論考

Thesis

『新しい人間観』再考

数千年の間、数多くの人間によって「人間観」が問われ続けてきたのは、結局のところ人間をいかなる存在として捉えるかがあらゆる物事の出発点になる点にある。存在を認識するのは人間の主観であり、意味づけを行うのは人間の頭脳であり、社会を秩序づけるのは人間の行為である。

 そもそも「人間観」とは何か。この言葉だけを考えただけでも、文字を起こす私の手は止まる。実際、このレポートを書くにあたって真剣に考えれば考えるほど、手が動かない。「人間とは○○」である。シンプルに断言できればどんなに簡単に書くことができるだろう。思いつきで言葉遊びをすることはできる。しかし、それば空虚であり何の意味も持たない。近所のホームセンターで買ってきた角材を畑に立てて、畑に木が1本、と言っているようなものである。だから何?と。物理的に木材が垂直に固定されているだけで、土壌から養分を吸って地にしっかりと食いつく根もなければ、風景と風情を織り成す幹の色も形状もなく、安らぎの木陰をもたらす枝に茂る葉もない。

 意味のある、しっかりと根を張り太い幹を持ち青々とした枝葉を持つ「人間観」を持ちたいと思いつつ、結局のところ今ここでどうにかなるものでもないのだろう。そもそも人間に対するこの問いは、はるか昔から究極の命題として存在し続けたものである。ギリシャ文明しかり中国文明しかり、哲学者・思想家・宗教者のみならず、市井の数多くの人間が問い続けてきた。だとすれば、今ここで表すことは腐葉土の一部であり、水の一部になればよい、そんな気持ちで手を動かし始めた。

 「人間観」とは何か。人間という存在をどう考えるか、人間とは何か、という問いに対する解が「人間観」であろうか。ここでは、「人間観」を「人間を認識するための枠組」と簡単に定義して以下の議論を進めたい。数千年の間、数多くの人間によって「人間観」が問われ続けてきたのは、結局のところ人間をいかなる存在として捉えるかがあらゆる物事の出発点になる点にある。存在を認識するのは人間の主観であり、意味づけを行うのは人間の頭脳であり、社会を秩序づけるのは人間の行為である。人間をいかなる枠組から認識するかによって、そこにもたらされる善悪の解釈や、目的に向かって採るべき手段の判断が異なってくる。その一例が性善説、性悪説だろう。極端に「人間は善」とすれば社会に法秩序は不要だろうし、一方で「人間は悪」とすればあらゆる行為を法と罰則で規定しなければならないかもしれない。

 さて、「人間観」とは、と考えていく中で、一つの気付きに至った。一般に人間観として表現されている文章においても、「人間観」の定義には大きく2種類ある。その2つは帰納的人間観と演繹的人間観とでも表現しようか。帰納的人間観とは個人の経験則を含めた実際の現象面から帰納的に導いた人間の認識枠組である。戦争・紛争を繰り返す人間の歴史をもとに人間は利己的な存在であるとしたり、卑近な人間関係の中から人間は感情の生き物であるとしたりする認識枠組が前者の帰納的人間観である。一方で演繹的人間観はその立脚点が経験や現象になく、「目的」を具現化するための必要条件として導かれる人間の認識枠組である。もちろんその認識枠組が願望や空想であっては実際の「人間観」としては存在し得ないわけで、演繹的人間観もある程度の帰納性を帯びていることは不可欠である。しかし、そこにある人間への態度は、「本来は○○であるはず」という強い信念があるのである。

 付言するまでもないかもしれないが、このことに気付かされたのは、『人間を考える-新しい人間観の提唱』(1972年松下幸之助著)からである。初めて手に取ったのは2年程前だっただろうか。当時、一読して私は違和感を覚えた。根拠が不明だと感じたのである。人間を万物の王者とする論拠は何か、人間が王者たる特性を天から与えられているとする論拠がどこにあるのか。私が抱いた違和感はそれを裏付ける表現がどこにも見つからなかったことにあった。今になってみれば、私が抱いた違和感の原因は明らかである。そもそも「人間観」の立脚点が異なっていたのである。私が考える人間観は既に述べた帰納的人間観であった。経験なり現象から導き出すことのできる実態を論拠として構築される認識枠組のみを人間観として捉えていたのである。それゆえ、発想の全く異なる「新しい人間観の提唱」に対して違和感を覚えたのであった。しかし、振り返ってみれば、だからこその「新しい」人間観であろうと思う。ある意味での革命を期待した幸之助の遺志を思うに、それは既存の認識枠組を超えた「新たな」枠組、つまり経験則や現象の連続性にとらわれない発想の転換を意図していたことに気付かされたのである。帰納的な人間観の発想そのものは全く否定されるべきものではない。むしろ、「新しい人間観」として演繹的人間観の発想を豊かにするために、帰納的人間観はその土台としてより強固に認識されなければならない。現状分析なき対応・対策はあり得ない。その意味でも、まずは人間の認識枠組を帰納的に考えていくべきと痛感したのである。

 さて、その意味から人間の認識枠組を帰納的に考察したとき、私には人間が3つの要素の複合から成り立っているように思われる。3つとは即ち、動物(性)と慣習と思考である。この3つを併せ持ちつつも、時と場合によってどの側面が前面に出るか、また人によってどの側面を強く持っているかが異なるのが人間であろうと思う。

 この3つの要素を強く意識するに至ったのは、最近数か月の出来事にある。まず、動物としての人間についてである。動物性とは、人間が哺乳類の一種として持つ本能とも表現できよう。日常生活においては、あまり表出することはないが、様々な極限状態になればなるほど、動物的人間性はダイレクトに現れてくる。極限状態の人間とはいかなるものか。まず思い起こすのは、新潟における災害現場である。私は、先の水害と今回の地震それぞれにおいて、現地調査を兼ねてボランティア活動に赴いた。いずれも、ある程度平穏さを取り戻してからの現地入りであったが、それでも生と死の境界線がそこにあったことを目と耳と肌で感じることができた。被災者の方々が漏らす、「無我夢中」「よく覚えていない」という言葉からは、本能的に生に向かって行動したことがひしひしと感じられた。決壊した堤防から流出する2メートルの流量の中を子供を背負いながら数キロ泳いで逃げるなどという行為は、常時の人間にはなかなかできない。ゆっくりとその話をする女性の顔の奥に、私は鬼気迫った当時の表情を思い浮かべたのである。その時の彼女はわが身と子供の命のこと以外、何も考えてはいなかっただろう。命を扱う政策テーマは数多くあるが、いずれの領域に関しても、人間と生についてはいくら再確認してもしすぎることはないだろうと思う。

 もう一つ、この動物性について述べるとすれば、それは選挙における人間模様である。複数の選挙に関わるなかで、様々な動物性に直面することとなった。関係スタッフ全員が肉体的にも精神的にもギリギリの状態に追い込まれる選挙においては、オブラートに包む余裕がなくなる分、正直な素直な人間、裸の人間が表に出てくる。嫌なものは嫌、嫌いな人は嫌い。これもまた人間なのだろうと思う。周囲に遠慮なく自らの思いを打ち出す人間。人間がこうした一面を本質的に持つことは否定し得ないだろうし、むしろ多くの人の「腹の底」にこれがあると考えるのが自然だろう。それを覆い隠すように、以下に述べる慣習的人間と思考的人間があるわけだが、理屈ではない裸の人間を忘れてはならないだろうと考える。

 動物的人間の次に、慣習的人間について考察したい。人間はその成長の過程で様々な慣習を身につけ、刷り込まれていく。人に会ったら挨拶をし、悪いことをしたら「ゴメンナサイ」と謝る。共同体の一員として生きていくために、いわば世界共通の不文律を幼い頃から学んでいくのである。そして、それが先に述べた動物的人間が動物でなく人間たる一つの基盤となる。その上で私が強調したいのは、世界共通でなく地域特有の慣習・特性についてである。日本国内を北に南に、そして少々国境を越えた台湾に滞在する中で、地域特有の慣習を感じることとなった。個々の人間はその地域特性という土壌の上に立ち、そこに適合する慣習を備えた樹木のようなものだと感じたのである。

 まずは、改めて新潟の事例である。私が再び現地を訪れたのは地震発生から2週間ほど経過した時期であった。被災直後、県全体で10万人を越えた避難者も2万人程度になった頃で、私がのぞいた避難所はそれほど混雑している状態ではない。しかし、そうは言っても、体育館の一角に多少の生活資材を重ねた横で毛布を持って座っているお年寄りに目がいくと、我慢も限界かとしのびない気持ちになる。しかし、ある地元の方いわく、必ずしもそうではないと言う。もちろん他地域と比較しての程度の問題であろうが、「雪に閉ざされる冬に長年耐え忍んでますからねぇ、我々は辛抱強いですよ」という。これをもって、新潟の人は雪で慣れているから避難生活にも耐えられるなどとステレオタイプを構築するつもりは毛頭ない。しかし、ボランティア活動に従事した別の方が同じことを聞いたということもあり、やはりその傾向はあるのだろうと感じた。自らがその土地に暮らす経験のなかで、肉体的にも精神的にもその土地の特性に適合し、また伝統的に受け継がれてきたその土地に生きる精神などが反映しているように感じられてならない。それが第一層としての動物的人間の上に重なる人間の第二層、慣習的人間である。

 裏を返せば、その土地の気候、地形、生態系といった自然や、それゆえ発生した文化や、それに伴う歴史というものからやはり人間は非常に大きな影響を受けているということになる。この点は、新潟と前後して沖縄と台湾に滞在した際にも感じさせられた。日本でありながらどこか日本でないような感覚を覚える沖縄。日本でないながらも日本を感じてしまう台湾。ここに自然や文化、歴史を包括した慣習的人間を感じたのである。例えば時間の流れについて、沖縄はむしろ台湾に近く、ゆっくりであり、始まりと終わりの時間が後ろにずれており、表現を変えればルーズでもある。暖かいから、食べ物などが豊かであくせく働く必要がなかったから、などの「解説」を頂いたが、いずれにしても「日本時間≠琉球時間=台湾時間」であった。そこにもやはり、地域特性に根ざした人間性、慣習的人間があるのだろうと考えられる。

 沖縄と台湾については、歴史を考えてみるとより興味深い。沖縄の歴史は「日本史」でありながら実際には「琉球史」の側面の方が長い。台湾においては「中国史」でありながら日本統治時代を含めた「台湾史」のほうが現実に適合する。沖縄にしても台湾にしても、そこに暮らす人間をより深く理解するために慣習的人間を注視しようとすると、その背後に「琉球史」と「台湾史」が見え隠れしてくるのである。人間の認識枠組を考えるにあたって、動物的人間の上にたつ慣習的人間の要素は後天的でありかつ独自性をもつものであり、それゆえに非常な重要性を持つ。

 さて、最後に思考的人間についてである。現在の私が帰納的に考える人間の認識枠組の3つ目の要素である。そして、この要素こそが演繹的人間観へと発想のジャンプをもたらす部分であろうと思う。人間は動物的本能に根ざしつつも、人類の歴史からよりよい行為規範を身につけてきた。その上に立って、変化に対応しつつ進化・進歩をもたらすのが人間の考えるという能力であろう。今の時点で慣習となっている部分の大半は、いつの時代かに人間が経験などをもとに考え、是とされた結果が定着したものに違いない。この営みそのものは今も、今後も続けられていく。

 しかし、ここで止まってしまうのが帰納的人間観の限界である。経験則を含めた実際の現象面から帰納的に導いた人間の認識枠組であるがゆえに、既存の流れから道を外すことはできないのである。当然、「新しい」人間観という発想は生まれない。そしてそれは人間社会の根本的な変革から遠のくことを意味するのである。

 繰り返しになるが、発想の転換のためには帰納的人間観から演繹的人間観へのジャンプが必要である。そしてそれを行ったのが『新しい人間観』であった。ここにあった思想のジャンプは、主に他の著作などにおいて徹底的に帰納的人間観を追及した土台に、人間に無限の可能性を認める「万物の王者」という認識枠組を据えたことにあった。そして、帰納的に導かれる人間観からは一度に到達し得ない社会への変革をうたったのである。私という個人に関して言えば、私の思考的人間の要素の部分において、人間観におけるジャンプの意味を認識したことが進歩であろうか。ここからは、私なりの「新しい」人間観に向かってジャンプの試行錯誤が続いていくことになると考えている。

以上
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神山洋介の論考

Thesis

Yosuke Kamiyama

神山洋介

第24期

神山 洋介

かみやま・ようすけ

神山洋介事務所代表

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