論考

Thesis

エネルギー自給ハウス

21世紀を目前にして、人類にとって最大の課題の一つは「エネルギー問題」である。この問題を解決するためドイツのフラウンホーファー研究所では、「太陽エネルギー」を中心とする未来のエネルギービジョンを模索している。

国立フラウンホーファー研究所は、ドイツ国内に47の研究機関と8000人の研究員を抱えるEU最大の技術研究所の一つである。中でも、環境自治体として知られるフライブルグ市にある「ソーラーエネルギーシステム研究所」(1981年創設)は、320人の研究員が「太陽エネルギーの実用化」と「化石燃料からの脱却」に取り組み、自他ともにEUナンバー1を認める研究機関である。

 研究の中心は次の三つである。まず第一は太陽光発電による太陽電池の研究。この太陽電池はシリコン半導体を使って、太陽光から直接電気を発生させるもので、日本でも研究開発が進められている。

 第二はこうして作られたエネルギーの蓄電に関する研究である。水素ガス化によるシステムを開発し、これを「エネルギー自給ハウス」で実験的に使用している。

 第三は断熱や省エネルギーに関する研究である。ドイツや日本など先進国に生きる我々は、日常生活の中で沢山のエネルギーを使っている。この「エネルギーの浪費」こそが環境問題を深刻化させる元凶だと考え、エネルギー使用量の削減に力を注いでいる。
 この研究所では、石油・石炭などの化石燃料と原子力を中心とする現在のエネルギー体系はいずれ破綻するとみている。

 国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、起こりつつある気候変動を抑止するには二酸化炭素等の温室効果ガスの排出を、先進国は早急に60%以上削減しなければらならないという見解を発表している。フラウンホーファー研究所に勤める科学者の多くも、増大するエネルギーの消費は気候変動や酸性雨などの問題を引き起こし、将来の食糧生産に大きなダメージを与えると警告している。同研究所のクラウス・ハイドラー氏(物理学者)は「地球は非常に我慢強いので、事態はまだそれほど深刻ではないように見える。しかし、今目に見えている環境破壊は30年前の経済活動の結果であり、現在我々が行っている化石燃料の大量消費による影響は、30年後に恐ろしい形で我々の身にふりかかってくる」と言う。

 こうした危機意識から、同研究所では、世界にさきがけ1992年10月、太陽エネルギーによる「完全エネルギー自給ハウス」を完成させた。そして3年の間、研究員が家族と共に実際にそこに生活し、太陽エネルギーの可能性を示した。145平方メートルのこの家は、電力・温水・暖房エネルギーのすべてを太陽エネルギーでまかなえるよう設計されている。そのため家は太陽光を受けやすいように南に弓形に広がり、屋根には4キロワットの太陽電池と高効率の温水器が置かれ、電気と温水を作り出している。

 特徴的なのは断熱のための工夫が至るところに施されていることである。南側の壁はコンクリート面を黒く塗り、その外側に薄いガラスを筒にした断熱材が取り付けられている。これによって太陽熱が蓄えられ、冬場の室内暖房にまわされる。窓はすべて二重で熱を逃がさないようになっている。フライブルグ市の冬は長く厳しいが、太陽は顔を出すので、壁自体がこのように太陽光を利用した暖房機器になっていれば、暖房エネルギーは大幅に削減できる。実際このシステムを使うと、古い家屋でも従来の30%のエネルギー消費ですむと言う。

 さらに実験では、エネルギー効率の良い家電機器(通常の7分の1のエネルギーですむ冷蔵庫やテレビ等)を揃えたことで、電力消費も平均的ドイツ人家庭の40%にまで減らすことに成功した。このように細部に至るまで様々な工夫をすることで、エネルギー消費を大幅に削減でき、それを太陽エネルギーだけで自給することを可能にした。省エネ住宅は最近多く見かけるが、電力系統やガスパイプとの接続が一切なく、薪ストーブさえないというのは、世界にもあまり例がないだろう。
 フラウンホーファー研究所では、このほか交通体系等も含めた様々な研究を行っている。

 現在のドイツは、一次エネルギーの40%を石油、28%を石炭、そして10%を原子力に頼っている。しかし省エネや太陽エネルギーの導入を強力に進めることで、80年後にはすべてを太陽エネルギーでまかなう社会が実現すると言う。
 地球の我慢は限界にきている。エネルギー消費大国である日本は、一刻も早く現実に目を向け、変革のためのアクションを起こすべきではないだろうか。


(ふじさわひろみ 1969年生まれ。九州大学卒業後、会社勤務を経て、松下政経塾入塾。廃棄物問題、エネルギーと環境、自治体の環境政策をテーマに活動中。)

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ドイツ政府、州、フライブルグ市、その他多くの企業の後援によって造られたエネルギー自給ハウス(撮影:藤沢裕美)

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吉田裕美の論考

Thesis

Hiromi Fujisawa

藤沢裕美

第15期

藤沢 裕美

ふじさわ・ひろみ

どんぐり教育研究会 代表

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環境問題 特に環境教育(森のようちえんなど)

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