論考

Thesis

エネルギー安全保障と天然ガスの可能性

資源小国日本にとりエネルギーの安定的合理的供給は永遠の課題である。昨今はそこへ環境問題などが加わり、一国家の枠を超えた解決策が要求されている。原子力にも行き詰まりが生じている今、新しい代替エネルギーについて提案する。

日本のエネルギー事情

 エネルギーのほとんどを海外からの輸入に頼る日本にとって、エネルギー源の確保および安定供給は極めて重要な課題である。そうした認識の下、日本のエネルギー政策は、①エネルギー安定供給(Energy Security)、②地球環境保全(Environment Protection)、③エネルギーコストの低減等を通じた経済成長(Economic Growth)の「3E」を基本に、時に応じてこれらのうちのどれかにより比重を移すという形で展開してきた。この三つの「E」が互いに補完しあって調和していくことこそが、日本の総合エネルギー政策に課せられた使命といえる。

一次エネルギー消費の国際比較

 図1を参照していただきたい。
 これは、各国を一次エネルギーの消費量の多い順にその内訳を明示したものである。この中で日本だけが、総エネルギー消費量に対する石油の割合が50%を越えている。他にどれか一つのものに50%を超えて依存しているのは、中国とインドの石炭を除けば他にはない。ここから日本のエネルギーが、いかに過度に石油に集中しているかがわかる。さらにその石油の供給源も中東へ86.2%(98年度)と一極集中している。これは第一次オイルショック時よりも高い。
 こうした状況であるにもかかわらず、日本政府のエネルギー問題に対する認識は、楽観論が支配的である。その根拠は、一言でいえば「国際石油市場のめざましい発達」にあるといえよう。「安いところから買えばいい」というわけだ。もちろん平時はそれで良いだろう。では非常時はどうするつもりなのか。98年6月の石油審議会報告書には、「国際石油市場の機能の限界を踏まえつつ、現実時の予防・回避のための措置も含めた政策的配慮が必要である」と記されているが、いまさらこのような基本的なことを言っている場合ではないだろう。この点、政府の認識は非常に甘いと言わざるをえない。日本の主たるエネルギー源である石油の代替物を早急に開発し、それへの切り替えを図ることは、日本の緊急の課題である。

天然ガスの魅力

 そこで私は、代替エネルギーとしての「天然ガス」の可能性について言及したい。天然ガスは極めて有望なエネルギー源である。その理由は五つある。
第一に、石油や石炭といった既存の化石燃料の中から選択するとした場合、天然ガスが最も実現の可能性が高いことである。水力・地力は自然環境に大きく左右されるので、供給の安定性の面で不安が残る。また新エネルギーは、その開発にはまだかなりの時間がかかると見込まれる。
 第二に、天然ガスは他の化石燃料に比べ、光化学スモッグ・酸性雨などの環境汚染を招く排出物が圧倒的に少ない。つまり、環境への負荷がより少なくてすむ。天然ガスは、他の化石燃料よりも二酸化炭素(CO2)の排出量を3割以上低減できる。さらに、今後、石炭の使用にみられるようなCO2低減技術(石炭は化石燃料の中で最も多量にCO2を排出する)が天然ガスにも応用されるならば、この数字はますます上がるだろう。
 第三に安全性である。代替エネルギーの代名詞ともいえる原子力に比べ、はるかに安全で扱いやすく、人々の理解も得やすい。
 第四に供給の安定性である。天然ガスはロシア、中東、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、北米、中南米と、ほぼ世界中に広く分布しており、かつ現在確認されている埋蔵量も石油に比べはるかに多い。未だ開発されていないガス田も多数確認されていることを考え合わせればなおさらである。

 さらに、天然ガスは単に発電効果や都市ガスとの代替のみならず、石油の用途において非常に重要な位置を占めるガソリンとの代替が可能である。具体的には「天然ガス自動車」のことを指す。天然ガス自動車とは耳慣れない言葉であると思うが、すでにホンダがシビックの天然ガス版自動車を市販している。VTECエンジン採用で、動力性能はもちろん、安全性・居住性・デザイン等においても従来のガソリン車版に遜色ないという。同様にトヨタはクラウンの天然ガス車を、マツダは天然ガスの軽自動車を、これまた従来のガソリン車と変わらぬ性能・形で市販している。価格面での課題はあるが、それは普及するに従い大量生産されるようになれば自然に解決されよう。
 世界環境に甚大な被害を及ぼしている原因の一つは自動車の排ガスと言われているが、天然ガス自動車は従来のガソリン車はもちろん、最近はやりのハイブリッド車と比べてもCO2排出量がかなり少ない。電気自動車はコストが高い上に、性能も小型車レベルにとどまることを考えれば、天然ガス自動車はもっと注目されてしかるべきである。この点で、原子力はいかに無力であるかということに我々は気づくべきである。
 また、実際に諸外国ではかなりの程度で天然ガスが普及している。主要産出国である旧ソ連を始め、イギリスやカナダ、アメリカ、ドイツなどでは、すでに総エネルギー消費量の2分の1から5分の1を天然ガスで賄っている(図1参照)。

巨大埋蔵量を誇るロシア

 石油がこれからも日本の主たるエネルギー源であることに疑いの余地はない。その意味で、今後中東と確固たる信頼関係を構築していくことは当然だが、エネルギーの安全保障の面から見た場合、一つのもの、一つの地域に過度に依存するのは避けるべきである。その方策の一つとして、天然ガスへのシフトを提案する。
その理由は、第一に、隣国ロシアには、全世界の天然ガス埋蔵量の4割以上が眠ることである。しかもその大部分は極東に分布している。距離的な面から考えると、日本への供給は極めて容易といえる。

 さらに、昨今のアジアを取り巻くエネルギー状況を考えた場合のメリットがある。現在、日本は天然ガスの輸入の大部分をインドネシア、マレーシア、ブルネイ等の南アジア諸国に依存している。しかし、98年のアジア太平洋地域のエネルギー需給見通しによれば、アジアは2010年に石油はもちろん天然ガス、石炭をも域外に依存するようになるという。つまり、これらの資源エネルギーを持つアジアの国々も将来は輸入が増えていくというのである。これは、現在すでにそうである中国はもとより、アジア地域全体がエネルギーにおいて総輸入国化するということである。このことを念頭におくならば、南アジア諸国との友好関係を堅持していく一方で、新たな供給元を開拓する必要性は明白である。
 第三に、日露投資保護協定が締結をみたということが挙げられる。従来からロシアへ投資するには多大なリスクを伴うといわれてきた。これはロシア経済の不振が原因というよりは、むしろロシア人が投資のシステムやルールそのものに不慣れであったことが大きい。今回この協定が締結したことで、ロシアへの投資が今までよりはるかにやりやすくなったことは大きな前進である。

サハリン―日本間の天然ガスパイプラインの実現

 次に、ロシアの天然ガスをどのように日本へ持ち込むかについて、具体的に検討してみたい。まず問題となるのは、天然ガスの供給形態の経済性である。具体的には、液化ガス(LNG)で運ぶのとパイプラインで運ぶのとどちらが経済的か、ということである。経済性から見た天然ガスの供給形態は、一般的に産出地から消費地までの距離によって決まるとされる。これまでのケースでは、供給元が東南アジア、豪州、北米などの遠隔地であることから、全量をLNGの形態で輸入しているが、天然ガスは液化する際にも、またその設備においても膨大な費用がかかる。一般的には4、5千キロくらいまでならば、パイプラインの方がコスト的に有利だといわれている。とすると、サハリン北部から新潟や関東までは2千数百キロなので、パイプラインの方がよいということになる。
 そこで、サハリン-日本間に天然ガスパイプラインを建設するというプロジェクトが浮上してくる(図2)。このプロジェクトは、すでに実現の可能性を探って調査が行われている。六つに分けられたプロジェクトのうちのサハリンⅠとサハリンⅡである。

サハリンパイプライン構想全体概要図

 サハリンⅠは、元々この鉱区内の探鉱・開発を行い、その見返りとして生産物を引き取る、つまり融資をする代わりに出てきた油を買うという形で、スタートした。1972年の「日ソ経済合同委員会」の際にソ連側より提案があり、75年に基本条約を締結し、実際の探鉱作業に入った。しかし、油価の下落等からいったん開発続行を断念する。その後、95年に再度日本側が事業主体を設立し、そこへ米ロ企業二社が加わって、コンソーシアム(国際借款団)を結成すると、ロシア連邦政府と生産物分与契約を締結し、97年に探鉱作業を再開、現在に至っている。
 今後は、有望な構造について試掘を行い、その結果を踏まえて開発計画を検討する予定である。サハリンⅡは、旧ソ連だけでは開発技術が不足しているということで、アメリカの企業に共同開発を依頼し、その後三井物産が参加して始まった。サハリン沖の2鉱床の国際入札を経て、現在、日米企業が出資して現地企業を設立し、ロシア連邦政府と生産物分与契約を結んで、昨年7月よりに原油生産を開始している(ただし夏場のみの操業)。
 さらに、サハリンⅠの民間主要株主が中心となって調査会社を設立し、パイプラインによるわが国への天然ガス供給について、3カ年計画で海底地形や潮流などの情報を収集し、最適なパイプラインルートの摘出と経済評価を下すことになっている。昨年度は日本海側の海洋調査を実施した。現在、結果を取りまとめている最中である。

 このプロジェクトの意義は二つある。ひとつは、エネルギー資源のほとんどを輸入に頼っている日本が海外に資源の自主開発地域を少しでも多く所有するということが、日本のエネルギーの安全保障上、非常に大きな意味をもつということである。もう一つは、海外に資源の自主開発地域を所有することの実現の可能性とその後の管理の問題を考えた場合、サハリンと日本との地理的な近さが有利に働くということである。このことが自主開発の意義をさらに深めるであろう。
 なお、このパイプラインプロジェクトを中心的に推し進めている石油資源開発株式会社によれば、現在このプロジェクトは構想段階を終え、実現の可能性の実証段階に移っているという。そこで最も障害になっているのが、設置基準等の法整備の問題である。前例のない作業であるだけに法整備が追いつかないという事情は理解できるにしても、一刻も早い政府の適切な対応が望まれる。

 これからも石油がエネルギー供給の中心的存在であることは変わらないだろう。したがって、当面はこれを死守していくことが日本のエネルギー政策の最重要課題である。しかし、長期的展望に立った場合、石油に代わる代替物として天然ガスには着目すべき利点が多数ある。しかも性能面の利点だけでなく、日本のすぐそばという距離的な面からの利点も併せもっている。それは、隣国からエネルギーを手に入れることが出来るというエネルギー安全保障上、極めて重い意味をもつ。これからのエネルギー安全保障を考える場合、二国間関係としてだけでなく、地域、環境などを含んだ複合的なものとして問題を多角的な視点で捉えることが不可欠である。

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奥健一郎の論考

Thesis

Kenichiro Oku

奥健一郎

第20期

奥 健一郎

おく・けんいちろう

一般社団法人ハートリボン協会理事

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