論考

Thesis

NPO時代をどう迎えるか?

今日、NPOは社会を形成する重要な一ファクターとして世界中でその地歩を固めている。日本においても、今年3月、NPOへの寄付に対する優遇税制ができるなど、徐々にではあるが、その存在の重要さが認識され始めている。こうしたNPOの台頭を、日本は新しい社会の形成にいかに役立てられるか。

Ⅰ. NPOの時代

 近年、NPO活動(注1)に対する関心が急速に高まっている。欧米に端を発したその活動は日本へも伝わり、1998年、「特定非営利活動促進法」が日本で成立した。その後、NPOの数は急増し、2001年3月現在、日本で認定されているものだけで3550団体を数える。また、その活動は、介護保険の実施に関連して、自治体、企業と並んでその一翼を担うよう期待されている。こうした現象が生じているのは、90年代初頭から継続して世界中で展開されているNPOの活発な活動によるものである。現在、世界の主要22カ国のNPOで働く有給就業者は1885万人、非農業総就業者に占める割合は5%、NPOを通じて行われるボランティア労働の総計は1040万人に達している(注2)。
 NPOは、日本の場合、介護サービスの担い手など、行政や企業の手が十分に回らない分野での活動が重要視されるが、世界的に見れば政策提言や社会運動の担い手としての役割も高く評価されている。実際、そういった分野で大きな影響力を発揮している。1997年にノーベル平和賞を受賞した「地雷禁止国際キャンペーン」(ICBL:世界60カ国、1000以上に及ぶNGOの連合体)は、世界中のNPOと協力して世論を喚起し、ついには各国政府を動かし、条約を結ばせることに成功した。また、1999年11月にシアトルで開かれたWTO(世界貿易機構)閣僚会議で過激なデモ行動を展開したNPOの姿も記憶に新しい。いずれにせよ、NPOは、環境、貧困問題などに加え、従来国家の専権事項だとされてきた軍事や経済交渉の分野にまでその影響力を拡大している。
 このようにNPOは政治・経済分野でその影響力を増しているが、その一方で、このことを疑問視する声も高まっている。それは日本も例外ではない。「NPO活動はアマチュアリズムで自己満足に陥ってしまうのではないか?」、「NPOのいったいどこに公益を代表する正当性があるのか?」といったものである。こうした懸念はそれぞれ部分的には的を射ている。しかし、それでもあえて私は、NPOの芽を育てることは、今後の日本の社会にとって重要なことだと主張したい。
 その論拠を次に述べる。

Ⅱ.市民と行政をつなぐ存在

 NPOには大きく二つの役割がある。

①行政と協働する第二の公共サービス機関
 まず一つは、NPOは過大な社会保障によって財政負担に苦しむ福祉国家を支える重要なパートナーになりえるという点である。今日、世界規模で進展する情報化、中産階級化がニーズの多様化を引き起こしているが、これに対応することは従来の行政のあり方では不十分である。そこでNPOの出番となる。
 私が以前インターンをしたNPOを例に考えてみたい。サンフランシスコ郊外のスラムで活動する「ジュビリーウェスト」は、主に西オークランド地区、4000人のコミュニティーへサービスしている。具体的な活動内容は、週一回のフードサービス、隔週一回の古着の無料放出、待機リストに長蛇の列ができる低所得者用住宅の貸し出し、就職先の斡旋、コミュニティーセンターの運営などである。この他、センター内では、定期的に職業能力開発のトレーニーング教室やコンピューター教室を開たりしている。

▲米国サンフランシスコ郊外のスラムで活動するNPOジュビリーウェスト。
コミュニティーセンターで職業能力開発の一環としてコンピューター教室を開いている

 ここで仕事をし始めて1週間ほど経った頃、私はふと「なんだか小さな自治体みたいだ」と感じた。よくよく考えてみると、この団体のやっていることは、衣食住に関する福祉事業、雇用安定事業に教育など、どれも本来ならば行政が行うべき仕事ばかりであった。つまり、ジュビリーウェストは行政の替わりとなって地域の貧しい移民たちにサービスしていた。スタッフの一人、オースティン・ジョンソンさん(41)に話を聞いた。彼は、以前は市の職員をしていたそうだ。彼がこのNPOで働くようになったのは、法令でがんじがらめになった一律な行政ではどうしてもこぼれ落ちてしまう、貧しいこの地域をなんとかしたいと思ったからだという。
 このように、NPOには、行政と同じ公共サービスの提供者という側面がある。NPOが行政と異なるのは、そのサービスの提供範囲が行政のそれに比べ小さく、環境、衛生などの一つのテーマであったりする点である。この点で、両者は協働補完の関係にある。その証拠に、米国非営利セクターの財源の31.7%(1996年)は米政府からのものである。これは行政が自前でやるよりも、より効率的にできるところがあるならばそこに任せようという米政府の考え方に拠っている。前述のジュビリーウエストの低所得者用住宅プロジェクトも、こうした考えの下、オースティン・ジョンソンさんのパイプによって市とジュビリーウェストが協力し合い、共同プロジェクトとして実現した。
 NPOのこうした役割を重視し、最近では、英国の労働党政権もNPOを社会的起業家(Social Entrepreneur)と呼び、新しい福祉国家体制を担う政府のパートナーと期待している。さらに、国連・世銀など国際開発の世界でも、その重要性がとみに叫ばれるようになっている。

▲フィリピン・セブ島で開かれた汚職追放ワークショップの一こま。
政府・NGO・アカデミック・議員といった具合に、それぞれのセクターに別れて意見集約した後、
全体で他のセクターと意見交換している。手前が政府、奥のテーブルがNGO。

 近年の国際会議では、政府間の会合と並行して「NGOフォーラム」と呼ばれる市民集会が行われている。1995年に北京で開かれた「第4回世界女性会議」には5万人を越える人々が世界中から集まった。開催地が日本から近いこともあり、日本からも多くの参加者があった。ここで、みな一様にショックを受けたのは、他国のNPOが外交官と膝を詰めて真剣に話し合っている様子であった。「どうして一般市民が外交官と会議をしているのか?」これが私たちの頭に浮かんだ率直な感想だった。こうしたわれわれの困惑を尻目に、彼らはそれがいかにも当たり前といった風に、環境、人権、貧困など、それぞれが取り組むテーマごとに分かれて意見を集約し、各国政府に提言していた。最終的には国連行動計画のかなりの部分に、これらNPOの意見が採用された。
 これを見た時初めて、日本からの参加者は、政府が全ての情報を管理し、そこから何かしらの指示が出るのを待っているというスタイルは、日本人には当たり前でも、世界では通用しないのだということに気づいた。一般市民がNPOを形成し、堂々と自分たちの正義、主張を発信して、世界の行動計画づくりをリードしていた。
 行政だけだった公共サービスの担い手にNPOが加わるようになったように、公益を決定するプロセスでの意見収集にも、議員の他に、NPOの意見が加わるようになってきている。特に、直接の代議員を持たない国際会議においてはその役割は大きい。国連憲章第71条では、「経済社会理事会は、その権限内にある事項に関係ある民間団体と協議するために適当な取り決めを行うことができる」とNPOの参加を定めている。

Ⅲ. 新しい時代の社会経営


 日本は、この世界的なNPO台頭の動きと、国家と市民の関係の変化にどのように対応していけばよいのだろうか。
 まずは、現在のNPOの台頭を、ある特定の社会の文化的特徴と捉えるのではなく、60、70年代の高度成長による世界的な中産階級の増加と、80年代からのコミュニケーション革命がもたらした、不可逆的な社会構造の変化(グローバル化、情報化、多様化、ソフト化)と、認識し受け入れることである。規格大量生産型の近代工業化社会にあっては、多くの労働者は企業で働き、稼いだ給料から税金を納め、それを政府に委ね、公共部門については全面的に政府に依存するという仕組みであった。しかしニーズの多様化、ソフト化が起こったことで、政府による一律の公共サービスではもはや立ち行かないことが明らかとなった。そこで、市民のさまざまな要求に応えるために小回りのきくNPOが誕生した。
 また、情報化・グローバル化は、政府が情報を一手に独占し、一方的に市民に対し情報を発信していくという従来の仕組みを無力にした。今、国際会議に一般市民が参加するのに外務省を通す必要はない。直接インターネットで参加登録すればよい。さらに、その個人の主張に力があれば、またたく間に全世界の世論を動かすことも可能である。
 しかし、残念なことに、日本の政治家の多くはこの状況を正確に認識できているとは思えない。それを端的に現しているのが、長野や千葉における知事選での無党派候補の支援や、住民投票である。人々は政治家の無反応に失望し、既存の政治参加の手法を見切り、直接行動にでた。こうした現状にある今、NPOは単なる批判者という立場を越え、市民と政府・政治家との溝を埋める存在として行政と協働し、社会の統治、社会経営に携わるべきである。一方、日本のリーダーに求められているのは、政府とNPOが行政・立法双方の面で協働した「新しい社会経営の仕組み」を日本の文化・風土にあわせて提示していくことである。

 

(注1)本稿では、通常はNGOと呼ばれることの多い、国際的な活動を主とする民間非営利団体も含めて「NPO」と表記している。
(注2)数値は、R.サラモン氏(ジョンズポプキンス大学教授)によるもの。いずれも1995年:フルタイム換算。氏が、1994年『Foreign Affairs 』誌上で発表した「The Rise of the Non Profit Sector」をきっかけに、世界的にNPOが注目を集めるようになった。

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森岡洋一郎の論考

Thesis

Yoichiro Morioka

森岡洋一郎

第20期

森岡 洋一郎

もりおか・よういちろう

公益財団法人松下幸之助記念志財団 松下政経塾 研修部長

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