活動報告

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100km行軍レポート

 「ろ組!1分後に出発!」休憩して4分後にその声が掛った。疲労感を癒すオアシスに着いたばかりだというのに。おにぎり、温かい味噌汁をサポートの方が用意してくれている。休憩は5分間、と確かに出発時に話し合ったことではあったが、メンバーは皆、え、本当に?・・・という表情である。しかし、リーダーはその雰囲気を顧みることもなく、一人リュックを背負い、歩き始めようとしている。メンバーはやむを得ず、慌てて食事をかき込んであとに従った。

 3か月前にろ組は結成された。メンバーを見れば元体育教師の自分がリーダーを引き受けるのは自然の流れであった。一方、い組のリーダーは元自衛官で、100km行軍を何度も経験している。これも妥当な選出であった。しかし、私の心は不安だった。いや、不安なんていう生易しいものではなく、「未知」なるものへの脅えと言った方が当てはまる。

 体育教師という仕事には、たいてい経験的に事前に予想されることが多い。仮に自分が分からなくても先輩などがそれを把握しており、「未知」という領域はほとんどなかった。しかし、今回引き受けたリーダーの役目は自分自身にとっても「未知」なる領域。チーム全体を目標に導かなければならない。どのように導くべきか? 私は迷った挙句、二つの事からその作戦を組み立てていった。

 一つ目は、事前練習で行った50km歩行の体験である。その時には、結局50kmを12時間以上かけて歩いた。これでは「100kmを24時間以内で」という目標に到底及ばない。この練習を振り返ってみると、スピードダウンするのは決まって休憩を取った後だった。休憩をとるたびに階段を下るように、ガクンと疲労、足の痛みは増し、スピードが下降していくのである。もしかすると完全な休憩は、むしろ逆効果ではないか? 休憩は「5分」にとどめるという作戦をその時立てた。しかし、それが本当に有効な方法なのかどうか検証するための時間はなかった。

 二つ目は、い組のリーダーとの話し合いであった。経験豊かなはずの彼だから、いや彼にしても「未知」の領域への脅えがあったのだろう、「実は・・・」と彼は語り始めた。外部参加者がもし、ついてこられない状況が発生した場合どうするか? もう一つは、塾生の中に脱落するものが出たらどうするか? われわれの役割をもう一度確認したうえで次のように決めた。この100km行軍は塾生に課せられたものである。万が一、外部参加者が脱落した場合は、塾生だけで歩を進める。もし、塾生に脱落者が出た場合、い組、ろ組に関係なしに全員がもう一度100km歩く。これで我々のミッションは定まった。

 当日。前日に降り気味だった天気がうそのように晴れた。気温もあたたかい。危惧された冷えは考えなくていい。おそろいのシャツに特製ワッペンが気持ちを掻き立てる。はじめて全員顔を合わせたろ組のメンバーに栄養ドリンクを手渡し、「ファイトー!一発!」の掛け声でそれを飲み干し、作戦会議に移った。私の説明に皆、頷く。正直言うと誰かから「もう少しスローペースの方がいいのでは?」という声が上がることを心のどこかで待っていた。が、もう賽は振られた。だが望まない予想が的中してしまった。50km過ぎた地点で二名の外部参加者の足取りが急にダウンしたのである。しばらくはその二人のペースに合わせて歩いていたが、前半に早めに歩いた分の時間的余裕をほぼ使い切りそうになった。ここで私は決断した。そして、後ろ髪を引かれるような思いを心の奥にしまい込み、塾生仲間だけを引っ張って歩いた。

 休ませない。どんどん歩く。きっとメンバーから見れば鬼に見えたことだろう。私は鬼になり、自らをも鼓舞し、痛みの感覚もなくなっている足を前に、ひたすら前に運んで行った。80km過ぎ明け方に雨が降り、状況は一層過酷なものになった。が、それでもいつもどおり5分だけの短い休憩をとり、また歩を進めた。江ノ島が見えた時、全身の力が抜けるような思いだった。自分の仕事は終わった。ゴール直前に、い組と合流、23時間45分という所要時間で塾生全員同時にフィニッシュ。未知なる挑戦は、こうして予期しなかった結末で幕を下ろした。

 ありがとう、ろ組のメンバー。強情なオレについて来てくれて。

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寺岡勝治の活動報告

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Shoji Teraoka

寺岡勝治

第28期

寺岡 勝治

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一般社団法人学而会 代表理事

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