論考

Thesis

時代の混迷

現在の構造改革においては様々な問題点が聞かれるようになった。今回は、若干ではあるが、その一因となるものについて述べてみたいと思う。

 まず、政策が打ち出されるたびに様々な経済学者がそれを根拠づけようとするが、現実に経済は一向に回復しないということが挙げられる。そして、その度にエコノミストがくるくる主張を変え、それがまた経済学者そのものの信用をも貶め、人々は何を信用してよいのかわからなくなっている。

 例えば、ミルトン・フリードマンはケインズのように、人為的に需給調整する等人間の知恵で経済をうまく導くということを否定し、自由競争に任せるべきだとの主張をしたが、昨今の市場原理主義者のように、「市場に放任しておけば丸く収まる」などとは述べていない。自由といえども現代の経済は社会の中では社会の中で営まれており種々の制約がある。また、実際には種々の自由が対立し、衝突し、ゆえに矛盾をきたす事もありうる。ゆえに、経済学の課題は、このような相互依存の社会の中で、様々な個人の自由をいかに調和させるかである、とするのがフリードマンの主張であり、ゆえに社会福祉や財政政策等各分野において、具体的にそれぞれの自由の調和を論じている。彼は自由それ自身に至上の価値を置いているが、決して放任すればそれで良しとするような空想論ではない。

 また金融においても、その市場は銀行法や証券取引法、商法、民法さらには税制や会計といった種々の制度の中で営まれている。すなわち、自由な市場といっても、実は種々の制度のかたまりで成り立っている社会なのである。不良債権を市場に委ねて処理するというのであれば、飽くまでこれらのル-ルに全て従ってもらわねばならず、従って粉飾決算などのごまかしは許されない。でなければ「自由」が「無法地帯」と化してしまう。この点を無視して、ただ市場で奔放に営ませていればそのうち収束すると主張するのは全くの誤りである。

 一方ケインズもまたその意味で自由主義を基本としている。彼自身「私はなぜ自由党員であるか」という論文を書いているほどであるが、マクロ政策により経済を調整することでミクロのインセンティブに期待する点こそがケインズ政策の本義である。従って、自分の企業が失敗したからといってそれをマクロ政策のせいにするのはケインズを社会主義者と誤解しており、その主旨にも反しているといえる。バラマキを期待する依存体質は、悪しき社会主義以外の何物でもない。

 さらには、社会性を向上させる「仕組み」が欠如していることもその原因に挙げることができる。社会のモラルを疑うような事件が頻発している。「教育が悪い」と一言で片付けられるが、教育システムを改善することは、もはや社会全体を変える必要条件ではあっても十分条件にはなり得ない。むろん家庭教育が最重要ではあろうが、もっと、若者が多少なりとも興味をもった「公共性」の中で自由に活動でき、その中に愉しみを見出せるような「場所」そのものを多くしていくことが必要ではなかろうか。その意味で、NPOや様々な市民団体は、入るのに必ずしも専門知識を持つ必要もなく、まさにその役割を果たすことができるものと考える。こういった場所自体が益々増えて社会に定着していけば、必然的に若者の目に触れる機会も多くなり、NPOが面白い場所だということも分かってくる。こういった世界的流れを横目で見はしながらも対策を怠ってきたことが、公共性という感覚の希薄した日本社会を生み出した一因ともなっている。

 俗に、90年代は日本では「失われた10年」といわれる。この10年は完全な失策であったとし、早くその「悪夢」から逃れたいとの認識が浸透しているようである。確かに想像だにしなかった出来事が次々に起こった。バブルが崩壊し、自民党が与党の座から転落した。その後時代を一新せんと発足した細川内閣や、そして六大改革を掲げた橋本内閣、加藤紘一氏といった改革派が次々に瓦解していった。絶対につぶれる事はないといわれた銀行が倒れ、そして多額の不良債権を抱えるに至った。この間政権は平均1年で交代し、そして幾つもの政党ができては崩壊した。湾岸戦争が勃発し、日本の貢献の意義が問われた。さらには地下鉄サリン事件という化学物質を使った空前のテロ事件が勃発した。酒鬼薔薇事件等、社会の歪んだ構造を象徴するかの様な事件も次々と起こり、教育の現状もまた改めて浮き彫りにされることとなった。

 こうしてみると、人々が「失われた」といいたくなる感情もよく分かる。しかしながら、逆の見方をすれば、戦後日本が急激な成長を遂げた中で顕在化していた問題がまさに一挙に噴出した、一つの「特異な時代」であったと見ることもできるのではないか。そう捉えれば、逆にこの10年には、今の日本を再生させるヒントが詰まっているとみることもできる。今必要なのは、気持ちを一度落ち着け、冷静かつ客観的にこの10年を分析し、かつその反省から学べるものは全て学び取り二度と同じ過ちは繰り返さないという、確固たる姿勢ではなかろうか。

 参考文献:「日本経済出口あり」 (春秋社)

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奥健一郎の論考

Thesis

Kenichiro Oku

奥健一郎

第20期

奥 健一郎

おく・けんいちろう

一般社団法人ハートリボン協会理事

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