論考

Thesis

デンマークの環境、教育 そして、小さな国の豊かな暮らし

1:デンマークという国

 

6月21日から7月3日まで、北欧の小国デンマークに滞在した。
初めの3日間は、中田宏議員の率いる「環境とゴミ処理問題スタディツアー」に同行し、環境省、コペンハーゲン市役所、風力発電所、イヤマ(スーパーマーケット)、デンマーク技術研究所等を訪問。

 その後、私はデンマークに残り、ユトランド半島北端部に近いオルボー、オーフス、そしてコペンハーゲンで様々な人に出会い、多くの事を考えた。

 オルボーでは、20年前から有機農法で野菜を作っている、ヤコブさんとその息子から話を聞き、オルボー大学で建築を学ぶ28歳の学生と友達になった。彼は、デンマークの難民キャンプで、旧ユーゴからの難民の為に働いた時の体験、デンマークの教育事情、若者の意識、デンマーク人が自国に抱いている不満など、多くの事を私に語ってくれた。

 デンマーク社会で「高い」ものは、福祉(社会保障費の国家予算に占める割合は、3分の1前後)税金(国の所得税は累進課税で22~40%、県及び市町村の所得税は22~32%、デンマーク国教会の信者は、これに加え1%の教会税を払う)物価、賃金(時給75クローネ 約1200円以下で人を雇う事は、法律で禁じられている)である。

 失業率も高く、(ここ10年くらい10%前後)大学を出た若者が仕事につくのに、1年か2年待たされるのは普通であると聞く。

 反対に、「低い」ものは、貯蓄と階層差(税制と高福祉による)である。デンマーク人は、日本円にして50万以下の貯蓄しかない人がざらにいる。お金をためる必要性が全くないのである。医療は原則として無料(これは外国人も同じ)体が動かなくなった場合には、車椅子や補助器具など、全て無料で手に入れる事が出来、自宅を車椅子用に改築する場合にも相当額が支給される。

 学校は公立ならば、小学校から大学まで授業料はなし。大学生になれば、親は子の扶養義務はなく、生活費さえ奨学金という形で国から貸与される。

 このような社会を素晴らしいと考えるか、それとも面白みに欠け、つまらないと考えるかは、個人の価値観によるものである。

 「日本は失業率が低くて、いいですね」デンマーク人は、失業率の低い日本が羨ましいと言う。デンマークでは、最長2.5年、失業前の収入の90%を保障する失業保険が整備されている。しかし、職業を持ち、それを通して社会参加する事が、人生にとって大きな意味を持つと考えるデンマーク人にとって、長期間失業中である事は、大変な精神的苦痛であるらしい。

 高い失業率と、政府財政収支の大幅な赤字。これらは、デンマークの抱える大きな課題である。しかし、政治、経済、教育、福祉などを総合的に見た場合、デンマークは日本より、はるかに「良く出来た国」であるという印象を持った。(少し表現がおかしいかもしれないが、私は敢えてこの言葉を使いたい)

 デンマークには、伝統的に「共生」の精神があり、個人個人が大切に扱われている。日常的なストレスのない、住みやすい国である。さらに言えば、「大多数の国民が本物の中流であり、自然と調和した人間らしい暮らし」を楽しんでいる国であると感じた。

 デンマークではゆっくりと時間が流れている。日本と違うのは、テレビのコマーシャルが極端に少ない事、緑が非常に多い事、(のんびり休める木陰のベンチなど、街の至る所で見かける事が出来る)自転車用の道路がどこの街にも整備されている事、等等。

 面白い事に、私はデンマーク滞在中、「あれが買いたい」「何が食べたい」という欲望を、あまり感じなかった。むしろ、バスの中で目が合った老婦人と微笑みを交わし、自然と調和した美しい赤レンガの街並みを歩き、図書館で読めそうな本を探す事に精神的な充足感を覚えた。そして、言葉を交わした多くのデンマーク人の、親切で温かくフランクな態度(市役所のインフォメーションセンター、環境省の情報センター等で私はそれを感じた)に触れた時、私は人間が人間らしくあるとは、どういう事なのかを、つくづく考えさせられたのである。

 デンマークには「権威」というものが、ほとんど存在しないと言う。職業や社会的地位と、個人の人格とは無関係であると皆、そう思っている。故に高い社会的地位にある人の前で卑屈になったり、「先生、先生」と政治家を持ち上げる事もない。地方自治体の行政マンたちは、市民に向かって必要以上にもったいぶる事はさらさらない。非常に快活で、生産性の高い仕事をしている。外国人で、素性の分からない私のためにも、手早く該当する資料を探し、説明してくれた。「写真を撮ってもいいですか?」「この資料をもらってもいいですか?」何を頼んでも、満面の笑顔で「オフコース、プリーズ」実に気持ちがいい。

 そして、彼らの服装。男性はノーネクタイ、女性は着心地の良い木綿のすとんとしたワンピースが多かった。日本の行政にはない、オープンで肩のこらない雰囲気に、私は大いに魅力を感じ、何枚も写真を撮って帰ってきた。

 デンマークで驚き、感動した事は、他にも沢山ある。障害を持った人が、デパートや市民プールのカフェテリアで、友人と楽しそうに談笑している。駅にはスロープやエレベーターがあり、車椅子でどこへでも行く事が出来る。デンマークに来て初めて、私は日本がいかに、「儲けにならない事は極力切り捨てる、精神的に貧しい国」であるかを知った。

 女性の地位も大変に高く、環境省やコペンハーゲン市役所で私達にレクチャーをしてくれたのは、皆女性であった。(しかも見たところ30代の若い女性)

 デンマークには、22歳の女性の国会議員、6名の女性の大臣(内閣閣僚20名中)がいる。179名の国会議員のうち、女性は54議席を占めているが、男女同権の観点からは、少なすぎるとデンマーク人は考えている。実に羨ましい。日本の社会通念からは、まだまだ考えられない事であろう。

  

2:環境政策

 

次に、今回の研修のメインである、デンマークの環境政策について。
 デンマークは、世界で最も環境政策に積極的に取り組んでいる国である。

 廃棄物関係の立法としては、1978年の「紙及び飲料物容器の再資源化並びに廃棄物の減量に関する法律」があり、リサイクル出来ない素材の使用禁止(6条)デポジット制(9条)リサイクルにとって意義のある工程.工業技術への補助金(10条)市町村の収集システム(11条以下)などを定めている。

 このリサイクル法は、1984年に改正され、紙と飲料物容器という限定を取り払い、全ての製品の廃棄物の減量とリサイクルを目的とするものとなった。汚染を減らすクリーンテクノロジーと、リサイクルが明確に位置づけられ、廃棄物処理におけるクリーンテクノロジー、リサイクル、焼却、埋め立てという優先順位が確立されている。

 1986年にリサイクル法に基づいて、市町村のリサイクル可能なごみの回収についての3つの環境省令が制定された。
 この省令の施行により、市町村のリサイクルシステムが飛躍的に発展し、リサイクルセンターも続々設置されるようになった。

 デンマークでは、2000年までには、全ての廃棄物の54パーセントをリサイクルする事を目標値としている。
 デンマーク最大の都市コペンハーゲンでは、環境保護法(1991年改正)の枠内で、独自のゴミ処理プランを制定し、廃棄物の減量に著しい成果をあげている。

 例えば、1988年にはリサイクル15%、焼却35%、埋め立て49%であったが、1992年にはリサイクル55%、焼却35%、埋め立て10%と、リサイクルの比率が大幅に上昇している。

 ごみ処理プランの目標は、1危険物はリサイクル、焼却、埋め立ての前に除去する 2出来るだけクリーンテクノロジーを使ってごみの量を減らす3燃えるごみ、燃えないごみを分別し、焼却によって得られるエネルギーは有効利用する 事を掲げている。

 ガラス、新聞、雑誌などは、収集するコンテナを町中に数多く設けている。その他のごみについては、市内の各地区にリサイクルセンター(約10か所)があり、市民はプラスティック、金属、ダンボールなどをそこに持ち込めるようになっている。

 事業者には、可能な限りクリーンテクノロジーを使用し、廃棄物を分別する義務がある。又許可された運搬者を使う義務があり、勝手に廃棄物を処理する事は出来ない。

 運搬者は、正しく分別されているかをコントロールする義務がある。分別が正しくなければ、運搬してはならない。又どういう廃棄物をどこから受けたか、関係局に書類を提出する義務がある。

 処理業者は、許可された運搬業者以外の廃棄物を受ける事は出来ない。これらに違反があった場合、罰金またはそれぞれの許可の取り下げである。

  コペンハーゲン市の環境監査センターには、130名の職員がおり、13名が廃棄物の処理に関する業務を行なっている。1年に850件の環境監査を行ない、120件の口頭による指導、450件の文書による警告を行なっている。

 条例により、リサイクル出来るものは、埋立地に運んではならないと定められている。リサイクル率が上昇した大きな原因の一つは、ビルの取り壊しなどによる廃棄物をリサイクルした事である。有害でない産業廃棄物を持ち込む埋立地は、以前は100箇所あった。現在は2箇所しかないと言う。

 コペンハーゲン市の方針として、事業者が分別に協力するよう積極的に働きかけ、指導している。リサイクルを効果的に進めるには、事業者へのアプローチが不可避であると考えているからだ。

 見学した建築の解体現場では、レンガは洗浄して再利用、木材は検査して再使用、コンクリートのかけらは破砕して、道路や家の土台に注入するという徹底ぶりであった。

3:教育について

 

この時期、デンマークの学校は夏休みに入っており、授業の見学などは残念ながら出来なかった。デンマークの教育は、大変興味深い。
 義務教育は6歳から9年間であるが、9学年後、1年間の補足学年が設けられており、デンマーク人はこれを「ライフのための時間」と呼んでいる。
 この1年間は、新しい事を勉強するのではなく、本を読んだり、外国に旅行に出たりしながら、「自分の人生をいかに生きるか」を生徒一人一人が考えるのだと言う。
 又面白い事に、無償で教科書が与えられるのではなく、学校から借りて先輩達のおふるを使い、学年終了後は学校に返す仕組みになっている。環境教育は、何と幼稚園の時から行なわれると言う。

 デンマークの親や教師は、基本的には子供の自主性を尊重し、中学生がタバコをすおうが、鼻にピアスをあけようが、目の色を変えて叱ったりはしないらしい。ただ、他者に対する思いやりを忘れた行動を取った時には、厳しく注意すると言う。
 「自分の人生は、自分で考え、自分で決めなさい」デンマークの子供達は、小さい時からそう躾られている。学校の教師は、生徒が迷っている時に「こんな道もあるよ」とアドバイスを与えるだけで、自分の考えを押し付ける事はない。

 デンマークには5つの大学がある。(全て国立大学)勿論、ある程度の入学制限はあるが、日本のように「医学部が一番偏差値が高い」と決っている訳ではなく、どの学部に入るのが一番難しいかは、毎年異なってくる。(ちなみに去年は、助産婦さんの学部)
 デンマークでは、「この分野には、今後何人くらいの専門家を養成する必要があるか」を考え、各学部の定員を毎年決定する。国がお金をかけて人を育てるのだから、無駄な投資はしたくないと言う訳である。

 何を勉強し、将来にどう生かしたいのか、を考えて学部を選ぶのではなく、「少しでも偏差値が高い」大学や学部を目指す日本の大学入試。デンマーク人には、理解出来ない話なのかもしれない。
 教育の中で培われる他者への思いやり「共生」の精神と、自分で判断し、行動する能力。私は、デンマーク人と接しながら、確かにそれを感じた。
 例えば、ツアーで同行したある人の話。その人は、デンマークのホテルで、ルームメイキングのお姉さんと、こんな会話をしたそうだ。
 「日本ではルームメイキングは、年とった女の人ばかり、あなたみたいに若くてきれいな人はいないよ」
 「そうよ。この国では、年をとったら、働かなくていいんですもの。年をとった人が安心して暮らせるように、私達がしっかり働かなくちゃね」(実際は英語による会話)
 デンマーク人は、誰と話しても、実にしっかりと自分の意見を述べる。

 デンマーク人の環境に対する意識が、日本から見れば考えられない程高い(25パーセントまでなら価格が上でも、環境にやさしい製品を選ぶ、エコ牛乳、エコ野菜はいつも売り切れ)のは、他者への思いやりと自分なりの判断力や行動力を育てる、デンマークの教育によるものではないだろうか。今回の滞在で、そんな事を考えた。

Back

吉田裕美の論考

Thesis

Hiromi Fujisawa

藤沢裕美

第15期

藤沢 裕美

ふじさわ・ひろみ

どんぐり教育研究会 代表

Mission

環境問題 特に環境教育(森のようちえんなど)

プロフィールを見る
松下政経塾とは
About
松下政経塾とは、松下幸之助が設立した、
未来のリーダーを育成する公益財団法人です。
View More
塾生募集
Application
松下政経塾は、志を持つ未来のリーダーに
広く門戸を開いています。
View More
門