論考

Thesis

イーハトーブ・by・Oneself ~チャレンジド・ジャパン・フォーラム2002に参加して~

この8月27日・28日に岩手で開催された第8回チャレンジド・ジャパン・フォーラム2002in岩手に参加してきた、このフォーラムを通して感じたことを述べたい。

◆チャレンジド・ジャパン・フォーラム

 まずは、チャレンジド・ジャパン・フォーラム(以降、CJF)とそれを主催するプロップステーションについて説明を行う。

1.CJFについて

 このCJFは、社会福祉法人プロップステーションが、「チャレンジド(障害者)を納税者にできる日本」の実現を目指し、1996年から民・産・学連携のもとでスタートさせたものである。

 チャレンジド(障害者)・民間企業・県知事・官僚・大学教授・等々、多士済済が集まって、「チャレンジドとIT」をテーマにセッションを行うものである。

※チャレンジドについて
 この「チャレンジド」というのは「障害を持つ人」を表す新しい米語「the challenged」を語源とし、障害をマイナスとのみ捉えるのではなく、障害を持つゆえに体験する様々な事象を自分自身のため、あるいは社会のためポジティブに生かしていこうという想いを込め、プロップステーションが提唱している呼称である。

 この「the challenged」は、「神から挑戦すべき課題を与えられた人」という意味で、もともとは軍隊に志願した女性兵士のことをそう呼んでいた。すなわち、「the challenged」とは、「障害者」だけを指すのではなく、神から与えられた使命・課題に自ら立ち向かっていく人のことを指している。
2.第8回CJFについて

「イーハトーブ(理想郷)・by・チャレンジド ~熱い思いと巨きな力~」

 これが、第8回のテーマである。このテーマは岩手県の生んだ偉大なる詩人・宮沢賢治の「イーハトーブ(理想郷)」の思想から来ている。このテーマは、はじめは「イーハトーブ・for・チャレンジド」であったが、チャレンジドのために誰かがイーハトーブを作るのではなく、チャレンジドがイーハトーブを作るものということで、「for・チャレンジド」から「by・チャレンジド」に変更されたということだった。

 このテーマをもとに、2日間開催された。「学ぶこと、働くこと、そしてIT」・「暮らすこと、生きること、そしてIT」といった題名によるセッション、岩手県内で活躍するチャレンジドの方々の発表、そして岩手・宮城・三重・大阪・和歌山の知事たちによる「日本を地域から変える」という題名で福祉をベースにした行政のあり方についての議論が行われた。

3.プロップ・ステーション(以降、プロップ)について

 竹中ナミ(通称 ナミねぇ)理事長を中心とし、「チャレンジド(障害者)を納税者にできる日本」を目指して、コンピューターネットワークを活用してチャレンジドの自立と社会参画、特に就労の促進を目標に活動している社会福祉法人である。

 このプロップでは、コンピュータセミナーの開催やチャレンジドの在宅ワーク推進に関する事業、フォーラム・シンポジウムの開催等を手がけ、機関紙「flanker」を発行している。

 コンピュータセミナーは、チャレンジド・高齢者・5歳~高校生までの子供たちと家族を対象にした、電子メールの使い方、エクセル・ワードの使い方、ホームページの作成・グラフィックデザイン等の講習のことである。

 チャレンジドの在宅ワーク推進に関する事業は、プロップが企業や行政からの仕事を受注して、在宅でチャレンジドが仕事を行えるようにコーディネイトすることである。

 私は、1月末に一度このプロップを訪問したことがあり、グラフィックの中級コースとインターネットの初級コースの見学をした。インターネットコースでは、講師は両手が不自由なチャレンジドの方で、足でマウスとキーボードを動かしながら、ホームページの見方を説明しているのを見て、大きなショックを受けたことを今でも鮮明に覚えている。

 詳しくは、プロップ・ステーションHPを参照

◆思ったこと・考えたこと

ユニバーサルデザインの考えに基づくバリアフリーを

 このフォーラムに参加して、思ったことや考えたことについて書いていきたい。

1.補助金よりも仕事を!

 これは、岩手県内で活躍されているチャレンジドの方がセッションの中で発言された言葉であり、私がこの2日間で最も印象に残った言葉である。

 この発言をされた男性は、岩手県内でシステム開発等を行う会社の経営者で、電動車椅子に乗られているチャレンジドだ。

 彼は、補助金だけもらって、保護されるだけの存在ではなく、仕事をして自分も社会に貢献する側に回りたいという気持ちをこの言葉で端的に表現した。

 私は、4月の月例(注)にて、「矜持を持つことのできる社会」とは、「障害があろうとなかろうと、また年齢や性別も問わず、すべてのひとが社会のために働き(労働だけを指すのではない)、社会の一員として、社会を支えているんだと感じることによって、自らが必要な存在だと認識できる社会である」と表現した。

 注:4月月例はこちらをhttps://www.mskj.or.jp/getsurei/ebina0204.html参照

 彼の言葉を聞いて、改めて働くことの大切さを感じた。お金を与えられる保護対象では、人間としての矜持は形成されないし、そこには人間の尊厳といったものは存在しないといってよいのではないだろうか?

 そう考えたとき、やはり福祉の柱は、自立支援であり、特に、それは就労支援と言えるであろう。
 就労支援の取り組みとして、私はプロップの「チャレンジドの在宅ワーク推進に関する事業」はとても良いものだと評価している。

 チャレンジドのことを良く知らない企業や行政機関にとって、仕事を直接発注するのはとても不安なことである。しかし、チャレンジドのIT技能開発を行っているプロップが間に入り、保証することによって、企業や行政機関の不安は解消できる。一方、チャレンジドにとっても、企業や行政機関と仕事の請負の価格を交渉することは困難なことである。しかし、社会的に認知度のあるプロップが間に入り、交渉することによって、「チャレンジドだから安く使われてしまう」という事態を防ぎ、チャレンジドにとっての不安も解消できる。

 就労支援のあり方として、企業や行政機関に対して正社員(職員)として一定の割合で雇用するように求めた法定雇用率の遵守だけではなく、職場に出勤して働くという形態だけでなく、SOHOを中心としたこういった就労支援がもっと広く行われるべきであろう。

2.ITは障害を超えて

 私は、ITは障害者にとって大いなる可能性を拓くものだと考えている。実際に、障害者白書平成13年度版でも、その表紙に「障害のある人とIT ~ITが拓く新たな可能性~」と銘打たれていて、国自体もその可能性に注目している。

(1)心のバリアを乗り越えて

 私は、障害者の問題において一番大事なのは、社会の諸制度のバリアフリーではなく、私達自身の障害者に対する「こころのバリアフリー」だと考えている。なぜなら社会の諸制度を作るのは人間である。したがって、社会の諸制度にバリアを作るのも、バリアをなくすのも人間の心次第なのである。だからこそ、心のバリアフリーが重要なのである。

 確かに、以前と比べれば、「こころのバリアフリー」は進んでいるが、まだ完全ではないはずである。

 私は、メールで以下のような話を聞いたことがある。

 最近、ノンステップバスの整備が各自治体で進められている。このノンステップバスは、これまでの乗りにくかったバスのバリアフリーを図ったものであり、それ自体は良いものである。しかし、これを整備したことにより、車椅子の障害者が普通のバスの乗車を拒否されてしまうという事態が発生しているという話である。

 ノンステップバスは、今までのバスをバリアフリーにしたものであり、これによって車椅子の障害者がバスに乗りやすくなるのはとても良いことである。しかし、このノンステップバスがあるからといって、普通のバスについては乗車拒否されてしまうというのは、やはりまだ「こころのバリアフリー」が進んでいないことの証左なのではないだろうか?

 どんなにモノや制度のバリアフリーが進もうとも、人の心にバリアがあるかぎりは、真のバリアフリーな社会、すべての人が支えあい、矜持を持って生きていくノーマライゼーション社会は実現しないと私は思っている。

 その人の心のバリアを感じさせないものとして、ITには大きな可能性があると私は考えている。

 ITが導入されるまで、人とのコミュニケーションは、基本的に会って話すことが中心であり、これが大半を占めていたといっても過言ではないだろう。しかし、ITが導入されたことによって、人は新たなるコミュニケーション手段を手に入れた。

 会って話す際に、障害者と分かるとまだバリアが張られてしまうことはあるが、電子メールやチャットをしているときには、ほとんどの人が、相手に障害があるかないかということは、まったく考えないはずである。

 すなわち、ITはそういった障害によって張られてしまうコミュニケーション上の「こころのバリア」を乗り越えることができるのである。

 私は、「こころのバリア」を完全に乗り越えるには、お互いに触れ合いを持つことが何よりも大切だと考える。だからこそ、ITによるコミュニケーションで心のバリアを乗り越えることを多くの人が経験することによって、「こころのバリアフリー」が可能となり、それが社会の諸制度のバリアフリーを可能にすると考えている。

(2)働くバリアを乗り越えて

 私は、障害者の就労問題において一番大事なのは、今ある勤務形態をベースにして企業や行政機関に法定雇用率を守らせることではなく、多様な勤務形態をベースにした新たなる就労支援を行うことだと考えている。

 ITが導入されるまで、就労というのは、職場にいって決まった時間働くということを指しているものだと思われる。しかし、ITが導入されたことによって、SOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)が可能となり、これにより常に決まった勤務時間で働かなくても、働くことが可能となった。

 障害者にとって、社会のバリアや本人の身体都合で通勤や定時勤務というのが困難であるが、ITによってSOHOで仕事をすれば、障害は、働く上での障害ではなくなるはずである。

 すなわち、ITは障害によって張られてしまう「働くバリア」を乗り越えることができるのである。
 私は、「働くバリア」を完全に乗り越えるには、社会(企業・行政機関等)が多様な勤務形態を認めるとともに、その多様な勤務形態で障害者が力を発揮して、評価されることが大切だと考える。ITは、多様な勤務形態を今までよりも容易に生み出せるものであるので、ITによって、次々と働くバリアを乗り越えて働く障害者が現れるように社会は支援すべきであると考える。

3.for oneselfではなくby oneselfの精神

 テーマの変更については、すでに説明したが、“for”でなく、“by”であることが、とてもすばらしいことだと、私は感銘を受けた。

 チャレンジド(障害者)である第8回の実行委員長である村田知己氏もパンフレットの中で、このテーマについて以下のように述べられている。

「私たちチャレンジドも、人の役に立ち社会に貢献したいのです。高齢化社会に向かっている「今」を傍観するのではなく、みんなの「イーハトーブ」を目指してチャレンジドも変わりながら立ち向かっていきましょう!その決意を表すために、今回のテーマを「イーハトーブ・by・チャレンジド」としました。」

 このテーマは、必ずしもチャレンジド(障害者)だけに当てはまるものではない。これは、今、日本人ひとりひとりに求められているテーマではないだろうか?

 批評家然、評論家然として、だれかが社会を良くしてくれる(イーハトーブの完成)のを待つのではなく、自らが社会を良くする(イーハトーブの建設)こと、それがこの「イーハトーブ・by・チャレンジド」に込められているのである。

 このテーマは私達ひとりひとりがこの世界を良くする(イーハトーブをつくる)ことを神から与えられた存在(チャレンジド)であることを自覚すべきことを教えてくれているのだと思う。

 すなわち、「イーハトーブ・by・Oneself」なのである。

参考資料

  • プロップステーションの挑戦(著 竹中ナミ 筑摩書房)
  • 新しい日本をつくるために私ができることあなたができること
    (編 大前研一+一新塾 ダイヤモンド社)
  • 第8回チャレンジド・ジャパン・フォーラムin岩手パンフレット
  • 障害者白書平成13年度版
  • 写真集チャレンジド(吉本音楽出版)

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海老名健太朗の論考

Thesis

Kentaro Ebina

松下政経塾 本館

第22期

海老名 健太朗

えびな・けんたろう

大栄建設工業株式会社 新規事業準備室 室長

Mission

「ノーマライゼーション社会の実現」

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