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製造実習レポート~暑さ対策諸案とその背景

 7月7日から31日の期間、滋賀県のパナホーム湖東工場で製造実習を行った。商品開発、部材の研究、家の設計演習、建築現場見学だけでなく、10日間の限られた期間ではあるが、実際に工場の生産ラインに入り働く機会もいただき、実り多い研修であった。

 工場勤務は初めての体験であり、壁の部材への防錆剤塗布と断熱材組みこみ作業に従事した。断熱材を組みこむ作業の工程は、なかなかに過酷な過程であった。過酷さの要因であるが、一番には暑さである。壁のラインは日光の当たる側に位置し、直射日光のあたる窓ガラスの表面温度は、45度近くまで上がるという。断熱材はロックウールでできており、微細な粉が皮膚にこびりつくため、非常にかゆい。微細な粉が袖口や襟元から入りこまないように、袖口をしめ、ガムテープで密封する。襟元もジッパーをきっちり閉めきる。暑さを少しでも和らげるためには、作業服をできるだけ開けなければならないし、かゆさをふせぐため、粉が作業服に入ってこないようにするためには、作業服を閉じなければならない、という二律背反がそこには存在するのである。暑さ、かゆさ、しんどさと戦い、熱中症にならないようにと心がけての研修だった。

 工場での実習では、「行く以上はそこの工員なら工員、社員なら社員になりきってやることが大切」1)との塾主の言葉に従い、もし自分がこの工程でずっと働くとしたら、あるいはこの工程の責任者であったら、との仮定で下記のような対策を考えた。

暑さ対策諸案

1.電解質補給

 熱中症の原因の一つに、発汗による水分・電解質の喪失がある。のどの渇きのため従業員は自然と水分を補給するが、電解質(塩分)の補給は忘れがちである。スポーツドリンクの摂取励行だけでなく、熱中症対策として市販されている「塩熱飴」2)の支給などが有効であろう。湖東工場でも実際に行われていたが、効能・目的が周知されておらず、手にとる作業員は少なかった。熱中症についての教育・啓蒙活動も必要である。

2.サマーデイタイムの導入

 湖東第三工場の勤務時間は8時40分開始、17時15分終了である。その間、10時と15時に10分の休憩、12時に昼食休憩があり、現行では午前中は80分+110分、午後は135分+125分の総計450分の労働時間である。最も暑い時間帯は13時30分~15時ころであるため、その時間帯における連続労働を減らすことにより体力の消耗を減らせるかもしれない。具体的には昼休みを30分ずらし、午前中の労働時間を110分+110分、午後を105分+125分(総計450分)にすることや、14時前後に10分間の休憩を新たに設け、午前中は90分+90分、午後は90分+90分+90分(総計450分。ただし終業時間は17時25分となる)の労働とするなどが考えられる。

3.空調服の導入

 株式会社空調服が市販している「空調服」3)を導入する。空調服は普通の作業服の背中に二つのファンがついていて、そこから外気を取り込み、作業服の中に空気を送りこむ仕組みになっている。送り込まれた空気は袖口、襟元から排出される。電力は充電式であり、電池を除く重さは550グラムである。実際にいくつかの工場や建築現場、変わったところでは養蜂家やビニールハウス農家などで使用されている。空調服の効果として体温調節だけでなく、袖口、襟元から絶えず空気が排出されるため、断熱材の粉が作業服の中に入りこむのを防ぐ効果も期待できる。一着1万数千円とコストがかかるため、費用対効果については冷静に判断しなければならない。

4.遮熱塗料の使用

 工場内部の気温上昇の最大の原因は、夏場の直射日光である。日本ペイントが販売している「ATTSU-9」4) などの遮熱塗料は、高反射率顔料を含み、太陽光のうちの特に赤外線領域を効率的に反射する。こうした遮熱塗料を屋根、壁に塗布した場合、工場内部の温度上昇の程度を減らすことが期待できる。こうした遮熱塗料は、省エネルギー化の流れもあり需要が高まっている5)が、通常の塗料より4割方割高であるので、3と同様に費用対効果の判断が重要である。

5.工場にも「呼吸の道」を

 パナホーム住宅の「売り」は、床下から1階、2階を通して屋根より空気を流し、屋内の健全な換気を行う「呼吸の道」である。この「呼吸の道」システムにより、シックハウス対策などが可能になるが、製造元である工場においては、必ずしも「呼吸の道」の確保が十分とは言えなかった。やむを得ないことであるが、資材の搬入・搬出のために工場の出入り口は大方ふさがれてしまっており、また直射日光が入るのを防ぐため、窓は全て閉じられている。熱気を屋根から外に逃がすための排気口もない。扇風機やスポットクーラーなどが導入されており、作業者個人にとってはこの上なくありがたいが、一方で機械自体から発散される排熱のため、ますます工場内の気温は上昇する。出入り口におかれている資材の置場の代替案などは今のところ出せないが、工場にもより良い「呼吸の道」が作られればと思う。

背景

 ここに挙げた暑さ対策1、2、3は、作業者個々人に対してであり、4、5は工場内部全体の暑さ対策である。以下に、こうした暑さ対策諸案を並びたてた背景について述べる。

 私自身の作業体験から出発した諸案だが、これは私自身が楽をしたいというだけではない。もし私個人のみの問題としてとらえているならば、製造実習の期間を耐え忍び、あとは記憶のなかに眠らせておけばよいのだから。

 暑さ対策諸案の背景には、労働環境の改善こそが生産性の向上とその長期的維持を可能とするという思いがある。

 断熱材組み込み工程は現在、正社員ではなく3~4人の非正規雇用者によって行われており、労働環境の悪さから離職が絶えないという。新しい人が入ってきてはすぐ辞めていったり、当日になって突然休んだりということもみられる。詳細については不明だが、作業員同士のいざこざ、つかみあいのけんかなどのトラブルもあり、その遠因として、環境の悪さも影響しているかもしれない。作業者のひんぱんな入れ替わり、突然の欠員、作業者同士のトラブルなどが、生産性や製品の質の向上にとってプラスにならないのは自明である。また、暑さ自身が作業の効率を落とすであろうことも改めて指摘したい。

 安全第一は製造現場共通の目標であるが、暑さによる作業中の熱中症は多い。厚生労働省発表の数字によれば、毎年約20名前後の熱中症による死亡災害が発生している6)。その多くは建築業での死亡だが、製造業でも毎年1~4名が死亡している。

 熱中症は症状の重さによって、熱けいれん、熱疲労、熱射病に分けられる。最重症の熱射病では、ときに脳や肝臓などの臓器に不可逆的な障害をもたらす。勤務医時代、熱射病で生涯にわたる重度の脳障害を負い、社会復帰不能となった非正規雇用者男性を受け持った。20代半ばにして、その後の人生を施設で送らざるを得なくなったその男性のことを思うと、熱中症を軽視してならないと考える。

 労働基準法では「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない」と定めており7)、「暑熱な場所における業務による熱中症」は労働災害8)となる。万一熱中症により後遺症が残った場合、本人の一生を台なしにしかねず、企業側にとっても社会的評判を落とし、賠償等による金銭的損失をもたらす。

 また、対策4、5では工場内部全体の気温上昇を減らすことを考えたが、これらを挙げた理由は、気温上昇による機械の停止・故障の増加を懸念したためである。私が作業に従事している10日間でも、機械の不調により1時間から半日程度のライン停止がみられた。人間による作業のムダを省くことにより、1秒でも作業工程を短くし生産性を上げるのに必死で取り組んでいるわけであれば、機械の不調による半日のライン停止を放置しておくわけにはいかない。ただし、機械の不調が暑さによるものかは、あくまで可能性でしかないので、機械の故障頻度、不調によるライン停止の時間などに、夏期とそれ以外の時期の間で差があるのかはきちんと検証する必要がある。

 以上のように、暑さ対策について執拗に述べた背景には、単なる作業者への思いやり等の理由だけではなく、製造業の経営において大切な安全・品質・生産性を向上させたい、させるべきだ、という思いがある。そしてそのために、費用対効果を慎重に見極めたうえで可能なことはなされるべきであると考える。

 もとより「夏の暑さに耐え、額に汗して働く」という労働観を否定するものではないが、工場はよい製品をより能率的に生産することこそが存在理由であり、作業者を暑さに耐えさせることが存在理由ではない。あえて俗な言い方をすれば、工場が作業者にカネを払うのは、よい物をつくってもらうためであって、暑さに耐えてもらうためではないだろう。

 費用対効果に見合った(これが重要である)、いまだ実行されていない暑さ対策があるならば、実行してみる価値がある。作業者がその工程に定着し、生産性も上がり、品質も向上するならば、躊躇する必要はないのではないか。そんな想いを背景に、暑さ対策諸案にこだわり発表、報告をおこなった。

 末尾となったが、われわれ29期生の研修をこころよく受け入れてくださったパナホーム湖東工場のみなさまに、心より感謝したい。

参考・引用文献等

1)『リーダーを志す君へ 松下政経塾塾長講話録』 松下幸之助著
2)岩本商事 http://www.ganpon.com/SHOP/U-054.html
3)株式会社空調服 http://www.9229.co.jp/index.html
4)日本ペイント ATTSU-9 http://www.nippe-showbiz.com/eco/index5.html
5)日本経済新聞 2008年7月26日号
6)厚生労働症ホームページ 「熱中症による死亡災害発生状況について」
 http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei16/02.html
7)労働基準法第75条1項 (六法全書平成12年版 有斐社)
8)労働基準法施行規則第35条 別表第一の二 8 (同上)

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