論考

Thesis

21世紀日本の舵取り ~少子高齢化と人口減少の高波を乗り切るために~

国家百年の計

 私は現在、生涯を通じて日本を愛し、その行く末を案じた故松下幸之助が、晩年に最後の情熱を傾け創設した松下政経塾で学んでいる。創設者が目指した「国家百年の安泰」を妨げかねない大問題と、私が考え、取り組んでいるのは、人口減少・少子高齢化の問題である。

人口減少と少子高齢化の実態

 まず少子化から見ていくと、1970年前後には新生児が年間200万人前後だったのに対し、近年では120万人を下回っている。低下を続けた出生率は現在1・33(2001年。東京都に至っては何と1.00)と、人口を安定させる水準(2.08)をはるかに下回っている。この結果、我が国の人口は3年後の2006年に1億2774万人でピークを迎えた後は大きく減少に転ずる(2002年国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」)。低位推計では、2050年には9203万人、今世紀末には4645万人とほぼ三分の一の人口規模となる。

 人口が減少すること自体は問題ではない。問題なのは、若年層に偏った形で人口が減少することである。高齢者の人口が今後数十年間に渡って増加し続けるのに対し、生産年齢人口とされる15~64歳人口は減り続ける。その結果、25年後には4人に1人は高齢者、50年後には3人に1人以上が高齢者となると推測されている。日本中が、高齢者が多く、子どもの少ない現在の過疎の村と同じ状態になると想像していただきたい。

経済・社会への影響

 少子高齢化・人口減少の問題は先進国に共通の問題であるが、日本の際だった特徴は、史上例を見ない速度、深化で進展していくことである。このいびつな形での急速な人口減少が引き起こす問題は枚挙に暇がない。

 まず経済への影響を見ると、労働力人口(特に若年労働力人口)の急速な減少、老年人口の増加、若年層の減少で貯蓄が減ることで、経済成長の大きな制約となる。社会保障については、日本の公的年金制度は、現役世代の保険料がそのまま現在の高齢者の年金として支払われる制度(賦課方式)を採っている。このため、高齢者の増加によって、数の少なくなる現役世代の負担が高まっていく。中高年層が受け取る年金は、過去の拠出金に比べて膨大であり、財源の手当が付いていない支払い約束額はおよそ450兆円にも上ると試算されている。既に1997年時点で10兆円を超えた老人医療費も増大していく傾向にあり、数の多くなる高齢者の扶養負担が高まり、政府は支えきれなくなり増税という選択をする。数の少なくなる現役世代は、高い社会保障と重税という二重の負担に苦しみ、勤労意欲は著しく減退する。可処分所得が減り、消費も減る。当然、冒険や革新を好む若年層が減ることで、社会では保守化が進み、活力や創造性も減退していくであろう。

 老人が希少であった時代に、経済成長、人口とも右肩上がりを前提につくられた現在の社会経済の諸制度では対応しきれないことは最早明らかである。

政治に与える影響

 次に政治への影響を見ていく。以前に代議士秘書を勤めていた経験から言うと、どの地域でも街頭演説中に政策ビラを受け取るのも、候補者やスタッフに政策を問い合わせるのも中高年の方々ばかりであった。直近の国政選挙を例にとると、一昨年の参議院議員選挙において、20歳代前半の投票率は32.65%(つまり3人に1人しか投票に行かなかった)に対し、60歳台後半の投票率は76.50%にも上っている。

 世界共通の傾向として、高齢世代は選挙への関心が高く、高齢者の問題は政党の公約に掲げられやすい。限られた予算内で、高齢者向け施策が拡充され、子どもや青壮年層向けの福祉・教育予算が削減される。これは高齢社会にいち早く到達した先進諸国共通の現象(プレストン効果)として観察されている。オランダでは1994年の総選挙で年金凍結に怒った高齢者が「一般高齢者連合(通称:老人党)」を結成、6議席を得て、与党に少なからぬ打撃を与え、政権交代が実現した。前々回1996年の米国大統領選挙では、第二の人生を過ごす高齢者が多いことで有名なフロリダ州で民主党陣営が老人向け政策ばかりを掲げ、共和党陣営に差をつけた。さらに前回の選挙で、ブッシュ/ゴア両陣営とも高齢者票争奪戦を繰り広げ、この州の結果により、最終的に雌雄が決したことは記憶に新しい。

 日本でも、投票率の高い中高年層の人口が増え、投票率の低い若年層の人口が減少するという少子高齢化の一層の進展によって、政治に反映される各世代の声が一層不均等になっていくだろう。20、30歳代の4割以上が年金制度に不満を持つ一方、60歳代以上の約八割が賛成していることが、厚生労働省の年金制度の意識調査で明らかになっているが、当選だけを考える政治家がどちらの意見を採るかは自明である。

高波を乗り越えるために

 第一の視点は、人口減少・少子高齢化は短中期的には避けられないトレンドとして、社会保障など諸制度を設計し直すことである。第二には、偏った形の世代の人口減少は問題であり、長期的な対策として、少子化対策を施し、若年人口の増加に取り組むことが必要である。先進国のデータで見ると、女性の社会進出や保育施策を始めとする子育て・家族施策が進んでいる国ほど、出生率は高くなっている。現在、我が国の家族政策は非常に貧困であり、社会保障費の内、高齢者関係給付費が68%に対し、児童・家族関係給付費が3.5%と圧倒的に少なくなっている。一層限られていく予算の中で、子ども・子育て関係への予算を重点的に配分していくことが必要である。

 このためには、当の子育て世代や将来世代の声を政治に反映させるために、まず若者を政治に組み込んでいくことが必要である。最近、地域の将来を占う市村合併を問う住民投票に中学生を参加させた自治体が登場したが、既に国会に上程されている18歳選挙権・被選挙権法案を始め、義務教育段階からの政治教育などやるべきことは数多くある。

 次に高齢者層への説得をきちんと行っていくことである。最早、将来に渡り政治的多数派となることが確実な高齢者層に対して、既得権の削減も含め、将来の日本を良くするための改革策を示し、納得してもらうことは避けて通れない。この点、松下政経塾の先輩である山田宏杉並区長は、高齢者を説得し、長寿のお祝いの饅頭の支給を廃止した。またスウェーデンは、自分が支払った拠出に見合った支給額に変える年金制度改革を超党派で、政治家主導で実現させた。

憲政の神様に近付く努力

 故尾崎咢堂(行雄)先生は、地元への利益誘導に不熱心であったにも関わらず、支援者達は私財を投じて支援したという。三女である相馬雪香先生も次の様に述べられている。

「今の政治家は日本人の心に秘められた宝物を引き出すのが下手過ぎる。選挙区に対して心の悪い方ばかりを引き出す努力を重ねている。日本があるべき姿を、皆さんの心の宝を世界に発揮することです」(2000年1月17日/読売新聞)。

 将来の日本と世界のために、ただただ当選を果たすために選挙区の一部だけの利益に迎合する政治家は必要ではない。子や孫達のために何が必要か、そのためにすべきことは何か、理を説き、口当たりの悪いことも訴え、理解を求めていく政治家 ―― 少子高齢化・人口減少の高波を乗り切るには、そんな政治家が必要ではなかろうか。私もかくなりたいと考える一人である。

「世界と議会」2003年6月号(470号)尾崎行雄記念財団発行 に所収

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橘秀徳の論考

Thesis

Hidenori Tachibana

橘秀徳

第23期

橘 秀徳

たちばな・ひでのり

日本充電インフラ株式会社 代表取締役

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児童福祉施設で現場実習

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