論考

Thesis

『NGO』をどう考えるか? ~国際農業交渉における『NGO』~

日本の野菜農家が打撃を受けている。中国からの野菜輸入がこの数年で急増したためだ。現在、日本政府はネギなどの農産品3品目に対し一般セーフガード(緊急輸入制限措置)の発動を検討中だ。
 食料自給率が約4割で、農産物輸入額が世界一の日本にとって、農業分野の国際貿易交渉は非常に重要だ。今月はWTO(世界貿易機関)農業交渉に関わっている方々にインタビューを行った。とりわけ一昨年シアトル会合から急速に注目を集めるようになった『NGO』の台頭について議論を交わした。

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 『NGO』というと皆さんは何を想像するだろうか。途上国へ行って井戸を掘る善意のボランティア、あるいはWTOシアトル会合で注目を集めた、デモ行進する市民だろうか。これから日本の食料安保外交を展開するにあたり、この『NGO』という存在を正しく認識することは非常に重要である。

 前回のWTOシアトル会合では、スターバックス襲撃さわぎを起こした暴徒達を指して『NGO』の名が報じられていたが、これは間違いだ。彼等は地元の騒動屋であり、国際的に認知されている『NGO』とは全く別種の存在である。一般の『NGO』はアピールの手段としてデモをすることはあっても、ああした襲撃事件を起こすことはほとんどない。
 私はここ5、6年のいくつかの国際会議に参加した際に、『NGO』の活動を間近で見る機会があった。その中で驚かされたのは『NGO』がデモ行進だけにとどまらず、実際に提言書を作って、各国政府に働きかけている姿であった。環境、人権、貧困、女性問題などそれぞれのテーマごとに、世界各地の『NGO』が連携しながら、官僚顔負けの分厚い文書を作って政策提言を行っているのだ。こうした活動は日本ではなじみが薄いが、実は『NGO』は経済社会理事会に対する諮問機関と、国連憲章により定められており、こうした提言活動は正当な行為として認められている。
 もはや最近の国際会議は、各国の官僚や政治家同士が一国の利害を背負って話し合うだけの場ではない。そこには各国政府のほかに、『NGO』の資格で参加した、地球環境を論じる国境横断型の市民グループ、各国内の労組、農業団体などが入り乱れて、それぞれが主張しあう、カオスのような状態になっているのだ。

 私は、今後日本がWTOの農業交渉などで食料安保外交を展開するにあたり、こうした『NGO』の台頭に代表される国際社会の意思決定構造の変化を直視することが、非常に重要となってくると考えている。2つばかり提言をしたい。

 第1に日本政府が交渉しなければならないのは、農産物輸出国の政府だけではないということだ。各国内の労組、農業団体から、地球環境を考える国際市民連帯まで、様々な民間団体が交渉相手となる。これは逆にチャンスでもある。日本政府が方向性や利害が同じ、国際機関や『NGO』と積極的に協力することができれば、政府間交渉のみよりも大きな影響力を発揮できるのだ。特に日本は国内農林業の重要性を訴える上で、農地の持つ多面的機能の保持を打ち出している。こうした主張では環境問題に取り組む『NGO』と協力する可能性も十分に検討していくべきだ。

 第2に、こうした変化へ対応しなければならないのは、政府だけではなく、日本の農政に関わる者全員の課題であるという点だ。
 昨年のJAS法(食品表示法)の改正で、有機農産物の国際標準に基づいた表示法が施行されたが、実はこの国際標準の土台となったのは、『IFOAM』(国際有機農業運動連盟)などの『NGO』が、各国の農業団体の意見を集約してつくったものと言われている。このようにあるコミュニティーが作ったルールがグローバルスタンダードになることが実際に起こっているのだ。

 最近の『NGO』の台頭は、従来の市民運動の延長ではなく、国際社会の構造変化として考える必要がある。そこでは各国政府以外に、理念や利害関係を異にする様々な民間団体の影響力が拡大しているのだ。こうした時代情勢をしっかり捉えた上で、日本政府も各農業団体も戦略を練っていくことが期待される。

以上

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森岡洋一郎の論考

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Yoichiro Morioka

森岡洋一郎

第20期

森岡 洋一郎

もりおか・よういちろう

公益財団法人松下幸之助記念志財団 松下政経塾 研修部長

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