論考

Thesis

外交における「思想」を創るということ ~太平洋戦争における日本の「思想」から~

太平洋戦争における日本の敗北は、軍事的・経済的な劣勢によるだけではなく、国際社会のなかでの「思想的敗北」の歴史であったといえる。戦後、国際環境の恩恵を受けてきた日本は、戦前の歴史的反省を踏まえたうえでどのような「思想」を創っていくことができるであろうか。歴史から現代の日本を考える歴史観レポート第3弾。

1.日本外交における「思想」

 太平洋戦争前夜の日本は、国家予算の約4割を軍備の充実にあて軍事大国化を推進し、また経済的にも大国化するために近隣諸国の資源や市場を求めて積極的な対外進出を行なっていた。軍事強国化、帝国主義化という方向性は当時の国際社会の基調をなす動きであり、その日本外交の路線そのものは国際社会において特に例外的なものとはいえなかった。日清、日露の戦争を経て後発先進国となった日本が、既存の列強が支配する国際秩序のなかで存在し行動している限り、太平洋戦争に向かうなかにおいて国際社会で孤立化していくこともなかったといえる。太平洋戦争における日本の敗北は、単に国家の軍事的、経済的な脆弱性からくるものだけであったとはいえず、外交における「思想」的敗北の歴史であったのではないだろうか。終戦間際まで「大東亜共栄圏」、「アジア解放」という大義名分にしがみつき、西洋に対してアジアを守るために戦うという「アジア主義思想」しか持ち得なかった日本の思想的脆弱性は日本が敗戦への道筋をたどった大きな要因であったといえる。

 それでは、脆弱であり建前論であったとはいえ「アジア主義」を掲げていた戦前の日本の「思想」と比較して、現在の日本外交の「思想」とはいったいなんだろうか。「対米協調主義」「国連中心主義」などは決して国家が掲げる「思想」とは到底いえない。戦前の日本同様、日本という国家は国際関係のなかでしか生きることのできないという現状に変わりはない。冷戦終結後、地球規模での様々な課題が噴出する国際社会のなかで日本が積極的な役割を果たすことは、国際社会の要請であるとともに、国際環境のなかで生きる日本にとっての「生命線」であるともいえる。以下においては戦前の日本における「外交思想」考察することで、21世紀の日本外交が持つべき「思想軸」のあり方を模索する。

2.1940年前後の日本の「思想」

 9月月例レポートにも記したように、明治以来の日本外交の「思想」としては常に実際的で、現実的な外交戦略であり、国土の安全、貿易の進展という軍事経済両面からの「国益」を最大限に尊重するということのみを指向してきたといえる。そのような日本の外交思想は、1930年代の世界経済危機のなかで国際社会において保護貿易、為替管理、ブロック経済の趨勢が見られていくなかで、自国の経済的な「国益」を最大化するための「現実的思想」として日本指導下の「大東亜共栄圏」という方向性を示したのも当然の帰結といえる。当時の外相であった松岡洋右は、「大東亜共栄圏の樹立は日本国建国以来の伝統的大理想である」としているが、実際には「理想」「思想」というよりは直近の経済的権益を守るための現実的な「政策」に過ぎなかったといえる。

 確かに、ナチス・ドイツの祖国至上主義、民族優越論と比較すると「大東亜共栄圏思想」には建前としての一定の正当性を感じさせる。つまり、ドイツ祖国のためという独善的な正当化とは異なり、一国の私利私欲のためではなく、アジアの解放のために戦うという理念には少なくとも自己中心的な実利的見地を超越したいという国家としての意思を感じることは出来る。しかし、当時の米英の外交思想、特に米国の「理想主義」と比べると普遍性において大きく劣っていたといわざるを得ない。

 日本の「大東亜共栄圏思想」は仮にその建前をそのまま受け取ったとしても、根本においては東洋と西洋の対立つまり、アジアの王道と西欧の覇道あるいは前者の精神文明と後者の機械文明という世界を二分化してみる立場に他ならず、思想としての「普遍性」をそもそも否定していたといえる。

 その一方で、米国の「外交思想」においては国際社会に対して強固な「普遍性」を持っていたといえる。もともと門戸開放、民主主義、民族自決を外交政策の基調としていた米国であったが、太平洋戦争を迎えるにあたってはその思想的基盤がより強固なものとなっていった。1941年1月にルーズベルト大統領が行なった「四つの自由」演説がその象徴である。「四つの自由」とは、言論の自由、信仰の自由、恐怖からの自由、欠乏からの自由であるが、ルーズベルトはこの「四つの自由」が「世界中の到る所」で実現されるのを念願し、欧米の人民のためだけではなく、「全人類の追及すべきものである」と述べていることが意義深い。この四原則は形を変えて大西洋憲章や連合国宣言にも取り入れられて米国のみならず、英国その他の反枢軸国陣営の「思想軸」としての意味ももつようになるのである。

 そのような「普遍的思想」に対して、当時の作家である長与善郎は「口のいい人道や平和をとなえて、肚に暴慢なみにくい野望をいだく民主主義国」と批判している。しかし、そのような批判は米国や同盟国の行動と理念とのギャップを指摘できても、その理念の「普遍性」を覆すものではなかった。この「普遍主義」に対抗するために、日本は「地域的特殊主義」に基づく思想で対抗したが、これが国際社会のなかで「普遍主義」に到底勝ち得ない概念であったことは太平洋戦争の結果が物語る歴史が証明したといえる。

3.21世紀の日本外交のあるべき「思想」とは

 1940年前後、日本は自らの軍事大国としての立場を確立する一方で、欧米諸国と比べて劣勢に立たされていた経済的側面をカバーするためにアジア近隣諸国への支配を試み、「大東亜共栄圏」という東洋的特殊主義「思想」によって西欧的普遍主義に対抗しようと試みた。その後半世紀を経た日本外交は、どのような「思想」に基づいているのだろうか。

 冷戦終結後の国際社会は、大国間の枠組みがひとたび外れたことにより軍事的にも経済的にも思想的にもボーダレス化が進展し、これまで見てきた1940年代の国際社会から鑑みると大きな変動を遂げている。資本の自由移動による通貨危機や国家の枠組みの外側で起こるテロリズム、感染症の拡散など国境を越えた「新しい脅威」が生み出されている。そのようななかで、戦後の経済発展により世界第二位の経済大国となった日本が国際社会においていかなる役割を果たすべきなのか、過去の遺産を基にした現在の軸となる「思想」を創っていかねばならない時期にきている。

 現在の米国における外交は、内容の評価の是非はともかくとしてその思想的根幹に「軍事力による国際社会の平和維持」「経済政策を通じて人類の福祉をはかれる国際秩序の形成」という「外交の思想軸」は明確である。単に軍事的・経済的優位のみならず、この思想面における「普遍性」も現在の超大国の位置づけを保つことのできている大きな要因であるといえる。

 一方の日本においては、「軸のぶれ」というよりも「思想」そのものを感じることができない戦前の日本同様の「短期的国益追及外交」「現実主義」に終始している。湾岸戦争においては、国際社会の後押しのもとで国連の承認(安保理678決議)があった多国籍軍には軍事的貢献は行なわず、その反面、国際社会の反発が大きく国連の承認も得られなかったイラク戦争には自衛隊の派遣を決断するという一貫性のない外交政策などはその象徴である。また、9.11テロ以降、欧米諸国においてはODAの国際社会における重要性を再認識し、その大幅な増額と支援体制の大きな見直しを行なってきた一方で、日本においては国内における財政環境の悪化に伴いODAに対する消極的姿勢を見せ始めている。もちろん、これまで日本がアジア諸国に対して行なってきたODAにおける貢献そのものが色あせるものではないが、真に「国際社会のなかで生きる日本」という「軸」を持っていたならば国内財政の緊迫に伴うODAへの消極的対応ではなく、国際情勢へ適確に応じることのできる「戦略的ODA」が再構築されたのではないだろうか。

 1940年代の日本の外交「思想」としての「大東亜共栄圏」構想は結果として、国際社会のなかでの日本の思想的孤立化に拍車をかけるものとなった。1990年代初頭から「アジア共同体」構想が唱えられるようになったが、これはかつての排他的なアジア主義との大きな違いを見出すことができるような「思想」とは思われず、日本を盟主にしたアジアの地域秩序を目指すという地域主義的な方向性を持っているように思われる。幸之助塾主がいう「アジアの時代」とはそのようなものではないであろう。本当の意味での「アジアの時代」となるための日本の役割は、アジア諸国の繁栄を助成し、文明の恩恵を分かち合い、自由や人権の拡張を目指して、アジアにおける人間がより人間らしい生活ができるような環境整備に日本がイニシアティブをとるということなのではないだろうか。そして、アジアの繁栄のもとで優れた伝統文化を保存すると同時に、米国、ヨーロッパ、中近東、アフリカなど他の地域との良好な国際秩序の形成にむけてアジアからの繁栄の拡散を行なう、これこそが真の意味で「アジア主義」であり、日本が持つべき「思想軸」なのではないだろうか。

 第二次世界大戦以降、国際環境の恩恵に浴してきた日本が今後アジア諸国間の「紐帯」としての役割を果たすと共に、「地球規模での課題」に対してイニシアティブをとった政策提言と実行を行なっていくことは歴史的に「名誉ある地位」を占めることのできる存在となりうるのではないだろうか。「地球全体を考慮に入れた人類のための積極的国際貢献」という「思想」こそが、21世紀における国際社会のなかで新たな思想的孤立を生み出さないための日本にとって普遍性をもった「思想軸」となるといえるのではないだろうか。

以上
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山中光茂の論考

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Mitsushige Yamanaka

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第24期

山中 光茂

やまなか・みつしげ

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「地球規模での課題」に対する日本の外交政策

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