論考

Thesis

リバーダンスと民族のアイデンティティー

リバーダンスと私

Tall and straight my mother taught me
This is how we dance
Tall and straight my father taught me
This is how we dance

 私と「リバーダンス」の出会いは全く予期せぬ突然の出来事であった。2年前政経塾のアメリカ研修の際、現地で仲良くなった友人からリバーダンスの公演に誘われた。私はアイリッシュダンスなるものに全く興味はなかったものの、付き合いで誘いに乗った。しかし、実際にショーを見て、私は涙が止まらなかった。内容が悲しいのではなく、民族のアイデンティティがひしひしと伝わってきたからである。このような感動は今まで味わったことがない。そして今まで自分が演奏もしくはプロデュースしたものも含めてもここまで感動した舞台は見当たらない。私はただ呆然と立ちすくむだけであった。
 アイリッシュダンスは背筋をぴんと伸ばし、タップを効かせた独特の伝統的ダンススタイルである。アイリッシュパブではよく生演奏とともにこのダンスが披露されることが多いが、初めて見ると感動するというより滑稽なイメージを抱く人のほうが多いかもしれない。英国人などはテレビのコメディー番組でもアイリッシュを馬鹿にするときにこのダンスの姿勢を真似たりするように、最近までこのアイリッシュダンスはアイルランド人の中での内輪受けの産物であった。しかし、その内輪受けのダンスを「リバーダンス」が打ち破り、世界を感動させる芸術作品へと昇華させたといっても過言ではない。
 昨年春、初めてリバーダンスは日本公演を果たした。もちろん私も足を運んだ。二度目は往々にして感動は薄れるものだが、前回以上に感動したのは言うまでもない。そしてたまたまこの夏、インタビューでダブリンを訪れる機会があった。その際、ダブリンでリバーダンスが凱旋公演している広告を発見し、また足を運んだ。私をここまで足繁く通わせることが出来るのは今ベルリンフィルとリバーダンスだけである。
 私がお世話になっている秋田県の田沢湖に本拠を構える民族芸能の今日的展開を図っている劇団わらび座でもリバーダンスからの衝撃ははかり知れないものがあるとのことである。わらび座の是永幹夫部長は、リバーダンスのコンセプトは明解かつシンプルで、民族の歴史、世界の絆を他世代にわかりやすく創造的に提起している。「いい舞台作品ほど、明快でシンプルだ」と昔から言われているが、「リバーダンス」はまさにその典型のような名作であると述べている。
 願いが通じるとはこういうことだろうか。たまたま友人の紹介で、リバーダンスのディレクターを手がけるバーバラ・ガラバン氏に面会する機会を得たのである。そこで、一路ダブリンへと飛んだ。

伝統と現在との接点の中で

Q リバーダンスが生まれるまでの背景はどういったものであったか?

リバーダンスはビル・ホイラー氏が手がけた一大エンターテイメントである。ビル・ホイラー氏はもともと伝統的アイリッシュミュージックの作曲者であった。10年前、ホイラー氏はアイリッシュダンスの今日的展開を試みているマイケル・フラットリー氏と出会い、伝統と現在の統合を試みた作品を制作した。その作品が評価され、93年に、ABBAやセリーヌ・ディオンも輩出した由緒あるユーロビジョンソングライティングコンテストで見事優勝を勝ち取ったのである。翌年のユーロビジョンコンテストでは、前年優勝チームによるデモンストレーションが行われるのが通例になっており、ホイラー氏とフラットリー氏は7分の一大スペクタクルをこのために制作した。もちろん観客の度肝を抜いたことは言うまでもない。これがリバーダンスの起源である。

Q リバーダンスの成功で、アイルランド国家から内容について注文等の介入はその後あったか?

ない。国家の注文を受け入れると芸術でなくなる。我々には国家から言われなくてもアイリッシュとしての民族のアイデンティティは既に持ち合わせている。

Q 伝統と現在の接点の中で中心スタッフがいつも大事にして、これからも考え続けようとしている点は?

いつも一番新しいものを採り入れると、ハートを忘れることがある。ハートを持ち合わせていれば必ずうまく行く。

 (注)ガラバン氏は unquantifiable integrity という表現をした。
 unquantifiable: impossible to express or measure in terms of quantity (数量的に数えることが出来ない)
 integrity: the quality of having strong moral principle (高潔?)
 翻訳は大変難しいが、敢えてハートという言葉を当てはめた。ほかにいい訳語があればご教授頂きたい。

セクシーとグラマラス

Q リバーダンスはマーケティングを行う際、どの層をターゲットにおいているのか?

7歳から70歳。とにかく家族で楽しめるものにしたいと考えている。

 (注)私は以前ポピュラーミュージックを24時間流し続ける放送局であるMTVにインタビューしたことがある。その中で、彼らはマーケティングのターゲットを16歳から34歳に絞っているとのことであった。現在、マーケティングにおいてはターゲットを広げるより絞るほうがあらゆる意味で楽なため大勢を占める。確かに7歳から70歳すべてを楽しませることが出来るアウトプット作りは困難を極めるのは事実である。しかし、その中で、いたずらにターゲットを絞って一部の層に爆発的ブームを巻き起こすことよりも、本当に世代を超えて皆に楽しんでもらえるアウトプット作りを心がけるのが、本来の姿なのではないだろうか。ここにリバーダンスが国境をも越えて成功する要因があるように思えてならない。

Q マイケル・フラットリー氏はその後独自の「ロード・オブ・ザ・ダンス」を立ち上げた。これはリバーダンスと比較して、より衣装もきらびやかで、ダンサーの人数も多く、ストーリー性よりも、観客の度肝を抜くエンターテイメント性を重視したショーとなっている。「ロード・オブ・ザ・ダンス」の出現後、リバーダンスはその戦略に何か変更を加えたか?

何ら変わらない。確かにロード・オブ・ザ・ダンスは初めて見た観客の度肝を抜く。しかし、リピーターにならないのである。一度見たらそれで満足という感想が多い。リバーダンスはよりメッセージ性を重視しているので全く別物と考える。

Q 民族のアイデンティティを他の人々に上手く伝えるのは極めて難しい。往々にして自己満足になり観客を感動させることが出来ない場合が多い。しかし、リバーダンスは国境を越え、民族を超えて感動を呼ぶことが出来る。その理由は何か?

セクシーであり続けること。そして、それはうまく扱わないといけない。品がないと台無しである。「セクシー」は「グラマラス」とは全く質を異にする。普通世の中、セクシーを追求するとグラマラスになることが多いが、その二つを分かつのは品の問題ではなかろうか。
セクシーなスペキュタキュラーであり続けることが重要である。

 (注)リバーダンスとロード・オブ・ザ・ダンスの違いはここなのかもしれない。

妥協のないクオリティ

Q 世界にはばたく芸術と、地方にとどまっている芸術との根本的な違いは?

クオリティ。クオリティが低ければ世界の賞賛は絶対に得られない。リバーダンスは全ての構成員が何らかの賞を取っている人材で構成されている。クオリティは絶対に落としてはならない。

Q 創作過程において一番苦心した点は?

たくさんの人が絡むので、それの調整が一番大変。強い意見を持っている人の意見が通りやすいので、大局を見てそれをいかにコントロールしていくかが大切。クリエイティブとマネージメントは常に衝突する。

Q エンターティメントをプロデュースする際、何を一番妥協したくないか?

断然クオリティ。しかし、ビジネスとしてやっていくためにコスト意識は必ず持っていなくてはならないため、往々にしてバトルが繰り広げられるが、クオリティを下げたら結局観客を楽しませることが出来ないため、本末転倒である。

Q 去年の日本公演と今年のダブリン公演を比較して、ダンサーも、ミュージシャンも歴然と技術を向上させているのが印象的であった。往々にして、ロングラン公演をしていると要領が分かってくることにより飽きが来て、その結果手抜きをしたりすることがあるが、ダンサーやミュージシャンを絶えず技術向上させる何かテクニックはあるのか?

いい意味でのアマ意識が残っているのかもしれない。新しい人々との出会いの中で、惰性をなくすよう努力している。チームのリシャッフルもたびたび行う。Unusual(日常的でない)な部分が必要。

Q どこの国で最もウケが良いか?

どこでも同じように称賛を受ける。(バーバラ・ガラバン氏は以前U2のディレクターをしていた際、日本公演も手がけたが、なかなか日本の観客はノリが悪く、てこずった経験を持つ。そのため)昨年の日本公演は成功するか、失敗に終わるか公演前に多くの人が懸念していたが、いざ公演が終了すると、ここはアメリカかと思うくらいの称賛を浴びた。スタンディングオベーションが出るとは誰も想像しなかったそうである。この日本でのエピソードは新規に公演を行うところでは必ず紹介しているらしい。

Q 今後、コラボレーションしたいと考えているアーティストは?

数年後の完成に向け、次のステップとして、リバーダンスが旅に出るという作品を構想中。これはアイルランドを出て、スペインでフラメンコに出会い、最後、ブラジルに到着するという筋である。

まとめ 父母から子に伝える

 冒頭に紹介した詩は、第2幕の一つの山場を表現した詩である。アイルランドが飢饉に襲われ、アイリッシュ達は移民を余儀なくされる。そして、彼らが訪れたアメリカ新大陸において、彼らは見たこともない新しいダンスに出会う。彼らにとってダンスといえば、背筋をまっすぐに伸ばし、姿勢良く踊るものとされていた。これは父母からずっと教えられてきたことだ。しかし、新大陸の人々は全く逆でくねくねと踊る。両者は最初対決を挑むが、お互いのダンスの素晴らしさを分かち合ってともに手を取り合って踊り出す。
 私は「父母から伝統を教わっている」というところにキーポイントがあるように思えてならない。翻って、今、日本の親達は日本の伝統の素晴らしさを子供たちに教えているだろうか。もっといえば、親にならんとする私たちは私たちの親から日本の伝統の素晴らしさを教えてもらっただろうか。しかし、今更家庭教育を嘆いても始まらない。現在日本には親達が子供たちに伝えたいと心から思える伝統が巷にまだまだ呈示されていないのかもしれない。日本にも素材はないわけでは決してない。鼓童やわらび座は日本の伝統を活発に伝えんと試みているが、日本の素晴らしさを誰もが認められる形で呈示する試みがもっともっと活発になって欲しいものである。その際、リバーダンスの時代への挑戦は大いに参考になるのではないだろうか。

 リバーダンスは今年、二度目の日本公演を行う。11月19日から29日まで東京、12月2日から4日まで福岡、12月8日から10日まで名古屋、そして、12月14日から17日まで大阪で行われる。

リバーダンスホームページ http://www.riverdance.com

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島川崇の論考

Thesis

Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授、日本国際観光学会会長

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観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

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