論考

Thesis

日本版ロー・スクール構想に関する一考察

1)はじめに

 ジョージタウン大学ロー・スクールでの研修がはじまり、一ヶ月が経つ。本月例報告においては、日本における最近のロー・スクール構想なども念頭におきつつ、本場米国のロー・スクールについて報告したい。

 私は、現在、4つのクラスを履修中である。WTO法の権威であるJ.Jackson教授の講義とセミナー(セミナーとは論文指導を目的としたクラス)、判例法(コモン・ロー)の入門クラスであるEnglish Legal Method、そして法律事務所等で要求される法律レポートを作成する能力を取得することを目的としたEnglish Legal Discourseである。Jackson教授の授業、またEnglish Legal Methodについては、別の機会に譲ることとして、今回の月例報告ではコモン・ローの入門クラスであるEnglish Legal Discourseのクラスについて報告したい。

2)コモン・ローと大陸法

 English Legal Discourseは、コモン・ローへの入門クラスである。コモン・ローの体系というのは、日本では判例法、英米法などといわれることがおおいが、その名のとおり、英米系の法律体系であり、実定法を有さずに、むしろ過去の判例を基にして現在の事例に判断を下してゆく体系のことを指す。この過去の判例の集積をコモン・ローと呼び慣わす。コモン・ローと比較されることが多いのが、大陸法である。これも、その名のとおり、フランス・ドイツなどヨーロッパ大陸の国々の法律を指し、実定法を有することがその特色である。
 ヨーロッパ史のなかで、中世は、その文化・経済等の停滞の故に暗黒時代と呼ばれることが多い。産業革命以後の時代を生きる私たちには理解しがたいことであるが、中世の時代には、法学の分野では、数百年も前のローマ法を理想とし、様々な分野における法律を法典化していたローマ法体系を再現することをめざして研究がすすめられた。18世紀になり、ローマ法を模範として、フランスにおいてはナポレオン法典、そしてドイツにおいてはパンデクテン法典が制定された。日本も、ドイツやフランスの影響を多く受けた法体系が、明治維新以後、制定されている。これに対して、英国においては、法典を有さずに、むしろ過去の裁判所の判例をもとに個々の事件を判断してゆく判例法が発達してきたという歴史を有する。English Legal Discourseにおいては、この判例法のシステムを学び、かつそのシステムに基づいた実務能力を身につけることが目的とされている。

3)English Legal Discourse

 上述のように、English Legal Discourseの目的は、米国の法律事務所にて要求される法律に関するレポート作成能力を身につけることである。たとえば、授業での課題の一例を挙げると、まず、以下のようなケースが挙げられる。

 法律事務所のクライアントの子息が、Rhode Islandで逮捕された。その子息は、深夜、友人宅へ車でゆく途中、頭痛を覚え、アスピリンを買うために、たまたま麻薬取引で有名な地域に車を止め、コンビニへ向かった。その際、その地域をパトロールしていた警官に、挙動不審のため呼び止められ、職務質問をされ、口論となった。警官は、当該地域が犯罪多発地域ということもあり、その子息の身体検査をおこない、麻薬ではなしに、銃の不法所持を理由に、その子息を逮捕した。

 上記のような事例に対して、警官が、この子息を呼び止め、身体検査をおこなったことは、合法的であったか、否かを検討することが課題となる。レポート作成に際しては、Rhode Island州、および連邦裁判所の過去の判例を参考にする。
 大学の図書館には、数千冊に及ぶ、連邦裁判所および各州裁判所のすべての判例集が備えられており、またそれぞれの判例集にはDigestと呼ばれる、争点ごとに過去の判例をまとめ、それぞれ判例の要約を載せたIndexが付いている。このDigestから、上記の事例で問題となる争点、すなわちSearch and Seizure(呼び止め、身体検査をおこなうこと)に関わる事例をピックアップし、さらにその中から、上記の事例と該当事実、つまり今回の場合は、犯罪多発地域に居たという状況証拠だけでSearch and Seizureを行ったという事実と似通った判例を探し出し、今回の事例に適用できないか否かを検討するという手順を踏む。

 さて、長々とEnglish Legal Discourseでの授業内容について言及を行ってきたが、次に日本の法学部で行われている授業とこのEnglish Legal Discourseとを比較してみたい。
 日本は大陸法系に属することから、当然、大学の講義も判例よりもむしろ法典自体を学ぶことに主眼がおかれている。もちろん、法典の個々の規定を、具体事例に適用する際には、判例が重要な役割を果たすが、主として大学の講義では、法典がどのような規定を有するか、そしてそれぞれの規定が各学説によってどのように解釈されているかが、中心となって教えられる。上記の事例でいえば、判例を扱う以前に、刑法、そして刑事訴訟法の該当規定、そしてそれにまつわる学説が検討され、最後に判例が扱われるという手順が踏まれる。上記のような簡単な対比からもわかるように、英米法と大陸法とは、同じ法律といってもかなり異なった体系を有し、一つに事例に対しても異なったアプローチの仕方を採用している。
 この違いの現れてとして、欧米においては裁判官が社会的に大きな尊敬を受けているのに対して、大陸法系の国々では、どちらかという法学者やその学説の方がより重要視されていることも、興味深い。

4)日本におけるロー・スクール構想について

 日本においては、現在、ロー・スクール構想が注目を浴びている。
 そもそも、このロー・スクール構想は日本における法曹人口があまりにも少ないことから、その数を増やそうということからはじまっているとされる。法曹人口を増やすためには、司法試験の合格者を増やせばよいのであるが、そのためには、合格後、現在行われている、司法収修所の数が足りないため、その分を大学にロー・スクールを設置してまかなおうというもののようである。米国のロー・スクールの学費が高いことからもわかるように、ロー・スクールは日本などの講義方式の授業と比較して、多くのコストがかかる。このために、日本版ロー・スクールの学費はどうするのか、また、講義方式の授業になれてきた日本の教授陣にロー・スクール形式の授業ができるのかといった問題が、様々な場所で指摘されている。それにくわえて、上述のような、大陸法とコモン・ローの違いも日本版ロー・スクールを考える際には、重要になってくるであろう。日本の民法や刑法の教科書をみれば明らかなように、日本の法律系の教科書は学説の対立を中心として構成されている。これに対して、米国系のロー・スクールでは、コモン・ロー法体系に基づき、さらには実務レベルで即戦力として活躍できる能力の取得を目標とし、学説というよりも判例を中心とした教科書(ケースブックと呼ばれる)にもとづいて授業が進められている。

 このような違いを念頭におくと、大陸法を採用する日本において、判例法の社会で育ってきたロー・スクールを導入することがどのような効果をもたらすのかは、大変興味深い問題であり、日本の法律学界に大きな変化をもたらす可能性がある。また上述のように、日本版ロー・スクールは、現在司法収修所の役割を大学に担ってもらおう、そしてロー・スクールをもっと実務に即した能力を修得する場としようという意図からなされている。このような趣旨を考えると、単にロー・スクールを卒業した学生の質の改善のみではなしに、実務に役立つ教育を大学教授陣が強いられることにより、従来、象牙の塔といわれた学界がより実務に密着したものとなるのではとの期待も抱かされる。

 現在、従来の行政指導や命令による官僚主導型の経済運営がグローバル化の中でその非透明性の故に海外から批判を受け、またそのために日本がマーケットとしての魅力を大きく減じている。このことからも、透明なルールに基づいた経済運営が不可欠となっている。行政指導や命令を減らすということは、個々の企業が官庁へお伺いを立てるのではなしに、法定の書類等を官庁へ提出し、法定の手続きに則って官庁が許認可を審査することになる。そして、お伺いが少なくなる分、企業が意図的にであれ、非意図的にであれ法令違反をすることが多くなってくることが予想される。このようなRule Basedな経済運営体制を確立するためには、法定書類の作成から紛争解決のためにまで、法曹人口の増加は危急の課題であり、様々な問題が指摘されていることは事実であるが、それらの指摘を念頭におきつつも、日本版ロー・スクール構想の早急な立ち上げを求めたい。

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小林献一の論考

Thesis

Kenichi Kobayashi

小林献一

第19期

小林 献一

こばやし・けんいち

Philip Morris Japan 副社長

Mission

産業政策(日本産業界の再生) 通商政策(WTO/EPA/TPP)

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