活動報告

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営林実習レポート

 9月8日より、和歌山県新宮市熊野川町森林組合において営林実習を行った。新宮市はその面積の91%が森林と、まさに森の町である。戦後復興期には、住宅需要の急増で高級木材が次々に売れ非常に景気がよかったが、輸入木材増加と日本式住宅の減少で不景気となり、現在では人口も減っているとのことだ。

 我々は、日本の第一次産業は疲弊し衰退しつつあり、後継者難ではないか、と仮説をもって営林実習に臨んだが、それは良い意味で裏切られた。

 我々を迎えてくださった田中多喜夫組合長は、「今、林業は変革期である」と語った。すなわち、新興国の木材需要の増加により、世界的に木材需要は拡大している。日本の林業は、優良材を手間をかけて供給することにとらわれ、一般材を大量に供給する視点が欠けている。一般材を大量に生産するためコストを抑えなければならないが、機械化と林道の整備で搬出コストを下げられる。林道はいったん整備すれば、5年、10年と使うことができ、定期的に間伐材を搬出し、収入に変えることができる。そうした道筋で、最終的には補助金なしでもやれる林業を目指している、と田中組合長は言った。講義では繰り返し、長期的視点の重要性が強調された。

 第二週目には、地拵え、植林、間伐、植林などの作業を経験した。第一次産業は単純作業、繰り返し作業なのではという思いこみがあったが、森のなかで林道をどう作るかを決め、作る過程は創造的なものだった。道の無い森の中で、間伐材を搬出できるよう林道を開き、同時に間伐と搬出を行う。そのために使うショベルカーやプロセッサーなどの重機の操縦にはテクニックと熟練が必要でもあり、少なくとも単調な仕事ではないと感じた。

 作業と講義を通し、林業は論理的であり、サイエンスなのだということが理解できた。

 林業では「競争密度効果」と「樹光獲得競争」を考える。人間の胸の高さ、地上から120㎝での木の断面積は、1ヘクタールあたり100m²を越えることはほぼなく、これを限界成立本数という。一定面積あたりの植林本数が多くなれば、木は細くなり、植林本数が少なければ太くなるのだという。密度を高めて植林した場合、木々は光を求めて上へ上へと伸びていく。密度が低ければ枝を横に伸ばし、あまり上へ伸びなくても済む。だから、細く高い木を作りたければ一定面積に沢山の木を育てればよく、太く低い木を作りたければ植える木の本数を減らせばよい。どんな木をどれだけ生産したいかを長期的視野に立って考え行う林業は、サイエンスであり、経営的視点がなければならないものである。

 私が今回初めて知った言葉に「複層林」がある。

 一度に同じ種類の木を植え、30年か40年したら全部収穫する皆伐方式の林業にはいくつかの欠点がある。同じ種類の木、同じ樹齢の木だけの森林は、緑の砂漠化をもたらす。木材の付加価値は本来50年以上成長して高くなるが、40年から50年の、ある程度市場価値を持ったら皆伐する方法だと、収入も限定されてしまう。

 それに対し、様々な種類の木、様々な樹齢の木で作る複層林がこれからの林業の目指すべきものだ。複層林型林業では、スギやヒノキの間伐を数年おきにし、かわりに低層木やサクラやモミジなどの広葉樹も増えていく。高層木を間伐するので日光が地面にまで届き、雑草や苔もきちんと生えてくる。これにより、「美しく見て楽しい」森林ができる。徐々に間伐をして「長生きのする木」を残すため、結果的に100年、120年と育った直径の太く背の高い優良材を育てられる。定期的に出る間伐材と、太い優良材で収益を上げるのが複層林型林業の経営モデルである。複層林は、持続可能であるという特長がある。

 多種多様な木により森の価値や生産性が高まるという考え方は、多様な人材が多様な働き方をして企業活動を豊かにするという「ダイバーシティ」を連想させ興味深い。

 林業研修で多くを学んだ。新しい林業経営を進める熊野町森林組合には敬意を表したい。そのなかで、ひとつ気になったのでここに述べる。それは若い世代の組合員のことだ。

 後継者難は、現時点で熊野町森林組合には存在しない。都会からのIターンやUターンもいて、今は後継者には困らないようだ。だがすべての若い組合員が「根を張る」つもりかはわからない。お会いしたなかには、そろそろ都会に戻ろうかと言う人もいた。Iターンで熊野にきた彼は、森の仕事は「慣れれば誰でもできる」という。一方で、和田さんという熟練の組合員のことは「このあたりでは古くて大きな木を切れるのは和田さんしかいない。山主さんも和田さんなら安心してまかせられると指名する腕で、和田さんレベルなら仕事には困らない」ともいう。

 熟練した組合員を尊敬する一方、林業を「誰でもできる」という彼の言葉の背後にはなにがあるのだろう。推測するに、今の彼の仕事のやり方だと自分の技術的進歩を実感しにくいという問題があるのではないだろうか。

 若い後継者を熊野にとどめるために、計画的に技術の委譲をしていき、若い後継者が自分の技術的成長を実感できるような仕組みが必要だろう。森林組合の組織づくりにも、改良点があるかもしれない。現在の組織は、組合員同士に階級や格差がない比較的フラットな組織だが、熟練者も非熟練者も同じ扱いなので、非熟練者が熟練を目指す動機が薄くなっているかもしれない。

 補助金なしで適正利潤があげられるようになること、若い組合員が自らの成長を実感できることで林業と熊野に「根を張れる」体制を作ること、その二つが熊野の林業の大きな課題と考える。熊野町森林組合がこの二つの課題を解決し、さらなる発展を遂げることを祈りつつ筆を置く。

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高橋宏和の活動報告

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Hirokatsu Takahashi

高橋宏和

第29期

高橋 宏和

たかはし・ひろかつ

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