論考

Thesis

心に田沢湖を (たざわこ芸術村・わらび座を再び訪れて)

昨年11月に訪れたたざわこ芸術村・わらび座を4月14日、15日と再び訪れた。4月は6日に韓国観光公社を訪問したので、4月の月例報告では韓国観光公社の特色ある活動について報告し、5月の月例報告ではそれに関連してサスティナブルツーリズムについて報告した関係上、たざわこ芸術村訪問の報告が今月にずれ込んでしまったが、お許しいただきたい。たざわこ芸術村、わらび座とは何か、わらび座ホームページhttp://www.warabi.or.jpとともに、昨年11月の月例報告に詳しく記述してあるので、参照されたい。

 今回の訪問の主な目的は、前回見ることが出来なかった「わらび座修学旅行」の様子を実際に自分の目で確かめることと、営業系新入社員の皆さんと懇談する機会を得たことの2点である。
 ここで、わらび座修学旅行とは何かということについて前回の月例報告の該当部分を引用する。

 わらび座は創立当初から全国巡業を基盤としており、その中でも学校公演は中核をなしていた。全国の学校を廻るたび、わらび座の民謡指導を受けると、それまでしらけていた子供たちが皆楽しそうに大きく口を開けて歌い出す。それは普段校内暴力に悩まされていた先生方には驚くべきことであった。そして、近郊の学校から、わらび座に日帰りで民謡、民舞を習う動きが始まった。
 そんな折、従来の旅行会社お仕着せの、ただ名所を見て廻るだけの修学旅行を見なおす動きが問題意識を持つ一部の先生方から出始めてきた。そして新しい修学旅行の形としてわらび座を訪問出来ないか打診があった。ちょうど、わらび劇場と宿泊施設も出来たときと重なり、わらび座も「人間として生まれてきた喜びをみんなの中で感じ合い、未来へ生きていくエネルギーを共同で創り出そう」と修学旅行受け入れを始めることになった。
 このわらび座修学旅行については、岩波ジュニア新書、及川和夫著「わらび座修学旅行」に詳しい。ここには最初にバスが到着したとき、劇団員から鐘や太鼓で熱烈歓迎をうけ、まず子どもたちが戸惑ったり、余計嫌悪感を持ったりしながら、踊りの稽古をクラス別で行っていくうちに、少しずつ団員たちに引き込まれて、最後には別れを惜しんで涙する生徒の姿も現れるといった様子が克明に記されてある。1987年刊行の本だが、当時と比べて今の子どもたちはもっとやりにくいんじゃないですかと尋ねたら、基本的に何も変わりませんよと応えてくれた。現在も年間50校がわらび座を訪れる。…

 わらび座としても修学旅行受け入れの効果は計り知れない。まず、最初は民謡、民舞なんてダサいと思っている大多数の生意気な子ども相手である。熱心なファンなら多少面白くなくても贔屓目に見てくれるだろうが、子どもたちは正直である。絶対に失敗は許されない。いかに短期間でネガティブイメージを払拭するかという技術は並大抵のものではない。往々にして文化・芸術団体はひとたび固定ファンが定着するとそこで祭り上げられ、新規開拓を怠る傾向が顕著である。そのため独り善がりになっていき、一般に受けなくなってくる。しかし、このように全く興味のない客層を引き込む努力を日頃から積極的に進めていく真摯な態度は他の文化・芸術団体は大いに見習う必要がある。
 また、このわらび座内での修学旅行とセットで、周辺農家の方々の協力も仰いで、農作業体験も組み込まれている。当初15軒だったのが、今では農家同士で自発的にわらび座修学旅行受け入れのネットワークが形成され、ネットワーク参加農家は総勢700軒にも増えた。中には自身で農作業体験のツアーを作ってサイドビジネスを始める農家も現れるなど、自助努力の気風が生まれつつあり、期せずして農家の意識改革も一役買った形になった。日本各地でもグリーンツーリズムの動きは全くないわけではないが、わらび座近辺ほど機能的に、協力的に進められ、しかも一定の成果を着実に出している例は数少ないであろう。

 旅行会社と教師が癒着して旅行会社のお仕着せの旅行を毎年行う修学旅行の実態を私自身航空会社のセールスマン時代にいやほど見てきたが、個人自由旅行の潮流にそぐわないからといって一気に廃止してしまうのではなく、それを工夫して効果的に行えば、個人自由旅行では絶対に出来ない素晴らしい体験が可能になるのである。欧米の学校では修学旅行をしないというより、出来ないのである。折角修学旅行という世界でも類を見ない旅行形態の伝統があるのだから、学校側も一部業者と癒着するのはやめ、旅行会社も大いに知恵を絞って人間とは何か、生きるとは何か、本当の楽しさとは何か、考えられる機会になれば教育現場の荒廃を解消する起爆剤になり得るのである。

 昨年11月、私が初めてわらび座を訪れたときは残念ながら修学旅行生達の活動に接することが出来なかった。よって、今回の訪問は、敢えて修学旅行生が到着する日と合わせて日程を組んでもらった。
 今回は阿仁町中学校の修学旅行の様子を見学することが出来た。演目は「ニュー・ソーラン節」。これはご存知ソーラン節を今の生徒にも親しみやすい様にロック調に編曲したものである。最初は、生徒達も全く興味がないといった様子で、先生が「ほら、ヤレ、ヤレ。」とせかす様に参加を促していた。しかし、2チームに分かれて練習をしはじめると、次第に一体感が生まれてき始めた。私は、いつ生徒達の意識が変わり始めるのか、その瞬間を見逃すまいと講習の最初から彼らを注視していたが、どうも瞬間的に、スイッチが入るように変わるものではないようだ。見ていると生徒は最初のうちはインストラクターの反応を窺うためであろうか、わざと言うことを聞かなかったり、騒いだりしていた。しかし、インストラクターの劇団員は絶対に「黙れ」だの「私語をするな」だのは口にしない。「さあ、やるよ!」といった口調である。頭ごなしに怒ったりしないのを察知すると、もうインストラクターの言うことに自然と従うようになった。その過程が極めて自然であった。問題児というのは、問題を急に起こすのではなく、それまでに何回となくアラームを鳴らし、周囲の反応をじっと見ているに違いない。そのアラームに家族なり、先生なりが適切な対応を取らないことで、極端な行動に走るのであろう。
 そして、何よりも振付けがダサくない。民謡でも、ドジョウすくい的な振付けならここまで生徒を引き付けることは出来ないだろう。ロングランヒットミュージカルであるサタデーナイトフィーバーを彷彿させるような出だしの振付けでもう生徒はしらけるより踊るほうが楽しいことを察知したに違いない。私も見ながら一緒に踊りたいという衝動に何度か駆られた。そのくらい楽しい振付けである。
 稽古場が中学生達の熱気にあふれ、みんな長袖ジャージを脱いで半袖になり、のりにのってきたとき、劇団員の人が、先生も一緒に踊るように促した。生徒も歓声を上げてそれに呼応したにもかかわらず、先生は恥ずかしがってのらなかった。先生は自分達が生徒達と違う世界に生きていると肌に染み込んでいるのであろうか。変な動きで生徒達に笑われてもいいではないか。それで先生としての威厳が保たれなくなると考えているのであれば教師失格である。これでは生徒が先生と心が通うわけはない。
 生徒は常に何が一番楽しいか二者択一しながら生きているのではないだろうかと私は感じた。よく最近の子はしらけていて無反応だと言われるが、しらけるのは別にしらけたいからしらけているのではなく、しらけるより楽しい選択肢を提示できていないだけなのではないだろうか。楽しさとは何も生徒の意見に迎合することを意味しない。授業中の何でもない一言に楽しさを込める事が出来る教師を増やすことだけで状況はかなり改善されるが、教師論はまた改めて別の機会に言及することにする。

 なぜ劇団員は到着時バラバラだった生徒達の心を一つに出来るのだろうか。ダンスという素材の良さもあるだろうが、それだけでは生徒を振り向かせることは出来ない。
 そんな時、私の友人の一人が、以下の詩を紹介してくれた。

みずうみ

<だいたいお母さんてものはさ
 しいん
 としたとこがなくちゃいけないんだ>

名台詞を聴くものかな!

ふりかえると
お下げとお河童と
二つのランド説がゆれてゆく
落葉の道

お母さんだけとはかぎらない
人間はだれでも心の底に
しいんと静かな湖を持つべきなのだ

田沢湖のように深く青い湖を
かくし持っているひとは
話すとわかる 二言 三言で

それこそしいんと落ちついて
容易に増えも減りもしない自分の湖
さらさらと他人の降りてはゆえない魔の湖

教養や学歴とはなんの関係もないらしい
人間の魅力とは
たぶんその湖のあたりから
発生する霧だ

早くもそのことに
気づいたらしい
小さな
二人の
娘たち

   (茨木のりこ「おんなのことば」童話屋)

 この詩にたざわこ芸術村・わらび座の魅力の答えがあるような気がした。詩を引用すること自体論理的ではないため、月例報告にそぐわないのを承知で書くが、説得しても人は集まらない。恫喝しても人は集まらない。頭数が揃えられただけで勘違いしている場合が多い。一度きりならそれでもいいだろう。しかし、集まった人との関係をサスティナブルにしていくには説得や恫喝では絶対に無理である。心に田沢湖を持つこと、これを今月三十路を迎えた私の人生のテーマにしたい。

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島川崇の論考

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Takashi Shimakawa

島川崇

第19期

島川 崇

しまかわ・たかし

神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科観光文化コース教授/日本国際観光学会会長

Mission

観光政策(サステナブル・ツーリズム、インバウンド振興

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