論考

Thesis

アプサラの微笑み

七五三基金の活動も第2期に入りました。2月にはカンボジアより王国議会第2副議長を務める傍ら、プノンペン美術大学教授であるソン・スーベール氏を招き、幾つかの援助プロジェクトをコーディネートさせて戴きました。その際、ソン氏が20年前に描いたという叙情詩に出会うことができました。今月はその背景となったカンボジア情勢を簡単にまとめ、その心の叫びを紹介したいと思います。

 12世紀、カンボジアは東南アジアで最大最強の勢力を誇った。世界文化遺産のアンコール・ワットが建設されたのもこの頃であり、メコンの恵みを全土に受け、カンボジアは栄えた。

 しかし、この時期を頂点にカンボジアは衰退の一途を辿る。そして、カンボジア未曾有の悲劇は1976年に起きた。政権を握ったポル・ポトによる大下放政策で当時の総人口800万人中、最高で200万人が死んだと言われている。その後20年の余に渡る内戦に終止符を打つため、1993年、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)主導下による総選挙が行われ、同年9月24日、立憲君主制のカンボジア王国が誕生した。

 私はこれまでカンボジアを8回訪問し、民間援助団体「七五三基金」を立ちあげて教育支援を行い、昨年は3つの小学校を建設した。しかし、カンボジアは本当に良くなっているのか大きな疑問を抱えている。

 政府に対する反対勢力はあらゆる手段を使って妨害されている。昨年、カンボジア第3の政党である仏教自由民主党の党大会当日の早朝、事務所に投げられたのは手榴弾であった。政府を批判した現地新聞の編集長は謎の死を遂げた。そして政府批判を統制する新聞法が制定された。また、首都プノンペンではナイトクラブやカジノが増え続けている。いま必要なのは、国民が生活していけるだけの経済を確立していく事であるのに、増え続けるのは裏経済ばかりなのだ。税制度も確立していない。カンボジアが抱える問題は枚挙に暇がない。

 私はこれまでカンボジアで奮闘を続ける人々を描いてきた。七五三基金のパートナーであり、国民の幸せを祈りつつ、政争の中で自ら命を絶ったメアス・チャンチープ氏。副首相であった夫の死を乗り越え、子供達の教育向上に懸けるレニー・パン女史。僧侶として地域開発に邁進するヘン・モニチェンダ師。そして今回紹介したいのが、冒頭で述べたソン・スーベール氏が20年前に描いた叙情詩「アプサラの微笑み」である。これを紹介して終わりとしたい。


アプサラの微笑み  ソン・スーベール ーカンボジアの魂に捧げるー
アプサラの凍結した微笑みが 夜明けの光に照らされる心の沈黙が 自然の静けさと響きあう全てが新しく 一切が純粋な原始の静寂の中で微かな言葉が 無意識のざわめきを奏で始めるーーーあなたはなお沈黙を続けている通り過ぎる旅人よ 威光の枯渇した私の国を顧みたまえ小さな貧しいこの国は いま地球の片隅に忘れ去られようとしているしかしかつては偉大で豊かで栄光に満ちた国だった混乱から復活したこれらの都市はいままた打ち砕かれ略奪をほしいままにされているナガラジャよ いま凍結された何百の微笑みを再び地平に向けるときは来るのか 菩薩の石像たち アプサラたち そして太古の王たちよあなた方はもはや蘇ることはないのかわが同胞が再生することはないのか深い悲しみは 微笑みを冷たく死の表情で凍らせその唇を憎悪の中に堅くさせていく軽蔑と悪意と無理解が 我が同胞の心の聖杯に腐敗した水を注いでいく生命を奪う そしてまた戦場 また戦場そこにある進歩は一体何なのか尖った石器から人を殺せる刃物への刃物から銃へのそして爆弾への進歩なのかどのようにしてアプサラの微笑みは生き返ることができるのか憎しみと憎しみを生む憎悪の糸はいつ断たれるのか神よ 希望はわが民の微笑みの内にあるアプサラが微笑む日 我が民もまた微笑みを取り戻す
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堀本崇の論考

Thesis

Takashi Horimoto

松下政経塾 本館

第13期

堀本 崇

ほりもと・たかし

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東南アジア 援助・開発・国際協力

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