論考

Thesis

高等教育の新しいしくみ

「大学は半減したけれども、志あるものには勉学の場が増え、個々人の適性と国力にそくした教育が生き生きと行われている。」

 かつて塾主が描かれた21世紀日本の大学の姿だ。現在、日本の大学数は約780校。半減するどころか10年前と比べて100校以上増加した。少子化のインパクトは急激に現れており、10年前に約200万人だった18歳人口はいまや約120万人。文部科学省も大学もこれに対応できていない。
 志あるものにとって勉学の場が増えているかといえば、そうでもない。都道府県別の大学・短大進学率を見ると、最も高いのは京都府。進学率60%台後半を記録する京都府や東京都と40%に満たない沖縄県との差はなお大きい。
 最大の問題は、個々人の適性に即した高等教育が生き生きと行われているかだ。多くの世論調査では、社会や企業が求める人材、世界に通用する人材を日本の大学が育成できているかという質問に否定的な回答が多い。多くの国民がもっと教育費を増やすべきだと回答しているにもかかわらずである。

 「皆さんは、龍を見たことがありますか。私はあります。」
一昨年、福島を訪れたブータンのワンチュク国王が小学生たちに質問された。「1人ひとりの心の中にいる人格という龍は、経験を食べて成長します。どうか自分の龍を強く大きく育ててください。」

 個人の適性に即した教育には、経験が重要だ。リベラルアーツ教育の現場で、私もさまざまなアクティブ・ラーニングを実践しているが、ワンチュク国王が言われた龍に相当することを、クリスチャンならエンジェルと言うのではないかと思った。リベラルアーツは日本語で「教養」と訳されることが多いが、「自由になるための学術」、「解放するための芸術」といった意味だ。ルネサンス期の芸術家ミケランジェロにとって、彫刻はそうしたアーツのひとつだった。「大理石に閉じ込められたエンジェルを解き放つまで彫る」。荒削りな石のなかに、彼は既にきらめくエンジェルの姿を見ていたのだ。

 私たちは、世の中で「常識」だと思われていることに調子を合わせ過ぎてはいないか。紛争、人権侵害、貧困・格差、環境破壊などが常となる時代にあって、個人も社会も自然もがんじがらめになって石のように凝り固まっている。そのしがらみを丁寧に掘り起こし、個人や世界に埋もれる美しく、善く、真の人間社会や自然の姿に迫る教育のしくみをつくりたい。

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毛利勝彦の論考

Thesis

Katsuhiko Mori

毛利勝彦

第4期

毛利 勝彦

もうり・かつひこ

国際基督教大学 教授

Mission

国際政治経済学 地球環境と持続可能な開発 グローバル・ガバナンス

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