論考

Thesis

『人間を考える』の考察と新しい人間観を考えて

松下幸之助塾主の本音と言われた『人間を考える』を読み、塾主のメッセージや考えを読み解き、自らの人間観へつなげていく第一弾レポート。宇宙とは何か、人間とは何か、についての根本的命題から考えた作品。

1.塾主の考え

 『人間を考える』を読み、今後2年間にわたり考察を加えていこうと考えている。第一回として、まずは塾主が考えようとしていた人間観について、基本的な命題から考察を行なっていこうと思う。

 まことに人間は崇高にして偉大な存在である。お互いにこの人間の偉大さを悟り、その天命を自覚し、衆知を高めつつ生成発展の大業を営まなければならない。

 塾主は人間を問うときに「偉大」「王者」という表現を用いる。この表現を考えていくと、生物の進化と「宇宙」という広大無辺の存在における中から、「人間」の考察を行なっていく中で得た結論であると考えられる。つまり、塾主が宇宙誕生より生物が進化してきた中で、「人間」が経験的にもっともに「繁栄」を生み出す可能性を持たせたのだと私は思う。それゆえに、塾主が「人間」に対して一貫して説くことが、「人間には万物の衆知を集め、高めつつ、物心一如の真の繁栄を生み出す天命がある」ということなのである。

 塾主がなぜこれほどまでに人間を大切にし、人間に対し期待をしたのか。人間に対し、大きな使命を塾主は感じ、考えていたのはなぜだろうか。この本を通して伝えようとすることは何なのか。
塾主が考える原点を探りながら、疑問を問い続けながら、このレポートを書いていこうと思う。

2.宇宙とは何か

 宇宙に存在するすべてのものは、たえず発展する

 宇宙とは何か という疑問は昔から議論され、大きな謎とされてきた。科学でも約137億年前にビッグバンで宇宙が始まったという事実は解明されようとしているが、そのほかには理解されていないことのほうが多い。宇宙は現在膨張し、今後収縮するのか、それとも膨張が勢いを失い止んでいくのかという議論が活発になり、それにより地球や人類の運命というものが大きく変わるのではないかといわれている。そういう膨張する宇宙像をイメージすると、色々なものが分裂や融合し、新しい形に細分化され、複雑さが増していくというのはわかりやすい。その中で、細分化され、新しいものが生まれていく宇宙には、「発展」という言葉が結びつくかもしれない。そういう科学的観点で考えても「宇宙に存在するものは、たえず発展する」と言えるのだ。

 ここで宇宙の考察を多面的に行なうために一つ紹介する。それは陰陽思想の観点、科学では「対称性」というが、世の中には性質的に正反対のものが存在するという考えが、思想や科学に存在するということである。

 宇宙という存在の中で、地球という人間が存在できる空間があり、それと対称を成すかのように生物が存在できない暗黒の宇宙空間が広がっているということである。まさに陰と陽の関係ではないだろうか。または、磁石も陰と陽の考えが成り立つ。

 こういった例を考えていくと、宇宙がある一つのものからできたのではないか、という疑問が起こるのは無理もないことである。なぜなら、陰陽思想の根底には太極という中心があり、そこから陰と陽に分かれたとされているからである。それを科学と比較すると、ビッグバンが起こる前はまさに一つの世界から宇宙が成立していたと言っても過言ではない。そのビッグバンの起こる前の状況を、塾主は、宇宙は根源から始まったと主張しているのではないかと考えられるのだ。

 宇宙に出た人間は、地球に帰ってくると宗教に入信したり、宗教を起こしたりするという。宇宙とは、根源が創造し、発展させ、人口の手が加わっていないものであるならば、まさに神か何者かが作ったかのようにしか見えない美しさや芸術性を見出させ、人間の内面に非常に大きな変化をもたらしたとしか考えられない現象が実際に起こっている。そしてそこは、人間がこれまで入り込めなかった違う世界。地球が陽の世界ならば、宇宙は陰の世界だ。そこへ到達した人間にしかわからない何かを感じたのだろう。それこそが、宇宙の偉大さであり、太極の偉大さであろう。そういったことを考えるならば、入信したり、何かへの魅力を感じたのも無理はないと思う。

 ただし、塾主は、宇宙に行かずに宇宙を理解し、太極を見ずにして太極を理解した。心でそれを感じ、考えたのではないかと思う。それをもとに考えれば、本来は、人間自身に宇宙の発展が生み出してきた能力が備わり、その芸術性や美しさを見ずしても人間は感じ、考えることができるのではないか。そして、それを生み出したり、見つけ出したりするものが、塾主がいう「素直な心」ではないかと感じている。塾主が様々なところで言っている「素直な心」とは、まさに宇宙を理解するために必要な心、宇宙の発展が生み出して、人間にだけ与えた能力ではないだろうかと私は考察する。

 あとから述べていくが、宇宙の発展の賜物が人間に備わり、人間こそが偉大な存在という事実が「素直な心」の理解からも考えられる。そうやって考えると、人間とは宇宙の一部であり、全体でもあるといえる。人間を研究することが、宇宙の本質を解く鍵を握っているのではないだろうか。そう私は考えている。
そこで人間とは何かという議論に、宇宙の本質、そして人間の本質を解く鍵があると考え、議論を進めていこうと思う。

3.人間とは何か

 人間には、この宇宙の動きに順応しつつ万物を支配する力が、その本性として与えられている。人間は、たえず生成発展する宇宙に君臨し、宇宙にひそむ偉大なる力を開発し、万物に与えられたるそれぞれの本質を見出しながら、これを生かし活用することによって、物心一如の真の繁栄を生み出すことができるのである。
 かかる人間の特性は、自然の理法によって与えられた天命である。この天命が与えられているために、人間は万物の王者となり、支配者となる。

 先ほどから議論を展開してきたように、人間は宇宙が生成発展の中で生み出してきたものであるからこそ、人間を研究することにこそ、宇宙の本質をとらえ、理解することができるのではないかという仮説を立ててきた。

 そして何故人間にその宇宙の本質を理解する役目があるのかというと、約20万年前に地球に現れた最後の哺乳類が人間だからである。つまり、日々新たに生成発展する宇宙の中で、最後に地球に登場した人間は、一番生成発展した宇宙の産物であると言ってよいものだ。そう考えると人間は、宇宙の中でももっとも偉大であるとされ、万物の上に立つ王者といわれる存在となりえるのである。

 では、ここで、人間とは何かということを考えていこうと思う。塾主の考えを用いようと思うが、私なりに感じることを述べていく。まず「人間」という表現である。

 塾主の「人間」という表現は、一人を指すし、または人類を指しているようにも感じる。私は塾主は「人間」を「人類」ととらえている。これには根拠がある。『人間を考える』の中で「一人一人の人間」とか「個々の人間」という表現を用い、一人に対しての「人間」の表現の仕方に、非常に気を使っているのである。故に「人間は偉大な存在である」や「人間は万物の王者となり、支配者となる」という表現も、「人類」がそうなのであって、一人の「人間」がそうなるという意味ではないことに注意しなければいけない。

 こういった議論を行うならば、明確に意味することがわかってくる。人間という集団をなぜ一言で「人間」と塾主は表現したのか。それは「衆知を集める」ということへつながる部分である。

 塾主はすべての人間が衆知を集めたり、力を合わせたりすることによって、「人間」となり、それによって天地自然の理法を活用できる存在となり、万物の王者として、真の繁栄に貢献できるのだと考えたのではなかろうか。よく勘違いの解釈として、一人の人間が衆知を集め、天地自然の理法を悟れば、人類の真の繁栄に結びつくというが、私はそうではないと考えている。

 塾主が人間に対して最初感じたことは、「人間一人一人は必ず欠点があり、不完全な存在である」ということではなかったのかと思っている。欠点があり、欲にまみれて生きている人間を見て、そういうことを感じていた部分もあったと思う。しかし、他の人間と出会ったり、他の人間と話したり、接したりする中で、変わっていくのを見たのではないだろうか。支えあい、助けあい、お互いの欠点を克服していくことによって、それまで考えられなかったようなパフォーマンスをする人間への強い印象があったと私は考えている。

 宇宙がなぜ人間をこれほどまでに増やしたのか。それは、人間一人を完璧にしないという天地自然の理法が働いていたからではないだろうか。つまり、最初から人間は「衆知を集めなければいけない」ようにできていたと思う。塾主はそれを感じ、「人間」つまり「人類」という表現を用い、「人間」の叡智という「全人類」の衆知を集めるということをあえて掲げ、その先には、王者としての人類であったり、支配者としての人類という存在になりえると言いたかったのではないか。

 それが人間の宿命であり、使命であり、それが誰にも理解されず、考えられていないことに、塾主は危惧を抱いたのではないだろうか。衆知も集められない人間がなまけて作った社会に真の繁栄はありえないのである。

 宇宙についての問いはまだ始まったばかりだ。今回、人間を通し見えてきたものは、宇宙の中にある一つ一つの物質に必ず意味があるということだ。そして宇宙の英知を感じることができるのは「素直な心」であるということだ。そういう意味でも「素直な心」をより一層磨き、悟るように心がける必要がある。

 人間とは何か。この命題は尽きることのない議論であろう。しかし、人間は一人では生きていけないし、全人類の衆知を集めるという作業もできていない。そのため人間の社会はまだ穴だらけである。今後、人間を少しでも多く理解し、今後考えていく必要があるのは当然であり、もっともっと多くの人の声や考えに触れる必要があるのではないかと思う。さらに詳しい考察を今後のレポートに加えていく必要がある。人間が宇宙の中で担う役割は大きいが、一人の人間は非常にもろい。その大切で、貴重な存在である人間を知り、生かしていくことへの研究を私は続けていかなくてはいけない。高度ではなく、基本的な部分にこそ「新しい人間観」は存在すると私は確信し、さらに研究をしていきたい。

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菊池勲の論考

Thesis

Isao Kikuchi

松下政経塾 本館

第27期

菊池 勲

きくち・いさお

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