論考

Thesis

ナチュラルステップの環境教育

「ナチュラルステップ」。耳慣れない言葉だろう。1989年にスウェーデンにできた環境教育機関のことだが、そのアメリカ組織がこの5月にワークショップを開いた。その模様を報告しながら、ナチュラルステップの活動を紹介する。

●ナチュラルステップとは

 1989年4月、約430万部の環境学習のための冊子とカセットが、スウェーデンの全家庭と学校に向けて送付された。多くの企業や科学者、アーティストなどの協力によって、この壮大なプロジェクトを成功させたのは、「ナチュラルステップ」という環境教育機関である。ナチュラルステップは、89年、ガンの研究者としてスウェーデンで高名なカールヘンリク・ロベール氏(50歳)によって設立され、その活動は現在、アメリカ、イギリスなどにも現地組識が発足するなど、インターナショナルな広がりを見せている。氏は設立の動機を、その著書『ナチュラルステップ』(1996年に日本語版が新評論より出版)の中で次のように述べている。

 「自分一人ができることはたかがしれている、という考え方をすることはよくあることだ。私たちは、アムネスティやグリーンピースにいくらかお金を支払うことで、自分が消極的なことを慰めている。しかし、自らが従事している仕事においては、人はみなプロフェッショナルであり、その仕事を通して自然環境に貢献できることがあるはずである。私は、そんな人に力を与える組識を作りたいと思った」。
 このようなコンセプトのもとに、スタートしたナチュラルステップは、現在スウェーデンにおいて、「環境のために行動する科学者のネットワーク」、「環境のために行動する建築家のネットワーク」、「環境自治体のネットワーク」、「環境のために行動する学者のネットワーク」など、さまざまな職業人によるネットワークを持ち、それぞれにユニークな活動を行っている。
 また、これらの職業人グループとともに、カールグスタフ国王の環境コンペ、若者のための環境国会、企業の環境コンペなど、全国的なプロジェクトを展開しており、企業、自治体、市民の壁を越えた、誰もが参加できるまったく新しいタイプの環境教育機関として、世界的にも注目を集めている。
 これらのナチュラルステップの活動は、多くの環境問題に対する科学者のコンセンサス文書をベースにしており、その活動目的は、「科学者の合意をもとに、私たちに共通で、なおかつ必要な知識を普及させることにより、魅力的で持続可能な社会のビジョンをつくること」である。「持続可能な社会」、「持続可能性」という言葉は、87年の国連「環境と開発に関する世界委員会」(ブルントラント委員会)の報告書「われら共有の未来」の中で、環境と経済の調和を求める新しい理念として提唱された。そして、「持続可能性」とは、「将来世代がみずからの欲求を充足する能力を損うことなく、今日の世代の欲求を満たすこと」であると定義されている。

 ブルントラント報告以来、「持続可能性」(サステナビリティ)は、環境問題を語る上でのキーワードとなっており、多くの専門家がこの言葉を口にするようになった。しかし、残念なことに、日本にはまだ「持続可能性」の意味を正しく科学的に議論する場はほとんどないに等しい。
 ナチュラルステップは、その設立と同時に「持続可能な社会について、議論をしましょう」と、スウェーデン国内の多くの科学者、専門家に呼びかけた。当時は、ロベール氏の言葉を借りると、「誰も持続可能性とは何か、理解していなかった」そうである。科学者や専門家の間で、喧喧囂囂の議論が行われた。例えば、「二酸化炭素濃度の上昇に、地球はどこまで耐えうるか」といった科学的な知見については、それぞれの科学者の間で大きく意見が分かれることもあった。しかし、現在の資源、エネルギーを大量に消費する社会が「持続不可能」であり、これを早急に転換する必要がある点においては、誰もが認めうることである。
 ナチュラルステップでは、二酸化炭素の濃度上昇といった、木に例えるならば「枝葉」に目を向けるのではなく、「幹」の部分を論議することの重要性を主張し、誰もが合意できる「持続可能な社会のビジョン」と、そこに向かうための4つのシステム条件を定義することに成功した。簡単に言えば、「持続可能な社会」とは、自然の循環にあわせながら、人間のニーズを満たすことのできる社会である。この「持続可能な社会」というゴールに到達するためには、以下の4つのシステム条件にそって、企業の経済活動や国・自治体の意思決定を対処療法ではなく根本的に見直していくことが必要であると、ナチュラルステップの環境教育は提唱している。

システム条件1.

地球の地殻から由来する 物質(化石燃料、鉱物資源など)への経済的依存度をシステム的に減らす

システム条件2.

人間社会で生産した物質(例えば化学物質)への経済的依存度をシステム的に減らす

システム条件3.

自然の循環と多様性を支える物理的基盤を守る(森林、海洋、河川など)

システム条件4.

これらの条件を満たすために、効率的な資源利用と公正な資源分配を行う(資源、エネルギー利用の効率化、南北の公平な資源の分配)

●ナチュラルステップアメリカでのアドバンスコース

 ナチュラルステップは、現在、スウェーデン、アメリカ、イギリス、カナダ、オランダ、オーストラリアからなる「ナチュラルステップインターナショナル」という組識を持ち、日本もいま、そこへ加入する手続きをしているところである。昨年6月、数名の有志によって任意団体「ナチュラルステップジャパン設立準備委員会」が結成された。私も委員の一人として参加している。そのナチュラルステップジャパン設立準備委員会が、昨年11月、活動の第一歩としてナチュラルステップの代表であるロベール氏を日本に招聘し、5日間のセミナー、講演会を行った。しかし、ロベール氏による2日間の「基礎セミナー」を受けただけで、「ナチュラルステップのすべてを理解した」とはまだとても言える状況にはない。「実際に企業や自治体が次々に導入し、大きな成果をあげていると言うが、本当にうまくいっているのか」、「日本に自信を持って紹介できる内容があるのか」など、次々と疑問が浮かび、不安の種はつきない。
 そこで「ナチュラルステップアメリカ」が中心となって、世界各国からメンバーや関心のある企業、自治体が集まり、基礎セミナーの次の段階である「アドバンスコース」がこの5月に開催されると聞き、私を含めた3名がそれに参加することになった。

 私は以前、スウェーデンを訪れた際にナチュラルステップ本部と、ナチュラルステップの環境教育を導入しているエレクトロラックス社、生協などを訪問したことがあり、この問題に対するスウェーデンの取り組みについてある程度の理解をもっていた。だから、「大きいことはいいこと」で「資源、エネルギーを大量に消費する使い捨て文化の国」というイメージの強いアメリカが、ナチュラルステップを導入し、普及させようとしているというのに対し、ちょっと懐疑的な気持ちを抱いていたが、それゆえにその一方で、それをどういう方法で実現させようとしているのかということに、たいへんな関心ををもっていた。

 ナチュラルステップアメリカは、設立してからまだ2年だが、今回のアドバンスコースには、世界10カ国から、300人近い人が集まった。午前9時から夜遅くまで拘束される5日間のハードなワークショップにこれだけの人が集まるのは、正直なところ驚きだった。 5月6日、午前8時、会場となったホテルの15階で受付を済ませ、ワークショップのスケジュールをチェックした。受付にいた「ナチュラルステップカナダ」の事務局の若い女性が満面の笑顔で迎えてくれた。アジアからはるばるの参加は日本だけ。「遠いところをようこそ」という訳である。
 スケジュールを見ると、ロベール氏やスウェーデンの若き物理学者、ジョン・ホンベー氏による講義の他、スウェーデンのエココミューンの取り組み、家具メーカーであるイケア、ホテルチェーンスキャンディックホテルなどへの導入事例など、盛りだくさんの内容であった。スウェーデンの事例に混じって、アメリカにおける多くの取り組みも紹介されていた。

 アメリカでは、ナチュラルステップのコンセプトを普及させるために、「ナチュラルステップ1日セミナー」がカリフォルニア、ミネソタを中心に頻繁に開催されており、多くの企業人、市民が参加していると言う。
 また、ナチュラルステップは、アメリカにおける学者のネットワーク作りを進めており、エネルギーを最小限しか必要としない新しい建築や、「持続可能な社会」を実現するための適性技術の研究など、魅力的なプロジェクトを次々と紹介していた。

●ナチュラルステップ導入事例:スウェーデンのエココミューン

 ここで、数多いプレゼンテーションの中でひときわ興味をひいたスウェーデンのエココミューン(コミューンは市町村)への導入事例を紹介したい。
 スウェーデンでは、1990年、16の自治体による「エココミューンプロジェクト」がスタートした。95年に「エココミューン機構」が発足し、20の自治体がこれに参加した。そして、98年現在では、加盟する自治体は50にまで増えている。さらに、少なくともその倍の数の自治体が、エココミューンとなる準備をしているという。この国では92年の地球サミット以降、全国289のコミューンで「ローカルアジェンダ21」の環境対策を作成し、96年までに政府に提出することを義務づけた。それぞれのコミューンは、一人か二人、専門のアジェンダ21担当の職員をおき、環境対策に取り組んでいる。なかでも「エココミューン機構」に参加している自治体は、このローカルアジェンダ21の作成に、ナチュラルステップのコンセプトを導入していることで知られている。

 ここでエココミューンの定義を説明しておくと、「自治体の未来ビジョンとして、ナチュラルステップの4つのシステム条件を受け入れていること」、そして「これを実現するための行動計画をもっていること」である。
 これを実現するためには、「エココミューンとは何か」、「何故それが必要なのか」など、自治体の職員や住民に対する知識の普及や啓蒙活動が必要であり、かなりの時間を要すると言う。「エココミューン機構」は、これまでに培ってきた経験から、そのプロセスを以下の段階に分けて説明している。

  1. 知識の普及(全体をみる視点、システム思考、エコロジカルスキル)
  2. 問題発見
  3. 変革のための気づき
  4. 実行する
  5. 構造の変化(グリーンエコノミーなど)を志向する

 最後の段階では、現状の課題を解決するために、国際的な協力も含め、どのような社会構造の変革が必要であるかを考える。スウェーデンを代表するエココミューンの一つ、トロルへッタン市(人口5万2千人)では、2年間を費やして市の全職員に環境教育を施し、さらに住民に環境ファイルを配って啓蒙活動を行った。現在同市では、下水処理場からでるメタンガスで11台の市バスが走り、行政マンは自動車から自転車通勤への切り替えをを行っている。また、市のエネルギー公社がバイオマスを使った熱供給施設を建設し、地域暖房の75%をまかなっている。市バスの料金を半分にして、バスの利用率を23%あげることにも成功したという。日本においても、多くの自治体が環境基本計画や新エネルギービジョンを作成している。しかしながら、市民の中には内容はおろか、その存在すら知らない人が多い。せっかくお金をかけてビジョンを作っても、それを実行に移す仕組みが日本には欠けているように思う。

 ナチュラルステップの環境教育や、エココミューンの取り組みを日本に紹介することは、日本に本当の意味での「環境自治体」や「市民参加の仕組み」を作り出すよいきっかけになるのではないかと考えている。今後とも「ナチュラルステップ」に関する情報提供と、日本流のプログラムの開発に努力していきたい。

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吉田裕美の論考

Thesis

Hiromi Fujisawa

藤沢裕美

第15期

藤沢 裕美

ふじさわ・ひろみ

どんぐり教育研究会 代表

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環境問題 特に環境教育(森のようちえんなど)

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