論考

Thesis

政情報の力と時間概念

1.新たな土俵をセットする、情報の力

“The Skeptical Environmentalist”という本が話題になっている。題名を直訳すれば、『懐疑的な環境主義者』。この本の中で、著者は様々なデータを用いて環境派の組織、個人を非難している。特に、毎年刊行される『地球白書』で有名なワールドウォッチ研究所と、その創始者であるレスター・ブラウン氏は集中攻撃を受けている。

 とはいっても、この本は環境対策に反対する経済団体が出したものではない。それどころか、著者のBjorn Lomborg氏はあのグリーンピースの元闘士である。著者は環境問題への取り組みに反対しているというよりは、データをうまく切り取ってセンセーショナルなメッセージを出す環境派のやり方に対して不信感を抱いている。

 彼の言うように環境派があまりにセンセーショナルなデータを整えたがるとすれば、それは一体なぜであろうか。それは、大きなインパクトを持った情報が、社会を変える力になると考えるからである。さらにいえば、何か「事件」が起こらないと、社会は動かないとも言える。例えば9月11日に起きた事件は、アメリカをアフガニスタン国内での戦争へと突き動かした。この戦争に対して、戦争にかかった何億ドルもの費用を世界の貧困対策に使っていればどれだけの人々が助けられたか、という話も聞かれるが、これだけの金額と熱意を持ってアメリカが貧困対策に取り組むことはない。なぜならば貧困は慢性的なものであって、活動の原動力となる「事件」にならないからである。

 問題を解決する方法には2つある。一つは現行の社会決定のシステムの中で問題として取り上げられることであり、もう一つはその問題を取り上げさせることで、新しい社会決定システムを創ってしまうことである。問題を環境、社会決定のシステムを政治とすれば、現行の政治システムの中で環境問題が取り上げられるように努力する方法と、環境問題という大きな問題に対応するために、環境問題に対応し得る新しい政治システムを創る努力となる。

 より現実的なアプローチを主張する人たちは、前者を主張する。しかしこのアプローチを突き詰めると、環境問題のような現代の構造的な問題は解決されにくい。なぜなら、現行のシステムに従うことを突き詰めれば、環境問題を生み出している既成勢力の土俵にのって、その利害関係に従うことになってしまうからである。それゆえに、何か構造的な問題に対処しようと思えば、新しい土俵を設定するような努力が必要となってくるのである。

 この新たな土俵をセットする力を持つのが「事件」という衝撃的な新情報なのである。だから環境派のあるグループは、時間的スケールが大きいために取り上げられにくい環境問題を取り上げさせるために、時間的に急な変化、つまり事件として環境問題を構成するようになったのである。“The Skeptical Environmentalist”の著者が批判するレスター・ブラウン氏はこの種の警鐘を鳴らす天才なのである。

2.文明の根幹、時間との付き合い方

 環境問題のように、時間的スケールが大きいために注目度が下がってしまう問題に目を向けさせるために「事件」という短期的な情報を生み出すことは、既成のシステムの外側からのアプローチのように見えるが、もっと大きく見れば規制のシステムと同じレベルでの競争である。より外側からの根本的なアプローチは、現代工業社会を構成する時間概念そのものを超越して、新しい時間概念を持つことである。

 現代工業社会を構成する時間概念を表すのにもっとも適当な言葉として、「効率」あるいは「生産性」という言葉があげられるだろう。工業社会では、効率、つまりより短い時間でより大きな生産をあげることが善である。よって環境問題のような長いタイムスパンで考えなくてはならない問題の重要度は、おのずと下がってしまうのである。長いタイムスパンのものが取り上げられる条件は、それはもう一方の要素である生産(プラスもマイナスもある)の大きさが十分大きくなることである。つまり、時間概念が今のままであれば、温暖化などの環境変化による影響が十分大きくなって初めて、問題として取り上げられることになる。しかし現在の知見では、大きな環境変化は不可逆的なため、影響が十部大きくなる頃まで何もしなければ手遅れになる可能性が指摘されている。これを根本的に解決するには、現代工業社会の非常に短い時間概念を見直すしかない。

 ある寓話を紹介しよう。先進工業国の時間概念で、本当に人は幸せになれるのだろうか。

一人のアメリカ人ビジネスマンが、メキシコの小さな漁村の海辺で海を眺めていた。そのとき、たった一人の漁師を乗せた船が沖から帰ってきた。小さな船の中に、数匹のマグロが横たわっていた。

アメリカ人 「いい魚釣れたんですね。どのくらい時間かかりましたか」
メキシコ人 「ほとんどかかってないですよ」
アメリカ人  「じゃ、何でもっと時間をかけて、もっと多くの魚を捕ってこないんですか」
メキシコ人 「もう家族を養うのに十分だからだ」
アメリカ人 「しかし、一日の残りの時間はどう費やしているんですか」
メキシコ人 「まあ、朝ゆっくりと寝て、少し釣りをやって、妻のマリアとシエスタをとって、そして夕方になると村の広場に行って、アミーゴたちとワインを飲んだり、ギターを弾いたりするよ。とても忙しくて、充実した生活を送っています。セニョール」
アメリカ人 「(少しあきれて)私はハーバードのMBAを取っているんだ。あなたのためにアドバイスをしよう。もっと釣りに時間をかけて、多くの魚をとって、余ったお金でもっと大きな漁船を買うといい。そのうち、何隻も買えるよ。それと、魚は仲買人に売らないで、直接メーカーに売るといいよ。やがては自分で工場を開く。そうすると、製品も、流通も、加工もすべてコントロールできる。そうなったらこの小さな漁村からメキシコ・シティへ、やがてはニューヨークへ引っ越して、拡大し続けるグローバルな事業を展開するようになる。いいだろう!」
メキシコ人  「しかし、セニョール、そこまで何年かかるんですか?」
アメリカ人  「まあ、15~20年でできるよ」
メキシコ人  「それからどうするんですか」
アメリカ人  「(ほほえみながら)そこからが本番だ。株を上場させて、一夜にして億万長者になるんだよ、ハハハ」
メキシコ人 「億万長者ですか。そんなにお金があって、どうなるんですか」
アメリカ人 「それは、ねえ。リタイアして、メキシコの小さな漁村に引っ越して、朝ゆっくり寝て、少し釣りをやって、奥さんとシエスタをとって、そして夕方になると村の広場に行って、アミーゴたちとワインを飲んだり、ギターを弾いたりすればいいんだよ」


 最近のイタリアブーム、サルサなどのラテンミュージックとダンスのブームは、ゆったりとした時間感覚を持って、生活を楽しんでいるラテン文化へのあこがれという面も否定できないであろう。そういう点では、先進工業国としての地位を支えてきた「効率」という概念からの脱却を受け入れる素地が、多くの人たちの間で広がりつつあるとも言える。

 環境問題のような構造的な問題を根本的に解決する唯一の道筋、それはインパクトのある情報で政治の土俵を再構築し、そしてさらに現代の時間感覚を超越して、幸福について考え直すことである。

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原田大の論考

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Dai Harada

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