論考

Thesis

中国に観光協力を

めざましい経済発展を続ける中国。しかし、その一方で環境破壊、公害といった問題も深刻化している。欧米型経済成長を先に成し遂げた国として、物的繁栄一本槍に突き進む中国に助言できることはないだろうか。

中国ではいま、観光旅行がブームになりつつある。人気スポットの一つに信仰の山として有名な山東省の泰山(標高1524㍍)がある。ここには7,000段の石段があるが、これが行楽の季節や週末になると大勢の人で埋めつくされる。

 1960年代半ばから70年代半ばの文化大革命の時代、観光は非生産的な「無煙工業」と呼ばれ、その他のサービス産業とともに冷遇されていた。49年の新中国成立から文革終了までの30年余りは、観光産業は存在しないも同然であった。それが78年の第11期3中全党大会で一変した。党大会で「経済活性化のための改革解放政策」が採択され、発展産業へ変わったのである。

 一昨年の国内観光客(香港、マカオ、台湾その他華僑を含む)は延べ5億2千万人、前年比9.7%増である。海外からの観光客は延べ500万人に達し、日本を抜き、いまや香港、シンガポール、タイに次ぐアジアで4番目の観光大国となった。観光振興は、中国にとって近代社会を建設するうえで欠かせない施策である。外貨獲得のために重要であるのはもちろんのこと、余剰労働力を吸収する産業としても注目されている。しかしそれ以上に大切なことがある。それは政策に反映されるまでには認識されていないが、健全な観光振興・開発は、観光資源である自然や文化の保護につながるという点である。

 改革開放政策による産業施策は、自然や景観、文化を無視したモノの生産と消費中心の開発である。特にこの傾向は90年代に入り激化し、一種乱開発とも言える様相を呈している。工場などから出される煤煙や排水は大気汚染や水質汚濁を招き、深刻な公害問題へと発展している。また景観破壊も著しい。ダム建設は多くの歴史的遺物を消失させた。さらに何よりも問題なのは、拝金主義の横行によって人心が著しく荒廃し、中国社会をコントロール不能なものに化したことである。ここへきて中国政府はようやく自然破壊や人心の荒廃を問題にし、海外に援助を求めたり、意識改革を図ろうとしたりしているが、現在のところ、際立った効果は現れていない。中国政府の求めている国家目標があくまでも西洋近代産業の育成にあるからである。

 しかし、21世紀を目前にして、欧米諸国や日本など先進工業国が陥っている多消費型社会の行き詰まりを見れば、中国がその後を追いかけるのは愚かというほかない。そこで中国が目指すべきは、人々の精神的欲求を満たす「観光」の振興であり、それを実践することである。自然や文化を重要かつファンダメンタルな産業資源と位置づけた観光政策である。

 1953年、故・松下幸之助氏は「観光立国の弁」と題して、自然や文化、人心を大切にする観光振興を国家運営の軸に据えるべきだと主張した。74年の『崩れゆく日本をどう救うか』では、自然の景観に加え、素晴らしい町並み、素晴らしい施設、素晴らしい環境をもつ国にし、何よりも国民の心を養い高め、マナーも世界一にし、物心ともにあらゆる面において高く評価される国を創れば、長期にわたって発展を遂げることができると言っている。しかし現実には、日本の産業政策はそれとは反対の方向に進み、日本は自然破壊、産業公害に襲われ、文化は衰退し、人心は荒廃した。しかもこうした事態に国家は無策だった。解決策は地方から、個人から生まれた。自然と文化を中心とした地方の意欲的な取り組みが効を奏し、観光として注目された。松下塾主が意図した真の観光として。

 さて、話を中国に戻すが、中国では、観光の持つ真の重要さはまだ政策的には意識されていない。97年の香港返還を中国観光年と決め、観光産業に力を入れているが、これは外貨獲得、雇用吸収という経済的理由からである。こうしたなか、中国への外国人観光客は天安門事件で一時的に減少したものの90年以降は年40~50%で急増している。今後も、外国人を対象とした旅行開放地域の拡大や、国際社会における地位向上ための友好協力の雰囲気作りから、観光客はますます増えると予想される。しかし一方で、ニセガイドによる被害や観光船の事故など、観光客を巡るトラブルも増加している。北京に支店をもつ日系の旅行代理店によれば、このようなトラブルからリピーターが減少しているという。これには中国政府も観光政策の変更の必要性を表明したほどである。

 確かに政府主導の計画的観光開発は、観光産業のなかった78年直後には重要な役割を果たした。しかし、これまでの観光産業政策は転換点を迎えている。これからは単なる金儲け、物的充実という価値観を超えて、自然と文化を大切にし、精神の充足を図る新しい価値観に基づく開発が必要である。地域、住民主導による自由で個性の発揮された観光開発である。

 私は今年3月、中国国家観光局に「地域主導の観光開発の必要性」と題する提言を行った。その結果、第9次5カ年計画に「それぞれの観光地がそれぞれの特徴を活かした観光開発を行う」という一文が挿入されることになった。

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高橋幸也の論考

Thesis

Koya Takahashi

高橋幸也

第15期

高橋 幸也

たかはし・こうや

Executive Vice President, Panasonic Energy of North America

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企業経営、管理会計、ファイナンス、国際経済

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