論考

Thesis

塾主の政治経営理念の考察 ~廃県置州論と現行道州制を考える

道州制に意味はあるのか?その意味は、「かたちを変えるところにある」。中間自治体である都道府県のあり方を、北海道で先行実施されている道州制特区制度と合わせて、塾主の廃県置州論を起点に考察する。

1 はじめに…実務から感じた都道府県制度への疑問<

 昨今、地方自治業界での目立った動きと言えば、総務省が主軸となって推し進めた、「平成の市町村合併」が有名である。総務省自治行政局の資料によると、平成11年3月31日時点で3,232市町村あった基礎自治体が、平成の合併により、1,807まで減少した(平成19年3月19日現在)。この市町村合併の目的の1つに、これからの地方分権社会を見据え、現在国が有している様々な諸権限を委譲するに耐えうる基礎自治体を作るという考え方がある。基礎自治体を人口・面積・財政の3つの分野において、ある一定程度の規模・力を確保・維持し、行政の効率化を計ることで生産性を高め、何にでも現場で即応出来るという、スーパー市町村を作るという考え方である。

 しかし、仮にこの考え方に基づき、基礎自治体である市町村が力を付けたならば、もう1つ、考え直さなくてはならないことが発生する。それは、現行の都道府県制度のあり方の問題だ。

 読者は、現在の都道府県が、私たちの身の回りに係わることで、何を担当しているところなのかご存知だろうか。恐らく、大抵の人が、県庁で何が行われているのか、そして県議会で何が話し合われているのか、あまりにも馴染みが薄くてわからないのが現実であろう。それは、中間自治体と呼ばれる都道府県で実際に仕事をしていた私から見ても、至極当然のことであると思う。都道府県の担当事務の多くは、県民等を直接対象にしたものが少なく、その多くが、市町村の行う事務を通じて間接的に住民と係わっているというのが実態だからだ。国で定められた様々な分野における法令・通達等を都道府県が媒介となり末端である市町村に通知・指導していく…。市町村からの現場の情報を都道府県が集約し、国に報告する…。これが従来から行われてきた地方自治の仕組みなのである。

 しかし、この仕組みが、平成の市町村合併推進により崩れ去ろうとしている。究極的に地方分権が行われ、全国の市町村がスーパー自治体に生まれ変わった場合、国と市町村の狭間にある都道府県の役割は確実に変化するからだ。実際、私自身、地方分権が推進される中で中間自治体の仕事をしていると、しっかりと各事務を担当できる政策能力の高い基礎自治体から見て、北海道の役割そのものが曖昧な位置付けにあるように感じてならなかった。簡単に言えば、「都道府県は必要なのか」という単純な疑問が沸いたのだ。

 つまり、市町村合併による基礎自治体再編を行うということは、中間自治体再編を行わなければならないという自然の流れを生むのである。その動きの1つが「道州制」への取り組みであろう。地方分権により基礎自治体の底上げが成し遂げられた場合、中間自治体の役割はどうなるのか。単なる中二階組織であれば必要無いのでは無いか。

 本レポートでは、松下幸之助塾主が生前提唱されていた「廃県置州」という政治経営理念を考察し、現在国が推進しようとしている道州制と比較することで、これからの中間自治体が、今後、国のかたちの中でどうあるべきかを探りたいと思う。特に、私自身の個別研究対象である北海道における道州制特区施行という視点から、中間自治体のあり方を考察したい。

2 松下幸之助的中間自治体論「廃県置州」

 生前、松下幸之助塾主は、北海道を訪れた際、北海道が仮に独立国であった場合、現状よりも発展していたのではないかと感じておられた。

 その根拠として、地理的にも人口規模も北海道に類似した北欧諸国が、経済統計上はもちろんのこと、あらゆる面で、発展・繁栄していること上げている。北海道が独立国であったならば、独自の創意工夫が大地に生まれ、それにより北欧諸国並みの発展を遂げた可能性が高いのではないかという推論である。

 このことについて、塾主と同様の意見を持っていた人物がもう1人いる。昨年他界されたが、元北海道経済連合会の会長で、元ノーステック財団理事長の戸田一夫氏だ。戸田氏は、産業クラスターの研究を通じて、フィンランドやデンマークを視察し、その発展・繁栄の過程に北海道振興のあるべき姿を重ね合わせていた。

 両者に共通していることは、経済的にも精神的にも繁栄している国では、国民が強い意志を持って行動しており、それが政治や行政に反映しているという点である。故に、北海道を独立した国であるかのごとく存在させることが、人々の幸福に繋がると考えたのだ。

 塾主はこのことから、「廃県置州」という中間自治体の仕組みを考え出された。中央政府の機構を簡素化し、州が政治の本体となり、内政に関することは全て州単位で行う。各州には州都があり、政治や行政の中心地となることから、首都圏への人口の一極集中も解消される。また、各州では、独立国並みの権限と財源を手に入れることで、住民の創意工夫が生まれ、さらなる発展を促すとも考えていた。

 つまり、現代用語で言うと、塾主は「道州制」の実施を考えていたことになる。一方で、この大変革は、国民運動的な傾向が生まれなければ実施は難しいとの意見も持ち、各分野からの抵抗が必至である旨を危惧されていた。

 塾主がこの考え方を発表した昭和40年代には、道州制議論は今程盛り上がらず、塾主もこのことについてその後あまり発言すること無くなったものの、現代において、その重要性が改めて認識され、全国での本格的道州制導入に先立ち、北海道が道州制特区地域となり、いち早く、道州制に取り組むことになった。

3 現行道州制~北海道における道州制特区~

 では、次に、実際に現在取り組まれている道州制について述べたい。

 現在、日本国内で提唱されている道州制とは、中央政府が持つ権限や財源を、新たに区分けされた道州に大幅に移譲し、地域のことは地域で決められる社会にすることが最終的な理想とされている。これにより個性豊かな地域経営を促す外、地域が活性化すると考えられている。

 その先鋒として、平成18年12月13日に国会で成立した「道州制特別区域における広域行政推進に関する法律」に基づき、北海道が道州制特別特区となった。

 この制度では、平成19年から23年度の5年間に、これまで国が担ってきた事務や事業を、同法の認める範囲内で北海道に委譲するものである。これにより、地方分権を推進するばかりか、行政の効率化を計り、北海道の自立的発展に寄与出来るとされている。具体的な権限委譲項目として、1)調理師養成施設の指定、2)国又は独立行政法人が開設する医療機関に係る公費負担医療等を行う指定医療機関等の指定、3)鳥獣穂保護法に係る危険猟法(麻酔薬の使用)の許可、4)商工会議所に対する監督の一部、5)民有林の直轄治山事業の一部、6)直轄通常砂防事業の一部、7)開発道路に係る直轄事業、8)二級河川に係る直轄事業の8項目がある。北海道知事は、内閣に設置された道州制特別区域推進本部の参与となり、同特区に係る変更等について意見出来る外、権限が委譲される際には、同法により付随して交付金が財源保障として北海道に対し手当てされるのが特徴である。

 北海道としては、この特区実施を基に、地方分権を推進する予定で、同時に、北海道独自の行政区分である14支庁制度の見直しや市町村合併の推進、その後、地域内分権として、北海道から市町村への権限委譲も検討されている。

 このように聞くと、大変素晴らしい制度であるように思えるが、実際、北海道民の関心は低く、実生活への好影響もあまり期待されてはいない。多少理解されているとしても、大目標が地方分権であるということではなく、国の財政再建への解決策と捉えられている傾向にある。また、北海道以外の地域においても、州の枠組みを決定する際、各府県が主導権を巡って、歴史的背景等により、まとまらない地域も多く、全国規模で実施するためには、まだまだ問題が山積している。

4 かたちを変える意義

 先月、政経塾の研修で、松下電器産業株式会社の中村会長からお話を伺う機会があった。中村会長といえば、「破壊と創造」という言葉と、不況に喘ぐ松下電器をV字回復させたことで大変に有名だ。会長からお話を聞いた中で、私自身、新たな気付きとして改めて得たことがあったのでここで紹介したい。

 それは、「意識を変えたければ制度を変えよ」という考え方である。
あれだけの大所帯の松下電器を大変革した人から発せられたこの考え方に、私は驚く一方、納得させられた。

 私は、北海道職員時代から、国が考える道州制を断行することに、何ら意味など無いのではないかと考えていた。単に都道府県の枠組みを変え、財政上の効率化を計るための施策であって、地方分権の最終目標である住民が主役という考え方に基づいた施策では無いと考えたからだ。むしろ重要なことは、現行の都道府県制度にあっても、住民や行政の意識が変わることであり、このことが達成されれば、財政の効率化はもちろん、地方分権の目から見ても、十分に対応可能であると考えていたのである。

 ところが、この「意識改革」というものに、私自身、具体的方策を見出すことが出来なかった。ここをこう変えれば、人間の意識が絶対に変わるというものが見つからず、何をしたら良いのか路頭に迷っていたのである。そのようなときに、中村会長のお話を聞いたのだ。

 会長の至極ごもっともな意見を踏まえ、改めて北海道における道州制特区実施を考察してみると、大変に意義のあることがわかる。確かに、権限の委譲項目として国から提示されている8項目は、多くの道民の生活が良好に改善されるようなものではない。しかし、国のかたちという制度を多少なりとも変革したことに大きな意義があることを、私たちは見誤ってはいけないのである。この道州制特区を生かすも殺すも、その意義に気付くかどうかという点に係っている。今後、日本の各中間自治体は、北海道における道州制特区実施を前向きに捉え、理想の道州制実施を目指し、自分たちの身の処し方を考えなければならないだろう。さらに付随して、国は単なる数合わせとして府県の組み合わせを考えるのではなく、対象地域の文化や風土、歴史等を最大限尊重し、改めて道州制の制度設計を行うべきである。その際には、明治以降培われてきた「県」という行政区分を廃止するのではなく、松下幸之助塾主が「廃県置州」の次に考えられていた「置州簡県」のように、県を極めて小さな単位であっても存続させる工夫も必要かと思われる。道州制の理想の最終形ではないが、仕組みを変える意義は、この場合でもかなり期待出来るはずだからだ。

 「案ずるより産むが易し」の精神の下、住民が主役の地域を目指し、積極的に諸制度が推進されることを今後期待したい。

【参考文献等】

PHP研究所 『松下幸之助塾主の願いと政治理念(二)』
松下幸之助 『繁栄の哲学』PHP研究所
高橋はるみ 『はるみ知事の夢談義 なっとく!道州制』ぎょうせい
室井 力  『現代自治体再編論』市町村合併を超えて日本評論者
岩崎正昭  『北海道から動きだした道州制』北海道問題研究所
ノーステック財団 『北海道産業クラスター創造活動の原点-戸田一夫のことば-』
北海道企画振興部地域主権局参事道州制グループ作成各資料

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石井あゆ子の論考

Thesis

Ayuko Ishii

松下政経塾 本館

第27期

石井 あゆ子

いしい・あゆこ

衆議院議員政策担当秘書

Mission

真の住民自治の確立、北海道振興、地域再生

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