論考

Thesis

日本人とは何か

イラク情勢や北朝鮮問題をはじめ、世界は今、混迷を極めている。世界各国の共存共栄の為、世界の秩序を取り戻さなければならない。 世界のあり方、正しい順序や道筋を探る為に、「秩序を保てる人間像」というものを探求したい。塾主の言う新しい人間観を踏まえた上で、日本人とはなにか?その伝統精神とは何か?を探求する事で、秩序を保つ上での日本人としての使命を明らかにしたい。

1. はじめに

「日本人とは何か」それが私の率直な探究心である。

 イラク情勢や北朝鮮問題をはじめ、世界は今混迷を極めている。世界各国の共存共栄の為、早急に世界の秩序を取り戻し、平和と幸福を再び取り戻さなければならない。

 また、日本国内に目を向けても、経済問題や犯罪の凶悪化、身近な生活においても、モラルの低下や個の過度な要求など人格的な問題も含め、様々な問題が山積である。

 この様に、世界的にも、日本国内としても、多くの緊迫した問題を抱えている。しかし、ふと冷静に考えてみると、これら諸問題は、必ずしもここ数年や10年程度でことさらに悪化しているのだろうか?否、2度の対戦ののちも、米ソ冷戦、ベトナム戦争、湾岸戦争など国際紛争だけをみても、地球上全ての国が安定と平和を享受した時期など、ほとんど無いのではないかと思うほどである。つまり人類は未だ平和と幸福を手に入れていないとさえ言える。

 この様な状況において、世界の秩序と平和をなす為に、世界のあり方、物事の正しい順序や道筋を探り、「秩序を保てる人間像」というものを探求したい。

 そしてさらに、塾主の言う新しい人間観を踏まえた上で、日本人とはなにか、その伝統精神とは何か、これらを探求する事で、世界秩序を保つ上においての、日本人としての使命を明らかにしたい。

2.松下幸之助「新しい人間観」の考察

1)万物の王者

 最初に、幸之助塾主の言う「新しい人間観」について、簡単におさらいしておく。

 塾主の言によると「人間は万物の王でありその支配者である。自らの知恵の働きによって、生成発展しつつある万物とそれを動かしている自然の理法を認識する事ができる本性を持っている。その理法に従って万物を自らの生活に活用することによって、広く共同生活を高め、物心一如の調和ある繁栄を招来することも出来る」と言う。つまり、自然の理法を認識し活用することで、調和と繁栄を実現できる力が人間にはある。そのことにより人間は万物の王者なのだ、と塾主は仰っている。

2)人間道

 では、万物の王たる人間は、どの様にその使命を実現して行けばよいのか。

 塾主は、王者としての自覚をもって諸活動の基本を求めていくと、そこにおのずと「万物を正しく支配活用しつつ、人間の共同生活を向上させていく人間としての道」すなわち人間道とういものが考え出されてくる、と説明している。

 その人間道の第一は、万物をすべてあるがままに「容認」すること。そして第二に、そのあるがままに認めた一切のものを、どのように適切に「処置、処遇」して生かしていくかということが重要であると、塾主は説く。

 この人間道をより円滑にあゆむ為には、「礼」の精神に根ざさなければならず、また人間道をより正しくあゆむ為には、「衆知」に基づかなくてはならない、とその探求方法を具体的に説いている。

3)「新しい人間観」の考察

 ここで指摘したいのが、塾主が人間は王者であると言い切っている点である。ややともすれば、人間は弱い存在であり、他の生物の力によって生かされている、と謙虚に受け止めるものである。塾主はそこを、「王者である」とすぱっと言い切って、その事でむしろ「王者たる責任」を明確にしているのである。大自然の偉大な力に比せば、人間一人の力は確かにちっぽけな存在かもしれない。しかしながら人類として、これだけ科学技術の発達を遂げた今、その偉大なる大自然を破壊しかねない力をも、人間は備えてしまった。その使い途を誤ることなき様、王者として適切な処遇の道を探求せねばいけないよ、と塾主は言っているのである。

 そして見落としてはならないのが、「様々なものによって共同生活が成り立ち、自分みずからも生かされている事を正しく知るとき、それら一切のものに対して自ずと感謝とか報恩の念がわき、これに敬意を表する態度も自然に生まれてくる」としている点である。つまり王者であり全てを処遇するのだけれども、回りまわって、結局自分もそれらに生かされているのだ、と正す事を忘れていない。

 そこに、「礼」を重んじ、自然の恵みに対しても価値やありがたさを抱く。つまり全てのものに感謝する、と塾主は言っている。

 この点について印象深いのが、以前江口克彦氏を訪ね、教育とは何かと尋ねたときに「人間、胸の中で手を合せる様な感謝の心を育てなければいけない。そうして全てのものを拝み感謝できる人間を育むことができたら、この世の中うまく行くんだ。」と仰っていた事である。幸之助塾主と全く同じ事を仰っている。

 無論その事は容易に頷けるのであって、江口氏はその著書で塾主の言葉として「自分はもっともっと感謝報恩の念に徹しないといかん」と記述している。そして松下電器の成功への出発点は、感謝であったと思うと続けている。つまり、塾主も江口氏も感謝、礼というものを基本として抱いている点で共通している。

4)「新しい人間観」と民族的精神

 この礼、感謝と言う点に注目したい。日本のみならず、儒教国、キリスト教国のいずれにおいても感謝という事は非常に重視されている。共通のキーワードである。そしてそれは、日本人の精神基盤とされる「武士道」においても例外ではない。

 そしてさらにここで着目したいのは、武士道においては「礼法の目的は精神を陶冶すること」としている点である。つまり単に重視するにとどまらず、精神を練る修行の道とまで高めている点が、他国に無い日本人独特の精神によるものなのではないか。

 同様に、礼儀作法を、茶の湯を例にとって「精神修養の実践方式」と評している。

 この様に、礼を単なる形式だけにとどめず、精神の修行とまで昇華させた点に、日本人としての民族的伝統の特徴があるように思える。

3.日本伝統精神

1)塾主の日本伝統精神観

「礼」をきっかけに日本伝統精神について触れたが、幸之助塾主はどう言っておられるか。

 塾主はそれを「衆知を集める」「和をもって尊しとなす」「主座を保つ」の3点に見出している。

 そして、日本人は経済的には繁栄してきたけれども物心一如ではない、精神的に弱いという点を指摘し、それを改善する為に、日本の伝統精神が大切だと仰っている。

2)日本の伝統精神

 これを春日大社宮司の葉室頼昭氏の著書に求めるとどうであろうか。

 氏は「生きとし生けるもの一切とともに生きる。本当の生き方に目覚め、ほんの少しずつでも真実の世界に近づける様、一歩一歩あゆんで行きたい。それこそが『神道』を生きること」であり、これが日本の伝統精神であると言っている。

 日本人は元来、農耕民族として自然とともに生かされ生きてきた。そして五穀を授けてくれる自然を敬いそして畏れた。自然のあらゆる現象に対し手を合わせ拝み、それこそ「神様仏様・・・」である。古来の神も輸入の仏も一緒に拝む。むしろそれを日本独自のスタイルに生み変えてしまっている。これは現在でも日常的な風景なわけだが、つまりそういう身の回りの全てのものと共に生きてきたのが日本人であり、それに感謝をするのが日本の伝統精神なのである。

 山ひとつ、森の木一本でも、古来日本においては信仰の対象となり、或いは川の水にも聖なる力を認めたのである。

3)真実の世界

 この様に、自然との調和の中で共存共栄してきたのが日本人であり、その原点とも言えるのが神道である。無我になり理屈を捨て、宇宙の本当の姿を見る。宇宙の仕組みがどうなっているかを探求する。そうすれば真実の世界が見えてくる。葉室頼昭氏は著書の中でその様に語っている。こういった点で、塾主の唱える「新しい人間観」と神道とには共通点が見出せる。

4.日本人のアイデンティティー

1)自然とともに生きる日本人

 日本人は、四季折々の自然を生き方のお手本とした。自然に帰り、自然に従って生きることを理想とした。キリスト教徒やイスラム教徒が行動の規範とする経典を持っているのに対し、日本人は一般的に「無宗教」とされる。その具体的な行動を規定する規範なり経典というものは、我々一般的日本人にはない。しかし、それを自然の中に見出し、その自然の理法に従って生きるのが日本人なのではないだろうか。

2)日本人の「道」

 日本人はよく「~道」とつける。商売をするにしても「商い道」である。書道も華道も、単に文字を書く、花を生けるというだけでなく、その奥底に人間としての精神というか、生活様式を凝縮したものを根底にもつ特性を有している。

3)茶道の世界

 そしてそれが最も凝縮され昇華したのが茶道であろう。茶道とは、茶を点てる動作をいかに無駄なく且つ綺麗に行い、そしていかに相手をもてなすか、という事を突き詰めていったものである。その単なる所作の中に、伝統的な感性によって洗練し日本人の宗教にも変わる美的生き方の様なもの、武士道にも通ずる様なものをもっているのではないか。

 欧米人も、中国人も紅茶やお茶を飲む。しかし彼らはあくまでも飲料として、あるいは休息、コミュニケーションの単なる道具としてお茶を利用しているに過ぎない。それが普通の当然の姿である。

 しかし日本人だけは、このお茶を中心にして生活全体の美学的規範にまで磨き上げた。この様な民族はほかにないだろう。立ち居振る舞い、お辞儀の仕方、手の運び方、箸の上げ下ろしなど、日常の生活様式の基準に「真」「行」「草」といった礼儀作法を凝縮したのが茶道である。このような生活の広いマナーを統一・洗練したのは日本だけであろう。

4)礼=思い遣り

 この様に、礼儀作法を凝縮したりする美意識、礼儀、おもてなしの心=相手を思い遣る心に日本人としてのアイデンティティーがあるのではないか。相手を思い遣るという事は、全てに感謝する事に通じ、和を大切にする事に繋がる。そんな民族が、日本人なのではないだろうか。

5.素直な心

1)神道における無我

 さて「礼」について考察してきたが、かなり高いレベルでの「礼」を求められるのが神道である。しかし実は神道に「修行」は無いと言われる。何故なら、「修行」とは自分の力で無我になることであり、神道の場合では自力ではなくて「神の力」で無我に「させて頂く」のである。

 いずれにせよ、そうして、如何に自我を無くして、自然の変化に順応するかという事が大事であるが、ここに至るには、いかに素直に万物を受け入れるか、という事が大事となろう。我をなくし相手を受け入れる、そういう姿勢があってこそ日本の精神、大自然の意思というものを感じられる様になるのだ。

2)「素直教育」

 福岡にある仁愛保育園は、森信三氏の人間学を具現化した保育園であるのだが、こちらの石橋富知子園長先生曰く、「ハイ」という返事で我を捨てて相手を受け入れる姿勢をつくる、と仰っている。森氏の著書によると「相手の心に受け入れ態勢ができていないのにお説教するのは、伏せたコップにビールをつぐようなもの――入らぬばかりかかえってあたりが汚れる。」という事である。このコップを上向きにするのが、「ハイ!」という返事であると園長は言う。

 これも実に単純な動作であるが、非常に示唆深いことではないか。相手から呼ばれたら、今まで自分が取り掛かっていた事、考えていた事を一旦中断して、言わば自我を捨てて相手を受け入れる。

 これこそ正に日本人の礼の基本ではないか。これこそが日本の教育の原点であり、日本の素直教育と呼べる。

 またこの園での教育方針の基本に「立腰教育」というものがある。腰骨を立てる、要は背筋をピンと伸ばし、常にいい姿勢でいる事だ。これについても園長は「腰を立てる事で、将来志を立てる礎を築く」と仰っている。素晴らしい教育ではないか。

3)素直な心の初段

 幸之助塾主も、著書「素直な心になるために」で学校教育における基礎教育の根底として、この素直教育の必要性を説いている。「義務教育を修了したら、素直な心の三級なら三級の段階にまでは培われている」と言い、約三十年も経れば素直の初段に到達することもできるのではないか、と言っている。

 そしてその必要性を説いて「指導者には、素直な心を持つ事が第一に肝要。指導者に素直な心があれば、物事の正しい実相を掴む事ができるから、多くの人が得心するような適切妥当な導きをすることもできるようになる」と述べている。

6.日本人の使命

1)万物の王としての義務

 さて、この様に考察を重ねてくると、今この混迷した世界に秩序と平和を取り戻す事に大きな役割を果たすリーダーたりえるのが、やはり日本人なのであろうと思う。八百万の神を敬い、自然とともに生きてきた日本人にはその使命が課せられているのだと感じる。そして素直な心をもつ日本人には、それが可能だと思う。

 ノブレスオブリージュという言葉がある。ご存知の通り「高い身分に伴う義務」という意味である。塾主の言う「万物の王」たる人間には、この「義務」が背負わされている。

 地球上の全ての生きとし生けるものとともに生き、そしてそれら全生命を受け継ぎまた後世へと繋いでゆく。そういった使命が人間には課せられているのだ。

2)王者の中の日本人

 そして、その王者たる人間の中で、宇宙の理法、自然の理法を感じ、全ての特質を正しく処遇できるのは、他でもない我々日本人なのである。

 李登輝氏は「武士道解題」の中で「『武士道』に淵源する日本の『仁』が、世界でも最高に深遠な人間精神を反映している」と述べている。仁とは、自他の隔てなく、一切のものにたいする慈しみという意味で、またそういった精神を体現した「人」そのものをもあらわす言葉である。

 また、葉室頼昭氏は「今地球を救えるのは日本人のこの自然観だけ」とも言っている。

 つまり、これら「分け隔てなく」「全てのものに」「自然」と言ったものが日本の伝統において大事にされ、そういった一切のものを包み込み、和をつくっていく。これが日本人の精神であり、宇宙の理法を探求する道なのである。

3)日本伝統精神こそが世界秩序をもたらす

「和」を重んじ「共生」を実現する日本の伝統精神を、世界に広め体現することこそ、現代の日本人に与えられた使命なのである。そしてこの事こそが世界に秩序をもたらし、物心一如の繁栄による平和と幸福をもたらすものである。

 我々日本人はこの使命を肝に銘じ、勇気と誇りをもって世界の人々に対し、「日本人の生き方」というものを示して行こうではないか。

[参考文献]
(1)人間を考える:PHP・松下幸之助
(2)松下幸之助の予言:小学館文庫・松下幸之助
(3)素直な心になるために:PHP・松下幸之助
(4)成功の法則:PHP・江口克彦
(5)「武士道」解題:小学館・李登輝
(6)武士道:三笠書房・新渡戸稲造
(7)千利休と日本人:祥伝社・栗田勇
(8)お茶をどうぞ:日本経済新聞社・千宗室
(9)<神道>のこころ:春秋社・葉室頼昭
(10)一語千語:致知出版社・森信三

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高橋清貴の論考

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Kiyotaka Takahashi

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第24期

高橋 清貴

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