論考

Thesis

カナダ ~多元社会の民主主義から~ その2

Molson’s Commercial “I・AM・CANADIAN!”

Hey, I am not a lumberjack or a fur trader.
I don’t live in an igloo, eat blubber or own a dogsled.
I don’t know Jimmy, Suzy or Sally from Canada.
– although I’m certain they ‘re very nice.
I have a prime minister not a president.
I speak in English and French, Not American.
I pronounced it “about”, not “aboot”.
I can proudly sew my country’s flag on my backpack.
I believe in Peacekeeping Not Policing,
Diversity Not Assimilation,and that beaver is a proud and noble animal.!

A toque is a hat.
A chesterfield is a couch and it’s pronounced “zed,” not “zee.” “Zed.”
Canada is the second largest land mass,the first nation of hockey and the best part of North America.

My name is Joe and I・AM・CANADIAN!
Thank you

I・AM・CANADIAN!

 グローバリゼーションにさらされる中、自分の存在を再認識しようとするのは何も日本だけの現象ではないらしい。「I am NOT AMERICAN、自分達の文化を守れ!」は、いまや万国 共通のスローガンになっているかのようだ。
 ここカナダでも事情はあまり変わらない。ここ数ヶ月、ビール会社モルソンのコマーシャル、「I AM CANADIAN」が大当たりしちょっとした社会現象になっている。
 あまりぱっとしない若者がおどおどしながら演台に上ってくる。彼の名前はJoe、カナダ人だ。「僕は木こりでも、毛皮商でもない…。犬ゾリも持ってない…。」どうやらJoeはカナダのお決まりのイメージ(しかも犬ゾリはちょっと勘違いも入っている。)で語られるのが嫌いらしい。
 『I have a Prim Minister(総理大臣)Not President(大統領)』だんだん語気が強くなってくる。『I speak in English and French, NOT AMERICAN!』彼はそのままひたすらカナダがアメリカといかに違うか叫びつづける。大きなZの文字を指しながら、『これは“Zed”って発音するんだ!“Zee”じゃなくて ”Z・E・D”!』。そしてボルテージ最高に達したところで絶叫。『I・AM・CANADIAN!』

 カナダの国営テレビCBCが昨年9月に行った調査によると、アメリカ人の71%が「アメリカとカナダは同じ」と回答したのに対し、カナダでは逆に「アメリカとカナダは違う」という主張が49%にのぼった。しかもこの値は年々上昇している。
 カナダの人々が我慢ならないのは、アメリカ人の無関心で傲慢な態度だそうだ。カナダと聞くと「ホッケー、北、それからえーと…。」というのはよくあることだ。アメリカのビジネスマンは最初から国内市場の中にカナダを含めた前提で話しをしてくるという。前述の調査によるとカナダの19%もの人がアメリカのイメージを「Arrogant(尊大、威張っている)」と表現している。
 これはある意味、非常に興味深い結果だ。カナダは世界中で最もアメリカに似た社会を持った国である。そのカナダが、他の世界の国々と同じようにアメリカのことを「Arrogant」と批判し、「I am CANADIAN! Not AMERICAN」と違いを主張しているのだ。

北米移民国家の民主主義>

 日本人の私が見るかぎり、カナダとアメリカはどうみても非常によく似た社会だ。どちらも新しい移民国家であり、移民による多民族社会を形成している。前述のCBCの調査によれば「自分は移民である」と回答したのは、カナダ51%、アメリカ52%とほぼ同じであった。ここ北米では、世界中から多様な民族、文化、宗教を持った人々が集まって、一つの社会を形作っている。日本のほぼ単一民族に近い社会で育った私からすれば、よくこれで一つの社会を保っていられるものだと感心してしまう。
 私がここバンクーバーに滞在している間に感じたかぎりでは、こうした多民族社会が保たれている秘訣は民主主義にあると思う。肌の色も考え方も違う者同士が集まって一つの社会を運営していくには、お互い異なっても平等であるとの前提にのっとって、話し合い、理解し合って結論を出すしか方法がない。これが唯一フェアな解決法だ。このフェアさを信じているからこそ、移民が集まって一つの社会を保っていける。

 こうした国々では民主主義が国民の間で重要な原則としてとりわけ強く意識化されている。ここに来た初日に、インドから来たというタクシーの運転手に「日本から来たのか。それじゃ君はDemocracyが何かとか、Human Rightとか分かっているね。ほらアジアには変な国がたくさんあるだろ。」といきなり言われて面食らった。

 北米の移民による多民族社会を支える基盤は民主主義である。どんな人種でも民族でも、移民でもそこで生まれようとも、みな平等に扱われるし権利を主張できる。(この意味で民主主義とは人権思想そのものだ。)国民がこれを強く意識し、信じていることでなりたっている社会なのだ。この点ではカナダもアメリカもほぼ同じであるし、双方の北米の社会が共通して持つ美点であると思う。

Diversity vs. Assimilation

Joe says, 『Diversity  Not Assimilation!』(多元性だ。均質化じゃなくて!)

 University of British Colombia大学院でカナディアンスタディーを勉強しているというキャサリンさん(29)に、カナダとアメリカの違いについて聞いてみた。彼女は誇らしげにこう語ってくれた。
 「カナダは“モザイク”でアメリカは“メルティングポット”よ。カナダではそれぞれの文化的背景が大事にされるけど、アメリカではみんな一つのポットに溶かして出てきたときには、はい、まっさらなアメリカンに生まれ変わりました!って感じなの。一つの言語と文化を強要されるのよ。アメリカに移民したら2世代目には全員、みんな同じアメリカンになっちゃうわね。私はやっぱりカナダの方が好きだわ。Joeの言うとおり、『Diversity Not Assimilation』よ!

 カナダ連邦の公式言語は英語とフランス語の2つである。イギリス対フランスの抗争の歴史によるものだが、現在でもケベック州ではほとんどの住民がフランス語で生活している。またそれぞれの国からカナダにきた移民も、英語が不自由しなくなっても、もとの言語で話すことも多いし、2世代目になっても通常の学校以外に自分のルーツの言語を習うべく土曜学校に行く子供も多い。

 1971年、カナダは多文化主義政策をとった世界で最初の国となる。1986年には「雇用平等法」、88年には「カナダ多文化主義法」が、国会を通過した。ユネスコの文化開発の世界委員会のレポートでは、カナダの多文化主義への取り組みは他の国々のモデルとして引用されている。カナダはこの分野では世界のリーダーである。
 アメリカ、カナダのような北米の移民による多民族国家は、民主主義の原則のもとに民族、人種に関わらず、全ての人間をフェアに扱うシステムをつくりあげてきた。しかしながら、文化間の平等ということに関しては、カナダの方がより意識的に行ってきたようだ。カナダの民主主義はより多文化主義にもとづいた民主主義といえよう。

Lack of Identity vs. Ideology

Joe is joking,『and that beaver is a proud and noble animal!』(それからあのビーバーは誇り高き、貴い動物なんだぞ!)

 アメリカの社会学者、Lipset Seymourはその著書『Continental Divide』の中で興味深い比較を行っている。彼によるとアメリカはイデオロギーの国であり、逆にカナダはアイデンティティーの欠如した国だそうだ。
 確かに、アメリカではナショナリズムが伝統的に強い。彼らが国旗と国歌に尋常ならない忠誠を誓うのはよく知られた話だ。その根底に流れるのは「民主主義を信じるアメリカ国民たること」であると思える。日本で育った私から見ると、彼らは異常なほど大統領選に熱中するし、星条旗に忠誠を誓う。こうした信念はアメリカの「民主主義」をイデオロギーにまで発達させた。 一方でカナダのナショナリズムというのは、かなり弱いように感じる。カナダ人はナショナリズムをジョークにしたがる。前述の「I・AM・CANADIAN」の中でさえそうだ。ハイライトに近い一番盛り上がるシーンで、Joeはこぶしを振り上げながら叫ぶ。『and that beaver is a proud and noble animal.!』:ビーバー(カナダの代表的動物)は誇り高い、尊い動物なんだぞ! …見ているほうは思わず吹き出してしまう。

 カナダ人にカナダのアイデンティテイを聞いてみると、回答はまちまちだ。ある者は英連邦の歴史にあると考えているし、民主主義の中にあると応える人もいる。人によっては「ばかげた質問だよ。カナダ人にアイデンティティなんてないよ。」ということもあった。彼らの中には強いアイデンティティと自信にあふれたアメリカをうらやむ者も多い。だが私にはこのカナダのアイデンティティの欠如が必ずしも悪いものとは思えない。 なぜならこのアイデンティティの希薄さは、一つ目に挙げた特徴、Diversity(多元性)を尊重する社会性によっても引き起こされていると思うからだ。世界中から集まってきた人間の、異なる文化をいちいち全て尊重していたら、一つのしっかりとした国家アイデンティティを創るのは難しいかもしれない。だがDiversity(多元性)を重んじる伝統、多文化主義はカナダ社会の美点である。そして今後、国際社会におけるカナダの活動に大きなメリットをもたらすものになると思うのだ。

国際社会におけるDiversity

Joe says, 『Peacekeeping Not Policing!』(平和維持だ。世界の警察じゃねーぞ!)

 国際社会もまたDiversity(多元性)に富んだ社会である。世界中の多様な民族、文化、宗教を持った人々が集まって、一つの社会を形作っている。ちょうど北米の多民族社会のようだ。この国際社会を平和に保っていくには、どんな人種、民族、宗教、文化の社会も、みな平等に扱われるという確信を持って、お互いが語り合っていかなければならない。ここで各国に求められるのは、異なる社会、異なる文化を許容する能力ではないだろうか。

 カナダのDiversity(多元性)を尊重する伝統は、こうした国際社会で大きな利点となるのではないだろうか。既にカナダはその片鱗を見せ始めている。カナダは戦後、国連のPKO(平和維持活動)への参加を熱心に行ってきた。意識的に国際社会におけるミドルパワーたろうと努めてきたのだ。Joeは誇らしげにこう主張している。『Peacekeeping Not Policing!』それは、時にイデオロギーにしばられ頑なになりがちなアメリカに対する皮肉にも聞こえる。

 カナダの中では、こうした多元性を重んじる伝統、多文化主義こそ自らが世界に誇るアイデンティテイだとする声も聞かれるようになってきている。カナダの国民遺産大臣シーラ・コップ女史はストックフォルムで行われたUNESCOの文化政策国際会議でこう語った。「カナダは2つの公用語と、それ以外のたくさんの言語を持っています。移民の国です。カナダにとってDiversityこそがアイデンティティの核心です。世界ではじめて多文化を宣言した国家なのです。」

 冷戦の「資本主義 対 共産主義」に替わる新しい国際社会の対立軸として、サミュエル・ハンチントンは「文明の衝突」をあげた。世界は西洋バイブルグループ、イスラムグループ、儒教的思考グループなどの文化的集団に分かれて対立していくとの予測だ。確かに冷戦後、民族、宗教紛争が世界のあちらこちらで起こっている。またここ数年では情報通信技術の発展とあいまったグローバリゼーションが進行し、前例のないほど、各国、地域の文化や思考等が相互に飛び交うようになる中で、冒頭で述べた「I AM NOT AMERICAN!自分達の文化を守れ!」という声が世界中で沸き起こっている。

 今世界が求めているのは、国際社会におけるDiversity(多元性)を受容する寛容さではないだろうか。カナダの多文化主義にもとづいた民主主義にそのヒントが隠されている。国際社会における文化の違いが、対立ではなく対話を生む時

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森岡洋一郎の論考

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Yoichiro Morioka

森岡洋一郎

第20期

森岡 洋一郎

もりおか・よういちろう

公益財団法人松下幸之助記念志財団 松下政経塾 研修部長

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