままの社会で良いわけがないのではないか。精神病棟や、自宅から出たくても出てこられない原因は、今の社会の在り様や無知で浅い認識しかない私のような人間の側にあるのではないか。
 では、障害を抱える人たちが、精神病棟や自宅から地域へと出てこられるようにするにはどうすれば良いのか。何から始めなければいけないのか。例えば、「とりあえず入院病棟から出してしまう」という考え方もある。これに取り組むことは大切なことである。しかし、進め方が乱暴であってはいけない。そこには当事者やご家族の生活にとって、環境だけを一変させることが本当に良いことなのか、支援する方々のキャパの問題はどうか。地域の受け入れ態勢はどうか。仕組みや、そこで暮らす住民の方々の理解と協力は充分であるか。そういった点を置き去りにしたまま、どんどんと事を進めていくことは、当事者やご家族、支援者の方々にとって本末転倒の混乱を招くことにもなる。そうした歩みには、政治や行政、当事者やご家族、そして支援者の方々の密な連携と、住民の方々の理解と協力が不可欠だ。そこに辿りつくまでに、慎重な計画、支援体制の点検、多くの方々の理解と協力を得るために越えなければならないハードルは少なくない。
 ビジョンを実現するためには、具体的な政策や仕組みを捻りだす必要がある。捻りだしたからには、これを実行する必要がある。私はこの「実行」の点で、地域全体と現場の架け橋となって、全力で取り組みたいと考えている。地域において志ある当事者やご家族、支援者の方々の中には、あるべき政策や仕組みを現実に基づいて研究されている方々も大勢いる。住民の方々の理解を得るために、集会やシンポジウム、勉強会といった広報活動に地道に取り組まれている方もいる。人口減少や超高齢社会に伴う財政不安が広がる中にあって、こうした福祉の分野は時として置き去りにされがちである。特に、精神障害は、身体や知的と比較しても社会の理解が遅れていると言わざるを得ない。しかし、後まわしにされて良いことと悪いことがある。人間の命や尊厳はどのような事情があっても政治や行政、地域から見落とされてはならない。少なくとも、私の大切な人たちが今も、これからも永く暮らす地域において、そのような現実を見過ごすことはできない。わが街に暮らす志ある方々との連携のもとに、心ある住民の方々と着実に多様な人々が共生できる地域の実現に向けて汗を流していきたい。

Ⅳ.すべての人が包摂されるべきと考える私の想い

 私は社会的包摂という社会の在り方こそ、今後わが国が理想として歩んでゆくべき国是であると信じている。その実現のためには、あらゆる社会的排除について、まず、私個人から、そして社会の側から排除に目をむけていくことが重要である。女性、性的マイノリティ、非正規雇用、待機児童、そして精神障害の分野で困難に直面する当事者、ご家族。いずれも社会に包摂されているとは言い難い不条理な現実が、私が生まれ育ち、今も暮らす地元地域にも存在している。彼らには、マジョリティと等しく、家で暮らし、街で買い物をし、教育や勤労といった権利を享受し、社会の構成員の一人として堂々と人生を謳歌する権利がある。その権利や機会を社会の側がはく奪すること(仮に意図的ではなく結果として排除した場合であっても)は、いつ、誰が障害を抱えるかもしれない現実と照らし合わせた場合、社会のすべての人の権利を、何よりも自分自身の権利をはく奪することと同義になるのである。決して、他者に対する施しや慈しみ、憐みといった観点のみでこれを主張しているわけではない。
 すべての人にとって、「明日はわが身である」ということを決して忘れてはいけないと思うのである。社会的マイノリティではなかった人が、ある日、突然マイノリティになることは珍しいことではない。そしてそれは悪いことなどでは決してない。こうしたことは天地自然の理なのである。何が普通で、何が狂気なのか。社会がこれについて感じたり考えたりすること止めて無頓着になり、マイノリティをはじめとする、「よくわからないこと」に対して、色眼鏡で見たり、避けたりし続けるとするならば、そのような社会から人間の不安は無くなることはない。誰であれ、少しでも不安を減らして、できるだけ安心して生活を営んでいきたいはずである。
 私自身も、こうした不条理や理不尽と直面した経験がある。人間が直面する理不尽や不条理という現実には、大変に耐え難い苦痛と悲しみがある。癒えるものもあれば、癒えないものもある。しかし、人間として生を受けた以上、誰一人としてこうした苦痛や悲しみから逃れられる人などいないはずである。しかし、一方で、私たちの考え方や取り組方次第では、理不尽や不条理だと感じていた痛みや哀しみを軽減することができるのではないだろうか。そのためには、社会の側から、当事者でない者から、マジョリティの側から、人間の痛みや悲しみに注意を向けていく必要があると思う。制度や法律も大切であるが、それよりも大切なことは、一人ひとりのモノの見方、考え方、そして思いやりなのではないだろうか。この社会というものは、他者を思いやることで、巡り巡って自分を思いやることに繋がってくるようにできているのではないか、と私は思うのである。
 もしかすると、「自分は世間様のお世話になりたくない」という方もいるかもしれない。しかし、自分ではなく家族や大切な人が障害を抱えることもある。自分亡き後に続く子や世代もある。あらゆる社会的排除を包摂の方向に向けていくことは、結果として、すべての人の普遍的な権利を守り、平凡だとしても、かけがえのない一人ひとりの毎日の生活の持続可能性を高めることを意味すると私は信じている。
 しかしながら、かくいう私の中にも、この度の福祉事業所における実践的な研修において、そうした社会を創っていきたいと願いながら、無数の排除に繋がる無意識と無知の要素がいくらでも存在しているということを身に染みて感じることとなった。今後も、現地、現場での経験を重ねながら常に私の中の意識と無意識、無知の部分と向き合う必要がある。

さいごに

 私が生まれ育った地域には、私にとって誰にも代えがたいとても大切な人がたくさん暮らしている。時間はかかるかもしれない。しかし、まずは私自身が社会的排除という現実に向き合っていきたい。そして、地域で暮らす大切な仲間たちや同志の方々と共に、社会的包摂という考え方のもと、すべての人が今日より明日は良くなると信じることのできる未来を創っていきたい。

2018年3月 執筆
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