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グループホーム・デイサービスから、福祉政策を考える

 福祉業界は+αのサービス業、だと捉えていた。しかしそれは大きな誤りであった。
 年金や医療費等も含めた福祉政策が国民的議論になりつつある今、福祉政策を現場の経営の観点から考えたい。

 現場で研修させて頂くことにより、多くの学びを得た。一つは、国家方針が末端のサービスに大きく影響を及ぼしていること。特に自分にとっては、これまでの様々な業種の経営分析経験を踏まえた上で、法律的な枠組みに縛られる福祉業態の経営事情に接し、決して先行きを放置できない難しい側面があることを感じた。そして法律の方向性そのものが、利用者の満足度を直接左右していることも実感として感じ取れた。このままの法環境で進行すると、あと10年、あるいは15年後には、一般的にはサービスの質が高いといわれる小規模の施設はほとんど経営が成り立たない危険性がある。というのは、施設の補修や設備投資に捻出できる費用を、現状の経営環境ではほとんど生み出せないという現状にあるからである。全国の福祉施設では、最終利益が年平均4.数%という極めて厳しい経営環境にあるというのだ。

 この背景には、平成12年4月1日より介護保険制度が導入されたことにある。それに伴い、収入支出に大別する単式簿記を主とする施設毎のいわばざっくりとした会計制度から、制度の変更によって、各施設はサービスに対する介護保険収入として点数化された収入を得ることに変わった。つまり、営利企業と同様に、利益追求を念頭に経営せざるを得ない状況になりつつある。公的な支援を増大させられない環境下にある状況での保険制度導入は、真っ当な方向性であろう。ここで、福祉施設の収入を見てみると、大きくは利用者収入と、介護保険収入に大別される。もちろん前者には保険制度の観点からは上限が設定されるため、収入の大半が後者によるものとなる。この場合、明らかに収入の増減への影響が利用者個々の介護度による金額の変動(例えば、介護度1→2の場合、2万円程度施設に入る収入が違う。階級ごとの差額はほぼ同様。)であり、利用者の介護度分布が変わることによる収入の変動額と比し、福祉サービスを担う各施設の経営努力による最終利益の変動幅は、極めて限定的という結果になるのである。施設の維持管理費、人件費などは経営に対する主要なコストになるが、これまでの余剰資金の蓄積度合いから、これ以上の削減を見直す余地もない。

 特に人件費については、どの施設も初任給10万円程度から始まり、役職クラスでも20万円+諸手当という状況である。しかし、役職人口は一部に限られている。そうなると、施設毎の経営で差をつけるならば、介護度の高い利用者を多く受入れるか、もしくはそれと同時に、利用者に対応する従業員(サービス人数)を最低限に絞り込み、時間と能力最大限に働かせる、更に可能であれば、訪問介護から特養まで裾野を広げ、一般企業でいう新規開拓からお得意様まで一貫して、利用者の需要管理を出来るような大規模な複合施設にする他、財務面でいう経営力改善にはなかなかつながらないわけである。平成12年4月1日を前後に、徳島県では大規模福祉施設がパチンコのチェーン店のように設置された。現状役所の資料では、徳島県の福祉サービスの質は高い水準になっている。

(阿南市役所資料)

 これには問題がある。つまり「一か月分の保険給付費を65歳以上高齢者一人あたりに換算」した金額が高水準にある徳島県を、福祉サービスの質が高いとしている点である。これは、老齢者になった方々の入所の度合いが如実に高いことを示しているのである。そして利用額も応じて高いというものだ。それが果たして福祉サービスの質が高い、と言い切れるものなのか、疑問が残る。建設当初から利用者の枠は決まっており(つまり徳島県での高齢者の施設利用人口は事前におおよそ見当がついており)、他の小規模施設は経営を圧迫され、短期的には空床の増加を織り込みながらも長期的にはペイする経営戦略(ヴァンパイア効果=米国型大規模福祉経営の踏襲)を進行し、大規模福祉施設で働く若い従業員を酷使し、結果的に短期間で使い捨てしている状況にあるのだ。必然的ながら、同時並行でサービスの質は落ちる可能性が高い。国家財政の危機が、まさに末端の社会福祉サービスの質を低下させ、永続的な制度ではなくしていることを如実に示す現実なのである。何とも一言では申し上げられない問題であるこの福祉に対して、次世代に国家経営を担うべき我々の世代が出す答えは、まさに人の存在を疎かにする国家存亡の危機に直結するものであってはならないと、改めて実感した。

 次に福祉に対する考察である。一般的に福祉は弱者の視点で捉えられがちだが、通常の人間と、弱者という捉え方ではなく、むしろ弱者こそ“生きている”し、人間誰しも通る道であるとの認識を新たに出来たのも、この研修の収穫である。近親者に寝たきりや介護を必要とする人間がいなかった自分にとって、人間誰しも生きる権利を等しく享受できる環境を現場で学べたことは大きかった。福祉サービスというと、+αの業態であるかのような印象を与えるが、それがないと生きていくことが出来ない方々、そのような家庭環境にある方々、老老介護の実態、少子化で家族は生きるために老人を致し方なしに施設に預け働く姿を見ると、何ともこの社会が構造的に行き詰まる姿が想像できて仕方がない。老人福祉の現場で行われているサービスは、幼児のそれと基本的には変わらないといえる。

 つまり人間に必要な衣食住の環境を整えることである。食事の介助をしたり、入浴の補助をしたり、時には身体も洗い、着替えも手伝い、部屋の掃除をする。しかしながら大きな違いを、そこに働く従業員の人々は、”希望”の有無、であるという。将来に対する希望が薄いと捕らえると、同じサービスをしても疲れとストレスが蓄積する。その矛先は従業員同士へのいじめや、利用者へのサービスの質の低下に繋がる危険性がある。そもそも、利用者と従業員という分け方が、お世話をしてあげている側、と、お世話されている側、という捉え方そのものに大きな隔たりを生み、福祉の根本理念にそぐわないものになって行く。この悪循環が多くの福祉現場で脱却できないというのだ。希望の有無は、利用者に対するそれだけではない。冒頭に述べた、自ら自身の人生設計に対する賃金や待遇についても不安を抱えている。結婚をすることや、子供が生まれるからという理由で、経済的に成り立たないことを痛感し、事実として涙を流しながら退職を申し出る福祉関連施設で働く若手従業員も少なくない。たしかに短期間研修をさせて頂いただけの身ではあるが、人生の先人である高齢者の生活する環境をどう捉えるか、従業員をどう経営していくのか、施設そのものをどう経営するのか、それこそが今まさに、福祉現場に問われているのではないだろうかと感じた。

 そういった課題に正面から向き合う富士医院様から学ぶことは非常に大きかった。阿南市で最初にグループホームを展開するも、院長自らが脳梗塞に倒れ、失語症からの回復に努力する姿のある当医院の理念は、現場に与える良い影響も大きい。「この地域におけるすべての方々が安心して暮らせるよう、常に最善を尽くす。」当施設自身の経営の枠組みを超えて、地域への貢献を謳うこの理念こそが、利用者と従業員、そして利用者を預ける家族をつなぐ信頼構築の礎になっていることを感じた。院長自ら利用者の方々と近い距離で生活を共にし、しかしながら利用者への診察やミーティングでの責任者として方針を示し、自らの回復と同時に地域福祉の重要な一端を担っておられる。そして寄り添うかのように奥様が事務局長となり、経営の舵取りを担う。働く方々同士も明るさと協調することを大切になさっておられる。理念こそが、施設の環境を作り、他施設と比較しても極めて明るい(照明も人の心も。)姿を生み出す。経営者をはじめ、一人ひとりに、人生の積み重ねの跡を感じられた。もちろん完璧な経営を展開し続けているわけではないのではないかと思うし、事実日々大小様々の課題を一つ一つ克服してゆかれている姿を目にした。広い観点では業界に共通して、事務面の効率化やそれをスムーズにするための管理機器の導入、また冒頭に述べた法改正による労働環境や処遇の改善は、今後現場の観点に基づき、行政的視点も含め検討していかねばならない。

 しかしながら今回の研修では、生きることとはどういうことなのか、生まれてくるとはどういうことなのか、自分が生かされているのはどういうことなのか。生まれ育った地域で、昔の地名を聞かされておよそ見当がつくような自分自身の存在基盤と密着したような環境で、先人たちの人生の一部を一緒に過ごさせて頂いたことは、かけがえのない経験である。痴呆が進み、最初2、3日ほどは毎日同じ自己紹介をしないと、自分を認識して頂けない。しかし、厚い蓋をしたように、現在起こっている状況は的確には認識できなくても、過去に蓄積された記憶と感情は、話を聞くほど現実味を帯びて溢れ出して来る。程度の差こそあれ、利用者全員に共通して言えることである。社会の隅々を見、そしてそこで一緒になって生活をする。こういった社会における当たり前の人の交流、循環が出来なくなった現代社会の環境こそが、人の生育に必要な、人間を生身で考えさせる機会を激減させ、福祉を遠ざけ、バーチャルな世界に身を預け、個人の“個人化”が進展する要因ではなかろうか。人を知り学ぶことこそ、教育の要諦だと考える。それは人間社会で生きていく以上、外すことの出来ない重要な観点である。経営の要諦が人、であるならば、教育も人、そのものを学ぶ教育観に根ざした新しい教育観の基で足元の教育改革が行われるべきであると痛感した。

 非常に学びの多い研修であった。引き続き、自らの素志の中でも福祉分野、教育分野に対する検討を継続したい。

・期間:
平成20年6月2日(月)~6月6日(金) 医療法人鴻伸会富士医院
他取材先:社会福祉法人阿南福祉会、阿南市役所ながいき課

・目的:
国庫において増大する社会保障費の将来ビジョンを、現場の観点から学び、地域の将来像設計に役立てる。特に、国民全体の福祉を考える上で、少子高齢化、経済力の大幅な増大が期待できない中で、今後持続可能な受け皿が必要である。
そういった観点から、福祉法人における経営から地域福祉のあり方を考える。
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