論考

Thesis

これからの保育園の役割~スマイルサポーター制度の課題点と処方箋~

私は、乳幼児期の生育環境が子どもの健全な発育にとって重要であると考えている。しかし、昨今の日本は家庭も子どもの状況も多様化し、家庭だけで担う子育ては限界を迎えつつある。本レポートではスマイルサポーター制度を切り口に、より良い生育環境を整えるための保育園・保育士の役割を述べ、その実現プランを提示する。

1.スマイルサポーター制度で求められる保育園の役割

 スマイルサポーター制度とは、保育園・認定子ども園が拠点となり、保育士が主に子育て家庭の福祉課題に対応する制度である。この制度は、大阪府社会福祉協議会の事業であり、平成19年から始まった。保育園・認定子ども園に地域貢献支援員(通称:スマイルサポーター)が配置され、総合生活相談注1を受ける。主な仕事は、子育てを含む生活課題に対する相談・助言、各家庭や関係機関への情報の提供である。スマイルサポーターとは、保育園・認定子ども園等に在籍して、実務経験5年以上を有し、養成講座修了後、大阪府知事の認定を受けた保育士を指す。平成29年5月の時点で、スマイルサポーター配置施設は、568園、認定者は1953名である。

図1 スマイルサポーター認定者数の推移

(参考)大阪府社会福祉協議会保育部会(2017)
「スマイルサポーター 10年のあゆみ」

図2 スマイルサポーター イメージ図

(参考)大阪府社会福祉協議会保育部会(2017)
「スマイルサポーター 10年のあゆみ」

 また、スマイルサポーターが滞在している園は、下記の「看板」を設置することができる。そのため、市民は一目でスマイルサポーターの有無が判断できる。

図3 スマイルサポーター看板

 スマイルサポーターと民生委員の違いは、主に2点ある。1つは、スマイルサポーターが保育の専門職であるという点である。2つ目は、民生委員の拠点は、それぞれの自宅であるのに対して、スマイルサポーターの拠点は保育園である。相談者の立場に立てば、民生委員の自宅よりも保育園の方が気軽に立ち寄りやすいのではないだろうか。スマイルサポーター制度は、気軽に保育園に立ち寄り、子育てや生活の悩みを相談し、必要な場合には各種専門機関につながることができる制度である。

 この制度は、親子への包括的なケアをソーシャルワークなどの専門性を有する保育園スタッフが行うべき、という私の考えに近い。

(「2030年の就学前教育のかたち~すべての家庭に最良の保育・教育環境を~」https://www.mskj.or.jp/report/3369.html)スマイルサポーターが親身になって相談者の話に耳を傾ける。そのことが、親の育児ストレスの緩和を促す。また、スマイルサポーターは、家庭内の課題を早期に発見することができる。家庭内の課題とは、例えば親の精神障がいや知的障がい、DVなどである。このような課題の早期発見・早期対応は、その親元で暮らす子ども達のためでもある。

 スマイルサポーター制度がなくても、子育てサロンやつどいの広場がこのような役割を担っているのではないか、とお考えの方もいるかもしれない。しかし、家庭に課題を抱える親は子育てサロンやつどいの広場を利用しにくい、または利用できない。例えば、ひとり親家庭を取り上げてみる。当たり前であるが、ひとり親は仕事をしながら子育てをしている。そのために、絶対的に自由な時間が少なく、子育てサロンに足を運ぶことが難しい。また、子育てサロンやつどいの広場は、平日の午前中に開催されている。開催時間が勤務時間と被ってしまい、行きたくても行けない状況である。仮に、自由な時間を作ることができたとしても、疲れた体を休ませたいというのが本音ではないだろうか。

 しかし、育児中のひとり親が必ず足を運ぶ場所がある。それは、保育園である。勤務の前に子どもを預け、勤務後に子どもを迎えにいく。1日2回は、保育園を訪れる。この機会を上手く活用すれば、保育士は、課題を抱えた親へのサポートをすることができる。ただし、保育士が、親の抱える課題に適切に対応するためには、専門的な知識が必要である。それは、家庭環境などの背景を考慮しながら、親の悩みに耳を傾け、必要な場合には関係機関につなげることに関する知識である。

 以上のように、スマイルサポーター制度は、すべての家庭の子ども達がより良い生育環境で育つために必要な制度といえる。では、実際の現場での運用状況はどうなっているのであろうか。次章では、スマイルサポーター制度の現状と課題について見ていく。

2.スマイルサポーター制度の課題点

 2014年度のスマイルサポーターへの相談件数は、年間50,000件もある。しかし、大阪府下のすべての市で、スマイルサポーター制度が機能しているわけではない。スマイルサポーターへの力の入れ方は、市によってばらつきがある。また、各保育園によってもスマイルサポーター制度の運営状況は、様々である。

 保育士が多い保育園では、相談業務まで対応できる傾向にある。しかし、そのような保育園ばかりではないのが現状である。多くの園が、保育士不足に悩まされている。また、ある程度の人員が揃っている多くの園でも、スマイルサポーター制度が十分に機能しているとは言い難い。なぜならば、そもそも保育士は保育の専門家であり、福祉の専門家ではない。そのために、保育士は、福祉の課題に対応する術を、十分に身に着けているわけではないのである。また、スマイルサポーターの仕事は、親の悩みを聞き、支援の計画を立て、各関係機関と連携するという重労働である。保育士として何人もの子ども達を相手にしながら、スマイルサポーターの仕事をこなすことは容易ではない。

 つまり、スマイルサポーター制度がさらに機能するためには、次の3つの問題点を克服しなければならない。まず、そもそも保育士の数が足りない。そして、福祉の専門性と力量を兼ね備えた保育士が少ない。さらに、家庭の課題に向き合う、専任の保育士がいない。それでは、3つの問題点の現状をみてみる。

 まず、1点目の保育士不足の問題である。この問題を考え出せば、必ず潜在保育士の問題にぶつかる。潜在保育士とは、保育士資格を所持しながら、保育士として働いていない者、を指す。2015年の厚労省のデータ注2では、保育士登録者数は約119万人であるものの、勤務者数は43万人、潜在保育士は76万人と推測されている。なぜ潜在保育士がこれほどまでに多いのだろうか。厚労省が潜在保育士におこなったアンケート調査注3 で、保育現場に復帰しない理由のトップ3は、給与の低さ、労働時間の長さ、事務的作業の多さ、であった。それでは、このトップ3について詳しく見ていく。

 まず、給与の低さについてである。厚生労働省の「2014年度賃金構造基本調査」から、私立認可保育園の給与が分かる。保育士は平均年齢34.8歳、平均勤続年数7.6年で、平均月額賃金が22万円である。全職種平均と比較すると、平均月額賃金は11万円低い。一方、公立保育園の保育士は、これより多くの給与を得ている。しかし、最近は多くの自治体が財政難であるために、公務員の人件費を削減する傾向にある。また、新しく雇う正規職員を減らし、非正規職員を増やしている。2011年の全国社会福祉協議会による調査から、公立保育園の3割強では、保育士に占める非正規の割合が6割以上であることが示されている。

 次に、事務的作業についてみてみる。保育士の仕事は、子どもと過ごす時間だけではない。保育士は、保育日誌や行事の準備など、事務や雑務に追われている。また、労働時間も長い傾向にある。特に、都心の保育園を利用する保護者は、通勤時間・労働時間が共に長い。そのために、保育園も長時間保育を迫られている。保育園は、延長保育のニーズに応えるため、保育士を募集するものの、ここでも保育士不足の問題が姿をあらわす。そして、現在の人員で延長保育に対応せざるを得ない状況が発生する。その結果、仕事量や労働時間の増加から保育士が離職し、さらに現場の保育士の負担が重くなるという、悪循環に陥っているである。

 次に2点目の福祉業務への力量不足の問題点をみてみる。そもそも保育士にそのような力量を育む研修が十分ではない。スマイルサポーター制度の研修では、福祉課題への対応を学ぶための講義やワークショップを設けている。この研修を通して、多くの保育士が、様々な家庭の課題を把握し、福祉事務所や就労支援などへのつなげ方を学ぶ。しかし、力量を育むためには、蓄えた知識を実際に現場で使用することが必要である。

 次に、3点目の福祉業務に対応する保育士の確保の問題である。この問題点の背景には、保育士の配置基準がある。保育士の配置基準とは、「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」という法令で決められている、保育士の配置されるべき人数の基準である注4。例えば、子どもの年齢が0歳児の場合には、子ども3人に保育士1人以上配置されなければならない。また、1歳と2歳児は、6人につき保育士1人以上、3歳児は20人につき保育士1人以上、4歳と5歳児は30人に保育士1人以上と決まっている。ただ、この配置基準通りでは、十分な保育をおこなうことは難しく、保育園では配置基準を超えて保育士を配置している園も多い。しかし、より多くの保育士を配置すると、人件費が上がるため、保育園の経営は厳しくなる。なぜなら、配置基準に応じて行政からの補助金が投入されているからである。保育園では、保育の質と経営を天秤にかけながら、日々奮闘している。このような現状では、保育士がスマイルサポーターの役割を担うことは難しい。配置基準を緩和する、あるいは、福祉業務を選任する保育士を設けるなどの対策が必要である。

 この章では、スマイルサポーター制度が十分に機能していない問題点として、保育士不足、福祉業務への保育士の力量不足、福祉業務に対応する保育士の確保、を取り上げ、その原因を整理した。次章では、これらの対策について考える。

3.課題点を解決するための処方箋

 本章では、前章の課題点に対する解決策を提示する。まず、保育士不足の1つの原因である、事務的作業の多さについて対策をみてみる。対策の一例としては、事務的作業をこなす保育補助者の制度や、保育日誌をなくす提案などがある。また、近年注目されているのは、デジタル化による作業の負担軽減である。例えば、手書きでおこなわれている保育日誌の作業をPCで入力すれば、負担は大幅に減少する。また、情報がデジタル化されることで過去の情報を検索しやすくなる。さらに、保育園で作成する書類と自治体や小学校で求められる書類のフォーマットが共通していれば、転記や再作成の必要がなくなり、さらなる作業の効率化につながる。

 次に、給与の改善策についてであるが、政府は、2015年度の子ども子育て新制度において、3%(約9000円)の処遇改善をおこない、2017年4月から、さらに2%(約6000円)の上乗せをおこなった。また、保育士の主任になる手前の段階に「副主任保育士」「専門リーダー」という役職を新設し、月額4万円給与を上げた。さらに、保育経験が3年以上の若手の一部にも、月額5000円給与を上げた。これに加えて、東京都ではさらに2.1万円上乗せすることを発表した。東京都の保育士の平均給与は、女性の平均賃金レベルに到達する。しかし、この2.1万円は東京都の保育士だけであり、他の自治体では給与アップしない。大阪を始め、他の自治体でも給与を挙げる施策が求められている。

 次に、福祉業務への保育士の力量不足の解消について考える。これは、保育士に実践的な現場研修の機会を設けることが重要である。例えば、スクールソーシャルワーカーに同行し、家庭の課題と向き合っている現場での研修などが考えられるのではないだろうか。

 さらに、福祉業務に対応する保育士の確保については、福祉業務を担当する保育士を1名設ける、という新しい配置基準が必要である。この仕事は、乳幼児の保育をしながら片手間でこなすことができる業務ではない。また、福祉業務の保育士として専任を設けなければ、他の保育士が抱える保育業務のサポートにまわるはめになる。確実に福祉業務を担ってもらうためには、その人員を設けなければならない。

 以上より、スマイルサポーターの課題点に対する解決策を提示した。次章では、これまでの内容を踏まえて、これらの解決策が実行されるためには、今、私達と社会に何が求められているのかを考えていく。

4.まとめ

 私は、子どもの健全な発育のためには、特に乳幼児期の家庭や保育環境が重要であると考えている。しかし、ひとり親家庭の増加、共働き世帯の増加、様々な特徴をもつ児童の増加など、家庭も子どもの状況も変化している。家庭だけで子育てをすることは、限界を迎えているのではないだろうか。家庭や子どもの課題への対応は、何よりも早期発見、早期対応が重要である。そして、それぞれの親と子どもに寄り添いながら相談にのり、必要な場合には関係機関に繋いでいくことが必要である。保育園・保育士がこのような役割を担うことが求められている。

 スマイルサポーター制度がさらに充実していくためには、現状の課題点に対して、適切に対策を打っていかなければならない。しかし、国や各自治体は財政難であり、保育にお金をかけることは、容易ではない。保育サービスを充実させるということは、どこかからお金を調達してくることである。それは、他の予算を削るか、市民からお金を集めることを意味している。他の予算を削ることは難しい。なぜならば、行政ニーズが多様化かつ肥大化しているからである。また、市民からお金を集めるというのは、増税を意味している。これも、容易に実現できるとは言い難い。

 どちらの方法でお金を集めるにせよ、すべての子ども達がより良い生育環境で育つためには、子育てへの投資に関して国民の賛成を得なければならない。もちろん、子育ての責任は第一義的には両親が負うものである。しかし、その責任を果たすためには社会の変化に応じて、家庭に十分な支援があることが前提なのではないだろうか。子どもは、親の子どもであると同時に、未来の日本を築いていく、社会全体の子どもでもある。すべての子どもが健やかに育ち、すべての親が安心して子育てができる。そのような社会を創ることが、今、望まれている。

 
注1 社会福祉法人 大阪府社会福祉協議会 保育部会(2017)『スマイルサポーター10年のあゆみ』では、総合生活相談とは、1.子育て家庭、支援機関等に対する必要な情報の提供、2.子育てを含む生活課題に対する必要な情報の提供、3.子育てを含む生活課題に対する相談・助言、4.その他生活課題に対する必要な支援を指す。

注2 厚生労働省『保育士等に関する関係資料』(2015.10)

注3 厚生労働省職業安定局(2013)『保育士資格を有しながら保育士としての就職を希望しない求職者に対する意識調査』

注4 認可保育所の場合は自治体(市区町村)が運営しており、各市区町村がこれと異なる配置基準を定めることは可能である。無認可保育所の場合は、保育士の配置基準が守られていることは少ない。

【参考文献】

[1]阿部彩(2008)『子どもの貧困 ‐日本の不公平を考える』岩波新書

[2]阿部彩(2014)『子どもの貧困Ⅱ ‐解決策を考える』岩波新書

[3]井出英策 (2015)『経済の時代の終焉』岩波書店

[4]井出英策 (2017)『財政から読みとく日本社会』岩波ジュニア新書

[5]猪熊弘子 (2014)『「子育て」という政治』角川新書

[6]小林美香(2015)『ルポ保育崩壊』岩波新書

[7]近藤幹夫 (2014)『保育とは何か』岩波新書

[8]ジェームズ・J・ヘックマン(2015)『幼児教育の経済学』東洋経済新報社

[9]中島さおり(2010)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』講談社現代新書

[10]日本財団 子どもの貧困対策チーム(2016)『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす会的損失40兆円の衝撃』文春新書

[11]古市憲寿 (2015)『保育園義務教育化』小学館

[12]前田正子(2017)『保育園問題 待機児童、保育園不足、建設反対運動』中公新書

[13]前田正子(2008)『福祉が今できること 横浜市副市長の経験から』岩波書店

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