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みそぎを終えてもう一度

 松下幸之助塾主の足跡を辿る今回の旅で、私の心に深く刻まれたのは、塾主との運命的な接近と、伊勢での一生の出会いである。

 まず、いわずと知れた幸之助翁については、「経営の神様」とたたえられる声望による漠然としたイメージから始まり、書物を通して、その生い立ち、考え方を知ることとなり、入塾以降に様々な講話や研究を通じて、より考え方の原点に近づき、社会観、人間観、将来への憂いと理想像などの多くに共感してきた。まさに、徐々に徐々にと距離を縮めてきた感があるが、この旅は、その集大成とはいかないまでも、いままで文字や人づてにしか知らぬ塾主の生きた世界により多くふれることで、その文字や聞き言葉の塾主DNAなるものを体に刻み付けたような、そんな充実した旅となった。

 百聞は一見に如かずとはよくいったもので、本の上でしか知らない、生誕の地や開業の地をこの目に収めることで、いかに、これらの風景が当時の姿をとどめていないとしても、その空気を感じ、往時に思いをはせることで、かつて、その場にいたころの塾主の思い、志が、わが身に再現されるようであり、また、塾主の目を借りて、社会を将来を見ているような気持ちになり、身の引き締まるものであった。

 私は、松下幸之助という人物の生きていたころ、その人を意識したことはほんとんどない。まして、お会いしたことなどあるはずもない。私にとって、もはやまるで遠い過去の人であったその人物に、今こうして近づき、共鳴し、その人の遺志のもと学ぶ機会を得ている。そして、ほとんど見知らぬ人であったその人の追体験までしている、というのは、なにやら運命というか、使命のようなものを感じられずにはいられないのだ。
 などといえば、大げさにもとられようが、幸之助師の遺志を継いで、真の繁栄、幸福、平和を考え、成し遂げるべく進むことというのは、自分にとって、とても喜ばしいことである。

 もう一つの出会いは、伊勢の内宮のお膝元にある研修機関「修養団」においてである。
その道場長が、中山靖雄老人で、5年ほど前に病気で視力を失っている。伊勢到着の夜、中山老の講話を宿泊した日の夜に聞くことが出来たのだが、移動と研修プログラムで疲れ気味の頭に衝撃が走った。1時間強の時間があっという間に過ぎる。

 不思議としかいいようがない。もちろん、お話の中身は面白い。話し方もうまく、それはそれで、とても引き込まれるのだが、心を貫通した何かは、おそらくそんなところにはないのである。

 随所に現れる人間性の深み、とでもいうのか、それがなんなのか、はっきりとはわからないのだが、ひとつには無私であること、いまひとつは、社会を動かすのは人であり、人は人によって動くということを、心の底からわかっていることにあるのかな、とおぼろげながらに感じた。生きた塾主をその人に見るような感覚にも似ていた。

 冒頭に一人一人に声をかけるのだが、こちらから紹介する前にフルネーム、出身地、研究テーマなどを知っている。全盲の老人、しかも名だたる企業の経営者が先生と呼ぶ人間である。いかほどもえらそうなそぶりを見せず、一人一人に声をかけていく。脳天を打ちぬかれたような衝撃は、その一時間と少々の時間の間中、さらにそのあとも持続する。

 それは演出といえば演出なのかもしれない。しかし、プロフィールを入手し、夫人にあらかじめテープを吹き込んでもらい、事前に何時間か聞き覚えしてまでする演出による、中山老のメリットはどこにあるのだろうか?あとから聞いた話では、50人いたら50人のプロフィールを覚えているそうだ。

繰り返しになるが、人が人によって動かされ、社会を動かしていくのだということを、理解しているのだと思う。老は純粋に社会が良くなっていけばよいと考え、社会を動かす人間が増えればよいと考え、そのきっかけを少しでも作ることが出来ればと考えているのだろう。

 であれば私もこの出会いを奮起のきっかけにしたい。この場所を記憶にとどめ、ここを思い出すとき、わが身を振り返り襟元を正したい。そう感じた。

 中山老のご高話のあと、五十鈴川にてみそぎをとりおこなった。三十三年の罪穢れがすべて洗い落とされたかどうかは知ることは出来ないが、せっかくなので、生まれ変わったつもりになって、もう一度志を確認し、塾主や中山老に見せても恥ずかしくないような行き方をしたいものだ。

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