論考

Thesis

失われた時を求めて

「ダメ」連発・・・私の子育て苦戦記

 それは今春のことだった。ちょうど2歳になった長男は、久々に会う私を忘れてしまっていて、まるで知らないおじさんに会ったかのごとく戸惑い、抱こうとすると大泣きしてしまった。英国での研修等で家を留守にしていたため、私に会うのは、2ヶ月ぶりのことであった。

 将来は国家国民のための政治家となりたいと考え、「子育て支援」「少子化対策」をテーマとしているのに、自らの家庭でこの体らくとは何たることか。この時、初めて儒学で教わった「斉家治国- 国を治めんとするものは、まず家を斉(とと)のえよ -」という大学の一節の大切さを実感した。

 反省した私は、「わが子育て」に力を注ぎだした。妻が休日出勤する際には、一人で面倒を見る。おむつを洗い、食事をつくる。近所の公園で一緒に遊ぶ。

 動物園まで遠出する。大好きなバス・電車に乗って、大騒ぎし出したため、隣の乗客に謝り、一旦途中下車を余儀なくされる。動物園に着くと、普段保育園では走り回っているくせに、全く歩こうとしない。甘えてせがむ息子に折れて、最初から最後まで抱っこする羽目になった。

 ヘトヘトになって一日が終わって、子どもの寝顔を見ながら、ふと気付いたことがあった。それは今日一日のわが子に対する自分の言葉に、なんと「ダメ!」という言葉が多かったことか、ということである。ざっと思い出すだけで次の様な台詞があった。

 「道路で走っちゃダメ!危ない!」
 「ドタバタすると下の階の人に迷惑だからダメ!」
 「こらぁ!またこぼした」
 「電車の中で騒いじゃダメ!」
 「食事の時間だから、遊んじゃダメ!」

映画「こどもの時間」

 そんなある日、新聞で独特の保育園とそのドキュメンタリー映画を紹介する記事を見つけて、非常に興味を覚え、是非一度観てみたいと思うようになった。機会がなかなか得られなかったが、ついに昨日、名古屋市で保育グループが主催する上映会に出かけ、観ることが出来た。映画のタイトルは「子どもの時間」、埼玉県桶川市にある、いなほ保育園の子ども達の5年間を描いたドキュメンタリー映画である。

 いなほ保育園には、広い敷地に、森があり、畑、馬や山羊のいる牧場まであり、0~6歳の子ども達約100人がいる。どの子も泥んこになって野山を走り回り、きらきら輝く目をしながら、競って馬や山羊の面倒をみている。

 子ども達はお腹がすくと、2歳の子でも自分で椅子を運んで(引きずって?)きて、焼いた魚を手づかみで食べる。

 夏には、畑でおじさんが穫ってくれたばかりの瑞々しいスイカにかぶりつき、お父さん達の手作りの木を組んだプールで遊ぶ。年下のこどもは、年上のこどものやることに憧れ、もぐり、飛びこみ、見よう見まねで泳ぎを覚えていく。

 冬には多くの子が青鼻を垂らして、焚き火にあたり、自分たちだけの力で、火を使って、お焦げをつくり、おいしそうに、そして誇らしげに食べる。

 竹馬で不安定な材木の上を渡り切る。

 私は画面を見ながら何度も「危ない!ダメ!」と叫びそうになったが、大人達は手を出さず、ただ見守っている。子ども同士で争いが起きても、極力子ども同士で解決させる。

 上映会終了後、いなほ保育園の2人の保育士さんのお話を聞く機会をいただいた。

 いなほ保育園は、公立保育園の保母さん達が退職金をはたいて始め、広大な土地は地主さんの御厚意で借りている。0~6歳の100人の子ども達以外にも、70数人の学童の子ども達がいる。無認可保育園でお金が無いので、暖房は無く、焚き火で暖を取っている。子どもは畳6畳分の雑菌をなめながら大きくなる、という言葉もあり、抵抗力をつけることも必要・・・などなど、聞いてみて、またまた驚くことがあった。

子育て政策・・・こどもの視点からの出発

 映画を観終わり、いなほ保育園の先生からお話を聞き、「ダメ」を連発してきた自らの子育てに反省を促されたが、再考は自らの研修テーマにも及んだ。

「急速な少子化の進行は、今後、我が国の社会経済全体に極めて深刻な影響を与えるものであることから・・・」という政府の取組方針にあるように、少子化対策の議論の多くは、将来の年金問題、国民負担の上昇、GDPの低下、市場の縮小などの経済問題に費やされてきた。そして子育て支援策は、仕事との両立支援など育てる親の視点が優先されてきた。いずれにせよ、あまりにも大人の都合が優先され過ぎてきたのではなかろうか。

 今日の日本では、出生率に歯止めは掛からず、最新の合計特殊出生率は過去最低の1.32人(厚生労働省、2002年人口動態統計)なのに対し、無認可のいなほ保育園に通う園児の母親は、平均約2.9人もの子どもを産んでいるそうである。

 少子化対策、子育て支援施策に重要なことは、「まずはこどもの立場、視点から出発する」というシンプルなことかもしれないと思うようになった。

 今回は映画を観ての感想にとどまっているが、今後は実際に現地現場で、まず子どもの時間を観察し、子どもにとって、幸せとは何か、必要なものは何か?ということを考えていきたい。

大人の時間、こどもの時間

 この映画の監督である野中真理子氏は、次の様に述べられている。

「今の私は、子どもの目には大人と違う世界が映り、子どもの体と心には【こどもの時間】が流れているのだと考えています。

 その時間は、5分たったからうどんが茹で上がったとか、一週間働いたらいくら貰えるといった大人の時間とは違います。

 それは彼らの体と心の中で、物語が始まり、熟成し、染み込んでいく時間だと思います。

 しかもその物語は言葉によって織りなされるものではなく、子どもと世界が出会う瞬間瞬間に生まれる『力』によって織りなされていく。」

 さて、ここで「大人の時間」について、少し考えてみたい。

 ボーデンスライスチーズやレディボーデン(アイスクリーム)、牛の商標で、日本でもお馴染みの多国籍企業ボーデン社の歴史は、19世紀の米国で、ゲイル・ボーデン氏が、コンデンスミルク(Condensed milk=煉乳)を産み出したことから始まる。この成功で確信した彼は、様々な食品だけでなく、自らや他の人の生活態度までをもコンデンス(短縮・圧縮・濃縮)しようとした。教会に行けば牧師に「Condense your sermons(説教は短くしろ)」、友人達には、「食事には時間をかけるな」、恋人達には「ラブレターをやりとりする必要はないし、つまない会話も必要ない。キスまでの会話も要約して伝えろ」と「コンデンス」を連発したという。これは極端にしても、「大人の時間」を、現代の時間を象徴するエピソードではなかろうか。家族と過ごす時間や恋人と過ごす時間は、経済的な価値に反映されないし、食事は短いほど飲食店の利益は上がる。

 しかし、近年のスローフードブームに象徴されるように「大人の時間」も転換を迫られているのではなかろうか。今後「こどもの時間」を確保するための施策と同時に、近現代に入って失われた人間としての時間を取り戻す施策を考えていきたいと思う。

出典・参考

  1. 映画
    ・「こどもの時間」
  2. ホームページ
    ・株式会社 マザーランドホームページ
    http://www.motherland.co.jp/inaho/index.html
  3. 書籍
    ・「社会で子どもを育てる 子育て支援都市トロントの発想」武田信子 平凡社新書
    ・"THE AMERICANS THE DEMOCRATIC EXPERIENCE"Daniel J. Boorstin
    ・「定常型社会」広井良典 岩波新書
    ・「社会的共通資本」宇沢弘文 岩波新書

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橘秀徳の論考

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Hidenori Tachibana

橘秀徳

第23期

橘 秀徳

たちばな・ひでのり

日本充電インフラ株式会社 代表取締役

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